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序章と果てしない回想
屋敷の管理者
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あの頃は屋敷から毎日軍学校に通っていた。父は俺と入れ替わるように領地へ戻り、俺は王都に一人残った。誰か使用人くらいはいるだろうと思ったが、本当に一人だった。とは言え、教会の管理人として雇われたエルザが屋敷の方も一緒に管理してくれて、ついでに俺の食事の世話もしてくれていた。
◆ ◆ ◆
王都の貧民街の一つに比較的近い場所にエクディン準男爵の屋敷はある。つまり俺の父の屋敷だ。どれだけ貧しかろうが貴族であれば王都の屋敷は持つのは当然だ。その屋敷には一人の管理人がいる。彼女の名前はエルザという。年齢は俺と同じで、明るい茶色の髪を背中の真ん中あたりまで伸ばしている。俺がここに来る少し前から雇われているらしく、この屋敷と隣にある教会の管理をし、さらに教会の一角で孤児院を運営している。
どうして彼女がここにいるのかは父からも聞いていないが、父が直接声をかけて雇ったそうだ。元々は教会の管理人として雇おうとしたが、そのときにこの屋敷の管理も頼んだそうだ。教会には司祭がいると普通なら思うだろうが、この教会には司祭はいない。たまにいたことはあるそうだが、すぐに辞めてしまったそうだ。司祭がいなくても信者たちは勝手に入ってきて、勝手に祈りを捧げて、そして勝手に出ていく。
エルザは管理人として働き始めるとすぐに孤児院を作り、貧民街の少女たちを集めたそうだ。自分と同じような境遇にある少女たちを助けたいと。それから男の子たちも集めるようになった。それを聞くだけでかなり行動的だと分かる。
彼女は屋敷と教会にそれぞれ部屋があり、寝泊まりは半々といったところだ。屋敷の方には主に俺の食事の準備や洗濯のために来る。そして昼間は教会と孤児院の方にいて、また夕方になれば俺の食事を作りにきてくれる。正直なところ、俺が孤児院の方に行って食事をした方が手間がかからないと思う。貴族の息子が孤児たちへ配慮するのもおかしなものだが、手間を考えればそちらの方が早くて楽だろう。だがそうしないのには理由がある。孤児たちが俺を怖がるからだ。
実際に孤児たちがそう言っているのを聞いたことはないが、背が高い上に赤い髪と目をしているから、威圧感が出てしまうようだ。この国では珍しい色らしいからな。俺としては孤児たちを怖がらせたくはないから、なるべく孤児院の方には顔を出さないようにしている。そういうわけで朝と夕方は屋敷の方でエルザが食事の用意をしてくれるが、入学後しばらくすると食事——特に夕食を食べられない日が出てきた。
俺個人というよりもうちの実家が一部の貴族からは嫌われているのが原因だ。入学して一か月ほど経った頃だったか、初めて食事に毒を盛られた。あのときは二、三口食べた段階で違和感に気付いたが、必ず気付くとは限らない。あれ以降、食堂での食事には必ず[分析]を使うようにしているが、あの魔法は自分が知っている毒しか判別できない。
毎食必ず毒が入れられるわけではないが、それでも週に一度は必ず入っている上に、俺の知らない毒もある。そうなるとトイレで吐き出して胃を洗って、それから[回復]などで症状を抑えるしかない。[解毒]は知っている薬物にしか通用しないからだ。
こうした嫌がらせが続くが、なるべく学校にいる間は平静を保つようにしている。馬鹿たちを喜ばせるのも腹が立つし、殿下に気を使わせたくはないからだ。だが毒が体に入った上に食事も吐き出したとなると、夕方にはフラフラになる。そして帰ってきても食欲がなく、食事を断らなくてはならないこともあった。
「すまないが、今日は夕食はいらない」
「大丈夫ですか?」
「あまり食欲がないんだ。明日の朝は食べられると思う」
「分かりました。無理はしないでくださいね」
食事を作ってくれるエルザには申し訳ないが、そういうときは食事はいらないと言って部屋にこもる。エルザが気を利かせて軽い食事を部屋の前に置いてくれることもあるが、食べても数口くらいで、ほとんどは残してしまう。まさか毒を盛られたと正直に言うわけにもいかず、体調が悪いという説明で済ませていた。
そのようなことが半年くらい続いただろうか、次第に毒で苦しむことが減ってきた。色々な毒を盛られては治して盛られては治してと繰り返しているうちに、かなり毒に対する耐性ができたようだ。かなりの種類の毒を食べる前に[分析]を使って判別できるようになり、[探索]を使えば誰が持っているかが分かるようになった。
多少は油断もあったんだろう。ある日それは起こった。
「エルマー様、大丈夫ですか?」
遠くからエルザの声が聞こえてくるような気がする。どうして俺は床で寝ているんだ? たしか……そうだ、先ほど夕食を終え、さあ部屋で休もうと思ったところで体に異変があり、立っていられなくなったからだ。
「肩につかまってください」
「すまない」
エルザに肩を貸してもらって部屋に向かう。部屋に入るとそのままベッドに倒れ込んだ。エルザが気遣わしげにこちらを見ている。
「しばらくすれば大丈夫だ。心配をかけた」
「いえいえ、気にしないでください。熱があるようですので頭を冷やす水を持ってきます」
そう言うとエルザはパタパタと部屋から出て行った。
それにしても——エルザが毒を盛ったとは考えにくい。俺の体はこの半年でよほどの毒でない限りは効かなくなっているはずだ。それなのに俺が倒れたということは、これは毒ではない可能性がある。
そう考えているとエルザが戻ってきた。桶の中でタオルを絞って俺の額に乗せてくれた。
「エルマー様、ゆっくり休んでください」
「ああ、ありがとう」
エルザはそこにある椅子に座って俺の看病をするつもりのようだ。しばらく目を閉じていると額のタオルを替えてくれた。俺は眠ったり目を覚ましたりを繰り返したが、ふとエルザの方を見ると船を漕ぎかけていた。俺の食事に屋敷と教会の管理、それに孤児たちの世話。朝から夜まで忙しいだろう。
何度目かに目を覚ましたとき、俺は喉の渇きを感じて水を飲みにいくことにした。エルザは完全に寝ているようなので、抱き上げてベッドの方に寝かせた。それから彼女を起こさないように静かに部屋を出た。
台所に行くと食器や鍋がそのまま置かれていたから、それに[分析]を使った。これは——毒ではないな。よく分からないが、ひょっとしてアレか? そんなものを使う理由は限られているが、まさかエルザに盛られるとは思わなかった。
もう食事を終えてかなりの時間が経ち、今さら吐き出しても無意味だろう。俺は気分を落ち着けて水を飲むと、できればこれから何も起こらなければいいと思いながらゆっくりと部屋に戻ることにした。
部屋の扉を開けると聞こえてきたのはエルザの——。
◆ ◆ ◆
王都の貧民街の一つに比較的近い場所にエクディン準男爵の屋敷はある。つまり俺の父の屋敷だ。どれだけ貧しかろうが貴族であれば王都の屋敷は持つのは当然だ。その屋敷には一人の管理人がいる。彼女の名前はエルザという。年齢は俺と同じで、明るい茶色の髪を背中の真ん中あたりまで伸ばしている。俺がここに来る少し前から雇われているらしく、この屋敷と隣にある教会の管理をし、さらに教会の一角で孤児院を運営している。
どうして彼女がここにいるのかは父からも聞いていないが、父が直接声をかけて雇ったそうだ。元々は教会の管理人として雇おうとしたが、そのときにこの屋敷の管理も頼んだそうだ。教会には司祭がいると普通なら思うだろうが、この教会には司祭はいない。たまにいたことはあるそうだが、すぐに辞めてしまったそうだ。司祭がいなくても信者たちは勝手に入ってきて、勝手に祈りを捧げて、そして勝手に出ていく。
エルザは管理人として働き始めるとすぐに孤児院を作り、貧民街の少女たちを集めたそうだ。自分と同じような境遇にある少女たちを助けたいと。それから男の子たちも集めるようになった。それを聞くだけでかなり行動的だと分かる。
彼女は屋敷と教会にそれぞれ部屋があり、寝泊まりは半々といったところだ。屋敷の方には主に俺の食事の準備や洗濯のために来る。そして昼間は教会と孤児院の方にいて、また夕方になれば俺の食事を作りにきてくれる。正直なところ、俺が孤児院の方に行って食事をした方が手間がかからないと思う。貴族の息子が孤児たちへ配慮するのもおかしなものだが、手間を考えればそちらの方が早くて楽だろう。だがそうしないのには理由がある。孤児たちが俺を怖がるからだ。
実際に孤児たちがそう言っているのを聞いたことはないが、背が高い上に赤い髪と目をしているから、威圧感が出てしまうようだ。この国では珍しい色らしいからな。俺としては孤児たちを怖がらせたくはないから、なるべく孤児院の方には顔を出さないようにしている。そういうわけで朝と夕方は屋敷の方でエルザが食事の用意をしてくれるが、入学後しばらくすると食事——特に夕食を食べられない日が出てきた。
俺個人というよりもうちの実家が一部の貴族からは嫌われているのが原因だ。入学して一か月ほど経った頃だったか、初めて食事に毒を盛られた。あのときは二、三口食べた段階で違和感に気付いたが、必ず気付くとは限らない。あれ以降、食堂での食事には必ず[分析]を使うようにしているが、あの魔法は自分が知っている毒しか判別できない。
毎食必ず毒が入れられるわけではないが、それでも週に一度は必ず入っている上に、俺の知らない毒もある。そうなるとトイレで吐き出して胃を洗って、それから[回復]などで症状を抑えるしかない。[解毒]は知っている薬物にしか通用しないからだ。
こうした嫌がらせが続くが、なるべく学校にいる間は平静を保つようにしている。馬鹿たちを喜ばせるのも腹が立つし、殿下に気を使わせたくはないからだ。だが毒が体に入った上に食事も吐き出したとなると、夕方にはフラフラになる。そして帰ってきても食欲がなく、食事を断らなくてはならないこともあった。
「すまないが、今日は夕食はいらない」
「大丈夫ですか?」
「あまり食欲がないんだ。明日の朝は食べられると思う」
「分かりました。無理はしないでくださいね」
食事を作ってくれるエルザには申し訳ないが、そういうときは食事はいらないと言って部屋にこもる。エルザが気を利かせて軽い食事を部屋の前に置いてくれることもあるが、食べても数口くらいで、ほとんどは残してしまう。まさか毒を盛られたと正直に言うわけにもいかず、体調が悪いという説明で済ませていた。
そのようなことが半年くらい続いただろうか、次第に毒で苦しむことが減ってきた。色々な毒を盛られては治して盛られては治してと繰り返しているうちに、かなり毒に対する耐性ができたようだ。かなりの種類の毒を食べる前に[分析]を使って判別できるようになり、[探索]を使えば誰が持っているかが分かるようになった。
多少は油断もあったんだろう。ある日それは起こった。
「エルマー様、大丈夫ですか?」
遠くからエルザの声が聞こえてくるような気がする。どうして俺は床で寝ているんだ? たしか……そうだ、先ほど夕食を終え、さあ部屋で休もうと思ったところで体に異変があり、立っていられなくなったからだ。
「肩につかまってください」
「すまない」
エルザに肩を貸してもらって部屋に向かう。部屋に入るとそのままベッドに倒れ込んだ。エルザが気遣わしげにこちらを見ている。
「しばらくすれば大丈夫だ。心配をかけた」
「いえいえ、気にしないでください。熱があるようですので頭を冷やす水を持ってきます」
そう言うとエルザはパタパタと部屋から出て行った。
それにしても——エルザが毒を盛ったとは考えにくい。俺の体はこの半年でよほどの毒でない限りは効かなくなっているはずだ。それなのに俺が倒れたということは、これは毒ではない可能性がある。
そう考えているとエルザが戻ってきた。桶の中でタオルを絞って俺の額に乗せてくれた。
「エルマー様、ゆっくり休んでください」
「ああ、ありがとう」
エルザはそこにある椅子に座って俺の看病をするつもりのようだ。しばらく目を閉じていると額のタオルを替えてくれた。俺は眠ったり目を覚ましたりを繰り返したが、ふとエルザの方を見ると船を漕ぎかけていた。俺の食事に屋敷と教会の管理、それに孤児たちの世話。朝から夜まで忙しいだろう。
何度目かに目を覚ましたとき、俺は喉の渇きを感じて水を飲みにいくことにした。エルザは完全に寝ているようなので、抱き上げてベッドの方に寝かせた。それから彼女を起こさないように静かに部屋を出た。
台所に行くと食器や鍋がそのまま置かれていたから、それに[分析]を使った。これは——毒ではないな。よく分からないが、ひょっとしてアレか? そんなものを使う理由は限られているが、まさかエルザに盛られるとは思わなかった。
もう食事を終えてかなりの時間が経ち、今さら吐き出しても無意味だろう。俺は気分を落ち着けて水を飲むと、できればこれから何も起こらなければいいと思いながらゆっくりと部屋に戻ることにした。
部屋の扉を開けると聞こえてきたのはエルザの——。
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