ドラゴネット興隆記

椎井瑛弥

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第一章:領主一年目

職人たちとの面談(二)

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「モーリッツと申します。王都では宝飾品の加工をしていました」

 髪の毛を伸ばして後ろで縛った優男で、歳は四〇くらいだろうか。この町にはかなり似つかわしくないように思える。個人的な感想だが、王都の一流の宝飾品を扱っている店で貴婦人を相手に接客しているのが似合うと思う。

「正直に聞くが、王都の方がそういった宝飾品の需要は多いと思うぞ。ここではまだ購入する者はそれほどいないはずだ」
「たしかにそれはそうです。ですが、開拓されていない土地ということであれば、王都では手に入りにくい宝石が手に入りやすいかもしれません。あるいは他の土地にはない宝石が見つかるかもしれません。そのようなことを考えてこちらへの移住を決めました」

 なるほど、宝石そのものに興味があるということか。それならこの土地は魅力的かもしれない。誰も掘っていない場所がたくさんあるからな。

「いずれは調査隊を編成しよう。今はまだそれをするだけの人がいない。もう少し待ってくれるか?」
「もちろんです。それで一つお願いが」
「俺でできることなら」
「その際は私も調査隊に加えてください。王都に来るまでも自分で鉱脈があると言われていた場所を掘ったこともありました。そのために土魔法も習得したくらいです」
「なかなかの熱意だな」
「宝石に関する熱意なら誰にも負けません」

 そう言って胸元でグッと拳に力を入れる。見た目から中身は判断できないといういい見本のような男だ。



「バルタザールと言います。樽職人をしています」
「樽だけなのか? 桶や箱は?」

 なぜか小さな樽を小脇に抱えている。ガラガラと音が聞こえるから、仕事道具か何か、硬い物でも入れているのだろう。

「桶や箱も作りますが、私自身は樽職人の名乗っています」
「たしかに液体だけではなく、何を入れるにしても便利だとは思うが……」
「とあるエルフの賢者が『樽は万能』という言葉を残しています。樽を使って数々の魔道具を作った方で、かなりの食通だったとも言われています。そして食は生活の源でもあります。つまり『生活の源=樽』となります。万物は樽に通じるのです」
「いや、それは理論が飛躍しすぎだろう」

 一見すると真面目そうなんだが、なかなか変わった考え方をするやつだ。真面目な者ばかりでは面白みがないから一人や二人はこういう者がいてもいいのか。

「それで、ここに移住を希望したのは何か理由があったのか?」
「私は様々な木を使って樽を作ってきました。この領地には他にはない木がある可能性を考えました。もしかすると世界で私しか知らない木で樽が作れるかと思うと、居ても立ってもいられませんでした!」
「興奮するのは分かるが、それを抱き潰すなよ」

 体力仕事だからなかなかいい体格をしているので、小脇に抱えた小樽がミシミシ音を立てている。

「そういうわけで、誰も樽を作ったことのない木を探したいと思います」
「言いたいことは分かった。そのときになれば調査隊を作るから、それに同行してくれ」
「はい」
「他の職人についても同じだが、とりあえず今は調査隊を準備するほど人が居ない。ちょっと森へ狩りに行くのとは違うからな。もう少し待ってくれ」
「分かりました。楽しみにしています」



「機織りと染めをしているアメリアと申します」
「衣類はなくてはならないからよろしく頼む」

 非常に礼儀正しい女性だ。きちんとした服を着れば貴族の令嬢と言われてもおかしくないような風貌をしている。

「こちらこそよろしくお願いします」
「織機などは頼んでいる。月末までには一通り揃えてもらうことになっているので、それから仕事を始めてもらう予定だ」
「分かりました。それまでは近場で染料を探すことにします」
「こんな近くにあるのか?」
「はい。そのあたりに生えている草でも使えるものはあります。ここに来れば新しい植物に出会えるのではないかと思いました」
「やはり職人は考えることが似ているな」

 やはり人が入ったことのない場所というのは男でも女でもロマンを掻き立てられるものだろう。

「触ると気分が高揚する植物もありますので、この仕事はやめられません」
「使いすぎには注意しろよ」



「染物をしていたドーリスです。デリアとフリーデとは同じ工房で働いていました」
「デリアです。私は針子をしていました」
「フリーデです。同じく針子です」
「同じ工房から三人か。王都は今なら針子は必要だろう」
「それが……もっと若くて腕のいい針子たちが何人も入ってきまして……まあ私とフリーデはお払い箱に」
「私は二人と仲が良かったので、一緒に来ることにしました」

 どこかで聞いた話だな。ものすごく近くで。

「…………ひょっとしてその子たちはどこかの孤児院から来なかったか?」
「そうですが……ひょっとしてあの子たちをご存知ですか?」
「おそらく妻のエルザの弟子たちだ。孤児院を出ても生活に困らないようにと小さな頃から教えていたそうだ。すまないな」
「いえ、恨んでいるとかそういうのではありません。あの年齢であれだけできるのかと思って自信を失いましたので、こちらでやり直そうと思っていました。もしよろしければ奥様に仕立てを教えていただくことはできますか?」
「手が空いていれば大丈夫だと思う。後ほど紹介しよう」



「アーダムです。本職は左官ですが、土木工事も得意です」
「土木工事ができる人材がいるのはありがたい。よろしく頼む」

 これまで土関係はほとんど俺がやっていたが、土魔法が使える者が増えるのは助かる。トンネル工事が始まれば、俺はそちらにかかりっきりになるからな。

「こちらこそ。領主様は土魔法が得意だそうで、詳しく教わりたいと思っていました」
「そう言うなら使えるのか?」
「はい、ある程度は。職人街の地下に通した下水道を拝見しましたが、あれは素晴らしいですね。今後は私に作らせていただければと」
「見てきたのか? それならぜひ任せたい。森の掃除屋もまだまだいるから、必要なら言ってくれ」
「あれがいるのですか?」

 俺は森の掃除屋を取り出して手のひらに乗せる。冷たくも温かくもない、ただのヌメッとした生き物だ。

「ここから見える北の山の麓にはたくさんいる。これまでに見たことがあるのか?」
「はい、私が見たのはもっと南の国でですが。これは糞や死骸を食べると言われていますが、人の体から出た垢なども食べるそうです。国によっては風呂に浮かべることもあるとか。風呂掃除もしてくれるそうです」
「それは便利だな」

 手に乗った森の掃除屋に「そうなのか?」と語りかけると、「そう」と返ってきた気がした。

「それなら掃除の手間が省けるな。一匹か二匹くらい入れておくか」
「体に這わせて垢を食べさせても気持ちいいそうです。私は体験したことはありませんが、樽に森の掃除屋をいっぱい入れてその中に入ると得も言われぬ快感だとか」
「それは遠慮したいな……」

 風呂の話じゃないが、竜が森の掃除屋を飼うのもよく似た理由か。快適な生活のためには思った以上にこいつらに世話になるかもしれないな。
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