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第一章:領主一年目
新しい使用人たち
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使用人たちを受け入れるためにカレンと王都にやって来た。また前と同じように運ぶことになる。今回、あらかじめ鍋は作っておいた。そこまで人数が多くないから、小さめの鍋でも十分に運べる。
俺は屋敷を出て教会の方に向かうと、そこにはきちんとした服装をした使用人たちと一緒にエクムント殿がいた。
「エクムント殿、わざわざ見送りですか?」
「紹介者としてこれくらいはしなければならないでしょう」
彼の笑みは底が知れないが、非常に律儀な性格だ。それと、これは押しつけがましく言われたわけではないが、俺が男爵になったときに恩賞がたっぷりと貰えたのは彼が訴えたからだそうだ。
彼は財務省の上役たちに向かって、「どうせ処分した貴族の財産を回収するわけですから、その範囲で渡すのなら一切国の損にはならないはずです。ここは最大の功労者に目一杯報いておいた方が、後々のことを考えれば得策だと思いますよ。彼は王太子殿下と軍学校時代から仲が良いそうですから」と言ったそうだ。彼がそこまで良くしてくれる理由は未だに分からないが、悪くされるわけではないので気にしないようにしている。
潰された貴族が王都に持っていた財産だけでも、俺が受け取った金貨の何十倍どころではないだろうから、領地の方の財産も押さえれば相当な金額になっただろう。おかげで国庫は相当潤ったはずだ。だから俺は恩賞に金貨五〇〇枚と支度金に同じく五〇〇枚、さらに小麦二五〇袋と大麦二五〇袋を受け取った。だが思ったほど金は使っていないのが現状だ。
俺は異空間から馬を繋いだ三台の馬車を取り出していく。これも王都を出てしばらく進んだら鍋に入れて運ぶので、それまでと言えばそれまでだが。ここからカレンに運んでもらえたら楽なんだがなあ。
「俺以外に御者ができる者が二人必要だ。誰がしてくれるんだ?」
「私はホルガーと言います。御者をしておりました」
「私はヨアヒムです。従僕でしたが、御者をすることもよくありました」
「では二人に頼む。それでは今から王都を出る。しばらくは窮屈だが、夜までは我慢してくれ」
一台は俺が走らせ、残り二台はそれぞれ御者と従僕として働いていた者たちに任せることになった。
「ではエクムント殿、いずれまた王城で」
「ええ、それまでお元気で」
三台の馬車が王都を走る。そのまま王都を出たら暗くなるまで北へ向かい、以前と同じような森の側で止まる。
「さて、ここからは少し特殊な移動方法になる。疑問はあると思うが、とりあえずそれは後回しだ」
俺は御者席から降りると森の陰に入り、今回はあらかじめ作っておいたいつもの鍋を取り出すと再び御者席に座り、鍋の中に馬車を入れた。他の二台も続く。揺れに備えて馬車からは出てもらう。異空間に入っていたカレンを鍋の外に出すと、俺は内側から入り口を閉じた。
今回はカレンの紹介も飛ばし、とりあえず連れて行くのを先に行う。そのためにカレンにはずっと異空間にいてもらっていた。かなり居心地がいいそうだから寝ていたらどうしようかと思ったら大丈夫だった。
それでこの鍋の中だが、照明の魔道具を持ち込んでいるので真っ暗ではない。それほど高性能なものではないので薄暗いが、真っ暗な中で待っているよりはマシだろう。
《少し揺れるわよ》
カレンの声が聞こえると鍋がゴトリと揺れた。それから数時間、俺はエクムント殿から渡された一覧を見ながら彼らと話をし、あらためてどのように働いてもらうかを考えることにしたが……
「俺の股間を触っているのは誰だ?」
「「は~い」」
「カリンナとコリンナか。なぜ触る?」
「なぜならそこに山があるからで~す。素晴らしい山でした~」
「山があるなら挑戦するのは当然で~す。できれば直に登りたいのですけど~」
「大人しくしておけ」
◆ ◆ ◆
領地についての説明をしていると、カレンが下降に入っているのが分かった。こうなればもうすぐだろう。しばらく待っていると床下からゴリッと音がした。
《もういいわよ》
「分かった」
カレンから合図が来たので鍋の壁を崩して外に出る。カレンはすでに人の姿になっている。
「旦那様、ここがノルト男爵領ですか?」
「そうだ。今は暗いから分からないが、明日になれば分かるだろう。とりあえず向こうにある集会所へ移動する」
馬と馬車は後からどうにかするとして、人の姿になっているカレンと一緒に使用人たちを集会所まで連れて行くことになった。
「エルマー様っ、カレンさんっ、お帰りなさいませっ」
いつものように女中のような服を着たアルマが集会所から出て来た。女中服に似せたドレスだが、俺はどうしてそんな服を着るのかがよく分からない。
「中はもう大丈夫か?」
「はいっ。手の空いている方々が運び込んでくれました。ところでその二人は?」
「放っておくと何をするか分からないからこうしている」
先ほど俺の股間を撫で回していた二人は、これ以上余計なことをしないように小脇に抱えている。その状態でも尻を触ろうとしてくる努力を、俺は褒めればいいのかどうすればいいのか。
食事などの用意は町の者たちにやってもらった。簡易的な台所も備え付けられているので、明日の朝食も大丈夫だろう。
「みんなには、今日だけはこちらの集会所で泊まってもらうが、明日には部屋の用意ができる。明日は仕事と部屋の割り振りをしたい」
「割り振りですか?」
「そうだ。エクムント殿から聞いていると思うが、みんなを雇うことについては、人数の面では問題ない。だがうちの城ではそれほど必要のない仕事もある。例えば侍女だが……」
俺が侍女の二人を見ると、少し居心地が悪そうにした。
「アルマ、こっちへ」
「はいっ」
アルマが俺の横に来る。
「アルマは使用人のような服装をしているが、俺の妻だ」
「「「「え⁉」」」」
「はいっ。妻の一人のアルマです」
「このように、うちの妻たちは生まれが貴族ではないから、着替えだろうが部屋の片付けだろうが掃除だろうが料理だろうが、大抵のことは自分でする癖が付いている。だから侍女に身の回りの世話をされることはないだろう。急ぐ必要はないが、何か自分の得意なものを活かした仕事が見つけられればいいんじゃないかと俺は思う。手持ち無沙汰になるのも嫌なものだろう」
「はい、それはたしかにそうです」
「それと門番だが……」
今度は集まっている門番たちに目を向けた。
「うちは他の領地と接していないという理由もあって、今のところは城を守る必要がない。それで門番のみんなには、城ではなく人を守る仕事をしてもらいたい」
「要人警護でしょうか?」
「半分正解だ。この領地はまだほとんど人の手が入っていない。だから見るものが見れば宝の山に見えるだろう。誰も見たことのないものがあるかもしれないし、他の場所では手に入りにくいものもあるだろう。それらを必要としている職人たちに同行して警護をしてもらいたい」
なかなか調査隊が編成できていない。結局のところ、町中での作業を優先せざるを得ない。まだ運河の工事には入っていないが、そのための準備もある。
肉を確保するための狩りも行わなければならない。それとは別に働き盛りの男連中を毎日二〇人も三〇人も山の方に向かわせるのも考えものだ。だから門番たちが来るまで待っていた。
「町の外はどれくらい危険があるのでしょうか? 剣の扱いは問題ないと思いますが、私も含めて魔獣や魔物との戦いには慣れていない者が多いのですが」
「魔獣は山や森に近づけば出る。猪や熊が多いな。まれに鹿や狼も出る」
「竜が出るという話も聞きますが、旦那様は見たことはありますか?」
「あるぞ。カレン、少し頼む」
「ん? 私?」
そう言うとカレンは角と羽と尻尾を出した。大盤振る舞いだな。
「「「「えっ⁉」」」」
「先ほどまで我々が入っていたあの鍋のようなものを運んでくれたのが正妻のカレンだ。今は人の姿をしているが、この領地で最強の存在だ。カレンに同行してもらうことも多いから、危険はかなり少ないと言っておく」
「そうそう、危険な魔獣が近寄ってきたら殴り飛ばすから大丈夫よ」
「は、はいっ」
「そういうことで、とりあえずこの町にいる限り危険はない。先ほど言ったように、明日は仕事の振り分けをして、それから城の案内をする。今日のところはゆっくりと休んでくれ」
俺は屋敷を出て教会の方に向かうと、そこにはきちんとした服装をした使用人たちと一緒にエクムント殿がいた。
「エクムント殿、わざわざ見送りですか?」
「紹介者としてこれくらいはしなければならないでしょう」
彼の笑みは底が知れないが、非常に律儀な性格だ。それと、これは押しつけがましく言われたわけではないが、俺が男爵になったときに恩賞がたっぷりと貰えたのは彼が訴えたからだそうだ。
彼は財務省の上役たちに向かって、「どうせ処分した貴族の財産を回収するわけですから、その範囲で渡すのなら一切国の損にはならないはずです。ここは最大の功労者に目一杯報いておいた方が、後々のことを考えれば得策だと思いますよ。彼は王太子殿下と軍学校時代から仲が良いそうですから」と言ったそうだ。彼がそこまで良くしてくれる理由は未だに分からないが、悪くされるわけではないので気にしないようにしている。
潰された貴族が王都に持っていた財産だけでも、俺が受け取った金貨の何十倍どころではないだろうから、領地の方の財産も押さえれば相当な金額になっただろう。おかげで国庫は相当潤ったはずだ。だから俺は恩賞に金貨五〇〇枚と支度金に同じく五〇〇枚、さらに小麦二五〇袋と大麦二五〇袋を受け取った。だが思ったほど金は使っていないのが現状だ。
俺は異空間から馬を繋いだ三台の馬車を取り出していく。これも王都を出てしばらく進んだら鍋に入れて運ぶので、それまでと言えばそれまでだが。ここからカレンに運んでもらえたら楽なんだがなあ。
「俺以外に御者ができる者が二人必要だ。誰がしてくれるんだ?」
「私はホルガーと言います。御者をしておりました」
「私はヨアヒムです。従僕でしたが、御者をすることもよくありました」
「では二人に頼む。それでは今から王都を出る。しばらくは窮屈だが、夜までは我慢してくれ」
一台は俺が走らせ、残り二台はそれぞれ御者と従僕として働いていた者たちに任せることになった。
「ではエクムント殿、いずれまた王城で」
「ええ、それまでお元気で」
三台の馬車が王都を走る。そのまま王都を出たら暗くなるまで北へ向かい、以前と同じような森の側で止まる。
「さて、ここからは少し特殊な移動方法になる。疑問はあると思うが、とりあえずそれは後回しだ」
俺は御者席から降りると森の陰に入り、今回はあらかじめ作っておいたいつもの鍋を取り出すと再び御者席に座り、鍋の中に馬車を入れた。他の二台も続く。揺れに備えて馬車からは出てもらう。異空間に入っていたカレンを鍋の外に出すと、俺は内側から入り口を閉じた。
今回はカレンの紹介も飛ばし、とりあえず連れて行くのを先に行う。そのためにカレンにはずっと異空間にいてもらっていた。かなり居心地がいいそうだから寝ていたらどうしようかと思ったら大丈夫だった。
それでこの鍋の中だが、照明の魔道具を持ち込んでいるので真っ暗ではない。それほど高性能なものではないので薄暗いが、真っ暗な中で待っているよりはマシだろう。
《少し揺れるわよ》
カレンの声が聞こえると鍋がゴトリと揺れた。それから数時間、俺はエクムント殿から渡された一覧を見ながら彼らと話をし、あらためてどのように働いてもらうかを考えることにしたが……
「俺の股間を触っているのは誰だ?」
「「は~い」」
「カリンナとコリンナか。なぜ触る?」
「なぜならそこに山があるからで~す。素晴らしい山でした~」
「山があるなら挑戦するのは当然で~す。できれば直に登りたいのですけど~」
「大人しくしておけ」
◆ ◆ ◆
領地についての説明をしていると、カレンが下降に入っているのが分かった。こうなればもうすぐだろう。しばらく待っていると床下からゴリッと音がした。
《もういいわよ》
「分かった」
カレンから合図が来たので鍋の壁を崩して外に出る。カレンはすでに人の姿になっている。
「旦那様、ここがノルト男爵領ですか?」
「そうだ。今は暗いから分からないが、明日になれば分かるだろう。とりあえず向こうにある集会所へ移動する」
馬と馬車は後からどうにかするとして、人の姿になっているカレンと一緒に使用人たちを集会所まで連れて行くことになった。
「エルマー様っ、カレンさんっ、お帰りなさいませっ」
いつものように女中のような服を着たアルマが集会所から出て来た。女中服に似せたドレスだが、俺はどうしてそんな服を着るのかがよく分からない。
「中はもう大丈夫か?」
「はいっ。手の空いている方々が運び込んでくれました。ところでその二人は?」
「放っておくと何をするか分からないからこうしている」
先ほど俺の股間を撫で回していた二人は、これ以上余計なことをしないように小脇に抱えている。その状態でも尻を触ろうとしてくる努力を、俺は褒めればいいのかどうすればいいのか。
食事などの用意は町の者たちにやってもらった。簡易的な台所も備え付けられているので、明日の朝食も大丈夫だろう。
「みんなには、今日だけはこちらの集会所で泊まってもらうが、明日には部屋の用意ができる。明日は仕事と部屋の割り振りをしたい」
「割り振りですか?」
「そうだ。エクムント殿から聞いていると思うが、みんなを雇うことについては、人数の面では問題ない。だがうちの城ではそれほど必要のない仕事もある。例えば侍女だが……」
俺が侍女の二人を見ると、少し居心地が悪そうにした。
「アルマ、こっちへ」
「はいっ」
アルマが俺の横に来る。
「アルマは使用人のような服装をしているが、俺の妻だ」
「「「「え⁉」」」」
「はいっ。妻の一人のアルマです」
「このように、うちの妻たちは生まれが貴族ではないから、着替えだろうが部屋の片付けだろうが掃除だろうが料理だろうが、大抵のことは自分でする癖が付いている。だから侍女に身の回りの世話をされることはないだろう。急ぐ必要はないが、何か自分の得意なものを活かした仕事が見つけられればいいんじゃないかと俺は思う。手持ち無沙汰になるのも嫌なものだろう」
「はい、それはたしかにそうです」
「それと門番だが……」
今度は集まっている門番たちに目を向けた。
「うちは他の領地と接していないという理由もあって、今のところは城を守る必要がない。それで門番のみんなには、城ではなく人を守る仕事をしてもらいたい」
「要人警護でしょうか?」
「半分正解だ。この領地はまだほとんど人の手が入っていない。だから見るものが見れば宝の山に見えるだろう。誰も見たことのないものがあるかもしれないし、他の場所では手に入りにくいものもあるだろう。それらを必要としている職人たちに同行して警護をしてもらいたい」
なかなか調査隊が編成できていない。結局のところ、町中での作業を優先せざるを得ない。まだ運河の工事には入っていないが、そのための準備もある。
肉を確保するための狩りも行わなければならない。それとは別に働き盛りの男連中を毎日二〇人も三〇人も山の方に向かわせるのも考えものだ。だから門番たちが来るまで待っていた。
「町の外はどれくらい危険があるのでしょうか? 剣の扱いは問題ないと思いますが、私も含めて魔獣や魔物との戦いには慣れていない者が多いのですが」
「魔獣は山や森に近づけば出る。猪や熊が多いな。まれに鹿や狼も出る」
「竜が出るという話も聞きますが、旦那様は見たことはありますか?」
「あるぞ。カレン、少し頼む」
「ん? 私?」
そう言うとカレンは角と羽と尻尾を出した。大盤振る舞いだな。
「「「「えっ⁉」」」」
「先ほどまで我々が入っていたあの鍋のようなものを運んでくれたのが正妻のカレンだ。今は人の姿をしているが、この領地で最強の存在だ。カレンに同行してもらうことも多いから、危険はかなり少ないと言っておく」
「そうそう、危険な魔獣が近寄ってきたら殴り飛ばすから大丈夫よ」
「は、はいっ」
「そういうことで、とりあえずこの町にいる限り危険はない。先ほど言ったように、明日は仕事の振り分けをして、それから城の案内をする。今日のところはゆっくりと休んでくれ」
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