ドラゴネット興隆記

椎井瑛弥

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第一章:領主一年目

偉容、あるいは威容

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 目の前には城がある。城だ。周りに何もないから浮きまくっている。

 領主邸が完成したとクラースに言われて見に来たが、そこにあったのは思っていた以上に立派な城だった。もちろんヴァーデンの王城に比べれば小さいが、どう見ても屋敷じゃなくて城だろう。勝手に城を建ててはいけないと決まっているわけではないし、国境近くには砦か城か屋敷か分からないようなものもたくさんあるが、ここには誰も攻めてこないぞ。

 昨日の夕方に「結婚祝いだ。立派な屋敷を建ててやろう」と言っていたが、今日半日ほど堀を深くする作業をしている間にこうなっていた。天井の高い三階建てで、盛り土をした上に建てられているから、かなり高い位置に建物がある。見た目は重厚感あふれた城だな。ハンスとアガーテの家も一緒に位置が変えられている。二人ともまだ荷物を運んでいないから中にはいないと思うが、もし家の中にいて外に出ようとしたら場所が違ったとか、驚くどころじゃないだろう。

「なあ、クラース。なぜ城なんだ? 屋敷って言っていたよな?」
「ん? 領民たちに向かって『人は城、人は石垣、人は堀、情けは味方、仇は敵なり』と言っただろう。城が好きなのかと思ってな」
「……それは冗談だろう?」
「もちろん冗談だとも。領民たちが『エルマー様のお屋敷は立派にしてください』と言っていたから張り切ってしまった。慕われているな」
「……立派な城だな。立派すぎるくらいだ。感謝する」
「そう言ってもらえるだけで十分だ。妻も増えるのだろう。部屋数は十分ある」
「……誰がそんなことを?」
「カレンが『どれだけ増えてもいいようにしておいて。とにかく広くね、広く』と言っていたから、三階建てにしたら城になった。足りなければ横に増築もできるように考えて廊下を通してある。そのあたりは棟梁たちと相談してくれ」
「……あいつはどれだけ増やすつもりだ? ところであれは何だ? ハンスの家の隣にある家だ」
「ああ、あれか。あれは私とパウラの家らしい。もうすぐここを離れると伝えたら、帰ってきたらいつでもここに泊まってくれと言われた」
「この町の一員だからな」
「ふむ。そう言われるのも嬉しいものだな」

 いきなりやって来た俺に娘を預け、俺が町を作り始めたらそれを手伝ってくれた。俺の義理の両親になるし、兄と姉のような友人のような関係でもあるし、もうここの住人と言ってもいいだろう。少なくとも町のみんなはそう思っている。



「じゃあ中を見に行きましょ」

 戻ってきたカレンと一緒にクラースの案内で城の中を見て回ることにした。

「ここは小広間だ。吹き抜けになっていて、中規模くらいのパーティーをする場所として使える」
「ここだけでハイデの屋敷くらいありそうだな」
「みんなで宴会をしたらいいんじゃないの?」
「それは集会所があるだろう」

 さすがに領民全員を入れるのは無理だな。集会場のように二階建てで複数の部屋があるわけじゃない。二日に分けるとかならいけるか? そうすれば結局みんな二日とも参加しそうだが。



「ここが大広間だ。同じく吹き抜けにしてある」
「私なら竜になっても大丈夫そうね。お父さんはつっかえるかもしれないけど」
「たしかに私なら尻尾が少し出るか。パウラならちょうどだな」
「いや、屋敷の中で竜になる必要はないだろう」

 ここなら全員入るか? あえてここで宴会をする必要はないが……使い道がないな。何かあったときの避難場所になりそうだが、ここで何か起きそうか? 敵が攻めてくるとは思えないから、あるとすれば自然災害くらいだろうか。土地自体が少し高くなっているから安全は安全だろうな。水害でも堀が水を受け止めてくれるだろう。



「ここは応接間にいいだろう。パーティーの前後で歓談する場所だな」
「大広間はこれくらいの広さでよかったんじゃないか?」
「いや、大広間は城の格を示すものだろう。大きくなくてどうする」
「俺は単なる男爵なんだが」

 俺は男爵だと言ったはずだが、異国にはこんな大きな城に住む男爵がいるんだろうか。領民が一万とか二万とかじゃないんだぞ。それこそ公爵とか大公とかが住んでいそうだ。

「客をもてなす応接間もそれなりに重要だ。特に女性の噂話は無視できるものではない。パーティー前にしっかりともてなすことが貴族の中での評価に繋がるわけだ」
「もてなす相手がそもそも来る土地ではないんだが」
「もし来たときに応接間がしょぼければ困るという話だ」

 しばらくは来ないだろう。誰か来るか? デニス殿の家族くらいじゃないか? 一家族だけ招いて応接間に迎えてから大広間でパーティーはあり得ないだろう。



「この角部屋は日当たりがいいから居間にいいだろう」
「なるほど、お茶会か」
「おやつね」
「いや、女性が社交で使う場所だが……まあそれでもいいか」

 一般的には他の貴族の女性たちを招くお茶会だ。けっして休憩時間にお茶を飲む場所ではない。だがお茶会をすることはないだろうから休憩室になりそうだ。ざっと聞いた感じでは台所や食堂とはほぼ反対の位置になるようだ。それなりに距離があるから、ちょうどいい休憩場所になりそうだ。

 もしお茶会をするとしても、来てくれるのはやはりデニス殿の家族くらいだろうか。領地内から呼ぶとして農民しかいないから、それなら集会所でということになりそうだ。



「このあたりは予備の部屋だな。上級使用人の部屋として使うこともできる」
「ハンスに仕事をしてもらうときには部屋はあった方がいいだろうな。そもそもこれだけ広いとハンスとアガーテだけではどうにもならないな」
「人を増やすの?」
「そうだなあ。掃除をするだけでも大変そうだからな」
「さすがに埃は魔法ではどうしようもないな。エルマーなら風魔法を使って窓から出すことができるのではないか?」
「できなくはないが、窓から埃が吹き出す城って嫌じゃないか?」

 まさかアガーテに一人で掃除をさせるわけにもいかないだろう。もし俺がここの掃除を毎日一人でやれと言われたら即刻辞める。



「裏手には使用人たちの部屋や広間が集めてある」
「それなりに部屋数があるな」
「男爵なら使用人も多くなりそうだと思ってな。だが張り切りすぎて、気付いたときには建物が大きくなりすぎていた。おそらくこの部屋数では足りなくなる」
「作ってもらって文句を言うのもなんだが、気付いた時点で小さくしてくれてもよかったと思うが」
「削るよりも追加する方が楽だろう」
「いや、今後のことを考えるとな」

 どうもクラースは二階建てくらいの大きめの屋敷を最初は想定していたようで、それなら家令か執事、従者、従僕、小姓、馬番、御者、家政婦長ハウスキーパー女中頭メイド長、料理人、台所女中、一般女中、皿洗い女中あたりは必要になる。もちろん仕事は兼ねさせようと思えばいくらでもできるが、男爵なら一〇人くらいだろう。

 俺としてはこんな王都から晴れた場所で暮らせば体面を気にする必要もそれほどないので、そもそも大きな屋敷はいらないと思っていた。やはり掃除をする女中だけでもそれなりの人数を雇い入れるか。



「ここは食堂で、その隣が台所になっている。水は魔道具で出るようになっている。温度調節も可能だ。とりあえず城の中の水を使う場所には設置してある」
「それは助かるな。それにしてもここもかなり広めになっているな」
「晩餐会をするなら必要だろう」
「ここに料理をいっぱい並べるの?」
「いや、立食にすればそれもできるが、そんなに種類を作っても食べきれないだろう」

 カレンが見ているのは晩餐会ができるような長いテーブルだ。おそらく使うのは端の方だけだろう。

「しかし、本当に広いな。ちょうど食堂があるんだから少し休憩するか」
「それもいいな」
「お茶ね」
「茶菓子も出すぞ」

 思った以上に広かった。一部屋一部屋確認していると思った以上に時間がかかった。



「クラースは色々な国を訪れたと言っていたよな? この城の元になった城とかはあるのか?」
「いや、これまで訪れた国にあった城や貴族の館を色々と参考にしているだけだ。基本的な作りはこの国のものに従っているが」
「この国の形式でない部分もあると思ったら、そういうことか」
「国によって特色があるから面白いぞ」

 ここまで見て、何かが足りないと思った。何が足りないのか……あっ。

「部屋に暖炉がないんだが」
「ああ、全館適温に調節するようになっている」
「魔道具か?」
「魔道具と言えば魔道具だが、屋敷全体が魔道具とも言える。柱の内部に組み込んであるから、城が潰れでもしない限りは問題ない。どうしても暖炉が欲しければ形だけ付けたらどうだ?」
「中が寒くないなら暖炉はなくても困らないが……」

 暖炉は部屋にあるものだ。暖を取るだけではなく、ちょっと食べ物を温めたりするのにも使うが……なくてもいいか。

「室温維持のための柱だが、もし増築をするなら必要になるだろうから、予備は棟梁たちに渡しておいた。領民たちの家の柱にも簡単だが組み込んでおいたので、寒い時期でも凍えることはないだろう。資材置き場にあった石材を勝手に使ったが、大丈夫だったか?」
「ああ、問題ない。ありがとう。領民たちの方もやってくれたのか」
「自分だけ環境が良すぎても落ち着かないだろう」

 領主が優遇されるのは当然かもしれないが、俺だけ暖かく過ごせて領民たちが寒い思いをするいうのは、あまり気分が良くない。俺は領主だがこの町の住民の一人でもある。そのことを忘れたら領主失格だと思っている。

 しかし、そろそろ休憩を終わらせて次に行かないとな。
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