ドラゴネット興隆記

椎井瑛弥

文字の大きさ
76 / 345
第一章:領主一年目

情緒不安定?

しおりを挟む
 貴賓室の準備を終えたら、約束通りエルザを抱き上げて部屋に向かい、それからしばらく可愛がった。

 カレンの実家へ貴賓室などを飾りつけるための調度品類を借りにいき、その終わりあたりからエルザの様子が少しおかしくなったからだ。最後にアルマを使って茶化したのが余計にいけなかったかもしれない。

「なあ、急にどうしたんだ?」
「すみませんでした。何かがあったわけでもないのですが……」

 エルザが元からおかしいのは分かっているが、今日はいつもと違って少し感情的になっているというか、情緒不安定というか、途中から少し突っかかってくるようになった。

 俺がカレンを抱きしめたりするのはいつものことだ。だが今日に限っていちゃつくなら向こうでしろと言ったので、何かあるのかと思ってこうやって慰めていた。

「私には昔から家族がいなかったのか、と思ってしまいまして。今さらそんなことを考えてもどうしようもないのは分かってはいるのですが」
「そうか。だが今は俺がいるだろう」
「ですが、一つ気になることもありまして」
「気になること?」
「はい、子供のことです」

 なかなか子供ができない。エルザが気にしていたことは、俺も前から多少は気になっていた。

 エルザとは軍学校の三年間のうち二年半ほど、屋敷にいるときはほぼ毎晩だった。若気の至りというのは恐ろしいものだが、あの年齢でも子供はできるはずだし、そうなればもちろん責任は取るつもりでいた。

 当時の俺は、エルザがあの屋敷を離れたくないと思っているとは知らなかったので、子供ができれば卒業後はハイデに連れて行くつもりだった。田舎貴族だから結婚相手をどこから迎えるかなどは気にする必要はない。結局軍学校時代に子供はできなかったが、俺はその程度にしか考えていなかった。

 エルザは貧民街スラムの子供たちの面倒を見ていたが、当時はそれなりに忙しく、余計なことを考える時間があまりなかった。だがこちらに来て、農地で働いている夫婦や子供たちを見ている間に、先のことを考えるようになったそうだ。

 以前なら自分が原因か俺が原因かのどちらか、もしくは両方が原因と考えることもできたが、カレンにもアルマにもできていないなら俺に原因がある可能性が高い。

 だがそれを言っていいのかどうか分からず、もやもやしていたところに家族の話が何度も出て、さらにカレンが無邪気に抱きついたりしたから苛ついてしまったと。



「カレンさん、怒鳴ってすみませんでした」
「別にそんなことはいいのよ。でも、あなたでもままならないことがあるのね」
「ままならないことだらけだろう。それに子供は天からの授かりものだからな」

 エルザが落ち着いたので、下へ戻ってカレンとアルマも入れて話をすることにした。二人にも説明したが、原因は俺にある可能性が高いだろう。

「でもあなたのそれって、不能ってことなの?」
「それは勃たないことだから違う。誰から聞いたのかは知らないが、間違えて覚えないでくれ」
「ふふっ。エルマー様が不能なら、世の中に不能でない人はいませんね。ご立派なものをお持ちですから。もちろん私はエルマー様一筋ですので、他の男性のものを見たことはありませんが」
「私も同じですっ。それに不能って、エルマー様から一番縁遠そうな言葉ですねっ」

 少し深刻になりかけた空気が、カレンの一言で軽くなった。だがどうしたものか。これまでは見て見ぬふりをしていたが、今後はそうもいかなくなるだろう。薬師のカサンドラに相談するか、それとも王都で治癒師を探して相談するか。

「ねえ、お父さんの薬の中にそういうのはなかったの?」
「あの中にか? まだ全部は読んでいないが、あれは微妙な薬が多かったから、あるかどうか」

 クラースが渡してくれた書き付けには色々な薬の調合方法が書かれていた。一番よく使ったのは……いや、実際にはそれしか使っていないが、体力回復というか精力回復の水薬ポーションだった。そう言えば、最近はそれを使わなくてもなんとかなるようになったな。最後に飲んだのはいつだ?

 カレンもクラースが旅立つ前にこっそりと受け取っていたようで、それをエルザとアルマの二人が受け取って口にしていた。飲むなと言ったが聞いてくれなかったので、三人を相手にするなら俺も飲まざるを得ない。だからしばらくは俺も飲んで頑張った。

 だがカレンが持っていた水薬ポーションは数に限りがあったようだ。そのうちエルザとアルマは飲まなくなり、俺も最初のころから比べればカレンの激しさにだいぶ慣れたのか、いつの間にか飲まなくなっていた。

「隅から隅まで読んだわけじゃないが、ざっと見た感じは子作りの薬なんてなかったはずだ。みんなも手分けして見てくれ」

 精力剤以外に書かれていたいた薬は、女性なら尻が小さくなる代わりに胸が大きくなったり、その逆になったり、男性なら尻が小さくなる代わりにアレが大きくなったり、その逆になったり、あまり体に負担をかけない程度に体格を変える薬が多かった。

 クラースに言わせると、体型をあまり大きく変えると体への負担が大きすぎて命を落とす危険もあるということだ。だから微調整程度しかできない薬しか作っていないと。ほとんどが貴族から頼まれて作ったものらしい。

 綴じてある順番などは関係なさそうなので、紐を外してバラして、みんなで手分けして調べることにした。

「これはそれっぽくないですかっ?」
「これは……ええっと、『復元薬』か」
「どういう薬なんですか?」
「ええっとだな……『この薬は男女それぞれの体を本来あるべき状態に戻するものである。そのため、生まれつき何かしらの障害があっても、障害がない状態で生まれたかのように復元される。例えば生まれつき目が見えなかったとしても、服用後は生まれたときから目が見えていたようになる。ただし強制的に体を修復するので、修復の過程で痛みがある』とあるな。子供については書かれていないが、これなら効き目があるかもしれない」
「当たりでしたっ」
「じゃあ上に行くわよ!」
「おい、ちょっと待て。掴むな」



◆ ◆ ◆



 俺は子供ができにくいんじゃないかと考えたことはあったが、あまり深く考えないようにしていた。俺が生まれたのは父が四〇歳に近づいたころで、貴族としては遅い方だろう。だから俺としてもあまり早く子供ができなくてもいいと思っていた。

 だが体に問題があって子供ができないのならそれは問題だ。結局あれから俺はカレンに掴まれて寝室に連行された。ありがたいことに材料はすべて手持ちの素材にあったので、その場で作って服用した。やはり体に関するものは竜の爪が使われるのか。

 俺だけじゃなくてエルザとアルマも服用した。俺だけでいいと思ったが、エルザは「何かあっても困りますから」と言い、アルマは「一蓮托生ですっ」と前のめりに言った。ちなみにカレンは飲まなかったが、竜の爪を使った薬は竜であるカレンには効き目がないし、そもそも病気になることはないそうだ。

 書き付けにあった『修復の過程で痛みがある』というのはまさにその通りだった。飲み下した瞬間は何もなく、ひょっとして悪いところはないのではないかと思ったが、しばらくすると鳩尾から股間にかけて激痛が走った。俺は男だから男のつらさしか分からないが、股間を蹴り上げられた痛みがずっと続く、と言えば分かってもらえるだろうか。吐き気がひどくてうなり声さえ出せないほどだったが、しばらく耐えていると痛みが引いていった。てっきり二時間も三時間も苦しんだかと思ったら一五分ほどだったらしい。

 俺はそのような感じだったが、エルザは臍のあたりが少し押された程度に感じたくらいで、アルマに関しては何も異変がなかったそうだ。エルザももしかしたら何かあったのかもしれない。

 あの薬はあくまで最初から体の不具合がなかったかのようにするだけ薬なので、飲んですぐに子供ができるわけでもないだろう。だが頑張れば子供ができるかもしれないと思えば、気分も楽になるというものだ。



「~♪」

 エルザが鼻歌を歌っている。

「これで子供ができるかもしれないと思うと、少し気が楽になりました」
「俺も同じことを思った。これまで悪かったな。正直に言えば、子供のことはあまり考えていなかった。いずれできればいいという程度だった」
「いいんですよ。以前は以前で楽しかったですし、今後は今後で別の楽しみができましたから」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

『召喚ニートの異世界草原記』

KAORUwithAI
ファンタジー
ゲーム三昧の毎日を送る元ニート、佐々木二郎。  ある夜、三度目のゲームオーバーで眠りに落ちた彼が目を覚ますと、そこは見たこともない広大な草原だった。  剣と魔法が当たり前に存在する世界。だが二郎には、そのどちらの才能もない。  ――代わりに与えられていたのは、**「自分が見た・聞いた・触れたことのあるものなら“召喚”できる」**という不思議な能力だった。  面倒なことはしたくない、楽をして生きたい。  そんな彼が、偶然出会ったのは――痩せた辺境・アセトン村でひとり生きる少女、レン。  「逃げて!」と叫ぶ彼女を前に、逃げようとした二郎の足は動かなかった。  昔の記憶が疼く。いじめられていたあの日、助けを求める自分を誰も救ってくれなかったあの光景。  ……だから、今度は俺が――。  現代の知恵と召喚の力を武器に、ただの元ニートが異世界を駆け抜ける。  少女との出会いが、二郎を“召喚者”へと変えていく。  引きこもりの俺が、異世界で誰かを救う物語が始まる。 ※こんな物も召喚して欲しいなって 言うのがあればリクエストして下さい。 出せるか分かりませんがやってみます。

「キヅイセ。」 ~気づいたら異世界にいた。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者~

あめの みかな
ファンタジー
秋月レンジ。高校2年生。 彼は気づいたら異世界にいた。 その世界は、彼が元いた世界とのゲート開通から100周年を迎え、彼は通算一万人目の冒険者だった。 科学ではなく魔法が発達した、もうひとつの地球を舞台に、秋月レンジとふたりの巫女ステラ・リヴァイアサンとピノア・カーバンクルの冒険が今始まる。

商人でいこう!

八神
ファンタジー
「ようこそ。異世界『バルガルド』へ」

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた

りゅう
ファンタジー
 異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。  いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。  その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。

~クラス召喚~ 経験豊富な俺は1人で歩みます

無味無臭
ファンタジー
久しぶりに異世界転生を体験した。だけど周りはビギナーばかり。これでは俺が巻き込まれて死んでしまう。自称プロフェッショナルな俺はそれがイヤで他の奴と離れて生活を送る事にした。天使には魔王を討伐しろ言われたけど、それは面倒なので止めておきます。私はゆっくりのんびり異世界生活を送りたいのです。たまには自分の好きな人生をお願いします。

侯爵家三男からはじまる異世界チート冒険録 〜元プログラマー、スキルと現代知識で理想の異世界ライフ満喫中!〜【奨励賞】

のびすけ。
ファンタジー
気づけば侯爵家の三男として異世界に転生していた元プログラマー。 そこはどこか懐かしく、けれど想像以上に自由で――ちょっとだけ危険な世界。 幼い頃、命の危機をきっかけに前世の記憶が蘇り、 “とっておき”のチートで人生を再起動。 剣も魔法も、知識も商才も、全てを武器に少年は静かに準備を進めていく。 そして12歳。ついに彼は“新たなステージ”へと歩み出す。 これは、理想を形にするために動き出した少年の、 少し不思議で、ちょっとだけチートな異世界物語――その始まり。 【なろう掲載】

処理中です...