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第三章:領主二年目第二部
捕虜の扱い(一)
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ノルト男爵が敵の追撃に向かってくれた。我々はその間に戦場を片付ける必要がある。毎度のことながら、これがなかなか大変だ。
まずは怪我人の治療だ。軽い怪我なら傷口を洗って包帯を巻いておけばいい。だがひどい傷には肉体回復薬を使ったり治癒士が魔法をかけたりする。それから死んだ者に対する処置だ。敵味方に関係なく、遺体を戦場に放置することはできない。死毒が出て疫病の元になる可能性があるからだ。味方については髪を切って持ち帰ることにし、遺体はまとめて埋める。
身元が分かるなら身内に渡す。敵の持っていた武具類、糧食なども戦利品としてできる限り持ち帰る。だが、やむを得ずに放置する物もある。だから戦争の後には残された物を漁りに来る物取りもいる。
物取りが来ないようにするために全て持ち去ることはいい考えではない。良くも悪くも、彼らはそのようにして暮らしているからだ。もし戦場を漁るために来たとして、剥ぎ取るものが全くなければどこかの村にでも奪いに行く可能性がある。だから多少は落としておく。そもそも戦争が起きなければこのような面倒なことはないのだがな。
儂が父から爵位を受け継いでそれなりの時間が経ったが、この一五年、いやもう少しだろうか、やや大きな戦争が増えた。お互いに三万から五万ほどの兵力を揃えての戦争だ。さすがにお互いに一〇万を超える兵力をぶつけ合うことはない。
以前は戦争などほとんど起きなかった。国境での小競り合いというのはあった。どの国でも少しでも領土は広い方がいい。貴族がより広い領地を欲しがるのと同じだ。
だがその小競り合いが少しずつ大きくなり、ほぼ毎年のようにゴール王国軍が国境を越えることになると、南部に兵力が集められるようになった。北の兵力が少なくなるが、それは仕方がない。北に兵を置いておいてもどこからも敵は来ないからだ。結果としてゴール王国軍に一番近い儂の領地がまず戦場になる。東にあるバーレン辺境伯の領地はポウラスカ王国と接しているが、そちらはそれなりに仲良くやっている。羨ましいことだ。
この場所が最初の壁であり最後の壁でもある。そう思ってここから北へは抜けさせないつもりだったが、去年は危なかった。一度追い返したと思ったら、翌週再度侵攻してきたからだ。さすがに立て続けに全力で戦うのは難しい。戦争というものは戦いが始まればあっという間に終わるが、準備には長い期間がかかるものだ。兵力を揃え、武具を揃え、糧食を揃える。準備は一日二日で終わるものではない。
あの時はなんとか堪えてズルズルと引きずられるように北へ戦線を移動させつつ体勢を立て直したところで援軍が到着した。その援軍がまた問題だった。プレボルン大公の名代としてフロッシュゲロー伯爵が最高指揮官になった。参謀にヴィーゼル子爵。どちらも大公派の中心人物だった。ヴィーゼル子爵は戦場に出るような人物ではないが、この時はなぜか前線に出ていた。
さらにレオナルト殿下が一軍の指揮官として参戦ということになった。しかもフロッシュゲロー伯爵は王太子殿下の親衛隊を、事もあろうか前衛の右翼という、一番危険なところに配置しおった。だが援軍の指揮権は儂にはない。伯爵を最高指揮官として軍を再編することが決まりとなっていた。そもそも儂の軍も損害が大きく、長くは持たないのは明らかで、後詰めをすることになった。
その時に殿下の横で常に周囲に気を配っていた赤髪の男がいた。背の高い目つきの鋭い男で、彼が戦後に爵位を得てノルト男爵となる男だった。殿下からは親しげにエルマーと呼ばれていたか。
殿下は相当彼を信用しているようで、常に彼の意見を聞いていた。彼は媚び諂う訳でもなく、淡々と殿下に意見していたのが印象に残っている。竜に乗るということを別にしても、なかなかに立派な男のような。娘の相手にどうかな。父親としてはそろそろ家を出てほしいと思っている。
◆ ◆ ◆
「閣下、上級指揮官らしい者を取り押さえたそうです。検分をお願いします」
全軍が怪我人の治療をしつつゴール国軍が残した物資を集め、さらには遺体を埋葬しと忙しく動いていると、そのような報告があった。
「分かった。どこにいたのだ?」
「あの竜が火を吐いて焼き払った近くで倒れていたそうです。本陣があったと思われますが、おそらくあれでほぼ全滅だろうということでしたので運が良かったかと。身に付けている物から指揮官かそれに相当する地位だと思われますが、なかなか口を割ろうとしないそうです」
「なら儂が直接聞こうか。その前に、これを鳩で王都に送ってくれ」
「はっ」
◆ ◆ ◆
「無理か」
「強情と言うわけではありませんが、なかなか癖がある女ですね」
「おそらく貴族の娘だろう。無理に吐かせるわけにもいかないからな」
その捕虜は上等な鎧を身に付けて髪を編み込んで纏めた女性騎士だった。うちの娘もあれくらいの年だろうが、いい年になったのに嫁ごうともしない。家でゴロゴロしているのでそろそろ追い出したいところだが、儂がそれなりの年になってからできた一番下の娘だ。可愛くない訳ではないが、周りの目もあるのでそろそろ決めてもらいたいものだが。
話が逸れたな。
戦場での捕虜の扱いには一定の決まりがある。捕虜に暴行を加えてはならない。捕虜を殺してはならない。簡単に言えばそれくらいだ。
逆に敵将を討ち取った時には首級を返還することがある。それは戦場で戦った敵将に対しての礼儀と見なされている。だが投降した敵将のを殺して首級を送り付けることは最大の侮辱となる。もちろん戦場で討たれたのか戦後に殺されたのか、見た目に区別できることはほとんどないが、道義的にはそのようになっている。
「閣下、南を」
「ん? ああ、戻ってきたのか」
我々が捕虜の扱いに困っているとノルト男爵が南の空から戻って来た。一度見ているので、あの巨竜が近づいても兵たちは驚かない。馬は少々暴れるようだが、それくらいは仕方がない。竜を恐れない生き物がいるはずはないからだ。
まずは怪我人の治療だ。軽い怪我なら傷口を洗って包帯を巻いておけばいい。だがひどい傷には肉体回復薬を使ったり治癒士が魔法をかけたりする。それから死んだ者に対する処置だ。敵味方に関係なく、遺体を戦場に放置することはできない。死毒が出て疫病の元になる可能性があるからだ。味方については髪を切って持ち帰ることにし、遺体はまとめて埋める。
身元が分かるなら身内に渡す。敵の持っていた武具類、糧食なども戦利品としてできる限り持ち帰る。だが、やむを得ずに放置する物もある。だから戦争の後には残された物を漁りに来る物取りもいる。
物取りが来ないようにするために全て持ち去ることはいい考えではない。良くも悪くも、彼らはそのようにして暮らしているからだ。もし戦場を漁るために来たとして、剥ぎ取るものが全くなければどこかの村にでも奪いに行く可能性がある。だから多少は落としておく。そもそも戦争が起きなければこのような面倒なことはないのだがな。
儂が父から爵位を受け継いでそれなりの時間が経ったが、この一五年、いやもう少しだろうか、やや大きな戦争が増えた。お互いに三万から五万ほどの兵力を揃えての戦争だ。さすがにお互いに一〇万を超える兵力をぶつけ合うことはない。
以前は戦争などほとんど起きなかった。国境での小競り合いというのはあった。どの国でも少しでも領土は広い方がいい。貴族がより広い領地を欲しがるのと同じだ。
だがその小競り合いが少しずつ大きくなり、ほぼ毎年のようにゴール王国軍が国境を越えることになると、南部に兵力が集められるようになった。北の兵力が少なくなるが、それは仕方がない。北に兵を置いておいてもどこからも敵は来ないからだ。結果としてゴール王国軍に一番近い儂の領地がまず戦場になる。東にあるバーレン辺境伯の領地はポウラスカ王国と接しているが、そちらはそれなりに仲良くやっている。羨ましいことだ。
この場所が最初の壁であり最後の壁でもある。そう思ってここから北へは抜けさせないつもりだったが、去年は危なかった。一度追い返したと思ったら、翌週再度侵攻してきたからだ。さすがに立て続けに全力で戦うのは難しい。戦争というものは戦いが始まればあっという間に終わるが、準備には長い期間がかかるものだ。兵力を揃え、武具を揃え、糧食を揃える。準備は一日二日で終わるものではない。
あの時はなんとか堪えてズルズルと引きずられるように北へ戦線を移動させつつ体勢を立て直したところで援軍が到着した。その援軍がまた問題だった。プレボルン大公の名代としてフロッシュゲロー伯爵が最高指揮官になった。参謀にヴィーゼル子爵。どちらも大公派の中心人物だった。ヴィーゼル子爵は戦場に出るような人物ではないが、この時はなぜか前線に出ていた。
さらにレオナルト殿下が一軍の指揮官として参戦ということになった。しかもフロッシュゲロー伯爵は王太子殿下の親衛隊を、事もあろうか前衛の右翼という、一番危険なところに配置しおった。だが援軍の指揮権は儂にはない。伯爵を最高指揮官として軍を再編することが決まりとなっていた。そもそも儂の軍も損害が大きく、長くは持たないのは明らかで、後詰めをすることになった。
その時に殿下の横で常に周囲に気を配っていた赤髪の男がいた。背の高い目つきの鋭い男で、彼が戦後に爵位を得てノルト男爵となる男だった。殿下からは親しげにエルマーと呼ばれていたか。
殿下は相当彼を信用しているようで、常に彼の意見を聞いていた。彼は媚び諂う訳でもなく、淡々と殿下に意見していたのが印象に残っている。竜に乗るということを別にしても、なかなかに立派な男のような。娘の相手にどうかな。父親としてはそろそろ家を出てほしいと思っている。
◆ ◆ ◆
「閣下、上級指揮官らしい者を取り押さえたそうです。検分をお願いします」
全軍が怪我人の治療をしつつゴール国軍が残した物資を集め、さらには遺体を埋葬しと忙しく動いていると、そのような報告があった。
「分かった。どこにいたのだ?」
「あの竜が火を吐いて焼き払った近くで倒れていたそうです。本陣があったと思われますが、おそらくあれでほぼ全滅だろうということでしたので運が良かったかと。身に付けている物から指揮官かそれに相当する地位だと思われますが、なかなか口を割ろうとしないそうです」
「なら儂が直接聞こうか。その前に、これを鳩で王都に送ってくれ」
「はっ」
◆ ◆ ◆
「無理か」
「強情と言うわけではありませんが、なかなか癖がある女ですね」
「おそらく貴族の娘だろう。無理に吐かせるわけにもいかないからな」
その捕虜は上等な鎧を身に付けて髪を編み込んで纏めた女性騎士だった。うちの娘もあれくらいの年だろうが、いい年になったのに嫁ごうともしない。家でゴロゴロしているのでそろそろ追い出したいところだが、儂がそれなりの年になってからできた一番下の娘だ。可愛くない訳ではないが、周りの目もあるのでそろそろ決めてもらいたいものだが。
話が逸れたな。
戦場での捕虜の扱いには一定の決まりがある。捕虜に暴行を加えてはならない。捕虜を殺してはならない。簡単に言えばそれくらいだ。
逆に敵将を討ち取った時には首級を返還することがある。それは戦場で戦った敵将に対しての礼儀と見なされている。だが投降した敵将のを殺して首級を送り付けることは最大の侮辱となる。もちろん戦場で討たれたのか戦後に殺されたのか、見た目に区別できることはほとんどないが、道義的にはそのようになっている。
「閣下、南を」
「ん? ああ、戻ってきたのか」
我々が捕虜の扱いに困っているとノルト男爵が南の空から戻って来た。一度見ているので、あの巨竜が近づいても兵たちは驚かない。馬は少々暴れるようだが、それくらいは仕方がない。竜を恐れない生き物がいるはずはないからだ。
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