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第三章:領主二年目第二部
戦争(三):合流と追撃
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しばらく戦場で旋回していると敵が撤退を開始したようだ。撤退と言うよりも敗走だろう。あれだけ離れればそう簡単には戻って来ることはないだろう。そうなると、一度地上に降りてこれからどうするかをマルクブルク辺境伯と話し合わなければならない。俺はあくまで増援として来ているので、指揮権は辺境伯にある。
本陣と思われるあたりから少し離れたところに降ろしてもらうと、そこから辺境伯に挨拶に行く。順番がおかしくなったが、すべきことはしなければならない。
「ノルト男爵だな」
「マルクブルク辺境伯ですね。よく私のことをご存知で」
辺境伯は立派な体格をした初老の男だった。
「卿の話は聞いている。助力を感謝する」
「いえ、陛下より従軍の命令がありましたが、うちにはまだ軍と呼べるほど兵士がいませんので、今回はこのような形になりました。これが陛下からの書簡になります」
「大軍を率いて来るよりも、こちらの方が結果としては大きかっただろうな」
辺境伯は手紙にさっと目を通すと、そのまま少し離れたところにいるクラースを見て感慨深げにそう口にした。そのクラースは巨大な手で器用に国旗を折りたたんでいる。
「一つ聞いておきたいが、あの竜はどこから連れてきたのだ? 非常に大人しいようだが」
「彼は……」
今さら隠す必要もないか。どうせいずれはバレるだろう。
「私の妻の父親です」
「妻? 妻と言ったか?」
「はい」
「妻の父親が竜だということは妻も竜だと?」
「ええ、そうなります。クラース! それが終わったら姿を変えてくれ!」
俺が呼びかけた時には、クラースは国旗を畳み終えるところだった。いつもの姿になると、畳んだ国旗を肩に担いでこちらに来た。兵たちが左右に分かれて道ができる。
俺は見慣れているが、背の高い俺よりもさらに頭一つ近く高いクラースは、戦場ではかなり映える。
「エルマー、これを仕舞っておいてくれ。貴殿が指揮官か?」
「そ、そうだ。この度の助力、痛み入る」
「ふむ。私はそうそう何度も肩入れするつもりはないので、あまり期待されても困るぞ。それよりもエルマー、追撃はいいのか?」
「完全に敗走状態だっただろう。あれ以上殺す必要はないと思うが」
「殺す必要はないが、もう少し脅してもいいだろう。何度も侵入してくるなら、次に国境を越えたらどうなるかを一度しっかりと教え込ませてもいいと思うが」
確かにな。人は徹底的に痛い思いをすると懲りるものだ。本陣はクラースの一撃で全滅しただろう。生き残りもいるかもしれないが、あの炎に焼かれてはただでは済まないだろう。また攻めてくるとして、その時には指揮官は新しくなるだろうが、兵士たちは覚えているか。最初から腰が引けているだろうな。
「辺境伯、どうしますか?」
「やってくれるなら助かる。その間にこちらは後処理を始めておく」
「分かりました。クラース、もう少し力を借りる。敵を追ってくれ」
「よし、ささっと脅して戻ればいいだろう。小一時間で終わるはずだ」
◆ ◆ ◆
ノルト男爵領。それまで一番北にあったマーロー男爵領からさらに山一つ越えた場所、『北の荒野」あるいは『死の大地』などと呼ばれるこの国の一番北の果てにある土地に作られた貴族領らしい。
儂も行ったことはないし行こうと思ったこともない。危険な魔獣が多く、さらには恐ろしい竜もいるという話だった。その彼が恐ろしいと言われている竜に乗って敵を追い払ってくれた。たった今。
「閣下、我々は夢か何かを見ていたのでしょうか?」
「いや、夢でも何でもないだろう。あれだけ死者もいるわけだからな」
今回の戦いは先ほどクラースと呼ばれていた竜が敵を恐慌状態にしてくれたおかげで、あの状況から考えれば死者は少なかった。だがそれまでには多くの将兵が亡くなっている。勝つことは勝ったが、常に押されていた。
彼らが来てくれたのは、まさにギリギリの瞬間だった。元々が倍近く兵力差があったので撤退戦をせざるを得なかったが、少しずつ前線を下げるうちに包囲される寸前になっていた。
敵には本陣の兵力の他に予備兵力も残していたようだから、あれをぶつけられたら一気に流れは向こうに行っていた可能性もある。こうやって生き残れたことに感謝しつつ、そろそろ戦後の処理を始めなければならない。戦争というのは面倒なものだ。
本陣と思われるあたりから少し離れたところに降ろしてもらうと、そこから辺境伯に挨拶に行く。順番がおかしくなったが、すべきことはしなければならない。
「ノルト男爵だな」
「マルクブルク辺境伯ですね。よく私のことをご存知で」
辺境伯は立派な体格をした初老の男だった。
「卿の話は聞いている。助力を感謝する」
「いえ、陛下より従軍の命令がありましたが、うちにはまだ軍と呼べるほど兵士がいませんので、今回はこのような形になりました。これが陛下からの書簡になります」
「大軍を率いて来るよりも、こちらの方が結果としては大きかっただろうな」
辺境伯は手紙にさっと目を通すと、そのまま少し離れたところにいるクラースを見て感慨深げにそう口にした。そのクラースは巨大な手で器用に国旗を折りたたんでいる。
「一つ聞いておきたいが、あの竜はどこから連れてきたのだ? 非常に大人しいようだが」
「彼は……」
今さら隠す必要もないか。どうせいずれはバレるだろう。
「私の妻の父親です」
「妻? 妻と言ったか?」
「はい」
「妻の父親が竜だということは妻も竜だと?」
「ええ、そうなります。クラース! それが終わったら姿を変えてくれ!」
俺が呼びかけた時には、クラースは国旗を畳み終えるところだった。いつもの姿になると、畳んだ国旗を肩に担いでこちらに来た。兵たちが左右に分かれて道ができる。
俺は見慣れているが、背の高い俺よりもさらに頭一つ近く高いクラースは、戦場ではかなり映える。
「エルマー、これを仕舞っておいてくれ。貴殿が指揮官か?」
「そ、そうだ。この度の助力、痛み入る」
「ふむ。私はそうそう何度も肩入れするつもりはないので、あまり期待されても困るぞ。それよりもエルマー、追撃はいいのか?」
「完全に敗走状態だっただろう。あれ以上殺す必要はないと思うが」
「殺す必要はないが、もう少し脅してもいいだろう。何度も侵入してくるなら、次に国境を越えたらどうなるかを一度しっかりと教え込ませてもいいと思うが」
確かにな。人は徹底的に痛い思いをすると懲りるものだ。本陣はクラースの一撃で全滅しただろう。生き残りもいるかもしれないが、あの炎に焼かれてはただでは済まないだろう。また攻めてくるとして、その時には指揮官は新しくなるだろうが、兵士たちは覚えているか。最初から腰が引けているだろうな。
「辺境伯、どうしますか?」
「やってくれるなら助かる。その間にこちらは後処理を始めておく」
「分かりました。クラース、もう少し力を借りる。敵を追ってくれ」
「よし、ささっと脅して戻ればいいだろう。小一時間で終わるはずだ」
◆ ◆ ◆
ノルト男爵領。それまで一番北にあったマーロー男爵領からさらに山一つ越えた場所、『北の荒野」あるいは『死の大地』などと呼ばれるこの国の一番北の果てにある土地に作られた貴族領らしい。
儂も行ったことはないし行こうと思ったこともない。危険な魔獣が多く、さらには恐ろしい竜もいるという話だった。その彼が恐ろしいと言われている竜に乗って敵を追い払ってくれた。たった今。
「閣下、我々は夢か何かを見ていたのでしょうか?」
「いや、夢でも何でもないだろう。あれだけ死者もいるわけだからな」
今回の戦いは先ほどクラースと呼ばれていた竜が敵を恐慌状態にしてくれたおかげで、あの状況から考えれば死者は少なかった。だがそれまでには多くの将兵が亡くなっている。勝つことは勝ったが、常に押されていた。
彼らが来てくれたのは、まさにギリギリの瞬間だった。元々が倍近く兵力差があったので撤退戦をせざるを得なかったが、少しずつ前線を下げるうちに包囲される寸前になっていた。
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