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第二章:領主二年目第一部
行啓(五)
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このお城には立派なお風呂があるようです。王都のお城では使用人に背中を洗わせていましたが、今後は自分でということになるのでしょうか。もちろん体を洗ったり服を着替えたりすることは一人でもできますが、人を使うことが王族の務めだと教わってきましたので、なかなか頭の切り替えができなさそうです。そう思いながら湯船を見ていると、端の方に何かがいるようですね。
「何か動いていますが、あれは危なくはないのですか?」
「あれは森の掃除屋だそうです」
「あれがそうなのですか? 話には聞いたことがありますが」
「はい、生きている存在には興味がない無害な存在だそうです。お風呂の掃除のために入れてあると先ほど聞きました」
「害がないならそれでいいですわ……って、頷きましたの⁉」
「頷いていますね。我々の話していることが理解できているのでしょう」
やはり頷いているようです。試しに話せるかと聞いてみたら頭を振るように動きました。森の掃除屋は動物の糞や死骸を食べる知能の低い生物だとお城の本で読んだことがあるのですが……。色々と驚くことがありましたが、まさかお風呂でまで驚くことになるとは思いませんでした。
こうやってお風呂にゆっくりと入っていると、これまで王都で色々と考えていたことが馬鹿らしく思えるほどです。
幼い頃は叔父に注意するようにと言われ、それなりに窮屈な思いをしていました。それがようやく自由の身になったところで降って湧いたような縁談でした。
今でこそ王族なら結婚しておかしくない年齢になっているわけですが、実はもっと幼い頃にも縁談があったそうです。それも一度ではなく何度も。お相手はゴール王国の王族やこの国の大公派の貴族だったそうです。お父様とお母様が断ってくれていたそうですが、簡単に言えば、大公派からは駒の一つと見なされていたようです。
去年の夏前にそのような話を聞いて、それでエルマー様には大変感謝をしました。まさかその方に嫁ぐことになるとはその時は思いませんでしたが。ですがエルマー様が王都の地下に作られていたお城へ侵入するための通路を発見して、これまでの分も含めて恩賞を渡すとなった時に私の名前が挙がったそうです。
お父様から話を聞いた時にはああそうかと思っただけでした。次にお兄様からエルマー様には正妻がいるという話を聞きました。さすがに王女が嫁ぐのであれば正妻になるだろうと思いましたが、エルマー様は正妻を変えることはなさそうだとお兄様に言われました。
その件もあって少しむくれていたわけですが、このドラゴネットという町に来てみれば、私の悩みなど道に落ちている石ころにもならないような、全くくだらないものだと気付かされました。
まずこの町そのものです。マーロー男爵領のエクセンからトンネルを通ると聞いていましたが、中は魔道具が取り付けられていて全く暗くありませんでした。そしてそのトンネルを抜けた瞬間、視界が急に広がってノルト男爵領が目に飛び込んでまいりました。
どこまでも続く領地。「死の大地」などと話で聞いていたのは何だったのでしょうか。他人の噂は当てにならないということがよく分かりました。遠くには山々が見え、その手前には森もあれば川もありました。その領地のかなり手前にドラゴネットという町が見えました。遠目に見ても立派な城壁に囲まれて、そして城壁の外にはお堀があることも分かります。そして何より、その真ん中近くには何本も尖塔を持った、紛れもないお城がありました。
私は年齢が年齢ですので、それほど遠くまで出かけたことはありません。ですがお兄様に聞いたところ、これほどのお城は王城以外には見たことがないようでした。国境近くにはもっと砦のような敵を威圧するお城があるそうです。このように真っ白なお城というのは見たことがないと。
橋を渡って城門を通ると、そこからお城までは案内人が同行してくれることになりました。まず町の中で気になったのはまっすぐに伸びた道です。これは家を建てる前にエルマー様がご自身で作った道だそうです。一から作るなら道はまっすぐな方が馬車も走りやすいだろうと。土地自体が少し傾斜していますが、できる限り凹凸はなくしてあるそうです。たしかにこの道は走りやすいですね。王都の道は曲がりくねっていますから。
そして道に平行するように、あるいは直角に交わるように、町の中を何本も真っ直ぐな川が流れていました。これは運河と呼ぶそうで、物や人を運ぶために掘られた人工の川だそうです。たしかに道に沿ってまっすぐに流れています。この運河を掘ったのはエルマー様の正妻のカレンという方だそうです。エルマー様がトンネルを掘っている間にそのカレンさんが運河を掘ったのだとか。
それを聞いた時、ふと疑問が浮かびました。一緒に作業をすればもっと早く終わらなかったのかと。それを聞いてみれば、トンネルも運河も一か月も経たずに完成したのだとか。それくらいで終わるなら別々で作業をしてもそれほど影響はなさそうですね。
あらためて考えてみれば、エルマー様がこの場所を受け取ったのが初夏だったはずで、それからまだ一年も経っていないわけです。それなのに立派な城壁があり、その中にはまっすぐ整った道と運河があり、向こうには立派な牧場と、黄金色に実った小麦の畑が…………黄金色⁉ さすがに私でも、まだこの時期なら麦は実っていないはずです。なのになぜ黄金色に?
案内の方によると、この土地では二週間に一度麦の収穫を行うそうです。昨年はこちらに引っ越してから七回収穫したのだとか。七回? そして今年もすでに一〇回目だそうです。一〇回? お兄様にどういうことかと聞きましたが、お兄様にも分からないそうです。
その後、実は姉がもう一人いたとか、カレンさんが竜の娘だったとか、訳の分からないことばかりを聞かされました。お母様からは「世の中は広いのです。自分の基準で判断してはいけません」と常々言われていましたが、これは私の基準がおかしいのでしょうか?
「何か動いていますが、あれは危なくはないのですか?」
「あれは森の掃除屋だそうです」
「あれがそうなのですか? 話には聞いたことがありますが」
「はい、生きている存在には興味がない無害な存在だそうです。お風呂の掃除のために入れてあると先ほど聞きました」
「害がないならそれでいいですわ……って、頷きましたの⁉」
「頷いていますね。我々の話していることが理解できているのでしょう」
やはり頷いているようです。試しに話せるかと聞いてみたら頭を振るように動きました。森の掃除屋は動物の糞や死骸を食べる知能の低い生物だとお城の本で読んだことがあるのですが……。色々と驚くことがありましたが、まさかお風呂でまで驚くことになるとは思いませんでした。
こうやってお風呂にゆっくりと入っていると、これまで王都で色々と考えていたことが馬鹿らしく思えるほどです。
幼い頃は叔父に注意するようにと言われ、それなりに窮屈な思いをしていました。それがようやく自由の身になったところで降って湧いたような縁談でした。
今でこそ王族なら結婚しておかしくない年齢になっているわけですが、実はもっと幼い頃にも縁談があったそうです。それも一度ではなく何度も。お相手はゴール王国の王族やこの国の大公派の貴族だったそうです。お父様とお母様が断ってくれていたそうですが、簡単に言えば、大公派からは駒の一つと見なされていたようです。
去年の夏前にそのような話を聞いて、それでエルマー様には大変感謝をしました。まさかその方に嫁ぐことになるとはその時は思いませんでしたが。ですがエルマー様が王都の地下に作られていたお城へ侵入するための通路を発見して、これまでの分も含めて恩賞を渡すとなった時に私の名前が挙がったそうです。
お父様から話を聞いた時にはああそうかと思っただけでした。次にお兄様からエルマー様には正妻がいるという話を聞きました。さすがに王女が嫁ぐのであれば正妻になるだろうと思いましたが、エルマー様は正妻を変えることはなさそうだとお兄様に言われました。
その件もあって少しむくれていたわけですが、このドラゴネットという町に来てみれば、私の悩みなど道に落ちている石ころにもならないような、全くくだらないものだと気付かされました。
まずこの町そのものです。マーロー男爵領のエクセンからトンネルを通ると聞いていましたが、中は魔道具が取り付けられていて全く暗くありませんでした。そしてそのトンネルを抜けた瞬間、視界が急に広がってノルト男爵領が目に飛び込んでまいりました。
どこまでも続く領地。「死の大地」などと話で聞いていたのは何だったのでしょうか。他人の噂は当てにならないということがよく分かりました。遠くには山々が見え、その手前には森もあれば川もありました。その領地のかなり手前にドラゴネットという町が見えました。遠目に見ても立派な城壁に囲まれて、そして城壁の外にはお堀があることも分かります。そして何より、その真ん中近くには何本も尖塔を持った、紛れもないお城がありました。
私は年齢が年齢ですので、それほど遠くまで出かけたことはありません。ですがお兄様に聞いたところ、これほどのお城は王城以外には見たことがないようでした。国境近くにはもっと砦のような敵を威圧するお城があるそうです。このように真っ白なお城というのは見たことがないと。
橋を渡って城門を通ると、そこからお城までは案内人が同行してくれることになりました。まず町の中で気になったのはまっすぐに伸びた道です。これは家を建てる前にエルマー様がご自身で作った道だそうです。一から作るなら道はまっすぐな方が馬車も走りやすいだろうと。土地自体が少し傾斜していますが、できる限り凹凸はなくしてあるそうです。たしかにこの道は走りやすいですね。王都の道は曲がりくねっていますから。
そして道に平行するように、あるいは直角に交わるように、町の中を何本も真っ直ぐな川が流れていました。これは運河と呼ぶそうで、物や人を運ぶために掘られた人工の川だそうです。たしかに道に沿ってまっすぐに流れています。この運河を掘ったのはエルマー様の正妻のカレンという方だそうです。エルマー様がトンネルを掘っている間にそのカレンさんが運河を掘ったのだとか。
それを聞いた時、ふと疑問が浮かびました。一緒に作業をすればもっと早く終わらなかったのかと。それを聞いてみれば、トンネルも運河も一か月も経たずに完成したのだとか。それくらいで終わるなら別々で作業をしてもそれほど影響はなさそうですね。
あらためて考えてみれば、エルマー様がこの場所を受け取ったのが初夏だったはずで、それからまだ一年も経っていないわけです。それなのに立派な城壁があり、その中にはまっすぐ整った道と運河があり、向こうには立派な牧場と、黄金色に実った小麦の畑が…………黄金色⁉ さすがに私でも、まだこの時期なら麦は実っていないはずです。なのになぜ黄金色に?
案内の方によると、この土地では二週間に一度麦の収穫を行うそうです。昨年はこちらに引っ越してから七回収穫したのだとか。七回? そして今年もすでに一〇回目だそうです。一〇回? お兄様にどういうことかと聞きましたが、お兄様にも分からないそうです。
その後、実は姉がもう一人いたとか、カレンさんが竜の娘だったとか、訳の分からないことばかりを聞かされました。お母様からは「世の中は広いのです。自分の基準で判断してはいけません」と常々言われていましたが、これは私の基準がおかしいのでしょうか?
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