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第三章:領主二年目第二部
サン=エステルにて(二):会談
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「エルマー殿、明日ということになりました」
「いきなりだな」
「王妃様がぜひにと」
夕方遅くに王城から帰ってきたジョゼフィーヌから、クロエ王妃とレティシア王女が明日ここに来ることになったと聞いた。数日くらいは予定が空くだろうと思っていたが、まあ明日は大人しくするか。
「さすがにこのような会談は経験したことがない。一応お互いに挨拶を済ませてからエルザを連れてくるのでいいと思うが、どうだ?」
「いきなりエルザ殿がここにいればそれはそれで大事になりそうですので、それでいいかと。お二人にも心の準備が必要でしょう。話をしてからエルマー殿がエルザ殿をお連れするという話をしました」
「分かった。それなら……二人は買い物にでも行くか?」
俺はローサたちに聞いてみる。ローサは面白そうだからと付いてきただけで、ヘルガは俺の愛人であり個人的な同行者だ。
「そうねえ。ヘルガはエルマーをあっと言わせるような服や下着が欲しいでしょうね」
「そうですね。カサンドラさんやアメリアさんたちからは、ゴール王国の最先端の下着を買ってきてほしいと頼まれています」
「ジョゼフィーヌに教えてもらった分では駄目なのか?」
会談に参加しない二人はすでに買い物の予定を立てているようだ。とりあえず二人にはある程度の金を渡すことにした。ローサはそれなりの金を持っているはずだが、ヘルガの面倒を見てもらうという目的もある。さすがにヘルガ一人でこの大都市を歩かせるのは危険だ。
「それは俺が個人的にもらった分だから好きに使っていい。みんなへの土産もそこから支払ってくれ」
「旦那様、かなり多いですが……」
「ローサの分も入れてある。クラースへの土産でもあればそこから出してくれ」
「ありがとうね」
◆ ◆ ◆
さて、明日はどのように話を進めるか。正直なところ、今回はどこまでが仕事でどこまでが個人的なことか判断しにくいが、エルザを愛人ではなく側室にしておいてよかった。ややこしい話だが、側室は以前は家族ではなかったらしい。それが変わったのは何百年か前のことだ。
かつて妻と呼べるのは正妻だけだったそうだ。側室とは妻ではなく妾、つまり愛人や愛妾と呼ばれる存在に過ぎなかったので家族の一員ではなかったそうだ。だから側室の子供には領地の継承権はなかった。
それが変わったのは、正妻に子供ができなかった場合は正妻と側室を入れ替える必要があり、それで揉めに揉めることが多かったからだそうだ。それはそうだろう。本人同士が納得すれば本人については問題がなくなるが、問題は実家だ。
ナターリエが嫁いでくる時にレオナルト殿下から言われたように、より地位の高い家から嫁いだ妻を正妻にし、それまでの正妻を側室に変更することは普通にある。だが逆は少ない。
例えば子爵家の当主に伯爵家の娘が嫁いできて正妻になったとする。だがその正妻に子供ができないので男爵家の娘を第二夫人として迎え入れたとしよう。その第二夫人に男児が生まれれば、当然ながら当主としては正妻を入れ替える必要がある。そうでなければ跡継ぎがいなくなるからだ。側室の子供には領地の継承権がないから仕方がないが、そうなると娘の序列を下げられた伯爵家が黙っていない。このような話が一時期よくあったそうだ。
今は側室も妻として、家族の一員として扱われている。それに愛人の子供は爵位は継げないが、領都以外の町の代官を任せることはできる。ここ二〇〇年ほどで色々と変わったそうだ。そうは言っても側室と愛人ではやはり聞こえが違う。もしエルザが本当に双子の王女の片割れだったとしたら、隣国の貴族の愛人や愛妾では印象が悪い。孤児として育ったので、第二夫人ならまあ悪くはないだろう。
◆ ◆ ◆
「王妃殿下と王女殿下が到着されました」
「分かった」
執事のナタナエルから連絡があり、お二人が入った応接室に向かう。王族を部屋で待ち受けるというのは失礼なことであり、外で待つか、あるいは先に部屋に入ってもらってこちらは後から入るのが多い。これはアルマン王国での礼儀だが、ゴール王国でもよく似たものだろう。
応接室に入るとクロエ王妃、そしてレティシア王女が見えた。レティシア王女は確かにエルザと瓜二つだった。知らずに会ったら驚くのは間違いないな。
「ノルト男爵、よくゴール王国まで来てくれました」
「はっ。すでにジョゼフィーヌからお聞きになっているとは思いますが、レティシア殿下の件で確認しなければならない事態が発生しましたので」
「聞いています。本当によく来てくれました」
俺はジョゼフィーヌと戦場で会ったこと、彼女を王都まで連れていくと、陛下からうちで預かるように言われたこと、連れていった先でジョゼフィーヌがエルザをレティシア王女と勘違いしたことなど、そしてヴァジ男爵と会い、そこでレティシア王女が双子だったこともすでに聞いているなど、これまでの経緯を一通り話した。
クロエ王妃とレティシア王女は俺をじっと見ながら話を聞いていた。説明が終わると王妃が口を開いた。
「その通りです。娘は連れ去られたのです」
やはりベルナール殿に聞いたのと同じだった。
「私が産んだのは双子でした。産婆はあの地域では双子は縁起が悪いという迷信があると教えてくれました。そしてそれが庶民には間違って広まっている話だとも」
双子だから捨てられたとか、やはりそのようなことではなかったか。
「私の双子の娘たち、そしてジョゼフィーヌは同じ部屋で寝かされていました。ですが翌日の朝、双子の一人がいなくなっていたのです。もちろん乳母たちが側に付いていました。それに護衛たちもいました。ですか何も見なかったと言いました。それに女中がいつの間に一人姿を消したことにも気づかなかったと」
乳母は何人かいて、交代で世話をしていたようだ。だがどうしても交代する時がある。明け方は女中の誰かにその場を任せて休憩する場合もあったようだ。たまたまそのタイミングで連れ去られたのだろうと。
「男爵夫妻は真っ青な顔で床に頭をこすりつけて謝っていましたが、そもそも臨月が近いのに行啓で来てしまった私が一番悪かったのです。夫妻を責めるつもりはありませんでした」
その段階で娘は一人だったとすることにしたと。
「しばらくすると辺境伯からアルマン王国への出兵の要請がありました。そして『断れば何があるか分かりませんよ』と」
「いきなりだな」
「王妃様がぜひにと」
夕方遅くに王城から帰ってきたジョゼフィーヌから、クロエ王妃とレティシア王女が明日ここに来ることになったと聞いた。数日くらいは予定が空くだろうと思っていたが、まあ明日は大人しくするか。
「さすがにこのような会談は経験したことがない。一応お互いに挨拶を済ませてからエルザを連れてくるのでいいと思うが、どうだ?」
「いきなりエルザ殿がここにいればそれはそれで大事になりそうですので、それでいいかと。お二人にも心の準備が必要でしょう。話をしてからエルマー殿がエルザ殿をお連れするという話をしました」
「分かった。それなら……二人は買い物にでも行くか?」
俺はローサたちに聞いてみる。ローサは面白そうだからと付いてきただけで、ヘルガは俺の愛人であり個人的な同行者だ。
「そうねえ。ヘルガはエルマーをあっと言わせるような服や下着が欲しいでしょうね」
「そうですね。カサンドラさんやアメリアさんたちからは、ゴール王国の最先端の下着を買ってきてほしいと頼まれています」
「ジョゼフィーヌに教えてもらった分では駄目なのか?」
会談に参加しない二人はすでに買い物の予定を立てているようだ。とりあえず二人にはある程度の金を渡すことにした。ローサはそれなりの金を持っているはずだが、ヘルガの面倒を見てもらうという目的もある。さすがにヘルガ一人でこの大都市を歩かせるのは危険だ。
「それは俺が個人的にもらった分だから好きに使っていい。みんなへの土産もそこから支払ってくれ」
「旦那様、かなり多いですが……」
「ローサの分も入れてある。クラースへの土産でもあればそこから出してくれ」
「ありがとうね」
◆ ◆ ◆
さて、明日はどのように話を進めるか。正直なところ、今回はどこまでが仕事でどこまでが個人的なことか判断しにくいが、エルザを愛人ではなく側室にしておいてよかった。ややこしい話だが、側室は以前は家族ではなかったらしい。それが変わったのは何百年か前のことだ。
かつて妻と呼べるのは正妻だけだったそうだ。側室とは妻ではなく妾、つまり愛人や愛妾と呼ばれる存在に過ぎなかったので家族の一員ではなかったそうだ。だから側室の子供には領地の継承権はなかった。
それが変わったのは、正妻に子供ができなかった場合は正妻と側室を入れ替える必要があり、それで揉めに揉めることが多かったからだそうだ。それはそうだろう。本人同士が納得すれば本人については問題がなくなるが、問題は実家だ。
ナターリエが嫁いでくる時にレオナルト殿下から言われたように、より地位の高い家から嫁いだ妻を正妻にし、それまでの正妻を側室に変更することは普通にある。だが逆は少ない。
例えば子爵家の当主に伯爵家の娘が嫁いできて正妻になったとする。だがその正妻に子供ができないので男爵家の娘を第二夫人として迎え入れたとしよう。その第二夫人に男児が生まれれば、当然ながら当主としては正妻を入れ替える必要がある。そうでなければ跡継ぎがいなくなるからだ。側室の子供には領地の継承権がないから仕方がないが、そうなると娘の序列を下げられた伯爵家が黙っていない。このような話が一時期よくあったそうだ。
今は側室も妻として、家族の一員として扱われている。それに愛人の子供は爵位は継げないが、領都以外の町の代官を任せることはできる。ここ二〇〇年ほどで色々と変わったそうだ。そうは言っても側室と愛人ではやはり聞こえが違う。もしエルザが本当に双子の王女の片割れだったとしたら、隣国の貴族の愛人や愛妾では印象が悪い。孤児として育ったので、第二夫人ならまあ悪くはないだろう。
◆ ◆ ◆
「王妃殿下と王女殿下が到着されました」
「分かった」
執事のナタナエルから連絡があり、お二人が入った応接室に向かう。王族を部屋で待ち受けるというのは失礼なことであり、外で待つか、あるいは先に部屋に入ってもらってこちらは後から入るのが多い。これはアルマン王国での礼儀だが、ゴール王国でもよく似たものだろう。
応接室に入るとクロエ王妃、そしてレティシア王女が見えた。レティシア王女は確かにエルザと瓜二つだった。知らずに会ったら驚くのは間違いないな。
「ノルト男爵、よくゴール王国まで来てくれました」
「はっ。すでにジョゼフィーヌからお聞きになっているとは思いますが、レティシア殿下の件で確認しなければならない事態が発生しましたので」
「聞いています。本当によく来てくれました」
俺はジョゼフィーヌと戦場で会ったこと、彼女を王都まで連れていくと、陛下からうちで預かるように言われたこと、連れていった先でジョゼフィーヌがエルザをレティシア王女と勘違いしたことなど、そしてヴァジ男爵と会い、そこでレティシア王女が双子だったこともすでに聞いているなど、これまでの経緯を一通り話した。
クロエ王妃とレティシア王女は俺をじっと見ながら話を聞いていた。説明が終わると王妃が口を開いた。
「その通りです。娘は連れ去られたのです」
やはりベルナール殿に聞いたのと同じだった。
「私が産んだのは双子でした。産婆はあの地域では双子は縁起が悪いという迷信があると教えてくれました。そしてそれが庶民には間違って広まっている話だとも」
双子だから捨てられたとか、やはりそのようなことではなかったか。
「私の双子の娘たち、そしてジョゼフィーヌは同じ部屋で寝かされていました。ですが翌日の朝、双子の一人がいなくなっていたのです。もちろん乳母たちが側に付いていました。それに護衛たちもいました。ですか何も見なかったと言いました。それに女中がいつの間に一人姿を消したことにも気づかなかったと」
乳母は何人かいて、交代で世話をしていたようだ。だがどうしても交代する時がある。明け方は女中の誰かにその場を任せて休憩する場合もあったようだ。たまたまそのタイミングで連れ去られたのだろうと。
「男爵夫妻は真っ青な顔で床に頭をこすりつけて謝っていましたが、そもそも臨月が近いのに行啓で来てしまった私が一番悪かったのです。夫妻を責めるつもりはありませんでした」
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