ドラゴネット興隆記

椎井瑛弥

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第三章:領主二年目第二部

サン=エステルにて(一):到着

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 サン=サージュで二日ほどゆっくりさせてもらった。疲れるというほど何かをしたわけではないが、大使を歓待するのは道中の貴族の勤めだとか。俺の場合はほとんど貴族として別の貴族の領地に寄ることはなかった。今さらかもしれないが、今後はそうした方がいいか?

 少し前に戦争はあったが、それは別問題だ。それに今回の戦争ではヴァジ男爵は参陣しなかったので一切の被害がなかったと。あったのはエルザス辺境伯の領軍だけだそうだ。

 エルザス辺境伯は大領地を持ち、将も兵も多い。さらには国から支援を受け、これまで国軍の一部が戦争に参加していたようだ。実際には去年の戦争でも参加したのはエルザス辺境伯の領軍が多く、被害もエルザス辺境伯軍が一番大きい。逆に言えば、他の貴族はあまり影響を受けていなかったそうなので、恨みを買うことはあまりないだろうとというのはベルナール殿の言葉だ。誰だって戦争はしたくないと。

 王都に着いてからのことをジョゼフィーヌと話し合うと、王都に向かうことになった。



◆ ◆ ◆



 ゴール王国の王都サン=エステルまでやって来た。もちろん指輪の力でだ。寄り道をする意味はほとんどない。

「ねえ、王都ではゆっくりしましょうよ」
「俺は大使としてするべきことがあるが、ローサはないだろう。町を見て回ったらどうだ? 俺も時間があれば二人に合流する。仕事が片付いたらしばらくゆっくりしてもいいな」
「ご一緒できないのは残念ですが、お仕事の邪魔はできませんからね」

 一応ヘルガは俺の随員という形にしているが、今回の仕事には必要がないと言えばないので、ローサと一緒に行動してもらうことになりそうだ。ヘルガ一人なら心配だが、ローサがいれば対処できるだろう。

 とりあえずしばらくは王都にいることになる。ヴァジ男爵の屋敷に泊まらせてもらうことになっているので、そこを拠点に活動することになる。

 王都には貴族専用の門があったのでそこで身分証を見せる。今回は大使としての身分証なので、何というか立派だ。戦争をしている間柄とは言え、年がら年中戦っているわけではない。多少は交易も交流もある。アルマン王国の大使だからと言ってぞんざいな扱いを受けることはない。しかもジョゼフィーヌもいるから全く問題がなかった。

 特に何かを調べられることもなく、そのまま門を通過して王都に入った。

「ゴール王国の王都はまた違うな」
「そうですね。雰囲気が違うと言うか、明るさが違うと言うか」
「サン=エステルの方がずいぶん南にあるから気候も違うだろう」

 ゴール王国はアルマン王国の南西にある。夏はそれほど暑くなく冬が寒いアルマン王国に対して、ゴール王国は夏は暑く冬は寒くないらしい。夏の日差しは眩しいほどだそうだ。そのためかどうか分からないが、町中にいる人を見ると、肌の色がやや濃い人が多い気がする。日差しが強い国では肌の色が濃くなるそうだ。

 ゴール王国でも南部と北部ではかなり違うそうだ。ジョゼフィーヌの実家のあるヴァジ男爵領はゴール王国の中でもかなり北になる。だから肌の色はアルマン王国の女性とあまり違わない。

「もう見えました。あれです」

 ジョゼフィーヌが手で示したのは、領地にある屋敷と同じく真っ白な屋敷だった。やはり白さにこだわりがあるようだ。白くすれば夏が涼しいからだそうだ。

 屋敷の門まで来るとジョゼフィーヌは御者席に移り、衛兵に話しかけた。

「お嬢様、ご無事でしたか」
「はい、無事です。アルマン王国の大使殿をお連れしました。私はここまでの案内を頼まれました。それと父からは饗応役を任されましたので、しばらくこちらに滞在します」
「分かりました。ではこちらへどうぞ」

 そのまま馬車回しに馬車を止めると屋敷の中に案内された。



「執事のナタナエルと申します。ここは自分の屋敷と思ってお過ごしください。私は廊下におりますので、何か用がありましたらお声かけください」
「ありがとう」

 ナタナエルは茶の用意をするとそのままこの応接室を出た。ここにいるのは大使である俺と姉扱いのローサと随員で愛人でもあるヘルガという、他人が聞けばよく分からない組み合わせだ。みんなそれなりにきちんとした服装をしているので、まあどこかの令嬢と思われてもおかしくはないだろう。

「お待たせしました」

 しばらくしてジョゼフィーヌが入って来た。さすがに屋敷にいるのに無骨な格好をする必要はない。ドレスを着ればはっきりと令嬢だと分かる。

「エルマー殿、今後の予定ですが、私は一度王城へ登城して、王妃殿下とレティシア殿下に事情を説明します。それで話し合いの場所が分かると思います」
「ここか、それとも王城か、あるいはまた別の場所か、ということだな」
「いえ、もしあの指輪でエルザ殿をお連れするなら王城は無理ですので、おそらくこの屋敷になると思います。もしかしたら離宮かもしれませんが」
「そうか、そうだったな」

 アルマン王国でも王城は[転移]対策で結界が張られている。弱い結界だが、それでも[転移]を弾くには十分だそうだ。もし[転移]でヴァーデンの王城に入ろうとすれば、結界に弾かれて湖に落ちるらしい。湖面から顔を出したところを矢か魔法で狙われて終わりだそうだ。

「これから登城しても、王妃殿下とレティシア殿下にもご予定がおありでしょうから、すぐにという話にはならないと思います。早ければ数日中に対面ということになるかもしれません。遅いとどれくらいになるかは……」
「こちらのことは気にしなくていいが、世話になる身としては長引くと迷惑になるのがな……」
「いえ、私の方こそこれほど早く戻れるとは思ってもみませんでしたので」

 本来はドラゴネットに連れて行って、そこでしばらくという扱いで捕虜になることになっていた。そしてしばらくしたら陛下からディオン王に宛てて状況を伝える手紙が送られるはずだった。だから捕虜でもあり人質でもあった。

 俺は大使という扱いになっているが、これは何かしらの折衝をするためのものではない。俺に神経を擦り減らすような交渉ができるはずがない。今回大使となっているのは、あくまでこの国で制限なく活動できるようになるためだ。それくらいの身分がなければいくら貴族でも簡単に王妃や王女と会うことはできない。

「面会までに時間がかかるようなら、その時は町に繰り出せばいいだろう。異国の王都などなかなか見ることができないだろうからな」



◆ ◆ ◆



「大使殿、少しよろしいでしょうか?」
「何かありましたか?」

 廊下に出たところで、この屋敷の執事のナタナエルに声をかけられた。真剣な顔をしている。何か問題でも起きたのか?

「お嬢様の部屋はこの二階の突き当たり右手になります。他の部屋とも離れておりますので、何をされても声を聞かれる心配はございません」
「……どうしてそれを俺に言う?」

 どうして俺に押し付けようとするのか。男爵の娘ならそれなりに相手が見つかりそうなものだが。

「あのお嬢様が、隣国の大使の案内役とは言え、初めて男性をこの屋敷にお招きになりました。使用人としましては、その背中を押すしかないでしょう」
「別に彼女は押されたいと思っているわけではないと思うが」
「それはそうですが、もうお相手がいてもいい年齢かと思います。それが浮いた話の一つも聞かない。使用人としては少々気になっているところです」

 男っ気がないのだろうということは想像できるが、別に異国の男である必要はないと思う。この国にだって釣り合いの取れる男は山のようにいるだろう。

「この屋敷にいるみんなが彼女のことを気にかけているというのは分かるが、勝手に話を進められれば彼女としても気分は良くないと思うぞ」
「いえ、それが男爵様から、良き男性がいるならジョゼフィーヌ様に紹介してほしいと頼まれていますので」
「紹介も何も、すでに顔を知っている俺を紹介してどうする」
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