ドラゴネット興隆記

椎井瑛弥

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第六章:領主三年目、さらに遠くへ

水棲種族との共存

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「領主様、私からも一つお願いがあるのですが」
「もちろん聞こう」

 こちらが一方的に得をしてはいけない。俺には俺の、アレタにはアレタの生活がある。

「他の者たちの中にもパウラ様に会いたいと言い出す者がいるでしょう。それでここまで川の中を移動するのはいいとして、どうやって町に中に入ればいいでしょうか?」
「川というか堀だからな」

 ドラゴネットは堀で囲まれた町だ。堀の両岸はほぼ垂直だ。そして高い城壁がその堀ギリギリに立っている。だから川から町に入るのは不可能だ。これは魔獣が町に入ることを警戒してのものだったが、この一年少々暮らしてみて分かったことは、魔獣が町まで来ることは滅多にないということだ。だが絶対にないとは言い切れない。その場合は橋を上げればどんな魔獣も入れないようになる。

 そして町の中の運河もかなり広くて深い。水はスライムによって浄化されているから水中を移動できるとしても、荷物を運搬する船に接触する可能性もある。今では運河がかなり活用されている。重い荷物も船で運べば負担がかからないからだ。

「梯子はあるが、見張りの交代で誰もいないこともあり得るなあ。やはり閘門こうもんと水門を組み合わせて——あ、いや、単に上がるだけなら移動用の魔道具を設置すればいいだけか」

 城には階を移動するための魔道具が設置されている。中に入って操作すれば上や下へと移動できるものだ。妻たちの腹が大きかった時には重宝した。他にも大きな荷物を運ぶのにも役立っている。それを付けてもらうか。

「川の中から魔道具を操作して川から上がるというのなら大丈夫か? 人が何人も入れるくらいのカゴの中に入って操作すると上に移動する魔道具がある」
「それでしたら問題ないと思います」
「よし、転移ドアと引き換えにブリギッタには一頑張りしてもらおうか」

 方向性は決まった。



◆ ◆ ◆



「あれを調べさせていただけるのですか?」
「そうだ。ここに一組持って来た。これは解体しても壊してもいい。その代わりに川の中から地上まで上がるための魔道具を設置してほしい。門があるあたりだ。場合によってはドラゴネット以外にも付けてもらうことになる」
「分かりました。さっそく調査に取りかかります。あなた、行くわよ」
「はいはい」

 ヨーゼフは苦笑いしながらブリギッタの後を追った。

 川人魚族がそのまま町中を移動して活動できるならそれに越したことはない。だがそれは実際には難しい。川人魚族の移動のためだけに水路を作るのは難しく、その場所もないからだ。それならとりあえず川から上がってもらって、町の中は馬車を使ってもらうか。慣れれば徒歩でも問題ないかもしれない。

 実はそれ以外にも用途はある。人が増えるに従って交通量も増える。運河には手すりはあるが、人が落ちないとは限らない。街灯もあるので夜でも人が落ちるようなことはこれまではなかったが、今後もないとは限らない。もし落ちた時のことを考え、上がれるようにした方がいい。



◆ ◆ ◆



「このような形になった。これでどうだ?」

 ドラゴネットの各所に昇降機が設置されるとアレタたちに試してもらうことになった。この昇降機は城にあるものに似ているが少し違っていた。

 ほぼ垂直の岸には二本のレールを用意し、そこを昇降機が上下する。そして床は網のようになっていた。これを川底に沈めるように設置する。上流から何かが流れてきても引っかからないようにだ。

 アレタが目印がある場所に浮かびつつ壁にある装置を触って起動すると、川底からこの床部分が上がってきてアレタを掬い上げた。そのままゆっくりと地上まで運ぶ。

「上がる間に足を出せばいいですね」
「問題なさそうか?」
「はい全く問題ありません。

 だがこの形になるにはそれなりの試行錯誤が必要だった。



「エルマー様、やはり強度をどう保つかが課題です」
「水が抜けないと上がらない。だが水の抜けを重視すると強度が落ちるか」

 俺はヨーゼフから昇降機の床になる部分を見ながら話を聞いている。薄い石の板に穴を空けて水が通るようにしたが、水の抵抗というのは思った以上に大きく、負担がかかりすぎた。ではもっと穴を大きくしたらどうかと思ったら、今度は強度不足で折れてしまった。床だけではなく壁も付くって頑丈にしようとすると水の抵抗が大きすぎて動かない。

「それなら贅沢に竜の鱗を使うか」
「ですがダニエルが今はいませんので」
「ああ、そうだなあ。いつ生まれるか分からないからな」

 実はダニエルの二人の妻、レーネとルイーゼは揃って腹が大きかった。そろそろ出産が近いのでダニエルに無理はさせられない。だがこの領地で竜の鱗を加工できるのはダニエルだけだった。これは特殊技能らしく、ヨーゼフにもブリギッタにもできない。俺は削るだけならできるが、形を変えることはできなかった。それでどうしようかと思ったら意外な人物から協力の申し出があった。

「私でよければ加工する」
「頼んでもいいか?」
「任せて」

 竜の四姉弟の次女、マリーナだった。

 昨年末にやって来たマリーナの言葉は淡々としていて、「はい」や「いいえ」くらいしか聞かないが、人と一緒に暮らした経験からか、魔道具についての知識があった。さらには竜の鱗が自由に扱えた。

 竜なら自分の鱗くらい形を変えられるだろう、そう思うかもしれないがそれは間違いだ。竜は基本的に魔力を使った細かな作業は得意ではない。パウラやカレンを見ても分かるが、魔力が多すぎて細かな作業に向かない。だから自分の鱗を加工するのも実は難しい。だがマリーナはそれができた。

 この子……と言っても俺よりもずっと年上なわけだが、マリーナは細かな魔力操作が得意なので、ダニエルの代わりに鱗の加工をしてもらった。

 まずアレタたちが乗る部分は鱗を細い棒状にしたものをザルのようにしてもらった。それによって水の抜けと強度のどちらも確保できた。



「あの……これはひょっとしてパウラ様の鱗ではないでしょうか?」
「そうだが、問題があるか?」
「パウラ様の鱗を足蹴にするのは、同じ鱗を持つ種族としては恐れ多いと言いますか……。もうしてしまいましたが」

 そうだった。彼女たちはパウラを神のように崇めていた。だが今さら付け替えるのも難しい。すでに何か所も設置したからだ。

「それならこう考えたらどうだ? 川人魚族は水竜を神のように崇めている。その水竜の鱗で作られた昇降機に乗ることによって神と一体になれると」
「——ッ! たしかに!」

 詭弁かもしれない。だがその程度いいだろう。アレタたちはパウラを崇めているが、パウラは崇められたいとは思っていないようだ。初めてパウラに会ったアレタたちが地面に伏した時、一人ずつ手を取って立たせたくらいだ。滅多に怒らないし、感情の起伏もない。

 パウラが感情を表すのはクラースが問題発言をした時、そして俺は見ていないがカレンが俺に角を触らせたと知った時くらいだろう。驚きすぎて腰を痛めたて寝込んだそうだ。

「だからこの昇降機は川人魚族を始め、この川の中で暮らす者たちのためにある。ぜひ活用してもらいたい」
「はい。我が忠誠の全てをパウラ様とエルマー様に捧げます」
「……いや、俺はいい」

 だがアレタたちの押しは強かった。いつの間にか俺は川人魚族の忠誠を受ける身になっていた。
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