ドラゴネット興隆記

椎井瑛弥

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最終章

最終話:ドラゴネット

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「陛下からこの領地を独立させてはどうかという言葉を頂いた。国王と臣下ではなく、対等な関係で付き合いたいという話もだ」

 俺の言葉を聞いて、妻の中には顔をほころばせる者、顔をこわばらせる者、特に表情を変えない者がいた。

「陛下とは付き合いが長い。陛下がいなければ、俺はこの領地を頂くことはなかった。頂いていたとしても、今ほど陛下と親しく話せたかどうかは分からない。だから俺はこの話を受けようと思う」

 おこがましい言い方かもしれないが、陛下のことは弟のように思っていた。人間としては信用できるが、どことなく頼りない。そのようなお方だと思っていた。その陛下が、領地の一部を割いてでも他国との戦争を回避しようとしている。俺がそれを放っておけるはずがない。

 アルマン王国は大陸の一番北にある。南にはシエスカ王国、その西にはゴール王国。南東のポウラスカ王国との間には山脈がある。

 アルマン王国が南部諸国から戦争をふっかけられるとしても、ゴール王国とシエスカ王国が盾になってくれる。それを陛下は良しとしない。他国の犠牲の上で自国が平穏を保つことには耐えられないだろう。甘いお方だと思う。だが、それが陛下が陛下である所以ゆえんだろう。隣国を利用し、それでよかれと思うようなら俺は必要ない。甘いお方だからこそ俺は全力で支えたいと思う。

「独立するにしても、王国と呼ぶには小さすぎる。だから公国にしようと思う」

 さすがに一つの国と呼ぶには小さい。だから王国ではなく公国とした。君主、つまり俺は公王になる。来月から。

「ほら、一番上になったじゃない」
「そうだな」

 カレンの言葉に俺は苦笑するしかない。領地を奪われて、魔物しかいない辺境に追いやられたと思ったらカレンに会い、いつの間にか王様だ。物語でもなかなか見られないような出世だ。

「次は大陸をべる?」
「それをやってしまうと、次は隣の大陸とか言い出すだろ? そのうちローサやカサンドラの故郷とか巻き込むぞ」
「それはやめてね。お祖父様やお祖母様を敵に回したらたいへんよ?」

 ローサが真面目な顔でカレンに話しかける。

「そうですね。あのお二人を敵に回すことを考えたら肝が冷えるどころではありません。この国どころか、この大陸が地図から消えますよ。変なことは考えないようにしましょう」

 カサンドラは顔色を悪くしていた。彼女もローサの意見に賛成のようだ。

 俺はその二人に直接会って話をしたことはない。どうもお忍びでこの国に来ていたそうだが、確認だけして帰ったのではないのだろうか。せっかくなら一度ゆっくり話をしたいところだが。

「仕方ないわね。この大陸くらいで我慢しましょ」
「できればこの大陸も我慢してもらいたいのですが」
「はい。両親が悲しみます」

 カレンの言葉にエルザとラドミラが苦言を呈する。ゴール王国とシエスカ王国の王族生まれだからな。

「俺には他国を攻めるつもりはない。陛下とは末長く、仲良くしたいと思う」

 もし大陸を統一するとしたら、レオナルト王、リシャール王、マルツェル王と戦わなければならない。もちろん俺にはそのつもりはないので、大陸統一は夢のまた夢だ。夢は夢として、手の届かないところにあるのがいいと言ったのは誰だったか。子供のころに聞いた気もするが、まあ、それはいいか。

「私としては、あのような国は滅ぼしてもらってもかまわないのですが」
「リサ殿、そもそもあなたはここにいてはいけないのでは?」

 なぜかラドミラの母親であるリサ殿はずっとこの城にいる。この人はシエスカ王国の王弟妃のはずなのだが。

 さて、来月になれば陛下からこの領地の独立が宣言される。これまで国の管轄だったギルドなどをうちで管理し直すことになる。領地が狭いからそこまで大変なことにはならないだろうが、諸々の折衝がな。俺ばっかり忙しいのも嫌だから、役人を増やすか。

 しかしまあ、一山越えたらまた山か。俺の人生にふさわしいな。それも乗り越えられたら笑い話にできるだろう。精一杯長生きして、せいぜい笑わせてもらおうか。



◆ ◆ ◆



「お祖父様は言いました。困っている人がいたら手を差し伸べなさい。その時に得か損かを考えてはいけない。欲で目が眩むと前は見えなくなる。自分の心が正しいと思ったことをやりなさい」

 私は幼い孫たちにお祖父様の話を読み聞かせする。そう、私にも孫ができた。あっという間だったなあ。今さらだけど。

 アルマン王国の中でも一番北に位置する大穀倉地帯を一代で作ったのが初代領主エルマー・アーレント。男爵からあっという間に辺境伯になり、さらに数年で王国から独立してノルト公国を立て、初代公王になった。そんな人が私の祖父。

 私? 私はその孫で、一応は姫と呼ばれているけど、兄弟姉妹は多いからね。お祖父様の妻って……何人分の両手両足の指の数かしら。だから孫の人数は……お察しください。

 でもすごいわよね。そもそも貴族なら妻と愛人は分けるはずだけど、お祖父様は区別したくないと言って全員を妻にして、それで結局その人数になったんだって。

 私の場合はエトルスコ王国の王家の血が入っているらしい。お祖父様が公王になってしばらくしてからお祖母様が嫁いできたんだって。話を聞くと、当時のノルト公国とエトルスコ王国って、わりとピリピリした関係だったらしいけど、お祖母様はお祖父様にべた惚れだったんだって。どういうこと?

「おばあさま、『ちいさなりゅうのちいさなぼうけん』をよんで」
「はいはい。でもちょっと待ってね。ずっとしゃべってたからね」

 孫の声で我に返る。私はワインで喉を潤してから『小さな竜の小さな冒険』を手に取った。私も『小さな竜の小さな冒険』を聞いて育った。おそらくこの国の誰もが一度は、いや、数百回は読んでいるだろう。そこに出てくる子竜の名前がドラゴネット。そしてこの町の名前もドラゴネット。

 ドラゴネットと名付けられたこの町が作られた場所は、元々何もない、ただ魔物だけがウヨウヨといる場所だった。上級貴族の策略で領地を失ったお祖父様はそんな場所にやって来て、そこで竜のお祖母様と出会った。お祖父様は旧領地にお祖母様を連れて帰り、それから領民たちを連れてここにやって来た。最初は三〇〇人ほどしかいなかったらしい。それが今ではこの大陸にあるどの国のどの町よりも多い。

 この国には『小さな竜の小さな冒険』という子供向けの本が昔からある。お祖父様の子供のころにもあったらしい。

 山で暮らす子竜が退屈して外に飛び出して人と出会い、最初は怖がられたものの、最終的には仲間として迎えられたというお話だ。この話は誰が作ったというものでもなく、いつの間にか語られていた話がまとめられて本になったもの。最近その本に、終わり方が違うものが現れ始めた。そこではこのような終わりかたをしている。

「このようにして、退屈に飽きて家を飛び出したその小さな竜の冒険は終わりました。彼女は町の守り神となり、みんなと幸せに暮らしました。彼女が人と一緒に暮らしたその町は、彼女の名前を貰ってドラゴネットと呼ばれるようになりました。めでたしめでたし」

 私が生まれ育ったこの町が物語に出てくるなんて感慨深い。でもそれが事実。竜だったお祖母様が人間だったお祖父様に惚れ、この人をこの地上で一番上にしたいと思ったのがきっかけだと、私は幼いころに聞いた。

 お祖父様は「俺は一番上でなくてもよかったんだが」と言っていたのに、お祖母様は「あなたはすべての人の上に立つ存在でしょ?」と言っていて、話が噛み合っていなかった。それが子供ながらに楽しかった記憶がある。

 お祖父様とお祖母様たちは仲が良かった。みんな「離宮」と呼ばれている場所に行ったそうだけど、そこがどこにあるのか私には分からない。「子供には教えられないわ」とカレンお祖母様は言っていたけど、私も「お祖母様」と呼ばれる年齢になったことだし、そろそろ誘ってもらえないかな?



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 本編終了です。これまで読んでいただきありがとうございました。もしかしたら外伝的な話を追加するかもしれませんが、あまり期待せずにお待ち下さい。
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