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第三部:勇者デビュー
見えないところでのちょっとした騒動
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「さ、宰相閣下、少しよろしいでしょうか?」
「おお、料理長。どうかされましたか?」
シュウジ様を紹介するパーティーが終わって執務室へ戻ろうとしたところで、王宮の料理長が私に話しかけてきました。
彼には今回のパーティーで出す料理のことだけでなく、迎賓館で滞在中のシュウジ様の食事も用意するようにと指示しています。シュウジ様はパーティーに参加されていたので、迎賓館の方にはエミリア殿だけが残っていたはずです。まさかそこで何かあったのでしょうか? シュウジ様はエミリア殿を妻にと仰っていたので、何かあれば一大事です。
「パティシエたちが迎賓館までミレーヌ殿の料理を運んだところ、そこに別の女性がいたそうです」
「そういう言い方をするということは、彼らが知っている方ではなかったと?」
「はい、非常に美しい女性だったそうです。もし見たことがあるなら絶対に忘れないだろうと」
シュウジ様は見た目にもかなりの美形でいらっしゃる。外を歩けば女性の一人や二人は引っかけられるとは思いますが、外に出られたことはなかったはずですね。王宮にいる女官や使用人でもないと。
「その女性が誰かは聞かなかったのですか?」
「もちろん聞いたそうです。それで……」
なぜか料理長はそこで口ごもりました。
「返ってきた答えが、シュウジ様の守護天使だと」
バサッ……
思わず書類を落としてしまいました。
「…………守護天使?」
「はい。ご本人曰く、女神様がシュウジ様をお守りするために作り出した存在だと。守護天使でもあり、女神本人でもあるということだそうです」
「その天使様というか女神様がおられたと」
「はい。慌ててその方の料理も用意いたしました」
「お待たせすることはなかったのですか?」
「パーティーの方に出す料理を少し使わせていただきました」
「それくらいなら問題ありません。この件は私の方から陛下に伝えます」
「よろしくお願いします」
それだけを伝えると料理長は戻っていきました。さて、どう陛下にお伝えするか。
これまで勇者様がこの国に来られたのは記録上は何回かあります。いずれもかなり昔の話で、ここしばらくは勇者様は来られませんでした。そもそも召喚が成功したのは一五年前の賢者様であるピトル伯爵で最後です。その前となるとモラクス公爵ですね。初代モラクス公爵は勇者様でした。
この国では公爵家の多くは勇者様に繋がっています。ただし必ずしも家が残るとは限りません。シュウジ様がラヴァル公爵になられたので、現在は四家となりました。
ラヴァル公爵家はかつての勇者様に連なる家系ですが、長い歴史の中で堕落して没落し、断絶となっていました。現在勇者様の直系で残っているのはモラクス公爵家だけでしょう。
ピトル伯爵は王都内に工房や店を持ち、そこで魔道具の製造や販売を行っています。彼がもたらしてくれた魔道具はこの国の庶民の生活を向上させてくれました。【賢者】であるピトル伯爵は、本来であれば公爵になっていておかしくないような功績があるのですが、伯爵で十分だと陞爵を断り続けています。
彼は領地持ちではありません。貴族年金が少し増えるくらいです。シュウジ様にせよピトル伯爵にせよ、異世界から召喚された方々は一つ立場が上と見なされますので、実質的に違いはないと言えるでしょう。ですが伯爵と侯爵ではやはり言葉の響きに差があります。異世界の方々は地位には無頓着なのでしょうか。
シュウジ様のことに話を戻しましょう。勇者様に守護天使様が同行したという話は私も聞いたことがありません。おそらく初めてではないでしょうか。女神様本人でもあるというのがよく理解できませんが、地上での依り代のような存在でしょうか。それだけ女神様がシュウジ様を買っていらっしゃると考えてもいいのでしょう。ピトル伯爵でさえこれだけの功績を残してくれたのなら、シュウジ様はどれだけこの国を発展させてくれるのでしょうか。
私はこのフレージュ王国が大陸を統一するとか世界を統一するとか、そのようなことに興味はありません。ただ宰相として、庶民の生活が向上し、それによって国全体がより豊かになることを願っています。そうでなければこの平和な時代に宰相という地位に就こうとは思いません。
この国の宰相というのは、国王陛下の側にあり、王宮で行われる様々な行事を統括する役職です。陛下ご不在の場合は会議のまとめ役を務めることもあります。年始の記念パーティーや王族の方々の誕生パーティーの手配、陛下への謁見希望者の調整、外国の大使の接待、それらの責任者となります。正直なところ、血湧き肉躍る仕事内容ではありません。逆にそのような人生を送りたいのであれば、宰相というのは一番向かない地位だと言い切れます。
私はこれまで七〇年ほど生きてきました。陛下が戴冠された時に宰相になって一七年。まさか私の代で召喚が二度成功するとは思いませんでした。
ピトル伯爵も最初は公爵にという話がありましたが、本人が断ったために伯爵となりました。最初は平民でいいということでしたが、それは国として問題があるということで揉めに揉めて伯爵に落ち着きました。
シュウジ様の場合は最初からラヴァル公爵の爵位を快く受けて頂くことができました。彼には彼で色々と考えがあるようですが、この国に好意的であってくれて助かります。エミリア殿を饗応役に付けて正解でした。
シャンメリエから東に半日行けばボンという町があり、エミリア殿はそこの有力な商家の娘です。五歳の時のステータスチェックで【聖女】であることが分かり、それから聖別されて教会で召喚の儀式のための訓練を受けることになりました。
正直なところ、召喚の聖女は教会に所属してかなり窮屈な生活を送ることになります。それに召喚が成功するとは限りません。成功しても失敗しても召喚を行うのは一度きり。二度目はありません。なかなか大変な立場なのです。
一方で成功すれば、エミリア殿のようにシュウジ様に見初められるようなこともあり得ることが分かりました。これを機会に召喚の聖女を希望する人が増えてくれればいいのですが。
……。
…………。
駄目ですね。考えがすぐに散らかってしまいます。これほど集中できないことはこれまで一度もありませんでした。今日のところはとりあえず陛下に報告だけして……酒でも飲んで寝てしまいましょうか。
「おお、料理長。どうかされましたか?」
シュウジ様を紹介するパーティーが終わって執務室へ戻ろうとしたところで、王宮の料理長が私に話しかけてきました。
彼には今回のパーティーで出す料理のことだけでなく、迎賓館で滞在中のシュウジ様の食事も用意するようにと指示しています。シュウジ様はパーティーに参加されていたので、迎賓館の方にはエミリア殿だけが残っていたはずです。まさかそこで何かあったのでしょうか? シュウジ様はエミリア殿を妻にと仰っていたので、何かあれば一大事です。
「パティシエたちが迎賓館までミレーヌ殿の料理を運んだところ、そこに別の女性がいたそうです」
「そういう言い方をするということは、彼らが知っている方ではなかったと?」
「はい、非常に美しい女性だったそうです。もし見たことがあるなら絶対に忘れないだろうと」
シュウジ様は見た目にもかなりの美形でいらっしゃる。外を歩けば女性の一人や二人は引っかけられるとは思いますが、外に出られたことはなかったはずですね。王宮にいる女官や使用人でもないと。
「その女性が誰かは聞かなかったのですか?」
「もちろん聞いたそうです。それで……」
なぜか料理長はそこで口ごもりました。
「返ってきた答えが、シュウジ様の守護天使だと」
バサッ……
思わず書類を落としてしまいました。
「…………守護天使?」
「はい。ご本人曰く、女神様がシュウジ様をお守りするために作り出した存在だと。守護天使でもあり、女神本人でもあるということだそうです」
「その天使様というか女神様がおられたと」
「はい。慌ててその方の料理も用意いたしました」
「お待たせすることはなかったのですか?」
「パーティーの方に出す料理を少し使わせていただきました」
「それくらいなら問題ありません。この件は私の方から陛下に伝えます」
「よろしくお願いします」
それだけを伝えると料理長は戻っていきました。さて、どう陛下にお伝えするか。
これまで勇者様がこの国に来られたのは記録上は何回かあります。いずれもかなり昔の話で、ここしばらくは勇者様は来られませんでした。そもそも召喚が成功したのは一五年前の賢者様であるピトル伯爵で最後です。その前となるとモラクス公爵ですね。初代モラクス公爵は勇者様でした。
この国では公爵家の多くは勇者様に繋がっています。ただし必ずしも家が残るとは限りません。シュウジ様がラヴァル公爵になられたので、現在は四家となりました。
ラヴァル公爵家はかつての勇者様に連なる家系ですが、長い歴史の中で堕落して没落し、断絶となっていました。現在勇者様の直系で残っているのはモラクス公爵家だけでしょう。
ピトル伯爵は王都内に工房や店を持ち、そこで魔道具の製造や販売を行っています。彼がもたらしてくれた魔道具はこの国の庶民の生活を向上させてくれました。【賢者】であるピトル伯爵は、本来であれば公爵になっていておかしくないような功績があるのですが、伯爵で十分だと陞爵を断り続けています。
彼は領地持ちではありません。貴族年金が少し増えるくらいです。シュウジ様にせよピトル伯爵にせよ、異世界から召喚された方々は一つ立場が上と見なされますので、実質的に違いはないと言えるでしょう。ですが伯爵と侯爵ではやはり言葉の響きに差があります。異世界の方々は地位には無頓着なのでしょうか。
シュウジ様のことに話を戻しましょう。勇者様に守護天使様が同行したという話は私も聞いたことがありません。おそらく初めてではないでしょうか。女神様本人でもあるというのがよく理解できませんが、地上での依り代のような存在でしょうか。それだけ女神様がシュウジ様を買っていらっしゃると考えてもいいのでしょう。ピトル伯爵でさえこれだけの功績を残してくれたのなら、シュウジ様はどれだけこの国を発展させてくれるのでしょうか。
私はこのフレージュ王国が大陸を統一するとか世界を統一するとか、そのようなことに興味はありません。ただ宰相として、庶民の生活が向上し、それによって国全体がより豊かになることを願っています。そうでなければこの平和な時代に宰相という地位に就こうとは思いません。
この国の宰相というのは、国王陛下の側にあり、王宮で行われる様々な行事を統括する役職です。陛下ご不在の場合は会議のまとめ役を務めることもあります。年始の記念パーティーや王族の方々の誕生パーティーの手配、陛下への謁見希望者の調整、外国の大使の接待、それらの責任者となります。正直なところ、血湧き肉躍る仕事内容ではありません。逆にそのような人生を送りたいのであれば、宰相というのは一番向かない地位だと言い切れます。
私はこれまで七〇年ほど生きてきました。陛下が戴冠された時に宰相になって一七年。まさか私の代で召喚が二度成功するとは思いませんでした。
ピトル伯爵も最初は公爵にという話がありましたが、本人が断ったために伯爵となりました。最初は平民でいいということでしたが、それは国として問題があるということで揉めに揉めて伯爵に落ち着きました。
シュウジ様の場合は最初からラヴァル公爵の爵位を快く受けて頂くことができました。彼には彼で色々と考えがあるようですが、この国に好意的であってくれて助かります。エミリア殿を饗応役に付けて正解でした。
シャンメリエから東に半日行けばボンという町があり、エミリア殿はそこの有力な商家の娘です。五歳の時のステータスチェックで【聖女】であることが分かり、それから聖別されて教会で召喚の儀式のための訓練を受けることになりました。
正直なところ、召喚の聖女は教会に所属してかなり窮屈な生活を送ることになります。それに召喚が成功するとは限りません。成功しても失敗しても召喚を行うのは一度きり。二度目はありません。なかなか大変な立場なのです。
一方で成功すれば、エミリア殿のようにシュウジ様に見初められるようなこともあり得ることが分かりました。これを機会に召喚の聖女を希望する人が増えてくれればいいのですが。
……。
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駄目ですね。考えがすぐに散らかってしまいます。これほど集中できないことはこれまで一度もありませんでした。今日のところはとりあえず陛下に報告だけして……酒でも飲んで寝てしまいましょうか。
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