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第九部:教えることと教わること
家名を持つことについて
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税の話で少々場の雰囲気が重くなったから、一度休憩を入れて話を変えることにした。
「次の話をしたい。俺は平民でも家名を持てるようにしたい。すぐには無理だからいずれはということだ」
一年二年で変わることはないと思う。でも君主制だからトップダウンでいけるか?
「閣下、それで何が変わるのでしょうか?」
そう聞いたのはベランジェール・ゴダン。ロジエ男爵の次女で耳が少し尖ったハーフエルフ。この会議が始まる前に、彼女には秘書を頼むことにした。メモを取るのを癖にしていて、俺の不在時に会議の内容を伝えてもらおうと思ったからだ。
「一つは家族として、一族として結束できるということだ。家名があることで集まりやすくなる」
「ですが家名がなくても集まることはできませんか?」
その質問は想定内だ。
「簡単に集まれるのはごく狭い地域に集まっているうちだけだ。そうだな……例えば、中規模のAという町にジャンという若者とフィリップという彼の叔父のフィリップがいると思ってくれ。こういう組み合わせはどこにでもいるだろう」
「そうですね。私の親戚にもいます」
ジャンとフィリップはよくある名前上位一〇個に入る名前だ。三親等以内なら何人もいるだろう。
「それでフィリップが仕事を探してもっと大きなBという町に行くとする。その一〇年後、彼を頼ってジャンがB町に向かう。無事に会えると思うか?」
「A出身のフィリップと聞いて回ればなんとか」
「フィリップがA出身と誰にも言っていなければ?」
「片っ端から聞いて回るのは……多すぎて無理ですね」
「そういうことだ。同じ名前が多すぎる。それ自体が悪いわけではないが、同名の他者と区別がしにくい」
家名がないから名前の被りが多い。それに大都市では自分の出自を明らかにしないことも多い。差別があることもあるからな。
「家名があればまだ人探しも楽だろう。もちろん被ることもあるとは思うが、ない場合よりも少ないはずだ」
「はい、仰るとおりです」
まず識別するためという意味では分かってもらえただろう。
「もう一つは自分のルーツを他人に説明できるということだ」
家名の話を整理すると、貴族は名前・家名(・雅号)・爵位となる。雅号は付けたければ付けたらいいという程度で、今は持たない貴族の方が多い。俺の場合はシュウジ・コワレ・ラヴァル公爵となる。家名はコワレ。爵位がラヴァル公爵だ。
家名を持てるのは貴族とその子女のみ。貴族は跡継ぎ以外は実家を出るけど、出た当人のみは家名を持てる。配偶者も名乗ってもいい。でもその子供は家名なしになる。同じ家で暮らす孫は家名なし。ややこしくないか?
それに呼び方は家名でも姓でも苗字でもいいけど、名前はルーツだ。例えば遠くから王都にやって来た者たちがそれぞれ結婚して孫の世代になった。その孫たちにとっては家名は自分のルーツを示す唯一のものになる。もし親から聞かなかったとしたら、自分のルーツは不明になる。
この国なら死ぬまで祖父母の実家には行かないかもしれないけど、もし自分の家名が特定の地域に多いとなれば、自分の祖父母やその親たちはそのあたりの生まれかもしれないと想像することができる。そうやって先祖に思いを馳せることもできるだろう。
「例えば……シプリアン殿、貴殿の長男の名前はダニエルだったか?」
「ええ、そうです」
「ダニエルは親に家名があるからまだ説明しやすい。シプリアン・ロッシュの息子のダニエルと言えばいい。でも孫世代や曾孫世代となるとどうなる?」
ダニエルには家名はない。でもシプリアン・ロッシュの子供と言えば「ああ、彼の祖父母は貴族だったんだな」と思ってもらえる。でも親に家名がないなら孫たちはシプリアン・ロッシュの孫と言わなければならない。
「たしかにそうですね。私には家名があるので何も思いませんでしたが、孫のことまで考えると違いますね」
「まだ孫くらいなら覚えていられても、曾孫や玄孫、あるいはそのさらに先ともなれば、もしかしたら間違って覚えたり、あるいは幼い頃に親が死んでしまって先祖が貴族だったと知らないこともあり得る」
「それがルーツが途絶えるということですか。ですが記録を残しておけばいいのでは?」
そう聞いたのはロックという一〇代の若い役人だ。物覚えがいいということで、記録係としてここに配属された。
彼に限った話ではないけど、納得できた顔と釈然としない顔が半々のようだ。
「家系図さえ残せればな」
「家系図を残す……ああ!」
俺はメンバーそれぞれの顔を眺めると、理解の早い者は瞬間的に、遅い者でも一〇秒ほどで納得した顔になった。ここにいるのは読み書き計算ができる者ばかり。だから記録さえすれば問題ないという発想がまず出る。
「地方では読み書きできない者が多い。それなら口頭でしか伝えられない。だから読み書きもということですね」
「そういうことだ。結局そのあたりは全てが繋がる。読み書き計算ができれば仕事の幅が広がる。自分の先祖がどうだったのかと辿ることもできる」
小さな村の村長とかなら読み書きはできるだろうから、記録を任せればいいんだけどな。人数もそれほど多くはなさそうだし
「少し話がズレたから家名の話に戻そうか」
ブレインストーミングのようにアイデアを出し合うつもりだったけど、俺の発言に対して質問するような形になった。なかなか上手くまとめるというのは難しいな。
「家名を持つ意味はあるということは分かってもらえたと思う。だが世の中の多くの者たちがどう思っているかは調べたことはないだろう」
平民が家名を持つことを全く考えてなかった国だからな。
「とりあえず各自できる範囲で平民が家名を持つことをどう思うかを調査してもらいたい。聞く相手は貴族でもいいし平民でもいい。家族でもいいし使用人でもいい。特に限定するわけではないので聞ける範囲で聞いてもらいたい。それを後日まとめよう」
「次の話をしたい。俺は平民でも家名を持てるようにしたい。すぐには無理だからいずれはということだ」
一年二年で変わることはないと思う。でも君主制だからトップダウンでいけるか?
「閣下、それで何が変わるのでしょうか?」
そう聞いたのはベランジェール・ゴダン。ロジエ男爵の次女で耳が少し尖ったハーフエルフ。この会議が始まる前に、彼女には秘書を頼むことにした。メモを取るのを癖にしていて、俺の不在時に会議の内容を伝えてもらおうと思ったからだ。
「一つは家族として、一族として結束できるということだ。家名があることで集まりやすくなる」
「ですが家名がなくても集まることはできませんか?」
その質問は想定内だ。
「簡単に集まれるのはごく狭い地域に集まっているうちだけだ。そうだな……例えば、中規模のAという町にジャンという若者とフィリップという彼の叔父のフィリップがいると思ってくれ。こういう組み合わせはどこにでもいるだろう」
「そうですね。私の親戚にもいます」
ジャンとフィリップはよくある名前上位一〇個に入る名前だ。三親等以内なら何人もいるだろう。
「それでフィリップが仕事を探してもっと大きなBという町に行くとする。その一〇年後、彼を頼ってジャンがB町に向かう。無事に会えると思うか?」
「A出身のフィリップと聞いて回ればなんとか」
「フィリップがA出身と誰にも言っていなければ?」
「片っ端から聞いて回るのは……多すぎて無理ですね」
「そういうことだ。同じ名前が多すぎる。それ自体が悪いわけではないが、同名の他者と区別がしにくい」
家名がないから名前の被りが多い。それに大都市では自分の出自を明らかにしないことも多い。差別があることもあるからな。
「家名があればまだ人探しも楽だろう。もちろん被ることもあるとは思うが、ない場合よりも少ないはずだ」
「はい、仰るとおりです」
まず識別するためという意味では分かってもらえただろう。
「もう一つは自分のルーツを他人に説明できるということだ」
家名の話を整理すると、貴族は名前・家名(・雅号)・爵位となる。雅号は付けたければ付けたらいいという程度で、今は持たない貴族の方が多い。俺の場合はシュウジ・コワレ・ラヴァル公爵となる。家名はコワレ。爵位がラヴァル公爵だ。
家名を持てるのは貴族とその子女のみ。貴族は跡継ぎ以外は実家を出るけど、出た当人のみは家名を持てる。配偶者も名乗ってもいい。でもその子供は家名なしになる。同じ家で暮らす孫は家名なし。ややこしくないか?
それに呼び方は家名でも姓でも苗字でもいいけど、名前はルーツだ。例えば遠くから王都にやって来た者たちがそれぞれ結婚して孫の世代になった。その孫たちにとっては家名は自分のルーツを示す唯一のものになる。もし親から聞かなかったとしたら、自分のルーツは不明になる。
この国なら死ぬまで祖父母の実家には行かないかもしれないけど、もし自分の家名が特定の地域に多いとなれば、自分の祖父母やその親たちはそのあたりの生まれかもしれないと想像することができる。そうやって先祖に思いを馳せることもできるだろう。
「例えば……シプリアン殿、貴殿の長男の名前はダニエルだったか?」
「ええ、そうです」
「ダニエルは親に家名があるからまだ説明しやすい。シプリアン・ロッシュの息子のダニエルと言えばいい。でも孫世代や曾孫世代となるとどうなる?」
ダニエルには家名はない。でもシプリアン・ロッシュの子供と言えば「ああ、彼の祖父母は貴族だったんだな」と思ってもらえる。でも親に家名がないなら孫たちはシプリアン・ロッシュの孫と言わなければならない。
「たしかにそうですね。私には家名があるので何も思いませんでしたが、孫のことまで考えると違いますね」
「まだ孫くらいなら覚えていられても、曾孫や玄孫、あるいはそのさらに先ともなれば、もしかしたら間違って覚えたり、あるいは幼い頃に親が死んでしまって先祖が貴族だったと知らないこともあり得る」
「それがルーツが途絶えるということですか。ですが記録を残しておけばいいのでは?」
そう聞いたのはロックという一〇代の若い役人だ。物覚えがいいということで、記録係としてここに配属された。
彼に限った話ではないけど、納得できた顔と釈然としない顔が半々のようだ。
「家系図さえ残せればな」
「家系図を残す……ああ!」
俺はメンバーそれぞれの顔を眺めると、理解の早い者は瞬間的に、遅い者でも一〇秒ほどで納得した顔になった。ここにいるのは読み書き計算ができる者ばかり。だから記録さえすれば問題ないという発想がまず出る。
「地方では読み書きできない者が多い。それなら口頭でしか伝えられない。だから読み書きもということですね」
「そういうことだ。結局そのあたりは全てが繋がる。読み書き計算ができれば仕事の幅が広がる。自分の先祖がどうだったのかと辿ることもできる」
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「少し話がズレたから家名の話に戻そうか」
ブレインストーミングのようにアイデアを出し合うつもりだったけど、俺の発言に対して質問するような形になった。なかなか上手くまとめるというのは難しいな。
「家名を持つ意味はあるということは分かってもらえたと思う。だが世の中の多くの者たちがどう思っているかは調べたことはないだろう」
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