元ロクデナシで今勇者

椎井瑛弥

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第七部:商会と今後のこと

試用と試食

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「オレリー、こっちが普通のタイプ、こっちがほんのりと温かくなるタイプだ」
「はい。いつもありがとうございます。しばらく試して感想をお伝えします。肌に何もないかは明日にでもお伝えします」
「もし肌に異常が現れたらすぐに使用はやめて俺に教えてくれ。すぐに【治療】で治す。絶対に無理はするなよ」
「畏まりました。その際にはよろしくお願いします」
 そう言って丁寧に頭を下げると部屋から出ていった。

 オレリーは使用人の鑑だ。侍女は厳密には使用人じゃないのかもしれないけど、まあ同じ屋敷で暮らす仲間だ。リュシエンヌが来る前は一人でエミリアに貴族の妻としての教育をしてくれていた。
 オレリーは言うべきことは言うけど控えめだ。だから俺としても必要以上にていねいに言わないといけない。例えばこれがシュザンヌなら、もし肌にトラブルがあればすぐに言ってくるだろう。でもオレリーの場合は自分に原因があるのではないかと考えて隠すタイプだ。これは性格の違いだから俺がどうこう言えるものじゃないけど、テスターには結果をはっきりと教えてもらう必要がある。
 あえてオレリーに頼んだのは、メイドたちじゃ効果が分かりにくいかもしれないと思ったからだ。あの媚薬の美肌効果もそうだけど、若すぎるとあまり効かない可能性があるからだ。媚薬に美肌効果っておかしな気がするけど、イネスが作った媚薬には数日間の美肌効果があった。ミレーヌとエミリアにはハッキリと現れたのに、リュシエンヌにはほとんど効果がなかった。ミレーヌとエミリアの肌が荒れていたとかじゃない。年齢差もそんなにはない。でも何かしら違いがあるんだろう。
 オレリーは最初の頃は俺から何かを受け取ることに遠慮しがちだったけど、商会の新商品のテストと言えばアッサリと受け取ってくれた。俺の役に立つことが使用人の務めだと言わんばかりに。
 オレリーだけじゃないけど、先日は焼き菓子を作ってみんなに試食をしてもらった。その時も「これを商会で販売するから忌憚のない意見を言ってくれ」と言ってA4くらいの便箋を渡したら、オレリーは三枚の裏表にでビッシリと細かな綺麗な字でレビューを書いてくれた。グルメサイトの長文批評みたいな感じだったな。ちなみに星は全て五つだった。
 気分をよくした俺は未発売の商品の試作品をいくつか渡しておいた。オレリーは男爵家の出身だから、子供の頃から平民よりはいいものを口にしていた。食べ物に関してはシュザンヌ以上に評価できるだろう。
 もちろんシュザンヌにも同じように意見を求めた。求めたけど、参考になる分とならない分があった。いつの間にか俺の忠犬のようになって、まあそれはそれで可愛いんだけど、できれば三〇代前半の女性としての率直な意見も聞きたかったのが事実だ。「旦那様の唇と手はこのように甘くて柔らないのではないのかと想像しています」って、まあ抱かれる気満々だな。そのうち抱くけどな。
 サクッと抱いて俺の女にしてもいいんだけど、今でも新商品のアイデアを考え、お菓子を作り、社交として他の貴族の屋敷に出かけ、手紙が届けばそれに返事を書き、それなりに忙しくしている。
 ちなみにオレリーたちに渡したのはアイシングをかけたレモンケーキと、そのアレンジバージョンのライムケーキ、オレンジケーキ、そしてラズベリーケーキだ。全てレモンを半分に割ったような形だ。アイシングのフレーバーだけ変えた。フレーバーさえ変えれば種類が増やせるだろうし、天然の着色料を使って見た目にも女性受けしそうな感じにしている。
 お菓子はいずれもっと種類を増やしたい。パティスリーとして独立させてもいいくらいだ。ただ今のところは作れば売れるそうだけど、いずれは売れ残ることもあるだろうし、そうすれば無駄になる。残ったら店員が食べるんだろうから無駄にはならないと思うけどな。
「公爵様、売れ残っても従業員が食べることはありません。それは窃盗になります」
「そうなのか?」
 アンナさんが売れ残りでも勝手に食べてはいけないと言った。
「売れ残りを食べてもいいとなれば、あえて売らずに売れ残りを増やす者が出てきます」
「そんなことするのか?」
「おそらくですが、公爵様の世界では売り場の担当者が真面目だったのではないでしょうか。コワレ商会は公爵様の直営ですのでマシだとは思いますが、普通の商会でそのようなことをすれば一つも売れないことがあります」
「マジか⁉」
 店員のモラル崩壊が凄いな。あ、そうか、屋敷でも最初は出涸らし茶葉ですら勝手に使えば盗みと同じだということだったな。さすがにそれはどうかと思って、茶葉や砂糖などは一定量は自由に使っていいことにしたけど。
「会長なり誰なりが管理しないとそうなります。ここの従業員はそんなことはしないと私は思っていますが、たまに気を引き締めないとどうなるか分かりませんからね!」
 アンナさんはわざと回りに聞こえるようにそう言った。なるほど。間違いのない場所から真面目な店員を雇えばそれほど大事おおごとにはならないけど、適当に雇うと店員が泥棒ばかりということにもなりかねないと。
「実際にはそこまでひどいことは滅多にありませんが、従業員の盗みが原因で在庫の計算が合わずに潰れる商会もあることはあります。ご注意ください」
「分かった。気をつけよう」
 シビアというか、現実を見せつけられた気分だ。そういえば一時期はコンビニや飲食店の店員のモラルの問題がニュースになってたなあ。日本に比べれば素朴な世界だからそういうことも少ないかと思ったけど、どの世界でも変わらないか。
「でも締めつけてばかりではいずれそうなるだろう。アンナさん、今のところ売り上げは十分出てるよな?」
「はい、問題ありません」
「それなら試作品が中心になるけど、週に二日、この店で販売するお菓子を休憩時間に出す。試食も兼ねればいいだろう」
 もし「美味しいと」しか言われなくても、それはそれで立派な意見だ。一〇代から二〇代の女性たちの嗜好に合ってるってことだからな。
「公爵様はお優しいですね」
「甘いだけだろうな」
 お菓子だけにな。
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