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第5章:初夏、新たなる出会い
第9話:久しぶりのダンジョン
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「ねえ、ここのところグレーターパンダばっかりだったし、違うことでもいいよね。ピクニックとか」
「そろそろ暖かくなってきましたしね。でも、ピクニックっぽいことは毎日していませんか?」
シャロンがメイド超になった翌日、レイたちは朝食をとりながら予定を考えています。
「白パンを置きますねっ」
「こっちがスープですぅ。お天気がよければ~、楽しいんでしょうねぇ」
「ああ、ありがとう」
ここのところギルドに顔を出してからグレーターパンダ狩りに出かける毎日です。昼食はシャロンが用意してガーデンパーティーのようになっていますので、ピクニックと呼べなくはありません。
「森の近くに行ってるから、魔物がぞろぞろ出てくるけどな」
町の外ではいつ何があっても不思議ではありません。魔物だけでなくね。一つ大規模な盗賊団がなくなりましたが、それで盗賊がいなくなったわけではありません。
「それでしたら、わたくしから一つよろしいですか?」
ケイトが手を上げて発言を求めました。手を上げる必要はないはずですけどね。
「お、何かいいアイデアがあるか?」
「はい。せっかくクラストンにいるのですから、ダンジョンに潜ってみたいですわ」
「あー、ダンジョンか」
レイが天井を見ながら頭に手をやりました。
「ダメですの?」
「いやいや、そうじゃない。ダンジョンがあったなって思い出しただけだ」
「あれから入ってなかったね」
「タケノコとパンダばかりだったです」
レイたちは最初に一度入ってみたものの、すぐにマーシャ経由でザカリーからグレーターパンダ狩りを頼まれました。あれからパンダ狩りをしていたらモリハナバチのディオナにミード造りを頼まれたり、溜まった素材で薬を作ってみたり、そんなこんなでかなりの間、ダンジョンから遠ざかっています。だからダンジョン都市にいながら、ダンジョンに入るということがすでに頭から抜けていたのです。
「それなら久しぶりにダンジョンに行くか」
「お守りします」
だいたいこんな感じで予定を決めますね。まさに行雲流水。人はそれを無計画と呼ぶかもしれませんが、いいんです、それで。お金に困っているわけでもありませんしね。
◆◆◆
「正面はお任せくださいです」
ラケルが先頭に立って奥へ進みます。ケイトとシャロンが加わりましたので、また順番に下りることになります。
ダンジョンに入る冒険者はかなりの人数になります。ところが、レイたちが他のパーティーと会うことは多くはありません。方向性がかなり違いますからね。
ダンジョン一階層あたりの広さは、浅い階では数キロ四方に及びます。しかも地図がありますので、普通ならルートを調べて下へ下へと進んでいきます。
浅い階層はダンジョンに慣れるために存在するという考えがあります。魔物や罠が少ない代わりに宝箱もあまり出ません。そこで魔物相手の立ち回りを覚えるわけです。なので、うまみが少ないと考えられていて、多くの冒険者はさっさと通過しています。他のパーティーとすれ違うことはそれほどありません。
下へ急ぐなら転移部屋を使いますので、すれ違うのは以前にレイたちが安全地帯で会った『双輪』のように、何か見つからないかと探しながら歩く冒険者くらいのものです。
先頭がラケル、その後ろにレイ。レイの斜め後ろにシャロン、そして最後尾がシーヴ。サラとケイトがレイの左右を固めます。
「俺が守られてるよな」
「リーダーだからね」
「レイ様あっての『行雲流水』ですわ」
あまり大きくない声で話ながら奥へ進みます。
「ここが転移部屋だ。転移部屋経由で帰るとここに出る」
レイも一度しか使っていませんが、何もない不思議な空間でした。ただ、その空間にはどこか異様な力があったことは覚えています。
「それで、向こうが階段だ」
「大きいですわ。こんな大きな階段のあるお屋敷に住みたいですわ」
「こんなの王宮や大聖堂くらいだろ」
貴族の屋敷は大きいのは、そこが住居・兼・仕事場だからです。
まず、家族が暮らす部屋が必要です。家族は多いですからね。正室と側室が同じ建物内で顔を合わせると、火花が飛び散るどころか、たまに飛び火して火事になることもあります。だから正室と折り合いが悪い側室には、別宅が用意されることもあります。
「マリオンのお屋敷はどうでしたの?」
「小さい方じゃないかな。離れも昔はなかったらしいな」
代々のギルモア男爵には側室が少なく、そのような別邸を建てる必要はありませんでした。だからモーガンがライナスのために離れを建てようとした際には「領主様にようやく側室が⁉」とマリオンがざわつきかけましたが、そんなことはありませんでした。
次に、仕事場としての機能のほうですが、領主の屋敷に従業員がぞろぞろとやってくるわけではありません。それでも領主の執務室や家令や執事、家政婦長など、上級使用人にも個室が用意されます。さらには各町の代官やギルドの関係者を集めて会議をすることもあります。そのための大きな部屋も必要です。
そしてもう一つ大切なのがホールです。ほとんどが正面玄関を入ってすぐ、もしくはその横あたりになりますが、一〇〇人以上を集めてパーティーができるサイズのホールがあります。場合によっては騎士の任命式などもここで行われますので、それなりに豪華な作りになっています。
「マリオンとダグラスができたのは同じ時期だから、作りもわりと似ているな」
「同じ人が建てたのかもね」
「そうだな。思い返せばヴァロフも似た感じだった」
ギルモア男爵領の南西にあるセヴァリー男爵領の領都ですね。酸っぱい食べ物で有名です。
屋敷をどうなるかは領主の好み次第です。城のように巨大な屋敷にすることもありますし、複数の屋敷が連なった形になることもあります。親から引き継ぐときに手を加えることがほとんどです。たまに領主が奪爵されて新しい領主が来る際には建て直されることもあります。いずれにせよ、公私の分け隔てなく使われるのが領主の屋敷なのです。
◆◆◆
地下一階。
「ここからは魔物が出るぞ。たまにな」
地下一階はあまり出ません。一〇分歩けば一度は遭遇するくらいでしょう。
「ご主人さま、オーガです」
「いきますわ!」
「飛び出したら危ないです!」
レイの右にいたケイトが走っていきました。慌ててラケルが追いかけます。
ドゴンッッ‼
一つ大きな音がすると、ケイトとラケルが戻ってきました。
「レイ様、お受け取りください」
「もらうけど……ケイトはラケルと並んで前を歩いてくれるか? そっちのほうが効率がよさそうだ」
「わかりましたわ」
ケイトはレイから頼まれて顔をほころばせました。そしてラケルの隣に並びます。
「お嬢様なんだよね?」
「そうだぞ。おそらく箱入りだ。領内から出たことなかったんだろうな」
はい。箱入り娘ですよ。だからこそ、屋敷から出た今が楽しいんでしょう。オーガの頭を吹き飛ばして笑顔を見せるお嬢様ですけどね。
「どう見ても役人としか思えないアンガスさんが武闘派なんだから、その娘が武闘派でもおかしくないんだよな」
「フォローできるようにしとくね」
「頼む。俺もするけど」
あらためて隊列を組み直します。前衛がラケルとケイト、中衛がレイとサラ、後衛がシーヴ。シャロンは倒した魔物を受け取ってレイに渡す係をすることになりました。
◆◆◆
地下二階。
「人が来ます」
ラケルが小声でレイに伝えました。すると前方から三人組の男性が近づいてきました。
「お、可愛い子がいるじゃん」
ケイトは兜を着けていませんので、顔がよく見えます。
「上玉だな」
「俺たちと——ヒイッ」
声をかけた三人が、悲鳴を上げて道を譲りました。三人はそのまま壁際まで後ずさると、走って逃げていきました。
「蛙の子は蛙か」
「レイ以外に近寄られたくないんでしょう」
でしょうね。レイ以外の男性からいやらしい視線を向けられて、生理的に嫌悪感が出たようです。出たのは嫌悪感というよりも殺意や闘気ですが。体中から「♨」のようにオーラが立ち上って髪の毛が逆立っています。超サ〇ヤ人ですか?
「ケイト、ちょっと来い」
「どうかされましたか?」
ケイトがちょこちょことレイのところへ戻ってきます。まだオーラは出たままです。
「先は長いんだ。あんまり気を張ると疲れるぞ」
レイはそう言いながらケイトの頭を撫でます。ケイトは兜を着けていません。それは兜というものが可愛くないからです。そんなケイトが先頭を歩いていますので、嫌でも目立つんですよ。着けていないのはケイトとシャロンだけです。
「大丈夫ですわ。レイ様の邪魔にはなりたくありませんもの」
「大丈夫じゃない。肩の力を抜け」
ラケルにせよケイトにせよ、大丈夫という言葉の意味を勘違いしている節がありますね。
ケイトを落ち着かせようと、レイは優しく抱きしめました。するとまるで「しゅ~ん」という音でも出るかのようにオーラが収まりました。
それからも何度か超サ〇ヤ人になったり戻ったりしながら、一行は地下三階への階段を目指して進んでいきました。
◆◆◆
地下三階。
「お、宝箱か?」
通路の先にはこれまでに何回か見たことのある宝箱がありました。
「では解錠しますね」
シーヴが宝箱を調べて解錠します。
「中身は3Dブーツでした。これを履くとダンジョンの中では床以外にも立てるそうです」
シーヴが詳細を調べながらレイに手渡します。
「壁に立てるのか」
「やってみようか?」
「やりたいんだろ?」
「もちろん」
サラは3Dブーツを受け取ると、今のブーツを脱いで履き替えます。
「なんか大きいかなと思ったら急にピッタリになったんだけど」
足を入れた瞬間に急にブーツが小さくなったので、サラは思わず足を引っ込めそうになりました。
「魔法の武具は身に付ける人によってある程度サイズが変わるそうです」
「ある程度ってのは、巨人やフェアリーは無理ってことだよね?」
「そうらしいですね」
「ねえ、ラケルはどうだった?」
ラケルはアンカーブーツという、ダンジョン内で滑り止めの効果があるブーツを履いています。
「違和感はなかったです」
「感覚の問題かなあ。シャロンが履いたらどう?」
「試してみましょうか」
サラはブーツを一度脱いでシャロンに渡しました。シャロンはハーフリングの中でもかなり背が高く、一二〇センチほどあります。
シャロンはブーツを受け取ると足を入れました。その瞬間にブーツが縮みました。
「小さくなりましたね。私でも大丈夫のようです」
シャロンがブーツを脱ぐとサイズが元に戻りました。サラは受け取ったブーツをもう一度履くと、壁に右足の裏を付けました。そして左足を浮かせます。
「「「おお~~っ!」」」
サラは壁に右足だけ付けた状態で浮いています。
「これ、重力が壁に向かってるね」
サラはいろいろと確認しながら天井に向かって歩いていきます。
「ジャンプしたら落ちるかな?」
「落ちそうになったら受け止めるから安心してくれ」
「それじゃ、やってみるね」
サラは壁に立ちながら垂直にジャンプしましたが、そのまま壁に着地しました。
「それならこれはどう?」
今度は壁から助走をつけて天井に向けてジャンプすると、今度は天井に立ちました。レイたちは天井にいるサラを見上げます。
「どうだ?」
「問題ないみたい。髪の毛も邪魔じゃないしね」
「重力は天井に向かってるのか?」
「今の状態ならね。倒立してみるよ」
サラは天井に手をついて倒立しました。すると天井にぶら下がっているように見えますが、兜の下から見えているポニーテールは天井に向かって垂れ下がりました。
「今度は銅貨を落としてみるね」
サラは銅貨を取り出すとつまんでいた指を開きました。すると銅貨は真下に向かって落ち、レイの手の中に収まりました。
「体から離れると地面に落ちるみたい」
サラはそのまま壁から天井を歩いて戻ってきます。ここまでで分かったことは、重力に関しては、着用者が最後に足を置いた場所に働くということです。ただし、体から離れてしまったものは通常の重力に従って床に向かって落ちるようです。
「これを使うのはサラかシーヴがいいと思うんだけど、どうだ?」
自分は使わないという前提でレイは二人に聞きました。
「うまく使えば空中戦もできるから、シーヴはどう?」
「私の場合は感覚が狂いそうですね」
「それじゃ私かな?」
「サラでいいでしょう。ダンジョン内ならラケルが正面から、私が横から、そしてサラが後ろに回り込んでということもできますし」
話し合いの結果、3Dブーツはサラが履くことになりました。
「天井にカメレオンゲッコーがいます。二〇メートルほど先です」
ラケルが少し先の天井を見ながら注意を促した。
「ちょっと見てくるね」
サラは壁を歩くとそのまま天井に近づいた。
「ラケル、落とすよ」
「わかりましたです」
「ほい、ほい、ほい」
サラが張り付いていたカメレオンゲッコーをグレイブで剥がすと床に落ちました。ラケルが押さえつけてショートソードで頭を落としていきます。
「あ、宝箱が出ましたです」
「それでは開けますね」
シーヴが慣れた手つきで罠を調べて解錠します。
「また3Dブーツですね。今度は三足あります」
「大盤振る舞いだな」
中には先ほどと同じく3Dブーツが三足入っていました。
「シーヴも履いたらどうだ? 無理して壁を歩かなくてもいいから」
「そうですね。上からの方が狙いやすいこともありますし。しばらく慣らしましょうか」
一つはシーヴで決まりました。残り二つをどうするかです。
「レイはどう?」
「俺でもいいけどメリットが少ないからな」
レイはサラのように攻撃魔法を使うわけでもなく、シーヴのように投げナイフで攻撃するわけでもありません。弓矢もありますが、基本はグレイブかバスタードソードです。
「一つはシャロンがいいだろう。何かあった場合に逃げやすいように」
「ありがとうございます」
シャロンは回避能力は高いですが、ダンジョン内は逃げる場所が限られてしまいます。
「ケイトも使うか?」
「わたくしは大丈夫ですわ。無理をしてまで使わなくてもよろしいのでは?」
「そうだな。とりあえず保留にするか」
残り一足はしまっておくことになりました。
みんなが3Dブーツの話をしている間、ラケルはじっと宝箱を見ていました。
「ご主人さま、変です」
「どうしたんだ?」
「宝箱が消えませんです」
たしかに開いたままの宝箱がそのまま残っています。普通なら宝箱は中身を出してしばらくすると地面に溶け込むように消えますが、これは消えていません。
「もしかして……」
レイが試しに宝箱をマジックバッグに入れてみると、問題なく入りました。もちろん取り出すこともできます。
「これも戦利品なんだな」
ごく稀に宝箱がそのまま残るという話も聞くことがあります。もちろん放っておくと消えてしまいますが、普通の宝箱のようにすぐには消えません。
「戻ってから確認してみるか」
ここからはラケルが先頭で、その両側にサラとケイトになりました。ラケルの後ろにシーヴ、その後ろでレイで、レイの横にシャロンという並びになっています。
サラは場合によっては壁を使って後ろに回り込む、あるいはそのまま壁から攻撃することもできます。ラケルの横からケイトが自称メイスで攻撃し、シーヴが斥候・兼・遊撃として前方を監視し、レイは後ろの警戒をしています。シャロンは必要があれば、いつでも壁に逃げられるようにします。
「さっきは変な顔をされたよな」
「でも有効だよ、これ」
サラの言うとおり、すれ違ったパーティーからは怪訝な顔をされましたが、これで壁を使って上から狙うことも回り込んで挟み撃ちすることもできます。
実のところ、3Dブーツを活用している冒険者はあまりいません。というのも、このダンジョンの通路は幅二〇メートルほどありますので、普通に魔物の後ろに回り込めるからです。つまり、よほど足が速くないと、壁を使う意味がないんです。
「そろそろ暖かくなってきましたしね。でも、ピクニックっぽいことは毎日していませんか?」
シャロンがメイド超になった翌日、レイたちは朝食をとりながら予定を考えています。
「白パンを置きますねっ」
「こっちがスープですぅ。お天気がよければ~、楽しいんでしょうねぇ」
「ああ、ありがとう」
ここのところギルドに顔を出してからグレーターパンダ狩りに出かける毎日です。昼食はシャロンが用意してガーデンパーティーのようになっていますので、ピクニックと呼べなくはありません。
「森の近くに行ってるから、魔物がぞろぞろ出てくるけどな」
町の外ではいつ何があっても不思議ではありません。魔物だけでなくね。一つ大規模な盗賊団がなくなりましたが、それで盗賊がいなくなったわけではありません。
「それでしたら、わたくしから一つよろしいですか?」
ケイトが手を上げて発言を求めました。手を上げる必要はないはずですけどね。
「お、何かいいアイデアがあるか?」
「はい。せっかくクラストンにいるのですから、ダンジョンに潜ってみたいですわ」
「あー、ダンジョンか」
レイが天井を見ながら頭に手をやりました。
「ダメですの?」
「いやいや、そうじゃない。ダンジョンがあったなって思い出しただけだ」
「あれから入ってなかったね」
「タケノコとパンダばかりだったです」
レイたちは最初に一度入ってみたものの、すぐにマーシャ経由でザカリーからグレーターパンダ狩りを頼まれました。あれからパンダ狩りをしていたらモリハナバチのディオナにミード造りを頼まれたり、溜まった素材で薬を作ってみたり、そんなこんなでかなりの間、ダンジョンから遠ざかっています。だからダンジョン都市にいながら、ダンジョンに入るということがすでに頭から抜けていたのです。
「それなら久しぶりにダンジョンに行くか」
「お守りします」
だいたいこんな感じで予定を決めますね。まさに行雲流水。人はそれを無計画と呼ぶかもしれませんが、いいんです、それで。お金に困っているわけでもありませんしね。
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「正面はお任せくださいです」
ラケルが先頭に立って奥へ進みます。ケイトとシャロンが加わりましたので、また順番に下りることになります。
ダンジョンに入る冒険者はかなりの人数になります。ところが、レイたちが他のパーティーと会うことは多くはありません。方向性がかなり違いますからね。
ダンジョン一階層あたりの広さは、浅い階では数キロ四方に及びます。しかも地図がありますので、普通ならルートを調べて下へ下へと進んでいきます。
浅い階層はダンジョンに慣れるために存在するという考えがあります。魔物や罠が少ない代わりに宝箱もあまり出ません。そこで魔物相手の立ち回りを覚えるわけです。なので、うまみが少ないと考えられていて、多くの冒険者はさっさと通過しています。他のパーティーとすれ違うことはそれほどありません。
下へ急ぐなら転移部屋を使いますので、すれ違うのは以前にレイたちが安全地帯で会った『双輪』のように、何か見つからないかと探しながら歩く冒険者くらいのものです。
先頭がラケル、その後ろにレイ。レイの斜め後ろにシャロン、そして最後尾がシーヴ。サラとケイトがレイの左右を固めます。
「俺が守られてるよな」
「リーダーだからね」
「レイ様あっての『行雲流水』ですわ」
あまり大きくない声で話ながら奥へ進みます。
「ここが転移部屋だ。転移部屋経由で帰るとここに出る」
レイも一度しか使っていませんが、何もない不思議な空間でした。ただ、その空間にはどこか異様な力があったことは覚えています。
「それで、向こうが階段だ」
「大きいですわ。こんな大きな階段のあるお屋敷に住みたいですわ」
「こんなの王宮や大聖堂くらいだろ」
貴族の屋敷は大きいのは、そこが住居・兼・仕事場だからです。
まず、家族が暮らす部屋が必要です。家族は多いですからね。正室と側室が同じ建物内で顔を合わせると、火花が飛び散るどころか、たまに飛び火して火事になることもあります。だから正室と折り合いが悪い側室には、別宅が用意されることもあります。
「マリオンのお屋敷はどうでしたの?」
「小さい方じゃないかな。離れも昔はなかったらしいな」
代々のギルモア男爵には側室が少なく、そのような別邸を建てる必要はありませんでした。だからモーガンがライナスのために離れを建てようとした際には「領主様にようやく側室が⁉」とマリオンがざわつきかけましたが、そんなことはありませんでした。
次に、仕事場としての機能のほうですが、領主の屋敷に従業員がぞろぞろとやってくるわけではありません。それでも領主の執務室や家令や執事、家政婦長など、上級使用人にも個室が用意されます。さらには各町の代官やギルドの関係者を集めて会議をすることもあります。そのための大きな部屋も必要です。
そしてもう一つ大切なのがホールです。ほとんどが正面玄関を入ってすぐ、もしくはその横あたりになりますが、一〇〇人以上を集めてパーティーができるサイズのホールがあります。場合によっては騎士の任命式などもここで行われますので、それなりに豪華な作りになっています。
「マリオンとダグラスができたのは同じ時期だから、作りもわりと似ているな」
「同じ人が建てたのかもね」
「そうだな。思い返せばヴァロフも似た感じだった」
ギルモア男爵領の南西にあるセヴァリー男爵領の領都ですね。酸っぱい食べ物で有名です。
屋敷をどうなるかは領主の好み次第です。城のように巨大な屋敷にすることもありますし、複数の屋敷が連なった形になることもあります。親から引き継ぐときに手を加えることがほとんどです。たまに領主が奪爵されて新しい領主が来る際には建て直されることもあります。いずれにせよ、公私の分け隔てなく使われるのが領主の屋敷なのです。
◆◆◆
地下一階。
「ここからは魔物が出るぞ。たまにな」
地下一階はあまり出ません。一〇分歩けば一度は遭遇するくらいでしょう。
「ご主人さま、オーガです」
「いきますわ!」
「飛び出したら危ないです!」
レイの右にいたケイトが走っていきました。慌ててラケルが追いかけます。
ドゴンッッ‼
一つ大きな音がすると、ケイトとラケルが戻ってきました。
「レイ様、お受け取りください」
「もらうけど……ケイトはラケルと並んで前を歩いてくれるか? そっちのほうが効率がよさそうだ」
「わかりましたわ」
ケイトはレイから頼まれて顔をほころばせました。そしてラケルの隣に並びます。
「お嬢様なんだよね?」
「そうだぞ。おそらく箱入りだ。領内から出たことなかったんだろうな」
はい。箱入り娘ですよ。だからこそ、屋敷から出た今が楽しいんでしょう。オーガの頭を吹き飛ばして笑顔を見せるお嬢様ですけどね。
「どう見ても役人としか思えないアンガスさんが武闘派なんだから、その娘が武闘派でもおかしくないんだよな」
「フォローできるようにしとくね」
「頼む。俺もするけど」
あらためて隊列を組み直します。前衛がラケルとケイト、中衛がレイとサラ、後衛がシーヴ。シャロンは倒した魔物を受け取ってレイに渡す係をすることになりました。
◆◆◆
地下二階。
「人が来ます」
ラケルが小声でレイに伝えました。すると前方から三人組の男性が近づいてきました。
「お、可愛い子がいるじゃん」
ケイトは兜を着けていませんので、顔がよく見えます。
「上玉だな」
「俺たちと——ヒイッ」
声をかけた三人が、悲鳴を上げて道を譲りました。三人はそのまま壁際まで後ずさると、走って逃げていきました。
「蛙の子は蛙か」
「レイ以外に近寄られたくないんでしょう」
でしょうね。レイ以外の男性からいやらしい視線を向けられて、生理的に嫌悪感が出たようです。出たのは嫌悪感というよりも殺意や闘気ですが。体中から「♨」のようにオーラが立ち上って髪の毛が逆立っています。超サ〇ヤ人ですか?
「ケイト、ちょっと来い」
「どうかされましたか?」
ケイトがちょこちょことレイのところへ戻ってきます。まだオーラは出たままです。
「先は長いんだ。あんまり気を張ると疲れるぞ」
レイはそう言いながらケイトの頭を撫でます。ケイトは兜を着けていません。それは兜というものが可愛くないからです。そんなケイトが先頭を歩いていますので、嫌でも目立つんですよ。着けていないのはケイトとシャロンだけです。
「大丈夫ですわ。レイ様の邪魔にはなりたくありませんもの」
「大丈夫じゃない。肩の力を抜け」
ラケルにせよケイトにせよ、大丈夫という言葉の意味を勘違いしている節がありますね。
ケイトを落ち着かせようと、レイは優しく抱きしめました。するとまるで「しゅ~ん」という音でも出るかのようにオーラが収まりました。
それからも何度か超サ〇ヤ人になったり戻ったりしながら、一行は地下三階への階段を目指して進んでいきました。
◆◆◆
地下三階。
「お、宝箱か?」
通路の先にはこれまでに何回か見たことのある宝箱がありました。
「では解錠しますね」
シーヴが宝箱を調べて解錠します。
「中身は3Dブーツでした。これを履くとダンジョンの中では床以外にも立てるそうです」
シーヴが詳細を調べながらレイに手渡します。
「壁に立てるのか」
「やってみようか?」
「やりたいんだろ?」
「もちろん」
サラは3Dブーツを受け取ると、今のブーツを脱いで履き替えます。
「なんか大きいかなと思ったら急にピッタリになったんだけど」
足を入れた瞬間に急にブーツが小さくなったので、サラは思わず足を引っ込めそうになりました。
「魔法の武具は身に付ける人によってある程度サイズが変わるそうです」
「ある程度ってのは、巨人やフェアリーは無理ってことだよね?」
「そうらしいですね」
「ねえ、ラケルはどうだった?」
ラケルはアンカーブーツという、ダンジョン内で滑り止めの効果があるブーツを履いています。
「違和感はなかったです」
「感覚の問題かなあ。シャロンが履いたらどう?」
「試してみましょうか」
サラはブーツを一度脱いでシャロンに渡しました。シャロンはハーフリングの中でもかなり背が高く、一二〇センチほどあります。
シャロンはブーツを受け取ると足を入れました。その瞬間にブーツが縮みました。
「小さくなりましたね。私でも大丈夫のようです」
シャロンがブーツを脱ぐとサイズが元に戻りました。サラは受け取ったブーツをもう一度履くと、壁に右足の裏を付けました。そして左足を浮かせます。
「「「おお~~っ!」」」
サラは壁に右足だけ付けた状態で浮いています。
「これ、重力が壁に向かってるね」
サラはいろいろと確認しながら天井に向かって歩いていきます。
「ジャンプしたら落ちるかな?」
「落ちそうになったら受け止めるから安心してくれ」
「それじゃ、やってみるね」
サラは壁に立ちながら垂直にジャンプしましたが、そのまま壁に着地しました。
「それならこれはどう?」
今度は壁から助走をつけて天井に向けてジャンプすると、今度は天井に立ちました。レイたちは天井にいるサラを見上げます。
「どうだ?」
「問題ないみたい。髪の毛も邪魔じゃないしね」
「重力は天井に向かってるのか?」
「今の状態ならね。倒立してみるよ」
サラは天井に手をついて倒立しました。すると天井にぶら下がっているように見えますが、兜の下から見えているポニーテールは天井に向かって垂れ下がりました。
「今度は銅貨を落としてみるね」
サラは銅貨を取り出すとつまんでいた指を開きました。すると銅貨は真下に向かって落ち、レイの手の中に収まりました。
「体から離れると地面に落ちるみたい」
サラはそのまま壁から天井を歩いて戻ってきます。ここまでで分かったことは、重力に関しては、着用者が最後に足を置いた場所に働くということです。ただし、体から離れてしまったものは通常の重力に従って床に向かって落ちるようです。
「これを使うのはサラかシーヴがいいと思うんだけど、どうだ?」
自分は使わないという前提でレイは二人に聞きました。
「うまく使えば空中戦もできるから、シーヴはどう?」
「私の場合は感覚が狂いそうですね」
「それじゃ私かな?」
「サラでいいでしょう。ダンジョン内ならラケルが正面から、私が横から、そしてサラが後ろに回り込んでということもできますし」
話し合いの結果、3Dブーツはサラが履くことになりました。
「天井にカメレオンゲッコーがいます。二〇メートルほど先です」
ラケルが少し先の天井を見ながら注意を促した。
「ちょっと見てくるね」
サラは壁を歩くとそのまま天井に近づいた。
「ラケル、落とすよ」
「わかりましたです」
「ほい、ほい、ほい」
サラが張り付いていたカメレオンゲッコーをグレイブで剥がすと床に落ちました。ラケルが押さえつけてショートソードで頭を落としていきます。
「あ、宝箱が出ましたです」
「それでは開けますね」
シーヴが慣れた手つきで罠を調べて解錠します。
「また3Dブーツですね。今度は三足あります」
「大盤振る舞いだな」
中には先ほどと同じく3Dブーツが三足入っていました。
「シーヴも履いたらどうだ? 無理して壁を歩かなくてもいいから」
「そうですね。上からの方が狙いやすいこともありますし。しばらく慣らしましょうか」
一つはシーヴで決まりました。残り二つをどうするかです。
「レイはどう?」
「俺でもいいけどメリットが少ないからな」
レイはサラのように攻撃魔法を使うわけでもなく、シーヴのように投げナイフで攻撃するわけでもありません。弓矢もありますが、基本はグレイブかバスタードソードです。
「一つはシャロンがいいだろう。何かあった場合に逃げやすいように」
「ありがとうございます」
シャロンは回避能力は高いですが、ダンジョン内は逃げる場所が限られてしまいます。
「ケイトも使うか?」
「わたくしは大丈夫ですわ。無理をしてまで使わなくてもよろしいのでは?」
「そうだな。とりあえず保留にするか」
残り一足はしまっておくことになりました。
みんなが3Dブーツの話をしている間、ラケルはじっと宝箱を見ていました。
「ご主人さま、変です」
「どうしたんだ?」
「宝箱が消えませんです」
たしかに開いたままの宝箱がそのまま残っています。普通なら宝箱は中身を出してしばらくすると地面に溶け込むように消えますが、これは消えていません。
「もしかして……」
レイが試しに宝箱をマジックバッグに入れてみると、問題なく入りました。もちろん取り出すこともできます。
「これも戦利品なんだな」
ごく稀に宝箱がそのまま残るという話も聞くことがあります。もちろん放っておくと消えてしまいますが、普通の宝箱のようにすぐには消えません。
「戻ってから確認してみるか」
ここからはラケルが先頭で、その両側にサラとケイトになりました。ラケルの後ろにシーヴ、その後ろでレイで、レイの横にシャロンという並びになっています。
サラは場合によっては壁を使って後ろに回り込む、あるいはそのまま壁から攻撃することもできます。ラケルの横からケイトが自称メイスで攻撃し、シーヴが斥候・兼・遊撃として前方を監視し、レイは後ろの警戒をしています。シャロンは必要があれば、いつでも壁に逃げられるようにします。
「さっきは変な顔をされたよな」
「でも有効だよ、これ」
サラの言うとおり、すれ違ったパーティーからは怪訝な顔をされましたが、これで壁を使って上から狙うことも回り込んで挟み撃ちすることもできます。
実のところ、3Dブーツを活用している冒険者はあまりいません。というのも、このダンジョンの通路は幅二〇メートルほどありますので、普通に魔物の後ろに回り込めるからです。つまり、よほど足が速くないと、壁を使う意味がないんです。
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