異世界は流されるままに

椎井瑛弥

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第9章:夏、順調ではない町づくり

第4話:一つ解けた謎

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「ルシンダさん、これどうぞ」
「いつもありがとうございます」

 まだ誰も働き手がいない教会を、エルフの女性たちが交代で手伝い、合間に肉や野菜などの差し入れをします。今日はドロシーが数人を連れて来ていました。

「だいぶできましたね」
「みなさんのおかげですよ」

 その言葉はお世辞でもなんでもありません。空気しかなかった礼拝堂には、家具職人たちが作った説教台や椅子が並べられ、いつでも説教ができるようになっていました。家の方も家具がそろい、生活にも問題がなくなりました。街中にはまだ商店が少ないので、必要なものをすぐに買うというわけにはいきません。しかし、気がつけば誰かが用意してくれています。
 少し前まで、ルシンダは夫と一緒に王都で暮らしていました。王都は国内で一番の大都市です。どこにでも人がいて、買い物に出かければ肩がぶつかるほどでした。
 一方で、このグリーンヴィルは町の広さのわりには人が少なく、純粋な住民は多くはありません。大半は建設作業に関わっている労働者たちです。領主であるレイは、その労働者たちに家を与えて住民になってもらおうと考えていますが、どれだけ残ってくれるかまではわかりません。
 このように、まったく違う環境に移り住んだルシンダは、これまで持っていた違和感について、ドロシーに聞いてみることにしました。

「ドロシーさん、もし気を悪くしたらすみません。夫が言っていたのですが、この町にいるエルフの方々は、みんな明るいそうです」
「明るいですか?」

 ルシンダが夫のエルトンから聞いたのは、エルフという種族は基本的に偉そうで、しかめっ面ばかりしているということでした。その話を聞いて、ドロシーは過去の自分たちを思い浮かべました。

「もしかしたら、レイさんが冒険者として初めて私たちの町に来たとき、嫌な顔をしなかったからかもしれません」

 人間がエルフを見て嫌な顔をするのと同じように、エルフも人間を見ると身構えていました。かつて捕まって見せ物にされた者がいたという話を聞いているからです。
 人間にとって歴史上の出来事のような、はるか昔のことであったとしても、寿命の長いエルフにとっては、少し前のことでしかありません。ジンマで暮らしているエルフたちが人間を警戒する動機としては十分でした。
 さらに、もう一つ原因がありました。それが間違った共通語です。多くの種族が人間の言葉をベースにした共通語を話すようになり、エルフも交易をするために共通語を使うようになりました。ところが、他種族とあまり交流のないエルフたちは、自分たちの共通語が少しずつおかしくなっていることに気づいていませんでした。それを指摘したのがレイたちでした。
 エルフとして生まれ変わったエリは、レイにエルフの共通語にはおかしな言葉があると言いました。エリはそれがわかりながらも、どうしておかしいことがわかるのか説明できないため、もどかしい思いをしていました。その後、レイとエリが中心になり、正しい言葉の使い方をまとめた語彙集がレオンスに渡されてました。

「なるほど。人間とエルフが仲違いをする理由がわかったということですか」
「すぐ東にある森で暮らすエルフは、という話ですけどね。それでも、私たちが短命な種族を下に見てしまうのはなかなか治らないので、クラストンとこの町では、そこを説明して理解してもらったうえで一緒に暮らすようになっています」

 寿命が軽く一〇〇〇年を超えるエルフからすると、一〇〇年も生きられない人間や獣人は、非常に小さな存在でしかありません。それこそ人間が小動物を見る感覚に近いでしょう。その意識を根本から変えるには長い時間がかかります。ポロッと口から出てしまうこともありますが、最初からわかっているのとわかっていないのでは、受け止め方は全然違うということです。

「あとは服ですね。物に釣られたと言えるかもしれません」

 現在エルフたちが当たり前のように着ている派手な服は、レイがジンマに持ち込んだものです。エルフたちはこれを手に入れるために交易を始め、さらにはドロシーやフィルシーのように、ジンマからクラストンにホームステイするエルフが現れました。一度流れができれば、そこから先は簡単です。エルフが人間を怖がるのは思い込みがほとんどなので、実際に害がないとわかれば、溶け込むのに時間はかかりませんでした。

 ◆◆◆

「なるほどねえ」

 エルトンは腕組みをしながらルシンダの話を聞いていました。

「人間からしたら、そこらへんにいる虫ケラと自分たちを同じと考えたくはないってことに近いのか」
「その言い方はどうかと思いますけど、エルフから見たら私たちは生まれたらすぐに死ぬんでしょうね」
「その人間が自分たちを捕まえて見世物にしたんだから腹が立つってのはわかる。しかし、言葉のことまでは知らなかったなあ」

 彼が会ったことのあるエルフは数人ですが、言われてみれば、頼み事や礼をするときに尊大な口調になっていた気がしました。「よくやった」「褒めてやろう」などと言われたことを、彼はよく覚えています。それで何様なにさまのつもりだ、と腹を立てたことがありますが、向こうからすれば「助かった」「ありがとう」と言おうとしたのではないかと思えました。エルトンはそれが理解できなかったので腹を立て、そのエルフも礼を言ったはずなのに相手が腹を立てたので機嫌を悪くしたと考えれば、筋が通ります。

「辻褄は合うか」
「同じ言葉でも場所によって違うんでしょうね。たまたまこの国のエルフの人たちがそうだっただけで」

 この世界に人間として転生したレイ、同じくこの世界にエルフとして転生したエリ。この二人が再開したことが特に関係改善のきっかけになりましたが、そこまでは二人ともまだ知りません。それを知るのはもう少し先のことです。
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