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第9章:夏、順調ではない町づくり
第3話:エルトンの愚痴
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赴任から五日ほどすると、エルトンが説教を行うために使う説教台、神像を乗せる台、それから信者たちが座って説教を聞くための机と椅子が次々と運ばれてきました。これらはダンジョンから出てきた板材や角材で作られています。
「しかし……こんな大仕事になるとは……」
立派な司教座を見ながらそうつぶやいたのはエルトンです。つい先日、王都を追い出されるように、妻のルシンダと一緒にグリーンヴィルに来ました。
「周りを見たらエルフばっかりだしなあ」
「そんなことを言って。みなさんいい人たちばかりじゃありませんか。あなたの嫌いな、偉そうな人は誰もいないと思いませんか?」
妻のルシンダがたしなめますが、彼はいまだに納得しきれていません。
「うまい話には裏があるって思わないか?」
「思いません。あなたは自分に与えられた仕事だけ真面目にしていればいいんです。私も手伝いますから」
「はいはい」
出世するのは貴族の息子ばかり。どうせ自分は王都では出世できないだろう。しかも、自分は人間ではなく獣人。任されるとすれば、僻地にある小さな町の小さな教会だろう。それほどすることはないかもしれない。獣人差別がなければいい。あっても適当にいなしていればいい。そうエルトンは思っていました。ところが、なぜか赴任するにあたって、司教に叙階されたのです。
まず、デューラント王国では三〇歳で司教というのはありえないことです。通常なら司教は三五歳以上でなければならないと定められているからです。それなら今回の人事に関しては絶対に何かがあるはずだと彼は考えました。それも間違いではありません。実際に、何から何まで自分でしなければならないからです。教会を自分で建てなくてもいいことだけが救いだったでしょう。
また、司教になったとはいえ、この領地にはまだ町はグリーンヴィル一つしかありません。村もありません。司祭どころか、助祭もシスターもいません。聖職者は自分のみ。必要な備品もそろえなければなりません。必要な道具は領主に伝えれば用意してもらえることになっていますが、文字どおりゼロからのスタートです。現在は家具職人たちに教会の机や椅子を作ってもらっているところです。
エルトンから見ると、この町は不思議だらけです。昨日はあれから町の中を散策しましたが、ここはエルフの森が近く、町の中に村を取り込む「エルフ式」が採用されています。獣人が多い町でもこの形になっていることがありますが、人間の町では珍しいでしょう。
村人に相当する農夫たちは、朝になると町の一角にある集団農場と呼ばれる場所に出かけてみんなで畑を耕し、麦や野菜を作ります。麦などの換金作物の一部は税として納め、一部は自分たちが食べるために受け取り、残りは領主が買い取って代金を払うことになっています。
自分の畑は家の表と裏に少しあり、そこで作られたものは売ろうが食べようが好きにしていいことになっています。教会の裏手にも畑があり、ここはエルトンたちが好きにしていいと言われています。
エルトンは王都にいたころにエルフに会ったことがあります。基本的には愛想が悪く、仲よくしたいと思えるような人柄ではありませんでした。ところが、ここに来たら様子がまったく違います。どのエルフもにこやかで、領主であるレイだけでなく、土木工事をしている労働者たちとも親しげに話をしています。夕方になると仮設で用意されている酒場で、人間も獣人もエルフも一緒になって飲んでいる有様です。
「領主様もいい人ですし」
「いい人か? 人柄は悪くないが、たぶん変わり者だと思うぞ」
「贅沢するためではなく、町のためにそうしてくれるんですから、何も問題ないのでは?」
「そりゃそうだが、何かがおかしくないか?」
彼らの生活スペースにあるいくつかの棚もその板で作られています。必要なものがあれば到着してから買えばいいと思っていましたが、まだ店は一つも完成していません。多くの者たちは仮設の家で寝泊まりし、作業員たちには無料で食事が振る舞われています。
「まずは領主様の結婚式」
年内には領主であるレイの結婚式があります。その妻の人数、なんと九人。まだ時間があるので増えるのではないかとエルトンは考えています。
「若くてお盛んなのはわかるが、頑張るよなあ」
これは反発心でも嫌味でもなく、純粋な感想でした。この国では一夫多妻も多夫一妻も認められていますが、平等に扱うことが求められます。エルトンもさすがに九人の妻を持つ気はしません。三人でも多いと感じています。聖職者は質素を旨として生活するのが基本なので、妻が多すぎるのは問題なのです。そう思う程度にはエルトンは信仰に関しては真面目なのです。
「余計なことを口にすると、また飛ばされますよ?」
「ここから飛ばされるって、どこへだ?」
地理的にはそこまで王都から遠くありませんが、すぐ近くの森の中にはエルフの町があります。エルトンは気分的には一番端まで飛ばされた気がしていました。
「私の実家があるじゃありませんか」
「あそこは嫌だ。わかった、真面目にする」
彼は王都生まれの王都育ちですが、若いうちには地方を回ったことがあり、そこでルシンダと知り合いました。彼女の実家はこの国の北西部、セヴァリー男爵領にあります。そこは独特な酸っぱい料理が多かったのです。
「だいぶ慣れたと思いますけど?」
「一品くらいならな。全部あれならさすがに無理だ」
「そうですか?」
幼いころから慣れ親しんだ味というものは、そう簡単には変わりません。エルトンは酸っぱいものが苦手なのです。
「年が変われば聖別式か」
進め方はわかっています。そもそも、この町では成人はごくわずかになるでしょう。見習いとして働いしてる少年少女たち。労働者の子供たち。まだまだ住民が少ないのです。だたし、いきなり大都市で司教をさせられれば大慌てをすることになったでしょう。
「少しずつ順番にできるからいいじゃないですか。慌ただしすぎるのは嫌でしょう?」
「そうだな。俺向きといえば俺向きか」
エルトンは子供ではありません。自分がやるべきことはわかっています。まだまだ彼にとって謎の多い土地ですが、少し前のドタバタ状態を考えれば、これくらいのんびりとできる町も悪くないと思うことにしました。
「しかし……こんな大仕事になるとは……」
立派な司教座を見ながらそうつぶやいたのはエルトンです。つい先日、王都を追い出されるように、妻のルシンダと一緒にグリーンヴィルに来ました。
「周りを見たらエルフばっかりだしなあ」
「そんなことを言って。みなさんいい人たちばかりじゃありませんか。あなたの嫌いな、偉そうな人は誰もいないと思いませんか?」
妻のルシンダがたしなめますが、彼はいまだに納得しきれていません。
「うまい話には裏があるって思わないか?」
「思いません。あなたは自分に与えられた仕事だけ真面目にしていればいいんです。私も手伝いますから」
「はいはい」
出世するのは貴族の息子ばかり。どうせ自分は王都では出世できないだろう。しかも、自分は人間ではなく獣人。任されるとすれば、僻地にある小さな町の小さな教会だろう。それほどすることはないかもしれない。獣人差別がなければいい。あっても適当にいなしていればいい。そうエルトンは思っていました。ところが、なぜか赴任するにあたって、司教に叙階されたのです。
まず、デューラント王国では三〇歳で司教というのはありえないことです。通常なら司教は三五歳以上でなければならないと定められているからです。それなら今回の人事に関しては絶対に何かがあるはずだと彼は考えました。それも間違いではありません。実際に、何から何まで自分でしなければならないからです。教会を自分で建てなくてもいいことだけが救いだったでしょう。
また、司教になったとはいえ、この領地にはまだ町はグリーンヴィル一つしかありません。村もありません。司祭どころか、助祭もシスターもいません。聖職者は自分のみ。必要な備品もそろえなければなりません。必要な道具は領主に伝えれば用意してもらえることになっていますが、文字どおりゼロからのスタートです。現在は家具職人たちに教会の机や椅子を作ってもらっているところです。
エルトンから見ると、この町は不思議だらけです。昨日はあれから町の中を散策しましたが、ここはエルフの森が近く、町の中に村を取り込む「エルフ式」が採用されています。獣人が多い町でもこの形になっていることがありますが、人間の町では珍しいでしょう。
村人に相当する農夫たちは、朝になると町の一角にある集団農場と呼ばれる場所に出かけてみんなで畑を耕し、麦や野菜を作ります。麦などの換金作物の一部は税として納め、一部は自分たちが食べるために受け取り、残りは領主が買い取って代金を払うことになっています。
自分の畑は家の表と裏に少しあり、そこで作られたものは売ろうが食べようが好きにしていいことになっています。教会の裏手にも畑があり、ここはエルトンたちが好きにしていいと言われています。
エルトンは王都にいたころにエルフに会ったことがあります。基本的には愛想が悪く、仲よくしたいと思えるような人柄ではありませんでした。ところが、ここに来たら様子がまったく違います。どのエルフもにこやかで、領主であるレイだけでなく、土木工事をしている労働者たちとも親しげに話をしています。夕方になると仮設で用意されている酒場で、人間も獣人もエルフも一緒になって飲んでいる有様です。
「領主様もいい人ですし」
「いい人か? 人柄は悪くないが、たぶん変わり者だと思うぞ」
「贅沢するためではなく、町のためにそうしてくれるんですから、何も問題ないのでは?」
「そりゃそうだが、何かがおかしくないか?」
彼らの生活スペースにあるいくつかの棚もその板で作られています。必要なものがあれば到着してから買えばいいと思っていましたが、まだ店は一つも完成していません。多くの者たちは仮設の家で寝泊まりし、作業員たちには無料で食事が振る舞われています。
「まずは領主様の結婚式」
年内には領主であるレイの結婚式があります。その妻の人数、なんと九人。まだ時間があるので増えるのではないかとエルトンは考えています。
「若くてお盛んなのはわかるが、頑張るよなあ」
これは反発心でも嫌味でもなく、純粋な感想でした。この国では一夫多妻も多夫一妻も認められていますが、平等に扱うことが求められます。エルトンもさすがに九人の妻を持つ気はしません。三人でも多いと感じています。聖職者は質素を旨として生活するのが基本なので、妻が多すぎるのは問題なのです。そう思う程度にはエルトンは信仰に関しては真面目なのです。
「余計なことを口にすると、また飛ばされますよ?」
「ここから飛ばされるって、どこへだ?」
地理的にはそこまで王都から遠くありませんが、すぐ近くの森の中にはエルフの町があります。エルトンは気分的には一番端まで飛ばされた気がしていました。
「私の実家があるじゃありませんか」
「あそこは嫌だ。わかった、真面目にする」
彼は王都生まれの王都育ちですが、若いうちには地方を回ったことがあり、そこでルシンダと知り合いました。彼女の実家はこの国の北西部、セヴァリー男爵領にあります。そこは独特な酸っぱい料理が多かったのです。
「だいぶ慣れたと思いますけど?」
「一品くらいならな。全部あれならさすがに無理だ」
「そうですか?」
幼いころから慣れ親しんだ味というものは、そう簡単には変わりません。エルトンは酸っぱいものが苦手なのです。
「年が変われば聖別式か」
進め方はわかっています。そもそも、この町では成人はごくわずかになるでしょう。見習いとして働いしてる少年少女たち。労働者の子供たち。まだまだ住民が少ないのです。だたし、いきなり大都市で司教をさせられれば大慌てをすることになったでしょう。
「少しずつ順番にできるからいいじゃないですか。慌ただしすぎるのは嫌でしょう?」
「そうだな。俺向きといえば俺向きか」
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