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第3章:冬の終わり、山も谷もあってこその人生
第14話:奴隷は意外と依存気味
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奴隷商を出たレイは振り返って建物をもう一度見ました。
「どうしたんです?」
「ん? この建物と似た建物をどこかで見た気がしてな」
ラケルの質問に、レイは建物を見ながら答えました。しばらく眺めましたが答えは出ませんでした。この場にずっといても意味がありません。レイはラケルを連れて商業地区へ足を向けることにしました。
「メンバーに会わせる前に、まず装備をそろえようか」
「お願いします」
今から町の外に出かける予定はありません。装備を調えるのは明日でも問題ないかもしれませんが、ラケルにはほとんど持ち物がありません。それでは落ち着かないだろうとレイは思いました。
ラケルは盾使いなので、丈夫な盾があってこそ力が発揮できます。前衛なら鎧も必要です。
レイとサラとシーヴは革鎧を部分的に金属で補強したものを使っています。ですが、盾使いならもう少し丈夫な鎧を欲しがるかもしれません。ラケルは奴隷ですが、レイは彼女を使い潰すために契約したわけではありません。装備はきちんと用意するつもりでした。
レイたちは商業区にある武器屋に来ました。武器屋があることはレイも知っていますが、彼が来たことはありません。シーヴは投げナイフと矢の補充で来たことがあります。
「らっしゃい」
ドワーフの店主の野太い挨拶が聞こえました。それを聞いてレイは、スーパーの鮮魚コーナーでいつも「らっしゃいらっしゃい」と声を張り上げ続けていた店員が頭の中に浮かびました。もしかしてこの店主はその魚屋の生まれ変わりかもしれないと、そんなどうでもいい考えも頭をよぎります。
「この子の装備を探してます」
「どんなのだ?」
「盾使いだから、まず盾は必要ですね。ラケル、武器も防具も遠慮せずに欲しいものを選んだらいい。使いやすさ重視だ。値段は考えなくてもいい」
レイには盾使いが盾を使うことはわかりますが、武器が何がいいかまではわかりません。以前ラケルは棍棒を使っていたとヘクターが言っていましたが、使いたくて使っていたのかどうかまでは知りません。レイはラケルに自分で選ばせるつもりです。
「盾は頑丈で重ければ重いほどいいです。【剛力】があります」
「頑丈で重い盾なあ……」
店主はラケルを見て、それから盾を並べているあたりを見ながら考え込みました。
「頑丈な金属製で重けりゃ重いほどいいってならこれだが、めちゃくちゃ重いぞ。たぶんお嬢ちゃんよりもな」
そう言いながら店主が指したのが、縦九〇センチ、横五〇センチ、厚さ一・五センチほどの長方形盾。反りがなく、単なる鉄の板に腕を通す部分と握りを取り付けただけの簡素な作りになっています。レイはそれを見た瞬間にお好み焼き屋のテーブルを思い出しました。木のテーブルの中央にはまっている部分、あれです。
試しにレイが持ち上げてみると、サラやシーヴよりも重いことはわかりました。はい、持ち上げていろいろやっていますから、すぐにわかるんですよ。
「ラケル、使えそうか?」
「えっと……持てます。持てれば大丈夫です」
犬人は力が強い種族です。この盾はレイでも持てなくはないですが、持って戦うのはなかなか骨が折れそうです。
「売れなきゃ鋳潰すつもりだったんだけどな」
「そんなものをどうして作ったんですか?」
「いや、それは引退した冒険者から買い取ったやつだ。剣は鋳潰すしかねえが、盾ならそのまま使えるかと思って残してあったんだ」
剣で硬いものを斬れば刃こぼれすることもありますので、まめに手入れしなければなりません。もちろん盾にも傷は付きますが、これだけ分厚い鉄板なら細かな傷は無視できるでしょう。
「それならそのまま使わせてもらいます」
「おう。表面は整えたし、持ち手もちゃんとしてるからな。そのままで十分使える」
盾が決まると、次は武器と鎧です。
「それでお嬢ちゃん。武器はどういうのがいいんだ?」
「頑丈なのがいいです。重ければ重いほうがいいです」
ラケルは【シールドチャージ】を使って盾ごとぶつかって弾き飛ばすか、【シールドバッシュ】で押し返して右手の武器で殴り倒すかのどちらかだったようです。まさに力押しですね。
「何かオススメはありますか?」
「殴打用の武器ならこのあたりだ」
店主が指したあたりにはそのようなクラブやメイス、ウォーハンマーなどが並んでいました。レイは順番に手に取ってみますが、重いものばかりです。
「これは珍しい形だな」
レイが手に取ったのは、この国では見たことのないウォーハンマーでした。全金属製なのでかなりの重さがあります。頭の片側がハンマー、反対側がツルハシのような鉤爪になっているのはよく見る形です。ところが柄の先端、つまり石突きの反対側が突き出して尖っています。針のように鋭くはありませんが、そこで刺すこともできそうです。
「これです! これならピッタリです!」
「ならそれにするか。あまり見たことないですけど、これは店主のオリジナルってことになるんですか?」
「どうなんだろうなあ。ハルバードを見ながら思いつきで作ったやつだ。あれは手入れが必要だろう。これはほぼ手入れは必要ねえ。先っちょだけ気をつけてくれ。折れても普通のウォーハンマーとして使えるけどな」
ハルバードは斧槍とも呼ばれ、斧と鉤爪と槍を組み合わせた、長さが二メートルを超えるポールウェポンです。このウォーハンマーはそこまで長くはなくて、石突きからハンマーまでが一メートル二〇センチほどです。そこから長さ三〇がセンチ、根元の太さが直径二センチ程度の極太の棘が出ています。棘は漁師が使うスパイキを大きくしたような形状です。
「鎧はどんなのがいい?」
「革鎧の安いので大丈夫です」
ラケルは鎧下を着ると、金属鎧ではなく革鎧を選びました。その上に心臓の上を保護するチェストプレートを重ねます。
「金属鎧でもいいんだぞ」
「いえ。ぶつかると歪む可能性があります。革のほうがいいです」
「ああ、そういう心配もあるのか」
ラケルが【シールドチャージ】を使う際には、盾に体を押し付けながら体当たりをします。プレートアーマーのような金属鎧を着てぶつかると、鎧が歪んだり壊れたりする可能性があるということです。
いくつか試し、部分的に金属で強化された革鎧と革兜を選びました。兜は耳が出せるように、頭頂部分に隙間がある獣人用のものです。シーヴも似たようなものを使っています。
さらに、踏ん張るための滑り止めが付いた丈夫なブーツを履きます。その上に金属製のグリーブを着け、手には皮を重ねたガントレットをはめます。
その他に背負い袋など、この店で買えるものを一通り購入しました。
「まいどあり」
ブーツ以外の荷物をマジックバッグに入れると、機嫌のいい店主の声を聞きながら二人は店を離れました。
「次は服だな」
「服までいいのです?」
「それだけじゃ困るだろ」
ラケルが持っている服は、いま着ている分も含めて上下二着、それと下着も二組だけです。【清浄】や【浄化】を使えば汚れは落ちますが、さすがにもう少し必要でしょう。そのまま歩いて近くにある衣料品も扱っている雑貨屋に入ることにしました。
「このあたりが可愛くていいんじゃないか?」
「ご主人さまはこういうのが好きなのです?」
「好きというかラケルによく似合うだろ」
ラケルは栗色の髪を肩くらいまで伸ばしています。尖った耳をしていて、どことなく人懐っこい柴犬のようだとレイは思っていました。
奴隷にどこまで与えるかというのは主人それぞれ違うでしょうが、一人だけボロボロの服を着せたまま横を歩かせるつもりはレイにはありません。
それに、来る日も来る日も魔物を狩るわけでもありません。二日働いて一日休むペースで動いています。休みの日くらいはお洒落をしてもいいでしょう。
獣人はそれなりの人数がいますので、服の種類もかなりあります。仮に獣人用でいいものがなくても、サラは針仕事ができますので、手直しで尻尾を通す穴をあけるくらいは簡単にできます。
「ご主人さま、下着はこれでいいです?」
ラケルがレイに見せるように広げたのは、薄いピンク色をしたショーツでした。獣人用として、骨盤のあたりに尻尾を出すための切れ込みが入っています。
「好きなのを何着か選んだらいい」
「選んでほしいです」
「……それならこれとこれは入れてくれ。他に二枚は自分で選んだらいい」
「それなら同じものを二枚ずつ買います」
結局ラケルはレイが選んだものを二枚ずつ買うことにした。同じような色のブラ、その他の日用品も一通りそろえます。荷物はすべてマジックバッグに入れて二人は並んで家に向かいました。
「ここが家だ」
「ご主人さまは家持ちです?」
「いや、これは借家だ。魔物の解体や食事の仕込みをしたいから借りてるんだ。今週までだな。来週になれば南へ向かう。いずれは王都と考えているところだ」
昼間は町の外で狩りをし、午後早めに戻って解体し、夕方からは食事の仕込みをしています。そのためには気兼ねなく使える広いスペースが必要でした。
それ以外にも、夜に遠慮なく声が出せるというのもポイントになっています。どうしても宿屋では他の部屋が気になりますからね。
◆◆◆
「ラケルと申します。ご主人さまに誠心誠意お仕えします。みなさま、よろしくお願いします」
ラケルは大きく頭を下げました。
「サラだよ。よろしくね」
「私はシーヴです」
二人ともラケルを一目見て気に入ったようです。ラケルはどう見ても真面目キャラですからね。
「レイの耳好きはさすがだね」
「それはサラじゃないか?」
「耳ならいくらでもどうぞです」
ソファーに座ったレイの足元に腰を下ろしたラケルは、頭をレイに向かって差し出しました。レイがその頭を少し撫でると、ラケルはレイの膝にもたれかかるように寝てしまいました。
「お仕えするって言ったのに、もう寝てるね」
「気を張ってたんだろ」
レイたちはラケルを起こさないように小さな声で話すことにしました。
「レイ、どうして彼女を選んだのですか?」
「戦闘奴隷で女性となると彼女しかいなかったんだけど、実はジャレッド案件でね」
「え⁉」
ラケルを騙したのはアシュトン子爵の甥孫のバートです。彼女はバートのステータスカードは見て確認しています。そして兄が商会を経営しているとラケルに説明したことがありました。奴隷商のヘクターにも確認をとっています。
「弟が……」
「詐欺だね」
「それがギリギリのラインなんだよなあ」
たとえ騙したとしても、それが犯罪だとみなされなければステータスカードには記載されません。今回の場合、バートがラケルに頼み、彼女はその頼みを聞きました。脅迫とか力ずくとか、そのようなことは一切ありませんでした。
奴隷商側は無理矢理でないことを確認できたので買い取ったのです。ところがレイは、情に訴えて金を出させる特殊詐欺と同じ匂いを感じていました。
「そういったことは別としても、俺とサラは最初から成長が遅いし、シーヴも上級ジョブになったし、どうせ時間がかかるならラケルを鍛えるのもいいかなと思ったんだ」
「そうですね。急ぐことはありませんからね」
ラケルは年明けから八月あたりまででレベル二〇になっています。おそらく一年間活動していたら二五を超えていた可能性もあります。普通なら一年目で二五、二年目で四〇、三年目で五〇がほぼ最速と言われています。ラケルは努力家な上に成長が早いのでしょう。
「それにしてもさあ、私が人間でシーヴが獅子人でラケルが犬人。次はエルフ? ドワーフ? フェアリー?」
「エルフやフェアリーはあまりいないと思うけどな」
「見かけませんね。少なくともマリオンのギルドで見たことは一度もありません。ドワーフは職人の方ならいましたね」
「俺も武器屋の親父はドワーフしか知らないな」
獣人族は人間と一緒に暮らしています。耳と尻尾など、違いはありますが、生活スタイルや体格がよく似ているからです。
ドワーフも職人をしていることが多いので、かなりの人数が人間の町にいます。実際にこれまでレイが顔を見た武器屋の店主は、全員ドワーフです。
エルフとフェアリーはあまり人里には現れません。エルフは美形で線が細く、魔法が得意でやや非力です。フェアリーはそもそも体が人間の三分の一から五分の一程度しかありません。体を大きくするスキルもあるが、日常的に使うものではありません。
「ん、んん……」
一五分ほど話をしているとラケルが身じろぎしました。それからゆっくりと目が開きます。レイはラケルの顔を覗き込みました。
「おはよう」
「⁉⁉⁉ すみませんです!」
レイに声をかけられ、ラケルはその場で飛び上がるようにして起き上がりました。
「気にしなくていい。気が緩んだんだろ」
レイはラケルを自分の隣に座らせ、頭を撫でました。レイのほうが年下ですが、どことなく幼い妹のように接してしまいます。
「レイ、ラケルには収納系のスキルはありませんね?」
「え~っと、なかったよな?」
「はい、ありませんです」
「それならこれはラケルが使ってください」
そう言いながらシーヴはマジックバッグをラケルに手渡しました。
「カバンです?」
「マジックバッグです。私はもう使っていませんから」
シーヴはニンジャになった時に【秘匿】を身に付けました。これはマジックバッグと同じ働きをする収納スキルで、一辺三メートルの立方体くらいの容量があります。手持ちのマジックバッグとほぼ同じサイズだったので、シーヴはすでに中身を移し替えています。
「ご主人さま、いいのです?」
「持ち主がいいと言ってるんだからいいだろう。特にあのウォーハンマーや盾は重いから、建物の中でぶつけないように入れておいた方がいいぞ」
「わかりましたです」
シーヴはラケルが使えるように設定すると、買ったばかりの荷物を使いながら使い方を教えました。
マジックバッグに何かを入れる場合、物自体を中に入れる必要はありません。入れても問題ありませんが、普通なら片手がバッグの口に触れた状態で、逆の手で物に触れることで入れられます。これは収納スキルも同じです。
「ラケルはバッグを開ける余裕がないでしょうから、狩った魔物を収納する必要はありません。そういうのは私たちに任せてください」
「わかりましたです」
明日からはラケルも魔物狩りに参加します。彼女は両手を握りしめて「ふんす」と気合を入れました。
「どうしたんです?」
「ん? この建物と似た建物をどこかで見た気がしてな」
ラケルの質問に、レイは建物を見ながら答えました。しばらく眺めましたが答えは出ませんでした。この場にずっといても意味がありません。レイはラケルを連れて商業地区へ足を向けることにしました。
「メンバーに会わせる前に、まず装備をそろえようか」
「お願いします」
今から町の外に出かける予定はありません。装備を調えるのは明日でも問題ないかもしれませんが、ラケルにはほとんど持ち物がありません。それでは落ち着かないだろうとレイは思いました。
ラケルは盾使いなので、丈夫な盾があってこそ力が発揮できます。前衛なら鎧も必要です。
レイとサラとシーヴは革鎧を部分的に金属で補強したものを使っています。ですが、盾使いならもう少し丈夫な鎧を欲しがるかもしれません。ラケルは奴隷ですが、レイは彼女を使い潰すために契約したわけではありません。装備はきちんと用意するつもりでした。
レイたちは商業区にある武器屋に来ました。武器屋があることはレイも知っていますが、彼が来たことはありません。シーヴは投げナイフと矢の補充で来たことがあります。
「らっしゃい」
ドワーフの店主の野太い挨拶が聞こえました。それを聞いてレイは、スーパーの鮮魚コーナーでいつも「らっしゃいらっしゃい」と声を張り上げ続けていた店員が頭の中に浮かびました。もしかしてこの店主はその魚屋の生まれ変わりかもしれないと、そんなどうでもいい考えも頭をよぎります。
「この子の装備を探してます」
「どんなのだ?」
「盾使いだから、まず盾は必要ですね。ラケル、武器も防具も遠慮せずに欲しいものを選んだらいい。使いやすさ重視だ。値段は考えなくてもいい」
レイには盾使いが盾を使うことはわかりますが、武器が何がいいかまではわかりません。以前ラケルは棍棒を使っていたとヘクターが言っていましたが、使いたくて使っていたのかどうかまでは知りません。レイはラケルに自分で選ばせるつもりです。
「盾は頑丈で重ければ重いほどいいです。【剛力】があります」
「頑丈で重い盾なあ……」
店主はラケルを見て、それから盾を並べているあたりを見ながら考え込みました。
「頑丈な金属製で重けりゃ重いほどいいってならこれだが、めちゃくちゃ重いぞ。たぶんお嬢ちゃんよりもな」
そう言いながら店主が指したのが、縦九〇センチ、横五〇センチ、厚さ一・五センチほどの長方形盾。反りがなく、単なる鉄の板に腕を通す部分と握りを取り付けただけの簡素な作りになっています。レイはそれを見た瞬間にお好み焼き屋のテーブルを思い出しました。木のテーブルの中央にはまっている部分、あれです。
試しにレイが持ち上げてみると、サラやシーヴよりも重いことはわかりました。はい、持ち上げていろいろやっていますから、すぐにわかるんですよ。
「ラケル、使えそうか?」
「えっと……持てます。持てれば大丈夫です」
犬人は力が強い種族です。この盾はレイでも持てなくはないですが、持って戦うのはなかなか骨が折れそうです。
「売れなきゃ鋳潰すつもりだったんだけどな」
「そんなものをどうして作ったんですか?」
「いや、それは引退した冒険者から買い取ったやつだ。剣は鋳潰すしかねえが、盾ならそのまま使えるかと思って残してあったんだ」
剣で硬いものを斬れば刃こぼれすることもありますので、まめに手入れしなければなりません。もちろん盾にも傷は付きますが、これだけ分厚い鉄板なら細かな傷は無視できるでしょう。
「それならそのまま使わせてもらいます」
「おう。表面は整えたし、持ち手もちゃんとしてるからな。そのままで十分使える」
盾が決まると、次は武器と鎧です。
「それでお嬢ちゃん。武器はどういうのがいいんだ?」
「頑丈なのがいいです。重ければ重いほうがいいです」
ラケルは【シールドチャージ】を使って盾ごとぶつかって弾き飛ばすか、【シールドバッシュ】で押し返して右手の武器で殴り倒すかのどちらかだったようです。まさに力押しですね。
「何かオススメはありますか?」
「殴打用の武器ならこのあたりだ」
店主が指したあたりにはそのようなクラブやメイス、ウォーハンマーなどが並んでいました。レイは順番に手に取ってみますが、重いものばかりです。
「これは珍しい形だな」
レイが手に取ったのは、この国では見たことのないウォーハンマーでした。全金属製なのでかなりの重さがあります。頭の片側がハンマー、反対側がツルハシのような鉤爪になっているのはよく見る形です。ところが柄の先端、つまり石突きの反対側が突き出して尖っています。針のように鋭くはありませんが、そこで刺すこともできそうです。
「これです! これならピッタリです!」
「ならそれにするか。あまり見たことないですけど、これは店主のオリジナルってことになるんですか?」
「どうなんだろうなあ。ハルバードを見ながら思いつきで作ったやつだ。あれは手入れが必要だろう。これはほぼ手入れは必要ねえ。先っちょだけ気をつけてくれ。折れても普通のウォーハンマーとして使えるけどな」
ハルバードは斧槍とも呼ばれ、斧と鉤爪と槍を組み合わせた、長さが二メートルを超えるポールウェポンです。このウォーハンマーはそこまで長くはなくて、石突きからハンマーまでが一メートル二〇センチほどです。そこから長さ三〇がセンチ、根元の太さが直径二センチ程度の極太の棘が出ています。棘は漁師が使うスパイキを大きくしたような形状です。
「鎧はどんなのがいい?」
「革鎧の安いので大丈夫です」
ラケルは鎧下を着ると、金属鎧ではなく革鎧を選びました。その上に心臓の上を保護するチェストプレートを重ねます。
「金属鎧でもいいんだぞ」
「いえ。ぶつかると歪む可能性があります。革のほうがいいです」
「ああ、そういう心配もあるのか」
ラケルが【シールドチャージ】を使う際には、盾に体を押し付けながら体当たりをします。プレートアーマーのような金属鎧を着てぶつかると、鎧が歪んだり壊れたりする可能性があるということです。
いくつか試し、部分的に金属で強化された革鎧と革兜を選びました。兜は耳が出せるように、頭頂部分に隙間がある獣人用のものです。シーヴも似たようなものを使っています。
さらに、踏ん張るための滑り止めが付いた丈夫なブーツを履きます。その上に金属製のグリーブを着け、手には皮を重ねたガントレットをはめます。
その他に背負い袋など、この店で買えるものを一通り購入しました。
「まいどあり」
ブーツ以外の荷物をマジックバッグに入れると、機嫌のいい店主の声を聞きながら二人は店を離れました。
「次は服だな」
「服までいいのです?」
「それだけじゃ困るだろ」
ラケルが持っている服は、いま着ている分も含めて上下二着、それと下着も二組だけです。【清浄】や【浄化】を使えば汚れは落ちますが、さすがにもう少し必要でしょう。そのまま歩いて近くにある衣料品も扱っている雑貨屋に入ることにしました。
「このあたりが可愛くていいんじゃないか?」
「ご主人さまはこういうのが好きなのです?」
「好きというかラケルによく似合うだろ」
ラケルは栗色の髪を肩くらいまで伸ばしています。尖った耳をしていて、どことなく人懐っこい柴犬のようだとレイは思っていました。
奴隷にどこまで与えるかというのは主人それぞれ違うでしょうが、一人だけボロボロの服を着せたまま横を歩かせるつもりはレイにはありません。
それに、来る日も来る日も魔物を狩るわけでもありません。二日働いて一日休むペースで動いています。休みの日くらいはお洒落をしてもいいでしょう。
獣人はそれなりの人数がいますので、服の種類もかなりあります。仮に獣人用でいいものがなくても、サラは針仕事ができますので、手直しで尻尾を通す穴をあけるくらいは簡単にできます。
「ご主人さま、下着はこれでいいです?」
ラケルがレイに見せるように広げたのは、薄いピンク色をしたショーツでした。獣人用として、骨盤のあたりに尻尾を出すための切れ込みが入っています。
「好きなのを何着か選んだらいい」
「選んでほしいです」
「……それならこれとこれは入れてくれ。他に二枚は自分で選んだらいい」
「それなら同じものを二枚ずつ買います」
結局ラケルはレイが選んだものを二枚ずつ買うことにした。同じような色のブラ、その他の日用品も一通りそろえます。荷物はすべてマジックバッグに入れて二人は並んで家に向かいました。
「ここが家だ」
「ご主人さまは家持ちです?」
「いや、これは借家だ。魔物の解体や食事の仕込みをしたいから借りてるんだ。今週までだな。来週になれば南へ向かう。いずれは王都と考えているところだ」
昼間は町の外で狩りをし、午後早めに戻って解体し、夕方からは食事の仕込みをしています。そのためには気兼ねなく使える広いスペースが必要でした。
それ以外にも、夜に遠慮なく声が出せるというのもポイントになっています。どうしても宿屋では他の部屋が気になりますからね。
◆◆◆
「ラケルと申します。ご主人さまに誠心誠意お仕えします。みなさま、よろしくお願いします」
ラケルは大きく頭を下げました。
「サラだよ。よろしくね」
「私はシーヴです」
二人ともラケルを一目見て気に入ったようです。ラケルはどう見ても真面目キャラですからね。
「レイの耳好きはさすがだね」
「それはサラじゃないか?」
「耳ならいくらでもどうぞです」
ソファーに座ったレイの足元に腰を下ろしたラケルは、頭をレイに向かって差し出しました。レイがその頭を少し撫でると、ラケルはレイの膝にもたれかかるように寝てしまいました。
「お仕えするって言ったのに、もう寝てるね」
「気を張ってたんだろ」
レイたちはラケルを起こさないように小さな声で話すことにしました。
「レイ、どうして彼女を選んだのですか?」
「戦闘奴隷で女性となると彼女しかいなかったんだけど、実はジャレッド案件でね」
「え⁉」
ラケルを騙したのはアシュトン子爵の甥孫のバートです。彼女はバートのステータスカードは見て確認しています。そして兄が商会を経営しているとラケルに説明したことがありました。奴隷商のヘクターにも確認をとっています。
「弟が……」
「詐欺だね」
「それがギリギリのラインなんだよなあ」
たとえ騙したとしても、それが犯罪だとみなされなければステータスカードには記載されません。今回の場合、バートがラケルに頼み、彼女はその頼みを聞きました。脅迫とか力ずくとか、そのようなことは一切ありませんでした。
奴隷商側は無理矢理でないことを確認できたので買い取ったのです。ところがレイは、情に訴えて金を出させる特殊詐欺と同じ匂いを感じていました。
「そういったことは別としても、俺とサラは最初から成長が遅いし、シーヴも上級ジョブになったし、どうせ時間がかかるならラケルを鍛えるのもいいかなと思ったんだ」
「そうですね。急ぐことはありませんからね」
ラケルは年明けから八月あたりまででレベル二〇になっています。おそらく一年間活動していたら二五を超えていた可能性もあります。普通なら一年目で二五、二年目で四〇、三年目で五〇がほぼ最速と言われています。ラケルは努力家な上に成長が早いのでしょう。
「それにしてもさあ、私が人間でシーヴが獅子人でラケルが犬人。次はエルフ? ドワーフ? フェアリー?」
「エルフやフェアリーはあまりいないと思うけどな」
「見かけませんね。少なくともマリオンのギルドで見たことは一度もありません。ドワーフは職人の方ならいましたね」
「俺も武器屋の親父はドワーフしか知らないな」
獣人族は人間と一緒に暮らしています。耳と尻尾など、違いはありますが、生活スタイルや体格がよく似ているからです。
ドワーフも職人をしていることが多いので、かなりの人数が人間の町にいます。実際にこれまでレイが顔を見た武器屋の店主は、全員ドワーフです。
エルフとフェアリーはあまり人里には現れません。エルフは美形で線が細く、魔法が得意でやや非力です。フェアリーはそもそも体が人間の三分の一から五分の一程度しかありません。体を大きくするスキルもあるが、日常的に使うものではありません。
「ん、んん……」
一五分ほど話をしているとラケルが身じろぎしました。それからゆっくりと目が開きます。レイはラケルの顔を覗き込みました。
「おはよう」
「⁉⁉⁉ すみませんです!」
レイに声をかけられ、ラケルはその場で飛び上がるようにして起き上がりました。
「気にしなくていい。気が緩んだんだろ」
レイはラケルを自分の隣に座らせ、頭を撫でました。レイのほうが年下ですが、どことなく幼い妹のように接してしまいます。
「レイ、ラケルには収納系のスキルはありませんね?」
「え~っと、なかったよな?」
「はい、ありませんです」
「それならこれはラケルが使ってください」
そう言いながらシーヴはマジックバッグをラケルに手渡しました。
「カバンです?」
「マジックバッグです。私はもう使っていませんから」
シーヴはニンジャになった時に【秘匿】を身に付けました。これはマジックバッグと同じ働きをする収納スキルで、一辺三メートルの立方体くらいの容量があります。手持ちのマジックバッグとほぼ同じサイズだったので、シーヴはすでに中身を移し替えています。
「ご主人さま、いいのです?」
「持ち主がいいと言ってるんだからいいだろう。特にあのウォーハンマーや盾は重いから、建物の中でぶつけないように入れておいた方がいいぞ」
「わかりましたです」
シーヴはラケルが使えるように設定すると、買ったばかりの荷物を使いながら使い方を教えました。
マジックバッグに何かを入れる場合、物自体を中に入れる必要はありません。入れても問題ありませんが、普通なら片手がバッグの口に触れた状態で、逆の手で物に触れることで入れられます。これは収納スキルも同じです。
「ラケルはバッグを開ける余裕がないでしょうから、狩った魔物を収納する必要はありません。そういうのは私たちに任せてください」
「わかりましたです」
明日からはラケルも魔物狩りに参加します。彼女は両手を握りしめて「ふんす」と気合を入れました。
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ところが捨てる神あれば拾う神ありと言うかのように、森で助けてくれた男性の家に迎えられた。
新たな生活は異世界を満喫したい。
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