異世界は流されるままに

椎井瑛弥

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第8章:春、急カーブと思っていたらまさかのクランク

第4話:大貴族の領地を通って

 レイはダンカン子爵のローランドに案内され、クラストン経由で王都に向かうことになりました。冒険者になったころは目的地を王都に定めていましたが、クラストンに家を持った時点で、王都はになっていました。
 ちなみにこの「行けたら行く」という言葉ですが、関東では「行くつもりでいるけれども、予定が入ることもあるかも」という、行くのが前提の返事です。
 一方で関西では、「はっきり行きたくないとは言うと嫌な気分にさせるから、とりあえずこう返事しておこうか」という気遣いです。「行けたら行く」と「考えとく」は基本的に「ノー」だと覚えておきましょう。ちなみに、レイの「行けたら行く」は関東寄りです。

「ここからなら、一〇日から一二日もあれば着くだろう」
「そんなに早いですか?」
「ああ、ベイカー伯爵領に入れば、馬車の速度が上げられる」
「道がまっすぐになっているとかですか?」
「いや、街道が石畳になっている。おそらくクラストンからマリオンとクラストンから王都は同じくらいのはずだが、かかる時間はかなり短い」

 マリオンからクラストンまで、無理しないように移動すれば二、三週間ほどになります。クラストンから王都までの距離もほぼ同じです。
 ところが、ベイカー伯爵領では、都市間の主要街道には石畳が敷かれているため、馬車は速度を出せるようになっています。しかも、町の数が多く、無駄なく先へ進めてしまいます。
 王都の周辺の王家直轄領の都市群でも、やはり都市間に石畳が敷かれています。そのため、クラストンから王都まで、最短で一〇日あれば到着します。ただし弊害もあります。

「速いと車輪の音が気になりますね」
「鉄と石がぶつかるとな。ただ何日も早く着けるのなら、そちらのほうがいいだろう」
「たしかにそうですね」

 馬車の車輪には、補強のために鉄が巻かれています。これが石を踏むとギャリギャリと不快な音を立てるのです。
 音を気にしないために【遮音結界】をかけてもいいですが、そうすると外の音がまったく聞こえなくなります。魔物が近づいて護衛が警告をしても、それに気づかない場合がありますので、大人数に守られているのでなければその方法はやめておいたほうがいいでしょう。

 ◆◆◆

「レイ殿、前方の森の近くにラインベアーの群れがいます」
「わかりました。駆除しておきますね」

 護衛隊長を務める騎士が馬車の中にいるレイに話しかけました。強い魔物が出た場合、レイが駆除するということになっているからです。
 レイとローランドは男二人旅をしているわけではありません。領主と代官の移動です。護衛や使用人など、全部で三〇人ほどの集団になって移動しています。しかし、戦力としてはレイが一番強いので、になってしまうのは仕方ありません。
 レイが剣を持って飛び出すと、騎士はローランドに話しかけました。

「旦那様、レイ殿がいてくれて助かりました」
「彼がいればな」
「はい。正直なところ、我々は必要ない感じではありますが」

 護衛隊長は申し訳なさそうな顔をします。しかし、彼が出ていってもレイの邪魔にしかなりません。それはここ数日の旅で彼が知ったことでした。

「お主はそう言うが、レイ一人で全員を守ることは不可能だろう。ここで後ろから別の魔物が襲ってきたらどうしようもない。いくら彼が強いといっても、体は一つしかないのだからな」

 ローランドはそう言うと騎士の肩をポンと叩きました。騎士は頭を下げると持ち場に戻っていきました。それを見て、ローランドはつぶやきます。

「レイもレイだが、他のメンバーも全員が実力者だろう。パーティーみんなが一騎当千というのは、運がいいというだけでもないのだろうな」

 ローランドがよく知っているだけでも、レイとサラ、シーヴ、ラケル、ケイト、シャロンの六人全員が上級ジョブです。一人で大型の魔物をあっさりと倒してしまうだけの力があります。先ほどの警備隊長も、騎士としての実力は十分ですが、それでも一流の冒険者からすると、やはり見劣りしてしまいます。
 ところが、冒険者というのは身分としては微妙で、日雇い労働者に毛が生えたようなものです。上級ジョブになり、冒険者ギルドで一目置かれるくらいでないと、なかなか世間では評価されません。
 レイたちの場合、『行雲流水こううんりゅうすい』という名前よりも『パンダキラー』のほうが有名になっていますが、誰もがその二つ名を口にするというのは、一定以上の評価を得ているという証拠です。
 今後、レイたちが冒険者として活動する機会は減っていくでしょうが、『パンダキラー』の二つ名は、クラストンの冒険者ギルドではずっと残るでしょう。

 しばらくしてレイが戻ってきました。

「前方に魔物の気配はありません」
「そうか。それならもう少し進めそうだな」

 レイが乗り込むと、再び馬車は動き始めました。

「それにしても、弱い魔物を見かけないが、レイ、何かしたか?」

 ダンカン子爵領でもっとも南にある町ランバンを出てから、あまり魔物に遭遇していません。ベイカー伯爵領で一番北にあるのがロイエットの町ですが、その間はどうしても野営が必要です。
 ローランドは年に数度は王都に行きますが、町と町の間、領地と領地の間には魔物がいるものだと考えていました。しかし、今回は明らかに遭遇の頻度が少なくなっています。

「たいしたことではありませんが、少々気配を強く出しています」

 これは魔物狩りをしていて気づいたことでした。魔物は人の気配を察知して襲いかかってきます。その際に、威圧感を出すと、魔物がひるむことがありました。レイはそれが魔物の本能によるものだろうと考えています。
 もちろんですが、すべての魔物が怯えて逃げるわけでなく、タスクボアーやスパイラルディアー、ラインベアー、カラムベアーなど、明らかに強い魔物は逃げません。
 その威圧感やオーラは、相手が人間でも同じです。その場にいるだけで他人を圧倒するような人物も存在します。しかし、しんの達人は気配を感じさせないとも言われます。レイはその段階にまで達していました。

 ◆◆◆

 ローランドの馬車はベイカー伯爵領に入りました。

「しかし、これだけ頻繁に王都に来ることになると、うちの領地も石畳を敷きたいものだな」
「やはり問題は資材ですか?」
「ああ。うちは石切り場がない。森ばかりだろう」
「そうですね。岩山があるのは、もっと西か北か」

 アシュトン子爵領の東には大きな山があり、様々な鉱物が採掘されています。ところが、ダンカン子爵領は何もない平地にできたダンジョンを中心に作られた領地なので、資源が少ないのがずっと問題になっています。

「レイのおかげで潤っているから、レイン男爵と交渉してもいいな」

 馬車によっても違いますが、この馬車の車輪には分厚い鉄が巻かれていて、車軸も鉄になっています。全体的に頑丈に作られているので、馬車は四頭立てです。速度が出るということは騒音も大きくなります。それならどうすればいいかとレイは考えました。
 セメントやモルタル、コンクリートは存在しますが、それらは建物に使われるだけで、道には使われません。そこまで高価な素材ではありませんが、道路の舗装に使うとなると膨大な量が必要になるからです。いくらなんでもすべてを購入するわけにはいきません。
 道を改良するのが難しいなら、馬車を改良するしかありません。貴族の乗る箱馬車には板バネを使った簡易的なサスペンションが使われています。レイはシリンダーダンパーの理屈を少しだけ知っていますが、その程度では作れないでしょう。そうなると、残るはタイヤしかありません。
 まずはゴムタイヤが頭に浮かびましたが、ゴムの木はありません。少なくともこの国には。南の国に行けば手に入るかもしれませんが、どんな名前かもわかりません。探して取り寄せようと思えば、とてつもない費用がかかるでしょう。
 それっぽい植物が見つかって、苗木をマジックバッグに入れて持ち帰るとします。無事に根付いて大きくなって樹液を集め、硫黄を加えてゴムができたとしましょう。ただし、最初に増やさなければ、タイヤを作るだけの樹液が集められないでしょう。何年かかるかわかったものではありません。
 ゴムが無理そうなら、代わりに使うのは魔物の素材でしょう。魔物の皮はかなり丈夫で摩耗に強い素材です。馬車の車輪に巻けば、音と振動をある程度は抑えられるかもしれません。ところが、耐久性が気になります。馬車は重いですからね。
 魔物の皮を使うのなら、レイはいくらでも自前で用意することができます。それでも、たった一キロ走っただけでボロボロになるようなら、無駄に素材を捨てるようなものです。いくら静かになるからといって、そこまで無駄にはしたくありません。
 レイは魔物の皮を使う以外の方法をローランドに尋ねてみましたが、彼のほうでも妙案はありませんでした。むしろ、魔物の皮を巻くというやり方に、ローランドが驚きました。
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