異世界は流されるままに

椎井瑛弥

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第8章:春、急カーブと思っていたらまさかのクランク

第21話:応援が来たと思ったら刺客だった件

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「レイ様、お久しぶりです! サラ奥様もお元気そうで!」
「うえっ⁉」

 レイたちの前に現れたのは、マリオンの屋敷でメイドをしていたブレンダでした。いきなり冗談を言いながら現れた元同僚を見て、サラがアワアワしながら不思議な踊りを踊り始めます。イメチェン前の自分の過去を知る者が現れると誰でもこうなるでしょう。

「サラはどうしたんですか?」

 聞かれたレイもはっきりと答えることができず、「ちょっと予定外のことがあっただけだ」と口にしただけでした。

「それで何があったんだ? 向こうにも何人かいるみたいだけど」

 レイの視線の先には六台の荷馬車があり、そこから何人もの男女が荷物を次々と運び出しているのが見えました。

「旦那様とテニエル男爵様とアシュトン子爵様からのお祝いになります」
「アシュトン子爵?」

 レイは怪訝な顔をしました。父親のモーガンはわかります。テニエル男爵も理解できます。ところが、なぜアシュトン子爵の名前が出るのかがわかりません。

「はい。ハリーさんが代表として子爵様のお屋敷に招かれました。そこで子爵様はレイ様に借りがあるとおっしゃっていたそうです。それ以外にも、どうも縁を持ちたがっているのではないかとハリーさんは言っていました」
「ああ、それはありえるな」

 オグデンに到着した翌日は疲れを取るために休みにしました。その翌日にさあ活動を始めようと思った途端、シーヴの件で午後に町を離れることになりました。
 ジャレッドのあれこれがなく、シーヴがオグデンを離れず、レイとサラもオグデンを拠点にしたとすれば、もしかしたら子爵と縁ができたかもしれません。ただし、あのころの目的地は王都だったので、オグデンにずっといたかどうかまではレイにはわかりません。
 レイはアシュトン子爵と面識がありませんので、詳しい人柄を知りません。オスカーの冒険者ギルドのギルド長ジュードに言わせると「腹を割って話し合えばいずれは理解してくれる」と考える性格だと聞いています。ローランドからもよく似たことを聞いています。悪い人ではないのだろうというのがレイの想像するアシュトン子爵の人柄です。

「でも、こんなに人手が必要だったのか?」
「使用人もお祝いの品に含まれます」
「はあ?」

 レイの目には、荷馬車の周囲に四、五〇人はいるように見えました。

「旦那様からは私とハリーさんと三人、テニエル男爵様からは五人、そしてアシュトン子爵様から五人。子爵様の五人は、今のところ子爵様の奴隷だそうですが、レイ様に挨拶をすれば解放されるとのことです」
「そういうことか」
「他にはここまでの護衛をお願いした冒険者の方々や、荷運びをする商人の方々もいます」
「よく見たら、見覚えのある顔がいるな」

 十字の杖を手に持って一人の女性がレイのほうに歩いてきます。その杖が実は抜くとエストックになる仕込み杖だということをレイは知っていました。『草原の風』でリーダーをしているヴェロニカです。

「まさか貴族様になってるとはなあ。オレも愛人に立候補しときゃよかったかな? それとも、今からでもいけるか?」
「全然そんな気はないだろ?」
「はっはっは。まあね。気楽なのが一番だ。オレにお屋敷とドレスは似合わねえからな」

 レイからの問いかけに、ヴェロニカは大笑いしました。彼女は豪快な話し方をしますが、以前は僧侶で今は魔術師。剣も鍛えていて、いずれは賢者になりたいと言っていたことをレイは覚えていました。

「荷物の整理に戻るわ」

 ヴェロニカが去ると、一人の男性がレイに近づきました。

「以前、アクトンでお世話になりました」

 先頭の一人がレイに向かって頭を下げました。商人のカミロです。

「アクトンの酒場にいた三人組だったかな?」
「ええ、そうです。偶然ですが、領主様から荷運びの依頼を受けまして」

 アクトンの酒場でレイたちと話をした三人組のうちの一人です。オグデンに戻るタイミングを計っているところだと言っていたのをレイは思い出しました。
 挨拶を済ませると、カミロも荷物の運搬を手伝いに戻りました。

「サラ、大丈夫?」
「あ~~~う~~~あ~~~」

 レイの横では、サラが額を押さえながら、謎の声を出し続けています。そのサラを、先ほどからブレンダは心配そうな顔で見ています。

「レイ様、サラは本当に大丈夫なんですか?」
「まあ体調が悪いとかじゃないから」

 この世界で生まれたサラは、本来は大人しい性格でした。そこに日本人のサラの記憶が戻ってしまいました。マリオンにいた間はどうにか抑えていたので、ハリーやブレンダからすると「サラは控え目で大人しい少女」になります。ところが、マリオンを出てから知り合った仲間たちにとっては「サラは元気いっぱいの少女」です。この二つをいかに矛盾なく一つにするかを、サラは考えているのです。
 レイは頭に手を当てて声を上げ続けるサラの肩に手を置きました。彼にはサラがどうすべきかわかっていたからです。

「サラ、みんな来てしまったんだから諦めろ。兄さんにもバレたんだから」

 レイに諭されたサラは、ブレンダに向かって小さく頭を下げました。

「ごめん、ずっと隠してたけど、私はホントはこういう話し方だから」

 以前の表情と口調とはまったく違うサラを見て、ブレンダは一度首を傾げました。しかし、笑ったり怒ったりはせず、むしろ腑に落ちたような表情をしました。

「たしかに話し方を作ってる感じはしてたけど」
「バレてた?」
「なんとなくね。いつからだったかな。ちょっと無理してるんじゃないかなって気がしてた。だから最後のあたりはイジってたんだけどね。ぽろっとが出るんじゃないかって」
「そっか~」

 途中で気づかれたということは、記憶が戻ったあたりかもしれません。熱を出して記憶が戻ってから数日は混乱していました。みんなとどのように接したらいいのか、かなり悩んだことをサラは思い出しました。

「誰にでも秘密の一つや二つはあるはずだから大丈夫だって」
「ありがと」

 ブレンダはサラを抱きしめて慰めました。サラの生い立ちを知っているからです。

「それで、結局レイ様の奥様になるの?」
「うん。子供もできたし。側室だけど」

 シーヴとサラ、ラケル、ケイトの四人が妊娠しました。式そのものはもう少し先ですが、子供は早いほうがいいということで、この四人は【避妊】を使わなくなりました。
 恋人たちの間では、誰が最初に妊娠しても恨みっこなしということになっていましたが、妊娠したのはほぼ同時でした。生まれる順番がどうなるかまでは今の段階では誰にもわかりません。ただし、シーヴが正室だということは決まっています。

「私もお手つきになれないかな?」
「私が言うのもおかしいけど、なってどうするのって気はするよ」

 レイが好きなら抱かれる意味はあるでしょう。大きな町の領主の愛人というなら理解できます。ところが、実質的に領民がほとんどいない領地で、領主の愛人になることに意味があるのかどうかと、サラは説明します。

「村よりも人がいないのか~」
「うん。確実に住民になりそうなのは私たち家族とさっき来たみんなと……エルフの町から手伝いに来てくれる人たちの一部くらいかな」

 今のところ、領民になりそうなのはせいぜい数百人程度です。ただし、領民を増やすということは、ダンカン子爵領から引っ張ってくることと同じ意味です。限度を超えれば揉める原因になるでしょう。

「そうそう。クラストンにエルフがいっぱいいてビックリした。でもこっちの方が多いね。獣人も」

 ブレンダは町を見回しますが、そこに見えるのはエルフと獣人と人間が五:三:二という不思議な町です。デューラント王国中を探しても、このような町は他には存在しないでしょう。

「エルフと仲よくなれたからここに町をって話だったからね。獣人と人間のほとんどは町の建設に来ている人だから、住民になるかどうかはね」

 エルフはジンマから来ています。一部はこのままこの町で暮らしてくれそうですが、クラストンから来ている労働者たちがどうなるかは、今のところは誰にもわかりません。

「お手つきの件はあとで言っとくけど、底なしだから覚悟してね」
「底なし⁉ そうか、いっぱいいたんだっけ」
「今のところ九人かな? 私を入れて四人が妊娠したから、代わりに何人か入れようってレイ以外で話してるから、その候補に入れるね」

 さっそく候補を増やされそうなレイでした。
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