異世界は流されるままに

椎井瑛弥

文字の大きさ
184 / 208
第8章:春、急カーブと思っていたらまさかのクランク

第19話:運命が変わった者たち(良いか悪いかはわからない)

しおりを挟む
 翌日、アシュトン子爵のクリフトンは、自分で奴隷商に足を運んでいました。

「子爵様、ご指示のとおり、使用人として使えそうな借金奴隷を集めました。全員読み書き計算ができるようになっております」
「五人か」

 クリフトンは前に並べられた少女たちに目をやりました。下は八歳、上は一三歳。まだ女性とは呼べない年齢の少女たちばかりです。

「もう少し必要でございますか?」
「いや、これくらいで十分だ」

 この五人はすべて口減らしのために売られていた村娘です。口減らしとはいうものの、家が貧しいために売られたというわけではありません。食べていくだけならどうとでもなるからです。
 それなら、どうして売られたのかというと、親が娘の将来を心配したからです。読み書きができるなら、村よりもいい生活が送れる可能性が高いと考えて売られることがあります。もちろん、村に恋人でもいれば話は別ですけどね。
 ここにいる五人は、出身の村はバラバラですが、全員が農作業の合間に読み書き計算を学んでいました。炊事洗濯、そして読み書き計算ができますので、奴隷としてはかなり高値で売られることになっていました。
 クリフトンは自分が買い取ったことを奴隷たちに伝えました。

「お前たちには、新しくできることになったスペンスリー男爵領に向かってもらう。男爵殿に会えば私の奴隷からは解放だ」
「領主様、到着後はどうすればよろしいのですか?」

 五人の中で最年長のマリネッラがそう聞きます。最年長といってもまだ一三歳ですが、それでも一番上だという自覚があるのか、クリフトンに向かってはっきりと問いかけました。

「全員を使用人として雇ってくれるように男爵殿に頼む。そこで働きたくなければ他の町に移ればいい」
「かしこまりました。スペンスリー男爵様に会うまでが領主様との契約期間で、その後は解放されるので、そこから先は自分たちで考えるということですね?」
「うむ。それでやってくれ」

 五人は身支度を調えると、それぞれ仕事に出向くことになりました。

 ◆◆◆

「失礼します。こちらにハリーさんという方はいらっしゃいますか?」

 金鶏亭にハリーを訪ねてきた少女がいました。こんなところに訪ねてくるのは子爵の関係者だろうと、連絡を受けたハリーはブレンダを伴って一階に下りました。

「ハリーは私です。あなたは?」
「マリネッラと申します。アシュトン子爵様より、スペンスリー男爵様にお仕えする使用人団のリーダーを命じられました。明後日の朝、仲間たちと一緒にこちらに馬車でまいります。よろしくお願いします」

 マリネッラは大きく頭を下げました。

「こちらこそよろしくお願いします。ところで、そちらの人数は全部でどれくらいになりますか?」
「使用人は私を含めて奴隷が五人です」

 その言葉を聞いて、ハリーは首をかしげました。マリネッラが奴隷には見えなかったからです。そこにはクリフトンのプライドも関係していました。
 単に人手があればいいと考えるのか、読み書き計算ができる奴隷を集めればいいと考えるのか、その奴隷をレイが気に入って使ってくれるのかというところまで考えるか。クリフトンは奴隷たちの年齢と見た目を考え、さらに奴隷にはもったいないような服を与え、恥ずかしくない使用人団を用意したのです。

「マリネッラさんも奴隷なんですか?」
「はい。現在はアシュトン子爵様の奴隷ですが、スペンスリー男爵様にお会いすれば解放されるという契約になっています」
「なるほど。そういう契約もあるんですね」

 兄のアーサーと一緒に、ハリーはテニエル男爵のところへ奉公に出ていました。向こうの屋敷では奴隷が使われていましたが、多くは三年や五年など、購入金額分を働けば解放され、その後はそのまま屋敷で使用人として働くということがほとんどでした。
 ハリーが話をしたことのある奴隷の中に、シャロンというハーフリングのメイドがいました。男爵の娘であるケイトの奴隷でしたが、あまり奴隷らしくなく、いつも主人であるケイトをからかっていました。仕事は真面目にしていたのを覚えています。そのシャロンは冒険者になったケイトに引きずられるようにして屋敷を出ていってしまいました。
 彼はシャロンが気になっているわけではありませんが、あまりにも印象が強かったので、奴隷と聞いた瞬間にシャロンの顔が浮かんだのです。まあ、一度会ったら忘れないでしょうからね。

「他はそれぞれ、買い出しなどに出向いています」
「そうですか。我々のほうも明日のうちに準備を整えておきます。ところで、みなさん以外にも、護衛などは同行しますよね?」
「はい。冒険者パーティーに護衛を頼むことになっています。他には御者と荷運びで何人か。馬車三台の予定です」
「我々も同じく三台です。それだけいて、しかも護衛がいれば大丈夫でしょう」

 明後日の打ち合わせを済ませると、マリネッラは戻っていきました。

「ブレンダ、彼女を見てどう思いましたか?」
「おそらくは、子爵様はレイ様に気に入ってもらえるような奴隷を急いで用意されたのかと」
「やはりそう思いますか」

 ハリーとブレンダが聞いたところ、クリフトンが購入した奴隷は、読み書き計算ができ、見た目もそれなりの少女ばかり五人ということでした。マリネッラが一番上で一三歳、一番下は八歳だということでした。レイに幼女趣味はありませんが、レイ自身がまだ一六歳ということを考えると、どうしても全体的に若くするしかありません。
 この国の貴族は男子優先の長子相続が基本になっています。跡取り息子を産むことが正室にとっては最も重要な仕事になります。「元気な赤ちゃんを産める=若くて健康」という考えが根底にあります。
 はい、人権とか男女平等とか、そういうことを言わない。そういう仕様の国です。それが当たり前の世界です。つまり、貴族にとっては、妻は若いのが当然なんです。側室も愛人も若いのです。奴隷に手を出すとしても、自分よりも若い相手がほとんどです。シーヴが正室になることを渋りかけたのにはそういうことも関係しています。

「レイ様が手を出すかどうかですが、ブレンダはどうなると思いますか?」
「九人もお相手がいることを考えると……ゼロとは言えませんね」
「私としては、そのあたりの事情を考えたレイ様なら一人だけ手を出してのではないかと」
「それもありそうですね」

 当人がいないのをいいことに、二人は好き勝手に話して盛り上がっていました。
しおりを挟む
感想 17

あなたにおすすめの小説

異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました

雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。 気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。 剣も魔法も使えないユウにできるのは、 子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。 ……のはずが、なぜか料理や家事といった 日常のことだけが、やたらとうまくいく。 無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。 個性豊かな子供たちに囲まれて、 ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。 やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、 孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。 戦わない、争わない。 ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。 ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、 やさしい異世界孤児院ファンタジー。

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

戦場の英雄、上官の陰謀により死亡扱いにされ、故郷に帰ると許嫁は結婚していた。絶望の中、偶然助けた許嫁の娘に何故か求婚されることに

千石
ファンタジー
「絶対生きて帰ってくる。その時は結婚しよう」 「はい。あなたの帰りをいつまでも待ってます」 許嫁と涙ながらに約束をした20年後、英雄と呼ばれるまでになったルークだったが生還してみると死亡扱いにされていた。 許嫁は既に結婚しており、ルークは絶望の只中に。 上官の陰謀だと知ったルークは激怒し、殴ってしまう。 言い訳をする気もなかったため、全ての功績を抹消され、貰えるはずだった年金もパー。 絶望の中、偶然助けた子が許嫁の娘で、 「ルーク、あなたに惚れたわ。今すぐあたしと結婚しなさい!」 何故か求婚されることに。 困りながらも巻き込まれる騒動を通じて ルークは失っていた日常を段々と取り戻していく。 こちらは他のウェブ小説にも投稿しております。

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編

公爵家三男に転生しましたが・・・

キルア犬
ファンタジー
前世は27歳の社会人でそこそこ恋愛なども経験済みの水嶋海が主人公ですが… 色々と本当に色々とありまして・・・ 転生しました。 前世は女性でしたが異世界では男! 記憶持ち葛藤をご覧下さい。 作者は初投稿で理系人間ですので誤字脱字には寛容頂きたいとお願いします。

暗殺者から始まる異世界満喫生活

暇人太一
ファンタジー
異世界に転生したが、欲に目がくらんだ伯爵により嬰児取り違え計画に巻き込まれることに。 流されるままに極貧幽閉生活を過ごし、気づけば暗殺者として優秀な功績を上げていた。 しかし、暗殺者生活は急な終りを迎える。 同僚たちの裏切りによって自分が殺されるはめに。 ところが捨てる神あれば拾う神ありと言うかのように、森で助けてくれた男性の家に迎えられた。 新たな生活は異世界を満喫したい。

転生幼女のチートな悠々自適生活〜伝統魔法を使い続けていたら気づけば賢者になっていた〜

犬社護
ファンタジー
ユミル(4歳)は気がついたら、崖下にある森の中に呆然と佇んでいた。 馬車が崖下に落下した影響で、前世の記憶を思い出したのだ。前世、日本伝統が子供の頃から大好きで、小中高大共に伝統に関わるクラブや学部に入り、卒業後はお世話になった大学教授の秘書となり、伝統のために毎日走り回っていたが、旅先の講演の合間、教授と2人で歩道を歩いていると、暴走車が突っ込んできたので、彼女は教授を助けるも、そのまま跳ね飛ばされてしまい、死を迎えてしまう。 享年は25歳。 周囲には散乱した荷物だけでなく、さっきまで会話していた家族が横たわっている。 25歳の精神だからこそ、これが何を意味しているのかに気づき、ショックを受ける。 大雨の中を泣き叫んでいる時、1体の小さな精霊カーバンクルが現れる。前世もふもふ好きだったユミルは、もふもふ精霊と会話することで悲しみも和らぎ、互いに打ち解けることに成功する。 精霊カーバンクルと仲良くなったことで、彼女は日本古来の伝統に関わる魔法を習得するのだが、チート魔法のせいで色々やらかしていく。まわりの精霊や街に住む平民や貴族達もそれに振り回されるものの、愛くるしく天真爛漫な彼女を見ることで、皆がほっこり心を癒されていく。 人々や精霊に愛されていくユミルは、伝統魔法で仲間たちと悠々自適な生活を目指します。

処理中です...