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第一章 第一部
酔客たち、そして酔った勢い
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部屋を出て酒場の方に顔を出すと、門番のアニセトさんがもう飲んでいた。
「おう、さっきの兄ちゃんと嬢ちゃん」
「先ほどぶりですね」
「先ほどはどうも」
お互いに自己紹介をして、食事を待ちながらアニセトさんと話をする。この店の主人の名前はエーギル。二人とも若い頃に冒険者として活動し、たまたまこのナルヴァという名の開拓村を訪れて、いつの間にか定住してしまったらしい。リゼッタもふんふんと相づちを打ちながら聞いている。
「ここは僻地だからな。税の締め付けもほとんどないし、物が少ないことを除けばそれほど不満はないな。領主様はいい人だから、こんな村に無理は言わんのさ」
「税が安いんですか?」
「安いなあ。麦も芋も採れるし、食っていくだけなら困らねえな。むしろ余るしな」
この村があるのはフェリン王国の一番西の貴族領であるキヴィオ子爵領。この村はその子爵領の中でも一番西端にあると。僕たちが出てきたあの森は大森林と呼ばれていて、あの森から何か出てこないかと見張っているそうだ。そうしたらやってきたのが僕らだったと。
「ずいぶん昔のことだけどな、ここは元々東にあるユーヴィ市あたりから流れてきたヤツらが勝手に作った村なんだ。もちろん俺が生まれるよりもずっと前の話だ」
集まった人たちが勝手に作った村だったけど、土がいいのか麦がとにかくよく育つことが分かった。そこで当時の領主であるキヴィオ男爵がお金を出してきちんとした村を作って積極的に移住を勧めたらしい。でも森から魔獣が出てきて一度は潰れかけたそうだ。村が潰れたのが悔しかったのか、今度は絶対に潰れないようにとあの頑丈な城壁を作った、というのがこの村について語られる歴史。
森に異変があれば隣町まで早馬を飛ばして、その間は門を閉じて耐える。そんなことは五年に一度もないそうだけどね。子爵領の一番西にある監視塔みたいな感じかな。
「確かにあの森にいる猪や熊でもあの壁は壊せないと思いますよ。上から狙われるかもしれませんけど」
「そん時は矢で撃ち落とすしかないわな。この村にいる大人はだいたい弓が使えるからな」
城壁が作られてからはさらに人が増え 規模としてはそろそろ町と呼んでもおかしくないらしい。でも領地の一番端なので物が届きにくいのが難点だとか。店と呼べるものはないらしい。商人頼りらしいね。冒険者もたまに来るらしいけど、大森林の魔獣はなかなか手ごわいらしく、苦労の割には旨みが少ないのだとか。
そのうちにエーギルさんが料理を持ってきてくれた。村の歴史とか二人昔の話とかを聞きながら食べていると、村の人たちも次第に集まり始めた。アニセトさんと喋っているからか、僕のことを嫌なやつとは思う人はいないらしく、酒を片手に話しかけてくる人もいる。
「すまんな兄ちゃん、まじまじと見て。このあたりでエルフを見るのは珍しくてな」
「でしょうねえ。森を出るエルフは滅多にいないですから」
「俺もだいぶ前に会ったことがあるけど、まあ腹の立つやつでな」
きた! 痛いエルフ!
以前もっと東の方の町で会ったエルフが感じが悪かったんだと。頻繁に会う種族じゃないから、一度会って印象が悪いとずっとそれが残るんだろうね。
やはりエルフは偉そうとかいけ好かないとか、そういう話が聞こえてきたので、この辺境からエルフ観を少しでも良くしてもらおう。リゼッタに教えてもらった話を少しだけ変えて。
「ああ、それはですね……」
エルフの中でも周囲に上手く馴染めない者はいる。
そういう者は居場所を失ってやむをえず森を出る。
森を出て心機一転、得意な魔法に活路を見出そうとする。
これまで不遇な生活を送ってきたので、褒められると反動でのぼせ上がる場合もある。
その偉そうにした姿が気位が高いと思われる原因となっている。
気位が高いように見えるエルフにも、実は森でのつらい過去があった。
次にそういうエルフを見かけたら、よかったねと思ってほしい。
なんとなくいい話っぽくなったかな? さすがに無理?
エルフがエルフについて説明しているので、「へえ」とか「なるほど」とか「あの野郎がなあ」とか聞こえてくる。よし。
隣で聞いていたリゼッタが目をうるうるさせている。なんで一緒に騙されてるの?
「もちろん全員がそうではありませんけどね。僕のようにただ外へ出たいと思っただけのエルフもいますし、本当に気位だけ高いエルフもいますし、人それぞれです」
嘘にならないように、少しぼかしておく。
「まあエルフにもいろんな奴がいるってことだな」
「そのあたりは人間と同じですよ」
「よーし、じゃあ人間とあまり変わらないエルフに、乾杯!」
「「「「乾杯!」杯!」乾杯!」乾「乾杯!「乾杯!」杯!」」」」
え? いきなり乾杯? 誰かがジョッキを回してきた。飲めと? 飲むけど。
これがこの世界で初めてのお酒か。これはビール? エール? いや、この香りは蜂蜜……ミードかな。
「このあたりは何もないけど、花は咲くし蜂もいるからな。この村で酒といえば、ほとんどがミードだ。エールは手間がかかるからな」
日本で飲んだことはなかったけど飲みやすいな。うっかりすると一気に回りそう。
「リゼッタはミードは……って、あ!?」
横を見たら大きなジョッキを両手で持って、ぐっと仰け反って、一気!?
「ひょっとして強い?」
「これまで飲んだことはほとんどありませんでしたが、これは美味しいですね! すみません、おかわり! じゃんじゃん持ってきてください!」
「ゆっくり飲んで! 一気はダメ。ゼッタイ」
「おう、嬢ちゃん、いい飲みっぷりだなあ。エーギル、この娘に樽で持ってこいや」
誰? 樽はやめて! 普通で!
[解毒]で酔いは消せると思うけど、酒の席での発言とか、真面目な人ほど後から恥ずかしくなるから。
社会人になれば、無礼講なんてあり得ないことはすぐに分かる。あれは酒の席でもきちんと自分を律することができるかという、入社後の人事評価試験の一つだと思う。
うちはかなりホワイトな会社だったけど、それでも酔って上司のカツラを奪って頭に乗せた同期は、次の異動で関連会社に出向してからしばらくして辞めた。そういう社員は接待の場でやらかす可能性があるから、会社としては使いにくい。
カツラを奪うのはそれ以前の問題だけど。
◆ ◆ ◆
「あ~っはっはっはっは~~~~~」
少し目を離した隙にリゼッタが壊れていた。
辺境の村ではエルフは珍しい。だから僕は何度も声をかけられるし、話し相手にもなって何度もジョッキを合わせて乾杯する。それは嫌ではないけど、ちょっと目を離したらこうなっていた。
「リゼッタ、そろそろ部屋に戻るよ」
「え~、も~ですか~~~?」
「そのペースで飲んだら明日は二日酔いになるでしょ?」
「らいよううれふよ~~~もう~へねふは~ほんほうにひんぱいひょうでふね~~~ま~だ~ま~だ~ほれはらでふって~~~」
もう呂律が回っていないし……飲み慣れていない人がはっちゃけるとこうなるよね。
「はいはい、部屋に行くよ」
「え~~~?」
「すみません、みなさん。そろそろ危なそうなので寝かせてきます」
「「「「もうしけ込「若いヤツは元気「声は抑えろよ!」気だな!」」」」
「いや、しけ込みませんよ」
酔わせて襲うつもりはないって。実はそっちの欲求がほとんどないんだよね。反応が可愛いから頭は撫でたいけど。
背負おうとしたら、可愛らしく「お姫様抱っこ」と言われたので、ここは大人しくお姫様抱っこしていこう。酔っ払いに逆らっても無駄なことは過去の経験からよく分かっている。それにこの子は多少はワガママを言った方がいい。
なんとか部屋の鍵を開けてリゼッタをベッドに寝かせた。
あれだけの時間でよく飲んだなあ。一〇杯どころじゃないだろう。まあ顔も青くなってないし、息抜きにはなったかな。
「あ~面白かった~。あっはっはっは~~~」
ベッドの端に座り直したリゼッタが笑い始めた。
「水でも飲む?」
「いえ~、大丈夫です~。それより~、ケネス~?」
「ん?」
「はい、ぎゅ~っとしてください、ぎゅ~っと」
そう言って両手を広げる。可愛い。
「ぎゅ~っとって、ぎゅ~っと?」
「はい、ぎゅ~っとです」
「はいはい、ぎゅ~っ」
「ぎゅ~っ」
なんだろう、この状況は?
「では次です~。ちゅ~っとしてください」
そう言って唇を突き出す。可愛い。
「ちゅ~っとって、ちゅ~っと?」
「はい、ちゅ~っとです」
「……確認するけど、いいの?」
「もちろんです~」
「もう一度確認するけど、ほんとにいいの?」
「だから~ケネスだからもちろんいいんです~。ほら~」
「はいはい、ちゅ~っ」
「ちゅ~っ」
◆ ◆ ◆
「~~~~~~~~~~」
次の日、目を覚ましたリゼッタの百面相がすごかった。ガバッと上体を起こしたと思ったら、ぼーっとして、にへらっとして、ニヤニヤして、真顔になって、カッとこっちを見て、目を見開いて、真っ赤になって、アワアワして、顔を伏せて、そして今。毛布に顔を押し付けて固まったまま。
寝起きの女の子をまじまじと見るのもどうかと思うけど。
「あ~~う~~あ~~」
「記憶が完全に残っていたパターンか」
「冷静に分析しないでください~~~~~!」
「まあいい気分転換にはなったでしょ?」
「なりましたけどっ! メチャクチャなりましたけどっ! 転換しすぎてっ! あ~~~~~っ!」
正直なところ、こっちに来てからかなり気を張っていたから、多少はじけるのもいいと思ったけど、ちゅ~はダメだったか。
「リゼッタとキスをするのは、僕としてはもちろん嬉しいけどね」
「私も……ま、まあそうですけど……なんかこう、あの状況は、ちょっと……」
「……じゃあ普通にしよっか?」
「……はい、お願いします」
「もう一回お願いします」が何度か出て、その度に「~~~~~」ってなって、落ち着くまでにしばらくかかったけど、なんとか普通に目を合わせてくれるようになった。
リゼッタが落ち着いたところで酒場の方へ顔を出した。エーギルさんが暇そうにしていたので朝食をお願いする。ここで朝食を取る人はほとんどいないだろうなあ。泊まる人がいないんだし。僕らがいるからわざわざカウンターにいてくれるんだろうか。
「朝食を二人分お願いします」
「あいよ。二日酔いは大丈夫か?」
「ええ、二人とも酒には強いみたいで」
「嬢ちゃんの方はまだ顔が赤い……」
「だっ、大丈夫ですっ! お気遣いなくっ!」
「お、おう。じゃ、少し待ってな」
朝食を待ちながら考える。さて、これからどうしようか。この村は見るところはほとんどないしなあ。このまま東へ向かうのが一番いいか。とりあえず領都のキヴィオ市まで行けばいいかな?
「みんな面白い人たちだけど、あまり見るところもないから東へ行こうと思う。どう?」
「それでいいと思います。急ぐ旅ではありませんが、ここにいなければならない理由もありません」
「そうだね。じゃあ準備ができたら出ようか」
「分かりました」
◆ ◆ ◆
「無理にもう少し泊まれとは言えないな。何もない村だからな」
これからのことをエーギルさんに伝えると少し残念がった。
「ところで少し聞きたいんだが、塩とか香辛料とか持ってないか?」
「持ってますけど、普通それを旅人に聞きます?」
「お前さんら、のんびりと旅をしてそうだから、もしかするとマジックバッグを持っててそのあたりも余分に入ってるかもしれないと思ってな」
「持ってますよ。ある程度ならお譲りできますけど、わざわざ僕たちに聞くって、何かあったんですか?」
「普段はもう商人が来てるんだけどな……」
この村は街道の西端で、王都からも一番遠い。物によっては非常に値段が高くなる。だから商人に頼んで、できる限り安く、しかも定期的に物を運んでもらっている。そんな無理ができるのも、領主がこの村に配慮しているからだと。
土地が肥えていて麦や芋が多く取れる。自分たちが食べる用と税として納める用、さらに村の備蓄用を除いてもかなり余る。その余った分を領都に運ぶ。その見返りとして、領主が商人に物を運ぶように依頼を出す。依頼料もそれなりに高い。つまり誰も損をしない。
この酒場の近くには空き家がいくつかあって、やってきた商人はそこを借りて店にしているらしい。それが今回は来るのが遅れていて、塩などの備蓄が少し心許ないと。
「これだけあるからもうしばらくは大丈夫だけどな。でも料理が出せないなんて恥だから、もう少し欲しかったんだよな」
「塩と胡椒、他に何か必要ですか?」
保存庫の中を確認しながら話をする。食材を入れる保存庫は魔道具になっている。見た目は大型の業務用冷蔵庫。ただし冷えないし、内部が拡張されているわけではなく見た目通りの容量。時空間魔法の[時間遅延]で時間の進みが遅くなり、中の食料が傷みにくくなるだけらしい。
この保存庫に入れても時間は完全には止まらないらしい。完全に時間が止まるような保存庫は目玉が飛び出すほど高いのだとか。すみません、そんなマジックバッグを三つも持ってます。そんな説明を聞きながら、塩や香辛料の入った壺をそこへ入れていく。
「塩はこれくらいで足りますか?」
「ああ、助かる。ちょっと色を付けて、全部で三〇〇フローリンでいいか?」
「それでいいですよ」
「ありがとな。あいつらが遅れることは滅多にないんだがな。今度来たら、それを理由にふんだくってやるか」
あ、フラグ?
塩や胡椒はカローラさんがくれたものなので実質負担はゼロ。さすがに申し訳ないので、猪や熊の肉、香草なども保存庫に入れる。ついでに燻製を渡したらものすごく喜ばれた。部屋に戻って準備を整えると、エーギルさんに挨拶してから宿屋を出た。
フラグであろうがなかろうが、とりあえず村から東へ進むか。東の門にいた門番さんに挨拶してナルヴァ村を離れた。
「おう、さっきの兄ちゃんと嬢ちゃん」
「先ほどぶりですね」
「先ほどはどうも」
お互いに自己紹介をして、食事を待ちながらアニセトさんと話をする。この店の主人の名前はエーギル。二人とも若い頃に冒険者として活動し、たまたまこのナルヴァという名の開拓村を訪れて、いつの間にか定住してしまったらしい。リゼッタもふんふんと相づちを打ちながら聞いている。
「ここは僻地だからな。税の締め付けもほとんどないし、物が少ないことを除けばそれほど不満はないな。領主様はいい人だから、こんな村に無理は言わんのさ」
「税が安いんですか?」
「安いなあ。麦も芋も採れるし、食っていくだけなら困らねえな。むしろ余るしな」
この村があるのはフェリン王国の一番西の貴族領であるキヴィオ子爵領。この村はその子爵領の中でも一番西端にあると。僕たちが出てきたあの森は大森林と呼ばれていて、あの森から何か出てこないかと見張っているそうだ。そうしたらやってきたのが僕らだったと。
「ずいぶん昔のことだけどな、ここは元々東にあるユーヴィ市あたりから流れてきたヤツらが勝手に作った村なんだ。もちろん俺が生まれるよりもずっと前の話だ」
集まった人たちが勝手に作った村だったけど、土がいいのか麦がとにかくよく育つことが分かった。そこで当時の領主であるキヴィオ男爵がお金を出してきちんとした村を作って積極的に移住を勧めたらしい。でも森から魔獣が出てきて一度は潰れかけたそうだ。村が潰れたのが悔しかったのか、今度は絶対に潰れないようにとあの頑丈な城壁を作った、というのがこの村について語られる歴史。
森に異変があれば隣町まで早馬を飛ばして、その間は門を閉じて耐える。そんなことは五年に一度もないそうだけどね。子爵領の一番西にある監視塔みたいな感じかな。
「確かにあの森にいる猪や熊でもあの壁は壊せないと思いますよ。上から狙われるかもしれませんけど」
「そん時は矢で撃ち落とすしかないわな。この村にいる大人はだいたい弓が使えるからな」
城壁が作られてからはさらに人が増え 規模としてはそろそろ町と呼んでもおかしくないらしい。でも領地の一番端なので物が届きにくいのが難点だとか。店と呼べるものはないらしい。商人頼りらしいね。冒険者もたまに来るらしいけど、大森林の魔獣はなかなか手ごわいらしく、苦労の割には旨みが少ないのだとか。
そのうちにエーギルさんが料理を持ってきてくれた。村の歴史とか二人昔の話とかを聞きながら食べていると、村の人たちも次第に集まり始めた。アニセトさんと喋っているからか、僕のことを嫌なやつとは思う人はいないらしく、酒を片手に話しかけてくる人もいる。
「すまんな兄ちゃん、まじまじと見て。このあたりでエルフを見るのは珍しくてな」
「でしょうねえ。森を出るエルフは滅多にいないですから」
「俺もだいぶ前に会ったことがあるけど、まあ腹の立つやつでな」
きた! 痛いエルフ!
以前もっと東の方の町で会ったエルフが感じが悪かったんだと。頻繁に会う種族じゃないから、一度会って印象が悪いとずっとそれが残るんだろうね。
やはりエルフは偉そうとかいけ好かないとか、そういう話が聞こえてきたので、この辺境からエルフ観を少しでも良くしてもらおう。リゼッタに教えてもらった話を少しだけ変えて。
「ああ、それはですね……」
エルフの中でも周囲に上手く馴染めない者はいる。
そういう者は居場所を失ってやむをえず森を出る。
森を出て心機一転、得意な魔法に活路を見出そうとする。
これまで不遇な生活を送ってきたので、褒められると反動でのぼせ上がる場合もある。
その偉そうにした姿が気位が高いと思われる原因となっている。
気位が高いように見えるエルフにも、実は森でのつらい過去があった。
次にそういうエルフを見かけたら、よかったねと思ってほしい。
なんとなくいい話っぽくなったかな? さすがに無理?
エルフがエルフについて説明しているので、「へえ」とか「なるほど」とか「あの野郎がなあ」とか聞こえてくる。よし。
隣で聞いていたリゼッタが目をうるうるさせている。なんで一緒に騙されてるの?
「もちろん全員がそうではありませんけどね。僕のようにただ外へ出たいと思っただけのエルフもいますし、本当に気位だけ高いエルフもいますし、人それぞれです」
嘘にならないように、少しぼかしておく。
「まあエルフにもいろんな奴がいるってことだな」
「そのあたりは人間と同じですよ」
「よーし、じゃあ人間とあまり変わらないエルフに、乾杯!」
「「「「乾杯!」杯!」乾杯!」乾「乾杯!「乾杯!」杯!」」」」
え? いきなり乾杯? 誰かがジョッキを回してきた。飲めと? 飲むけど。
これがこの世界で初めてのお酒か。これはビール? エール? いや、この香りは蜂蜜……ミードかな。
「このあたりは何もないけど、花は咲くし蜂もいるからな。この村で酒といえば、ほとんどがミードだ。エールは手間がかかるからな」
日本で飲んだことはなかったけど飲みやすいな。うっかりすると一気に回りそう。
「リゼッタはミードは……って、あ!?」
横を見たら大きなジョッキを両手で持って、ぐっと仰け反って、一気!?
「ひょっとして強い?」
「これまで飲んだことはほとんどありませんでしたが、これは美味しいですね! すみません、おかわり! じゃんじゃん持ってきてください!」
「ゆっくり飲んで! 一気はダメ。ゼッタイ」
「おう、嬢ちゃん、いい飲みっぷりだなあ。エーギル、この娘に樽で持ってこいや」
誰? 樽はやめて! 普通で!
[解毒]で酔いは消せると思うけど、酒の席での発言とか、真面目な人ほど後から恥ずかしくなるから。
社会人になれば、無礼講なんてあり得ないことはすぐに分かる。あれは酒の席でもきちんと自分を律することができるかという、入社後の人事評価試験の一つだと思う。
うちはかなりホワイトな会社だったけど、それでも酔って上司のカツラを奪って頭に乗せた同期は、次の異動で関連会社に出向してからしばらくして辞めた。そういう社員は接待の場でやらかす可能性があるから、会社としては使いにくい。
カツラを奪うのはそれ以前の問題だけど。
◆ ◆ ◆
「あ~っはっはっはっは~~~~~」
少し目を離した隙にリゼッタが壊れていた。
辺境の村ではエルフは珍しい。だから僕は何度も声をかけられるし、話し相手にもなって何度もジョッキを合わせて乾杯する。それは嫌ではないけど、ちょっと目を離したらこうなっていた。
「リゼッタ、そろそろ部屋に戻るよ」
「え~、も~ですか~~~?」
「そのペースで飲んだら明日は二日酔いになるでしょ?」
「らいよううれふよ~~~もう~へねふは~ほんほうにひんぱいひょうでふね~~~ま~だ~ま~だ~ほれはらでふって~~~」
もう呂律が回っていないし……飲み慣れていない人がはっちゃけるとこうなるよね。
「はいはい、部屋に行くよ」
「え~~~?」
「すみません、みなさん。そろそろ危なそうなので寝かせてきます」
「「「「もうしけ込「若いヤツは元気「声は抑えろよ!」気だな!」」」」
「いや、しけ込みませんよ」
酔わせて襲うつもりはないって。実はそっちの欲求がほとんどないんだよね。反応が可愛いから頭は撫でたいけど。
背負おうとしたら、可愛らしく「お姫様抱っこ」と言われたので、ここは大人しくお姫様抱っこしていこう。酔っ払いに逆らっても無駄なことは過去の経験からよく分かっている。それにこの子は多少はワガママを言った方がいい。
なんとか部屋の鍵を開けてリゼッタをベッドに寝かせた。
あれだけの時間でよく飲んだなあ。一〇杯どころじゃないだろう。まあ顔も青くなってないし、息抜きにはなったかな。
「あ~面白かった~。あっはっはっは~~~」
ベッドの端に座り直したリゼッタが笑い始めた。
「水でも飲む?」
「いえ~、大丈夫です~。それより~、ケネス~?」
「ん?」
「はい、ぎゅ~っとしてください、ぎゅ~っと」
そう言って両手を広げる。可愛い。
「ぎゅ~っとって、ぎゅ~っと?」
「はい、ぎゅ~っとです」
「はいはい、ぎゅ~っ」
「ぎゅ~っ」
なんだろう、この状況は?
「では次です~。ちゅ~っとしてください」
そう言って唇を突き出す。可愛い。
「ちゅ~っとって、ちゅ~っと?」
「はい、ちゅ~っとです」
「……確認するけど、いいの?」
「もちろんです~」
「もう一度確認するけど、ほんとにいいの?」
「だから~ケネスだからもちろんいいんです~。ほら~」
「はいはい、ちゅ~っ」
「ちゅ~っ」
◆ ◆ ◆
「~~~~~~~~~~」
次の日、目を覚ましたリゼッタの百面相がすごかった。ガバッと上体を起こしたと思ったら、ぼーっとして、にへらっとして、ニヤニヤして、真顔になって、カッとこっちを見て、目を見開いて、真っ赤になって、アワアワして、顔を伏せて、そして今。毛布に顔を押し付けて固まったまま。
寝起きの女の子をまじまじと見るのもどうかと思うけど。
「あ~~う~~あ~~」
「記憶が完全に残っていたパターンか」
「冷静に分析しないでください~~~~~!」
「まあいい気分転換にはなったでしょ?」
「なりましたけどっ! メチャクチャなりましたけどっ! 転換しすぎてっ! あ~~~~~っ!」
正直なところ、こっちに来てからかなり気を張っていたから、多少はじけるのもいいと思ったけど、ちゅ~はダメだったか。
「リゼッタとキスをするのは、僕としてはもちろん嬉しいけどね」
「私も……ま、まあそうですけど……なんかこう、あの状況は、ちょっと……」
「……じゃあ普通にしよっか?」
「……はい、お願いします」
「もう一回お願いします」が何度か出て、その度に「~~~~~」ってなって、落ち着くまでにしばらくかかったけど、なんとか普通に目を合わせてくれるようになった。
リゼッタが落ち着いたところで酒場の方へ顔を出した。エーギルさんが暇そうにしていたので朝食をお願いする。ここで朝食を取る人はほとんどいないだろうなあ。泊まる人がいないんだし。僕らがいるからわざわざカウンターにいてくれるんだろうか。
「朝食を二人分お願いします」
「あいよ。二日酔いは大丈夫か?」
「ええ、二人とも酒には強いみたいで」
「嬢ちゃんの方はまだ顔が赤い……」
「だっ、大丈夫ですっ! お気遣いなくっ!」
「お、おう。じゃ、少し待ってな」
朝食を待ちながら考える。さて、これからどうしようか。この村は見るところはほとんどないしなあ。このまま東へ向かうのが一番いいか。とりあえず領都のキヴィオ市まで行けばいいかな?
「みんな面白い人たちだけど、あまり見るところもないから東へ行こうと思う。どう?」
「それでいいと思います。急ぐ旅ではありませんが、ここにいなければならない理由もありません」
「そうだね。じゃあ準備ができたら出ようか」
「分かりました」
◆ ◆ ◆
「無理にもう少し泊まれとは言えないな。何もない村だからな」
これからのことをエーギルさんに伝えると少し残念がった。
「ところで少し聞きたいんだが、塩とか香辛料とか持ってないか?」
「持ってますけど、普通それを旅人に聞きます?」
「お前さんら、のんびりと旅をしてそうだから、もしかするとマジックバッグを持っててそのあたりも余分に入ってるかもしれないと思ってな」
「持ってますよ。ある程度ならお譲りできますけど、わざわざ僕たちに聞くって、何かあったんですか?」
「普段はもう商人が来てるんだけどな……」
この村は街道の西端で、王都からも一番遠い。物によっては非常に値段が高くなる。だから商人に頼んで、できる限り安く、しかも定期的に物を運んでもらっている。そんな無理ができるのも、領主がこの村に配慮しているからだと。
土地が肥えていて麦や芋が多く取れる。自分たちが食べる用と税として納める用、さらに村の備蓄用を除いてもかなり余る。その余った分を領都に運ぶ。その見返りとして、領主が商人に物を運ぶように依頼を出す。依頼料もそれなりに高い。つまり誰も損をしない。
この酒場の近くには空き家がいくつかあって、やってきた商人はそこを借りて店にしているらしい。それが今回は来るのが遅れていて、塩などの備蓄が少し心許ないと。
「これだけあるからもうしばらくは大丈夫だけどな。でも料理が出せないなんて恥だから、もう少し欲しかったんだよな」
「塩と胡椒、他に何か必要ですか?」
保存庫の中を確認しながら話をする。食材を入れる保存庫は魔道具になっている。見た目は大型の業務用冷蔵庫。ただし冷えないし、内部が拡張されているわけではなく見た目通りの容量。時空間魔法の[時間遅延]で時間の進みが遅くなり、中の食料が傷みにくくなるだけらしい。
この保存庫に入れても時間は完全には止まらないらしい。完全に時間が止まるような保存庫は目玉が飛び出すほど高いのだとか。すみません、そんなマジックバッグを三つも持ってます。そんな説明を聞きながら、塩や香辛料の入った壺をそこへ入れていく。
「塩はこれくらいで足りますか?」
「ああ、助かる。ちょっと色を付けて、全部で三〇〇フローリンでいいか?」
「それでいいですよ」
「ありがとな。あいつらが遅れることは滅多にないんだがな。今度来たら、それを理由にふんだくってやるか」
あ、フラグ?
塩や胡椒はカローラさんがくれたものなので実質負担はゼロ。さすがに申し訳ないので、猪や熊の肉、香草なども保存庫に入れる。ついでに燻製を渡したらものすごく喜ばれた。部屋に戻って準備を整えると、エーギルさんに挨拶してから宿屋を出た。
フラグであろうがなかろうが、とりあえず村から東へ進むか。東の門にいた門番さんに挨拶してナルヴァ村を離れた。
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こうして、2人は異世界で仲間と出会い、お酒作りや飲み歩きスローライフが始まる。
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