新米エルフとぶらり旅

椎井瑛弥

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第三章 第四部

ここが始まり 一〇月

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 リゼッタの陣痛が始まった。少し早い気がするけど、種族が色々ある世界だから、そのあたりも違って当然かもしれない。

 この世界は医療技術が遅れているけど、魔法があるから出産はそこまで危険ではないそうだ。でもそれは魔法を使える人を呼ぶことのできる人だけ。うちの場合は魔法使いが多いから、その点は心配いらない。

 僕が日本人だった頃は、夫は妻の出産に立ち会うことも増えていたようだけど、この世界ではそれはないようだ。だから僕は部屋の外で待つ。

「落ち着かないね」
「それはそうでございましょう。ですが誰もが一度は通る道でございます」

 フェナがお茶を出しながらそう言う。彼女は何代か前の代官の愛人を務め、子供も孫もいる。恋愛と結婚と出産は別と割り切っている女傑だ。大抵のことでは驚かない。驚いた顔を見たのは領主邸の建て直しの時くらいかな?

「まあね。ここから順番に生まれることは分かってるんだけどね。それでも——」

 ふやああああああぁぁぁぁ……



 !



 もう聞こえた? 「おぎゃあ」じゃないのか。

 そんなことを考えていると、部屋からジェナが出てきた。

「閣下、元気な男の子です」
「そうか、ありがとう、ジェナ」
「いえ、私といたしましても、大変勉強になりました」
「そ、そう?」
「はい。私もいずれは(にこっ)」
「それはジェナとしては楽しみだね」
「はい。楽しみにしております」

 こんな時にどうかと思うけど、ジェナは前以前から僕の妻か愛人だと思われていたそうだ。僕の意思に関係なく。

 最終的にジェナをミシェルたちの家庭教師として雇ったのは僕だけど、最初に彼女を引っ張ってきたのはカローラだった。ジェナにはがあると。その時は、管理者として色々な人を見てきたから分かるんだろうな、というくらいにしか思ってなかったけど、実は全く違った。

 初めてジェナに会った時、彼女は僕の前でいきなり五体投地を始めたけど、それを見てがあるとカローラは判断したそうだ。それを見ていずれは手元に置こうと思ったらしい。それで早い段階で引き抜きをしたと。

 ジェナは僕の作った魔道具の研究のために、王都から仲間たちと一緒に留学生としてやって来た。どうも話を聞けば、宰相は僕には妻がたくさんいるから女性に興味はあるだろう、だから愛人を贈っておこう、という考えだったらしい。留学生が女性ばっかりだったわけだ。そしてそのリーダーであるジェナを自宅で雇ったわけだから、そりゃ愛人にでもしたと思われるよね。今は少し落ち着いたみたいだけど、留学生全員が愛人候補だと思われていたようだからね。自分でもビックリするくらいダメな選択肢ばかり選んだと思うよ。

「旦那様、中へどうぞ」
「ああ、ありがとう」

 フランカが僕を中に通してくれる。彼女は出産経験はないけどと言ってここにいた。実際にお腹が大きくなっている。どうもこの家で妊婦が増えたことでその気になり、旦那さんと頑張ったらしい。

 助産師ができる使用人として雇われているテクラとティネケがリゼッタの側にいる。

「旦那様、これほどの安産は経験したことがありません。我々がいなくてもよかったのかもしれません」
「私も同感です。スルッと出ました」
「いやいや、二人がいてくれてよかったよ。ありがとう。これからも続くから、よろしく頼むね」
「ケネス、無事に生まれました」
「リゼッタ、お疲れ様」

 上半身を起こしているリゼッタが抱いているのが僕の子供か。うん、耳があるね。耳があるけどあの位置は?

 生まれてくる赤ちゃんのことを僕は前もって調べていない。この世界では分からないのが普通だからね。男女どちらでもいいし、一人でも双子でも三つ子でもいい。

「どうやら獣人のようですね。ビックリです」
「種族は問題ないでしょ? 可愛いじゃない」
「はい。頑張って育てます」
「ほどほどでいいよ。元気に育てば。どう生きるかはこの子の人生だから」

 息子の頭を撫でながら思う。子供は親を選べないとは言うけど、親も子を選べないと思うよ。作るかどうかは選べるけどね。

 僕の息子として生まれたのがこの子にどのような影響を与えるかは分からないけど、あまり苦労はさせたくないかな。でも苦労したいと言うならさせてあげたい。それもこの子の人生だから。

「名前を考えないといけません」
「今日は家族会議かな」



「それじゃ、名前をどうするかだけどね。日本では親から一文字ずつ取ると言うのがあったけど、このあたりは何か基準とかあるの? エリー、ミシェルの名前を決める際に、何か参考にした?」
「特に参考にというのはなかったと思いますが、ミシェルの名前は神様の名前からいただきました」
「へえ、ミシェルという名前の神様がいるのか」

 僕の知ってる感じなら、神様じゃなくて大天使ミカエルが近いのかな? それをフランス語にしたらミシェルだね。

「先輩、そのあたりは国教の関係で、色々な存在が神様になるんですよ」
「あ、そうだった」

 自分が信じる対象を自分で選んで神様とするのが『国教』という名前の宗教。少しややこしい。どんなものでも自分の信じる神にしてしまう宗教だ。

 精霊、妖精、歴史上の偉人、神話の登場人物、自分の先祖、動物、自然、ありとあらゆるものを自分にとっての神と考え、信仰対象と教義を分離させてしまった珍しい宗教。ちなみに王都のある大聖堂は初代国王を助けた竜であるマリアンの像がある。だから王族にはマリアンを信仰している人が多い。もちろんみんなマリアンの名前は知らないけど。

「ご主人様とリゼッタさんから一文字ずつあげればいいのではないでしょうか」
ケネスKennethリゼッタRisuettaか……」
「あらためて書き出すと、リゼッタさんの名前って、ものすごくリスっぽいですね。LisettaとかLizettaじゃないあたり」
「私は何も思いませんが、日本人にはそう読めるのですね」
「それなら日本人っぽく、ケネスのKenとリゼッタのtaでケンタはどうですか? チキンが食べたくなりますけど」
「日本人すぎない? いっそ叔母さんに付けてもらおうか」
「おばさんはやめて! ばー、お姉ちゃんでちゅよー。ぶるるるるる……」

 マリーは赤ん坊を抱っこしながら話を聞いている。雰囲気は近所の赤ん坊の世話をする町娘そのまんまだ。まだ首が据わってないから気を付けようね。

「ケネス、クリストファーやクリストフなどはどうですか?」
「ああ、『C』で始めることが多いけど、『K』で始めることもあったね。候補にしよう」
「あなた、種族はどうなってますか? 耳と尻尾があるから獣人のようですけど」
「ええっとね……」



【名前:[(未定)]】
【種族:[栗鼠人?/エルフ?(ハーフ?)]】



 また『?』がある?

「[栗鼠人?/エルフ?(ハーフ?)]ってなってるね。僕と一緒で『?』が付いてるんだけど。しかも色々と混ざってない?」
「そう言えば、前にご主人様の[エルフ?]をコンラートに調べてもらいましたが、要するに管理外のデータなので正確に表示できないようです」
「管理外?」
「はい。この惑星や地球は私たちの管理する世界の一つでした。私たちの、もちろん直接管理しているのは下級管理者ですが、だけでも五億は超えると思います。ですが、いずれの世界にも『?』が付くような種族は存在しません。エリーさんたちのように『(元人間)』のような形で付加情報がある場合はありますが」
「だから管理外?」
「はい。私も知らない世界もあるです。そのような世界の情報ですら、ステータスには表示されることがある、と考えられます。おそらくご主人様が生まれ変わった時、あまりのステータスの異常さに、どこか遠い他の世界のデータも引っ張ってきて参照しているような気もします」

 世界を渡っただけじゃなかったのか……。と言うか、僕のステータスが異常になった原因って、僕の意識がない間にカローラがあんなことやこんなことを一晩中したからなんだけどね。

「それで何か問題とかないの? 聞いてばっかりで悪いけど」
「私にもはっきりとは分かりません。ただ、赤ちゃんの種族の表示がこの世界にある種族ではありません。私の管理している世界では、種族は混ざることはありませんのでハーフエルフなどは存在しません。いるとすれば、やはり私の知らない世界から転移してきたことになります。この赤ちゃんの場合、ご主人様の血を引いているので、私の管理している世界のことわりから外れているのかもしれません」
「生まれたばかりなのに話が大きくなったなあ」
「さすがケネスですね」
「はい、さすがは先輩です」
「さすが私が全てを捧げる閣下です」
「だからそういう方はやめようよ」

 僕は人生の途中で色々なことに巻き込まれたけど、この子は生まれた時からそうか。息子よ、前途多難だけど頑張って育ってほしい。まあサポートしてくれる人は多いよね。
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