新米エルフとぶらり旅

椎井瑛弥

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第三章 第四部

子育て

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 かつて家事や育児は女性の仕事とされていた。あ、日本の話ね。

 職場に行って賃金をもらう仕事をするためには、職場への往復時間が必要になる。住宅の値段が上がれば上がるほど土地の安い郊外に家を建てる必要があった。

 良いか悪いかは横に置いておいて、早朝に家を出て夜遅くに家に帰ってくるなら、家のことができないのは理屈としては仕方がない。だからPTAや町内会、自治会といった地域社会との繋がりについては、主婦である女性が担当することが多かった。

 でも賃金を受け取らない再生産労働をきちんと評価しようという流れから、男性も参加することが増えた。最初はという程度だったのが、次第にという流れになり、さらには行うものだ、ということになっていった。

 ただ、男女の役割分担というのは、世代によっても違うだろうし、生まれた場所——例えば大都市なのか地方都市なのか、それとも本当に田舎なのか——によっても違うだろう。家族構成——例えば自分か配偶者の親と同居しているかどうか、自分か配偶者の親が近くに住んでいるかどうか——によっても違うはずなので、完全に平等に行うのは無理だと思うけど、できる限り公平にした方がお互いの不満は減るだろう。

 それでどうして日本時代のことを振り返っているかというと……

「旦那様はお仕事をなさってください」
「クリス様のお世話は私たちの仕事です」

 日本との違いにショックを受けるというほどではないけど、世界や身分が違えばここまで違うかということに困っている。

 当たり前ではあるんだけど、子育ては乳母であるモニクとサスキアの仕事。さらに大きくなれば家庭教師が言葉や勉強を教えることになる。この二人は乳母兼家庭教師として雇われているので、子供が成人するくらいまではずっと面倒を見ることになる。助産師として雇っているテクラとティネケも乳母として働いてもらうこともある。

 この四人は家族があるから基本は通いで働いていて、クリスが生まれてからは交代で屋敷で寝泊まりしている。夏に屋敷の東側に育児のための部屋などを増築した部分を使っている。

 貴族の男性当主が子供の世話をすることは少ない。結局は見栄なんだけど、子育てや家庭教師ができる使用人をどれだけ雇えるかというのは貴族にとってのステータスになる。一人よりも二人、二人よりも三人。使用人が多ければ多いほど家族が多く、それは将来の領地の繁栄を表す。

 逆に当主が子育てをしなければならないというのは、つまり使用人を雇うだけの財力がないことを表してしまう。貴族としては最大の恥なんだと。

 今度は領民の立場に立ってみる。もし僕が子供の世話をしているのを見れば、「ああ、うちの領主は率先して子育てをするんだな」と思うことは絶対にない。確実に「ああ、うちの領主はそんなにお金がないのか」と思われることになるから、育児に積極的だということをアピールするのは褒められたことではない、むしろ害になるから絶対にしないようにと言われている。どれだけ小さな領地でも、領主は子供の世話をさせる使用人を雇うものだと。そういうことをマイカから教わった。

 マイカは伯爵家の令嬢として生まれたので、日本時代のことも覚えているけどもこちらの文化や風習などにも慣れている。だから貴族関係で分からないことは彼女に聞けばいい。

「おそらく姉たちも、お乳をあげたりとか多少は自分でも世話をするでしょうけど、基本的には乳母に任せると思いますよ」
「世界が違うとまったく様子が違うね」
「屋敷の中で抱き上げたりあやしたりするのは多少はいいですけど、おしめを替えたりするのはやめた方がいいと思います。式典などを除けば、抱き上げるのも外ではしない方がいいですね。そもそも一定の年齢になるまでほとんど顔を合わせることもないそうです。うちの実家は少し特殊だったようですけど」
「さすがにそこはエルフの力を持ってしても無理そうだね」
「先輩は風変わりな領主と思われてもあまり気にしないかもしれませんけど、使用人たちが困りますから」

 そう、問題はそこ。主人である僕がモニクとサスキアを差し置いて育児をすれば、僕が彼女たちのことを信用せず、乳母失格だと考えていることになってしまう。雇ったなら責任を持って任せる。任せられないと思ったら首を切る。そうしなければ辻褄つじつまが合うわなくなる。

 そういうことで、僕はたまに抱き上げたりするくらいしかしていない。それに領主がおかしな人物だと領民たちに思われるのは、使用人としても嫌だろう。

 女性の場合は自分で授乳することもあるから男性ほどノータッチにはならないそうだけど、やはり大半は乳母に任せるのだとか。貴族の女性は胸の形が崩れるのを気にするからだと。

 はあ、自分ができることを他人に任せるというのも大変だ。

「まだ小さいから反応はあまり良くないかもしれませんが、先輩はおもちゃを作ればいいんじゃないでしょうか」
「おもちゃね……。あんまり覚えていないんだけど、積み木とか?」
「あ、すみません、そうでしたね……」
「いや、ちゃんと遊んでたからね。少なかったかもしれないけど」

 養護施設育ちなので、どうしてもおもちゃで遊ぶことは少なかった。もちろんあることはあったけど、自分より小さな子が来たらその子に遊ばせるってことになっていたから。だから僕は児童書を読むことが多かったね。小さすぎると読めないから、ある程度年上の子供向けになる。小さな子に読み聞かせをすることもあったけど。

 大きくなってから子供向けのおもちゃのことは知識として色々と入ってきたけど、さすがにそれで遊んだ経験がないので、どう作ったらいいかがよく分からない。見よう見まねでできるかな?

「赤ちゃんが触る物なら、おしゃぶりとか、噛んでも大丈夫な歯固めとか、音が鳴るボールとか。ほかにはガラガラとか、天井から吊るすメリーゴーランドとかがいいと思います」
「歯固めってよく聞くけど、何のためにあるの?」
「歯が生えてくるのは赤ちゃんにとっては違和感がすごいそうなんです。それが気持ち悪いので、気になって何でもかんでも口に入れようとするそうです。噛まないとその違和感で泣くこともあるみたいですね」
「あー、そういうことか。大人でも歯の違和感って気持ち悪いからね。じゃあそのあたりも含めて色々と作ってみるから、デザインを任せてもいい?」
「はい、任せてください」

 普通なら首がすわるには三、四か月くらいかかるそうだけど、なぜかクリスはもう首がすわった。あまりチェックしても気になるだけだから一昨日に一度しただけなんだけど、耐久力は世間一般の三歳児並みになっていた。ハイハイはまだだけど、これならおもちゃで遊べるというのがマイカの見立てだ。

 まずはおしゃぶり。これはゴムで作る。歯固めももう少し固くしたゴムでいいね。哺乳瓶の件で、不本意ではあるんだけど、僕は乳首の専門家だと助産師や乳母たちからは思われている。それなら最高のおしゃぶりを作ろうじゃないか。

 音が鳴るボールは……鈴を入れたらいいのかな? 一応先輩にベビー用品を贈ったことはあるから見ているはず。たしか網みたいな構造のボールがあったかな。あれは音は出ないか。あれじゃなくても普通にボールにして、中に鈴を入れよう。ボールそのものは哺乳瓶の本体と同じくマリアンの鱗で作る。軽くて割れない。

 ガラガラは赤ちゃんが使うものじゃないから、中に鈴を入れて持ち手を付けて、やっぱり外側はゴムにでもしておこうかな。当たっても大丈夫なように。

 メリーゴーランドって天井から吊しておいて、音が鳴って回るものだね。音は……細い木の棒をぶら下げてカラカラと鳴るようにすればいいかな? 回転は魔法でいいとして。木だけだと飽きるかもしれないから、金属の棒でも作ろう。こちらはチャラチャラと音がする。さすがにボールで遊ぶような時期ではないけど、音には反応するかもしれない。

 さあどうだ!



「あーあーうー」

 一番喜んでいるのは……

「旦那様の耳ですか」
「自分の耳と場所が違うからかな?」

 赤ん坊って、例えば手のひらを指で触るときゅっと握ってくる。今は僕の耳を離さない。

「私たちの耳ではそのようなことはありません。旦那様の耳が好きなのでは?」
「リゼッタは僕の耳が好きだったからね。似たのかな?」
「ケネス、余計なことは言わなくてもかまいません。それよりもクリスのことです」

 ちょっと顔を赤くしながらリゼッタがそんなことを言う。リゼッタはこっちに来た最初のころ、僕の肩に乗って耳に掴まっていた。恋人になったころは僕の耳にこっそり色々としていたからね。その影響もあるのかもしれない。

「それにしてもクリス様はあっという間に首がすわりましたね。半月ほどしか経っていませんが」
「成長が早いんだろうね。早すぎる気もするけど」
「ここままいけば来月には歩けるかもしれませんね」
「それはちょっと早くない?」

 クリスの種族は[栗鼠人?/エルフ?(ハーフ?)]ってなっていて、正直なところ何をどう判断したらいいのか分からない。でも『?』が付いているなら普通じゃないんだろうね。とりあえず二週間で首がすわったのは普通ではないと思う。僕が抱き上げたら手を伸ばしてそのまま耳に掴まってしまった。

「とりあえず飽きるまではこのままにしておいて。引き離すとぐずるから」
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