死ニ至ル呪イ~望郷の想い出~

那周 ノン

文字の大きさ
35 / 92
第七章【死に至る呪い】

第三十五節 真の目的

しおりを挟む
 “リベリア解放軍”――。
 それは、剣術師範代――ホムラを頭目として集まった、現状で苦しい生活を強いられているリベリア国民たちの解放を名目として、反王政活動を目的としてリベリア公国に反旗をひるがえす有志たちの集まった組織である。

 年若い新王妃にうつつを抜かして骨抜きの状態となり、国政をおろそかにし、リベリア国民を苦しめる結果を作っているリベリア国王を筆頭とし――、そのリベリア国王に付き従う騎士の家系や貴族の家系の排除。そして、最終的にはリベリア国王を王位から引きずり下ろすこと――。

 それがホムラたち――、“リベリア解放軍”の真の目的であった。


 かつてリベリア公国と友好関係にあった隣国――カーナ騎士皇国との間に広く立ち塞がる崖。
 本来であれば両国間での輸入物資などといった商業用の商品を運搬することを目的として、通路となる坑道が作られる予定であったその場所は、近年になって不穏な動きを見せてきていたカーナ騎士皇国の動向を察知したリベリア国王により急遽中止とされていた。

 そんな使われなくなった元坑道予定地であった最深部――、坑道の通路よりも広く掘られひらけている岩肌の剥き出しの洞穴。

 そこに“リベリア解放軍”と自らを名乗るホムラたちの手によって持ち込まれたのであろう――、大きめなテーブルや椅子などといった必要最低限の必需品が置かれていた。

 岩肌には“リベリア解放軍”を象徴するものだと思われる――、黒地の布に赤い茨、そして白い二本の剣がデザインされている解放旗かいほうきが飾られているのが印象的であった。


「――ビアンカお嬢様。そんなことばかりやっていると、歯を痛めますよ……」

 ホムラは置かれている椅子に深く腰を掛けて、計画書と思われる書類に静かに目を通していた。
 そんな中、ホムラは自らの目の届く位置。その地面に座り込んでいる少女――ビアンカに諭すように声を掛ける。

 ビアンカはホムラから掛けられた言葉に反応を示し、ホムラを睨みつけるように無言で一瞥いちべつする。しかし、すぐにその瞳を――、自らの両手首を前出に拘束する縄へと向けた。
 そうして、今しがたホムラに注意されたばかりの行為――、自らの腕を縛る縄を噛み切ろうとして、それに歯を立て始める。

 諭しの言葉を掛けても言うことを聞こうとしないビアンカの様子を見て、ホムラは「やれやれ……」――と、呆れ気味に溜息を零す。

「本当に負けん気の強いお嬢様なことで。ウェーバー将軍の苦労も目に見えますね……」

 ホムラは顎にたくわえている顎髭をもてあそぶようにしつつ、ビアンカに嫌味ともつかない言葉を投げかけ、嘲笑ちょうしょうする。

 不意に父親――、ミハイルの名前を出されたビアンカがホムラの言葉に反応をした。

「――お父様が来たら。あなた、ただじゃ済まないわよ……」

 ビアンカはホムラを睨みつけ、怒りを含む声音で呟く。
 ビアンカの口から出た言葉は、ミハイルが必ず助けに来てくれると――、確信から出る強い言葉だった。

 だが、ホムラはビアンカの発した言葉に、くつくつと――さも可笑しそうに笑う。

「ただじゃ済まないのはウェーバー将軍の方ですよ――、ビアンカお嬢様」

 ホムラは、濃い茶色をした瞳を細め、口の端を上げて微かに笑みを浮かべる。

「――あの方は一人娘の貴女を溺愛していますからね。きっと我らの要求を飲み、武器も持たず、鎧も脱いでこの地を訪れるでしょう……」

 ホムラは椅子から立ち上がり、ビアンカに歩み寄りながら言葉を続ける。

「――我々に殺されにね……」

 ビアンカの前に立ったホムラは、ビアンカを見下ろし、静かに恐ろしいことを口に出した。

 そんなホムラの言葉にビアンカの顔色が変わった。ビアンカは明らかに動揺を示し、青ざめる様子を見せていた。

「そんなことをしたら許さない――っ!!!」

 ビアンカは青ざめた顔色を見せつつも、気丈にも声を大きく荒げる。

 そんなビアンカにホムラは更に可笑しそうに笑い始めるのだった。

「ウェーバー将軍をほふった後は、貴女もミハイル将軍の元へ送ってさしあげるのでご安心ください」

 ホムラは言っている言葉とは真逆な、優しげな笑みをビアンカに見せていた。

「――父君と一緒に死ねるのならば寂しくはないでしょう?」

 笑みを浮かべながら言うホムラを、ビアンカは怒りを含んだ鋭い眼差しで――、ただ睨みつけるしかできなかった。

(――許せない。なんでホムラ師範代はこんなことをするの……?!)

 ビアンカは怒りの感情を感じながら、そう心の中で一つの疑問を抱く。

 ビアンカ自身、気が付いてはいなかったが――、彼女の中にはミハイルや自分自身に向けられるであろう死に対しての恐怖心が湧いてこなかった。
 その代わりにホムラに対して、強い怒りの感情が胸中に渦巻いていたのだった。

「……そもそも――、なんであなたはこんなことをするの?」

 ビアンカは怒りの感情を抑えつつ、疑問に感じたことをホムラに問う。

 ビアンカは、何故ホムラが自身を誘拐して、ミハイルを亡き者にしようと計画していたのかが理解できていなかった。

「……貴女は、本当に大事に育てられた箱入りのお嬢様なのですね」

 ビアンカの問いかけに、ホムラは意外そうな表情を見せる。

「まさか――、今のリベリア公国内がどうなっているかご存知ない、とは仰らないですよね?」

「――新しいリベリア王妃陛下がとついできてから、国中が混乱していることくらい知っているわ……」

 ホムラの嫌味混じりの言葉にビアンカは返す。

「だけど――、それがお父様と何の関係があるっていうの?」

 ビアンカでさえ、ウェーバー邸に仕える使用人たちの会話内容から、現状のリベリア公国の不穏な状況は知っている。
 だが、その今のリベリア公国の状況とビアンカの父親――ミハイルと何の関係があるのかまで、ビアンカは図りかねずにいたのだった。

「リベリア国王に長年仕えていた大臣が、ついこの間――急遽解任されたことは知っていますね……?」

 ホムラの静かな声音の問いに、ビアンカはホムラに鋭い眼差しを向けたまま無言で頷く。

 リベリア国王が新王妃に夢中になり、国政をおろそかにしている。そのことに対し、厳しく言及をしていた大臣――。
 その大臣が突如解任されるという騒ぎがあったことは、リベリア公国内でも話題になっていた。

「大臣が解任された今のリベリア公国ではウェーバー将軍が唯一――、国王に言及ができる強い立場に立つ存在となった。だが、そのウェーバー将軍さえも、リベリア国王は邪魔者扱いをして遠征に出し、追いやってしまった……」

 ホムラの言葉に、ビアンカは怪訝いぶかしげに眉を寄せた。

 まさかミハイルの遠征地への出奔しゅっぽんの理由がそのような理由からだったと、ビアンカは知らなかった。
 ビアンカはミハイルの遠征が、いつものような国境付近にある砦の視察や調査、そしてそこに詰めている騎士や兵士への労《ねぎら》いの意味を兼ねたものだと思っていたのである。

 ビアンカの表情の変化を察したホムラは、更に言葉を続けていく。

「――果たして、そのような所業を行う者が、国の上に立つ立場にいて良いと思いますか?」

 まるで諭すように紡がれるホムラの言葉。

(――確かに、ホムラ師範代の言うことが正しいというなら、リベリア国王陛下の行っていることはおかしい。でも……)

 ホムラの言葉を聞く内に、ビアンカの内心にも一つの心情の変化と――、疑問がうごめき始める。

「今のリベリア公国は腐っているも同然。ならば――改革を起こさなければなりません」

 ホムラはなおも、まるで演説でも行うかのように言葉を続けていく。

「そのために、我々は腐った国王に仕える国王派である者たちを始末しなければならない。腐ったものは……、もう元には戻りませんからね――」

 ホムラは自分自身の行いが正義である――と、信じて疑わない様子で声を高らかに上げていた。
 そうしたホムラの言葉を、ビアンカは唖然として聞いていることしかできずにいる。

「……子供には難しい話、でしたかねえ?」

 唖然とした様子を見せるビアンカを目にして、ホムラは彼女が話を理解できていないと思ったのであろう。ビアンカに対して、ホムラは嫌味を含んだ笑いを零す。

(――それで何故、罪のない人たちまで殺さなければならないの……?)

 ビアンカはホムラの言葉を理解できていないのではなく、疑問を感じていたのだった。

 リベリア国王の今の状態が、ホムラの言う『腐っている』というものだとしても――、何故それに対して罪のない国王派の人間まで殺されなければならないのかが、ビアンカにはわからなかった。

 ――それは、ただの私怨ではないの……?

 ビアンカはホムラの考えを聞き、そう思う。

「我々、“リベリア解放軍”はそのために反旗をひるがえすのです!!」

 ビアンカの思考を無視したまま、ホムラは更に声を荒げる。

「全ては……、正義のために――っ!!!」

 ホムラは力強く断言の言葉を口にするのだった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

欠席魔の公爵令嬢、冤罪断罪も欠席す 〜メイリーン戦記〜

水戸直樹
ファンタジー
王太子との婚約――それは、彼に恋したからでも、権力のためでもなかった。 魔王乱立の時代。 王も公爵も外征に出ている王都で、公爵令嬢メイリーンは“地味な婚約者”として王城に現れる。 だが、王太子は初顔合わせに現れなかった。 にもかかわらず、記録に残ったのは「公爵令嬢の欠席」。 抗議はしない。 訂正もしない。 ただ一つ、欠席という事実だけを積み上げていく。 ――それが、誰にとっての不合格なのか。 まだ、誰も気づいていない。 欠席から始まる、静かなるファンタジー戦記。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

辺境伯夫人は領地を紡ぐ

やまだごんた
恋愛
王命によりヴァルデン辺境伯に嫁ぐことになった、前ベルンシュタイン公爵令嬢のマルグリット。 しかし、彼女を待っていたのは60年にも及ぶ戦争で荒廃し、冬を越す薪すら足りない現実だった。 物資も人手も足りない中、マルグリットは領地の立て直しに乗り出す。 戦しか知らなかったと自省する夫と向き合いながら、少しずつ築かれていく夫婦の距離。 これは、1人の女性が領地を紡ぎ、夫と共に未来を作る「内政×溺愛」の物語です。 全50話の予定です ※表紙はイメージです ※アルファポリス先行公開(なろうにも転載予定です)

処理中です...