死ニ至ル呪イ~望郷の想い出~

那周 ノン

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第十章【リベリア解放軍】

第五十三節 逃走

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「――痛え……。ビアンカ、大丈夫か……?」

 臀部でんぶを射られ大暴れをし始めたペトリュース号から振り落とされ、落馬したハルはしたたか打ち付けた腰をさすり――、自身に覆い被さるように庇ってきたビアンカに声を掛ける。

「うん……、だいじょぶ……」

 ハルに声を掛けられたビアンカは、眉根を落とし困ったような表情で答えていた。

「弓の手が止まっている。今の内に逃げるぞ……っ!!」

 ハルは弓持ちたちの手が止まっていることに気が付き、自身も立ち上がりながらビアンカの手を引き立ち上がらせる。

「でも……、ペトリュース号が……」

 臀部でんぶを射られたことで、痛みと驚きから――ハルの愛馬であるペトリュース号がその場から逃げ出してしまっていた。
 そのことをビアンカは口にするが、ハルはかぶりを振って仕方ない――という意味の仕草を見せる。

「オルフェーヴル号も逃がして――、走って逃げる。行くぞ」

「うん……」

 ハルの提案に、ビアンカは覇気なく返事をする。
 そのことにハルは疑問を感じつつも――、リベリア公国の有様を目にしてビアンカがショックを受けているのだろうと。そう解釈していた――。

「――さあ、急ぐぞ」

 ハルは言うとビアンカの手を引き――、リベリア公国を背にして走り出していた。


「――逃げ出しましたが、いかがなさいますか?」

 リベリア公国の城門前――。
 弓持ちの一人が、指揮を執っていた男に問いかける。

「捨て置け……」

 弓持ちたちを指揮した男が、静かに言う。

「どの道、よ。途中で――力尽きるのが関の山だ。我々が追うまでもない……」

 リベリア公国に背を向けて逃げ出すハルとビアンカの二人を目にし――、男は目を細める。

(――ウェーバー将軍の娘……、なかなか気丈な娘だな……)

 男は内心でリベリア公国の将軍――ミハイルの娘、ビアンカのことを思う。

「だが――代わりの死体は必要だな。同じ年頃の娘を捕まえてきて……、首をねろ」

「はっ――」

 男の言葉に、共に控えていた者たちは敬礼をし――、返事をするのであった。


   ◇◇◇


 ハルに手を引かれて、その後ろを走るビアンカ――。

 ハルは気が付いていなかったが、ハルを狙い放たれた矢から咄嗟にハルを庇った際――、ビアンカは背の右側に矢を受けていた――。

 ビアンカを射った矢は、背にある骨――肩甲骨の存在があり、胸まで貫通することはなかったが、ビアンカの肺を確実に傷つけていた。
 だが、ビアンカは気丈にもハルに自身の背を見せず、ハルに手を引かれるまま――懸命に走っていた。

「はぁ……っ」

 ビアンカは不意に苦しげに吐息を零す。

(――ああ……、息が苦しいな……)

 ビアンカは徐々に息苦しさを、その身に感じ始めていた。
 射られた矢の部分にも、焼けつくような痛みを覚えていたのだった――。

「ビアンカ、どうした……?」

 リベリア公国からある程度の距離まで走り逃げ、漸くハルはビアンカの様子がおかしいことを勘づく。
 そうしてハルはビアンカが苦しげに息を荒げ――、通常ではありえない吐息の音を喉からさせていることに眉を寄せた。

 ――まさか……。

 ハルが考えを巡らせようとした瞬間だった――。

 唐突にビアンカはその場に崩れ落ちるように膝をつき、ゴホゴホと咳込み始めたのだ。

「――――っ?!」

 そのビアンカの状態を目にしたハルは、言葉を失っていた。

 ビアンカは手で口元を押さえて咳込むのと同時に――、その口から鮮血を吐き出したのだった。
 そんな容態のビアンカの身体を見て、ハルは――ビアンカの背中に矢が突き刺さっていることに気が付き、血の気が引く思いを抱く。

「ビアンカ! お前――、さっき……俺を庇って……っ!!」

 ハルは膝をついて倒れ込みそうになるビアンカの身体を支え、声を荒げていた。

(さっきの弓矢の襲撃で……ビアンカが飛びついてきたのは――、俺を助けるためだったのか……っ!?)

 ハルは一刻前の事態――、ペトリュース号から落馬をし、腰をしたたか打ち付けたため、すぐに動けずにいた自身にビアンカが庇うように飛びついてきたことを思い出していた。

 その際はビアンカに覇気がない印象を受けつつも普通に返答をしてきていたため、幸いにも弓矢の直撃は免れたと思っていたハルだった――。

 だが、ビアンカはハルを押し退け――、自分自身が弓矢の一撃を食らうことでハルを庇っていた。
 そして、ビアンカは気丈にも矢の一撃を受けたことをハルに隠し、ハルに手を引かれるまま――、リベリア公国から、今まで走り逃げ出して来ていたのであった。

「……ごめん、なさい。……上手く、ハルを庇いながら、避けきれなかったの……」

 口元と手を鮮血で汚しながら――、ビアンカは苦しげにハルに謝罪の言葉を口にする。
 そんなビアンカの謝罪の言葉に、ハルは悔しげな表情を浮かべ、かぶりを振った。

「――あまり喋るな。傷に障る……」

 ハルは言いながら、ビアンカの背に突き刺さった矢の状態を確認していた。

(――矢尻は返しのついているタイプの物か……)

 ハルは矢を確認し、矢尻の形状を把握する。

(無理に矢を引き抜くと……出血でショック状態を起こしかねないな。それに――この刺さり方と、ビアンカが血を吐いたことを考えると……恐らく、肺にまで達している……)

 ハルはそこまで考えると――、不意にビアンカの身体を抱きしめた。
 そして、自身の腰にたずさえていた短剣を鞘から引き抜く――。

「――ビアンカ。俺の服に歯を立てていろ」

「え……?」

「いいから――、早くしろっ!!」

 ハルが何をする気なのか意図が全く読めていなかったビアンカが、疑問混じりの言葉を零すが、ハルはそれを叱咤するように声を上げた。

 ハルの大きな声に促されるように、ビアンカは――ハルの言葉の通り、自身を抱きしめてくるハルの服に歯を立てる。

「……すまない。少し痛むぞ――」

 ビアンカが大人しく従い、自身の着る外套がいとうに歯を立てたのを見とめたハルは、手にした短剣を力いっぱい振り被った。
 ハルの振り被った短剣は――、ビアンカの背に刺さる矢のの部分を叩き折る。

「――――っ!!」

 矢のの部分を叩き折られた衝撃で――、ビアンカは歯を立てていたハルの服を思い切り噛み締めた。
 だが――ビアンカはその間に、たった一言も、悲鳴のような声を上げることはなかった。

 ハルはビアンカの気丈さに感心しつつも――、眉を寄せる。

(――俺に心配かけさせまいと……、必死なんだな……)

 ハルに対して、自身が矢に射られたことも知らせず、矢のを叩き折られたことにも声一つ上げないビアンカ――。
 気丈な体裁を見せるビアンカに、ハルは何とも言えない感情を抱くのだった。

「ビアンカ。お前のマント――、駄目にしちまうけど、勘弁してくれな」

 ハルは抱きしめていたビアンカの身体を離し、ビアンカの羽織っていたケープ風のマントをゆっくりと脱がせる。

 ハルはビアンカの脱がせたマントにおもむろに短剣を通し、簡易的な包帯を作り――、手慣れた動作で、気休めではあるもののビアンカの傷口を覆い隠し止血の処置を施してやった。

「……これで良いだろう」

 応急処置を終えたハルは小さく呟く。

「あり、がと……」

 ハルが応急処置を行っている際も咳込み、血を吐き出していたビアンカが礼の言葉を零す。
 そのビアンカの礼の言葉に、ハルは無言のまま頷いた。

「あとは――、俺がお前を背負っていくから。せめて、どこか近くにに医者でもいる村か街でもあればいいんだが……」

 ハルはかんばしくないビアンカの状態に焦りを感じる。

 ――この状態だと……、ビアンカは……もう……。

 ビアンカの症状を考えるに、余程腕の良い医者を見つけない限りは内臓まで損傷してしまっているビアンカが助かる確率は極めて低いだろう。

 ハルは――、一瞬考えてしまったビアンカの末路を思い、その考えを頭の中から消し去るように小さくかぶりを振る。

(――何とかして、助けてやらないと……っ)

 ハルは心中で決心の思いへ、思考を切り替える。

 ハルは自身が羽織っていた外套がいとうを脱ぎ、ビアンカの肩から掛けてやる。

「急ごう、ビアンカ……」

「でも……」

 ハルはその場に座り込んでしまっているビアンカに有無を言わせず――、半ば強引にビアンカの身体を背負い上げ、再び急ぎ走り始めるのだった――。
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