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第十章【リベリア解放軍】
第五十四節 決断の時
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走るハルに背負われたビアンカは時折咳込み――、その度に鮮血を吐き出す。
咳込む毎にビアンカは手で口元を覆うものの、手では抑え切れないほどの血が溢れ出すことがあり、ビアンカを背負うハルの着ている服を汚す――。
その都度、ビアンカはハルに謝罪の言葉を小さく口にするのだが、ハルは「気にするな」――、と返してやっていた。
(――もう……、私の先は長くないんだろうな……)
ビアンカは自分自身の状態を自覚して、そう心の中で考える。
徐々に増していく息苦しさ――。
咳込む度に、口に込み上げてくる鮮血――。
背中には矢が刺さったことによる、熱さを帯びた痛み――。
それらを実感し、ビアンカは己の“死”が間近にあることを感じ取っていた。
(――口の中……、血の味がして、気持ち悪い……)
口中に広がり、鼻先にまで上がってくる濃い血の匂いは――、ビアンカに更なる嘔吐感をもたらす。
「ビアンカ……、大丈夫か……?」
酷く気分が悪そうにしているビアンカを心配し、ハルは走っていることで息を乱しながらビアンカに問いかける。
すると――、ハルに背負われているビアンカは、首を左右に振った。
「もう……、降ろ、して……」
ハルの問いかけに、ビアンカは息も切れ切れな苦しそうな吐息を吐き出し、掠れた声で返す。
そのビアンカの返答に――、ハルは悔しげな表情を浮かべる。
――せめて、静かな場所で……。
ハルは――そう考えつつ、ビアンカを背負ったまま暫しの間、走る足を止めることはなかった。
◇◇◇
ビアンカを背負い、ハルが暫く走った後――。
ハルは――、草木の生い茂る池の畔まで辿り着いていた。
ハルは焦燥を滲ませる表情で一巡辺りを見渡し、池の畔に一本の樹木があることに気が付く。
その場所までハルはビアンカを背負ったまま連れて行き、ビアンカを樹木に寄り掛からせるようにして、彼女の身体をゆっくりと自らの背から降ろす。
ビアンカの身体を横たわらせなかったのは――、ビアンカの背中の傷に障ると考えた故の、ハルなりの気遣いだった。
ビアンカは苦しげに息をし――、そして今もなお、咳込むことで血を吐いていた。
(――“リベリア解放軍”の追手が来なかったのは……、ビアンカが手負いになって助からないだろうと踏んだためだったんだな……)
ハルはビアンカの容態を目にして、そう勘付く。
だが――、弓矢の一撃を受け、手負いになったビアンカとハルを“リベリア解放軍”――反王政派の者たちが追って来なかったというのは、一つの救いでもあった。
ビアンカの傷の状態から――、彼女が助からないので、追っても無駄であるということを“リベリア解放軍”の者たちもわかっていたのだろう。
そう考え至り――、ハルは悲しげに深く溜息を吐き出した。
「――ビアンカ、ごめんな。俺のせいで……」
ハルは自身の額に手を当て、ビアンカに謝罪の言葉を口にした。
そのハルの謝罪に、ビアンカは健気にも微かな笑みを浮かべる。
「ハルの、せいじゃ……ない、よ……」
「いや、俺のせいだ――っ!!」
ビアンカの言葉を聞いたハルは声を大きく荒げた。
「俺がこの国に来たせいで……っ!! 俺の“呪い”のせいで――っ!!」
ハルは荒げる声の中に、酷く悔しげな声音を含ませる。
そうして――、ハルは自身の革のグローブに覆われている左手の甲を右手で強く握りしめていた。
「俺――、ビアンカの魂まで喰っちまいたくねえよ……っ!!」
ハルの発する言葉は、酷く悲痛に満ちたものだった。
そのハルの言葉を、ビアンカは少し朦朧としてきた意識の中で聞いていた。
(――呪い? 魂を喰う? ハルは何を言っているの……?)
ビアンカにはハルが何を言っているのか、理解できていなかった。
だけれども、朦朧とする意識の片隅でビアンカは、ハルが以前に『俺は――、人の魂を喰らって生き永らえている存在なんだよ』――と、言っていたことを思い出す。
あの時のビアンカは、読書が好きなハルが何かの物語の登場人物の真似事を言っているのだろうと思い、内心で微笑ましげにしていた。
だがしかし――、今の状態でハルがそんな冗談じみたことを言うはずもないかと、ビアンカはぼんやりと考えていた。
ビアンカを見つめるハルの表情は、酷く辛そうで申し訳なさそうで――。
そんな顔をしないでほしい――とビアンカは思い、口を開こうとするが――また激しく咳込むことで、ビアンカの口から真っ赤な血が溢れ出す。
ビアンカの顔色からは血の気が失せ――、もう長くは持たないであろうことをハルに悟らせる。
(ビアンカ……。俺は――、お前を死なせるわけにはいかない……)
ハルは心中で考え――、その赤茶色の瞳に一つの決断の色を見せた。
「――ビアンカ、ごめんな……」
不意にハルの口にした謝罪の言葉に、ビアンカは不思議そうな表情を見せる。
「――俺……、これからお前に取り返しのつかない酷いことをする……」
ハルは言いながら、常に左手に嵌め――、ビアンカに外している様を見せたことのない革のグローブを外した。
ビアンカがぼやけ始めた視界で目にしたのは、ハルの左手の甲に刻まれている禍々しさを感じさせる赤黒い痣だった。
まるで――、死神が鎌を抱きかかえているように見える紋様を象った痣。
(――ハルが……、ずっと隠してきたのは、その痣だったのね……)
ハルが頑なに革のグローブで隠し、触れられることを嫌っていた左手の理由。
以前、ハルに理由を聞いたビアンカに対して、『昔に火傷を負って、酷い傷があるんだ』――と嘘をついてまで隠そうとしていたものの正体を初めて目にし、ビアンカは思う。
(ハルってば……本当に、隠し事ばっかりなんだから……)
そうビアンカは心中で、今までのハルに対して思いを巡らせる。
「――“喰神の烙印”よ、後生だ……」
ハルは呟き――、その痣の刻まれた左手をビアンカの左手の甲に触れさせる。
「……俺の魂をお前にくれてやるっ!!」
ハルは決意に満ちた眼差しで、ビアンカを見つめる。
ビアンカを見つめるハルは――、申し訳なさげにしつつも、微かな笑みを浮かべていた。
――絶対に助けてやるからな……。
ハルの優しげな眼差しが、ビアンカに物語る。
「――だから……、新しい宿主として、ビアンカを選べっ!!」
意を決したような声音でハルは叫ぶように言葉を綴った。
ハルの叫びに呼応するかのように、ハルの左手の甲に刻まれた痣が光を放ち始める。
そうして――、辺り一面の視界を真っ白く染めていった。
咳込む毎にビアンカは手で口元を覆うものの、手では抑え切れないほどの血が溢れ出すことがあり、ビアンカを背負うハルの着ている服を汚す――。
その都度、ビアンカはハルに謝罪の言葉を小さく口にするのだが、ハルは「気にするな」――、と返してやっていた。
(――もう……、私の先は長くないんだろうな……)
ビアンカは自分自身の状態を自覚して、そう心の中で考える。
徐々に増していく息苦しさ――。
咳込む度に、口に込み上げてくる鮮血――。
背中には矢が刺さったことによる、熱さを帯びた痛み――。
それらを実感し、ビアンカは己の“死”が間近にあることを感じ取っていた。
(――口の中……、血の味がして、気持ち悪い……)
口中に広がり、鼻先にまで上がってくる濃い血の匂いは――、ビアンカに更なる嘔吐感をもたらす。
「ビアンカ……、大丈夫か……?」
酷く気分が悪そうにしているビアンカを心配し、ハルは走っていることで息を乱しながらビアンカに問いかける。
すると――、ハルに背負われているビアンカは、首を左右に振った。
「もう……、降ろ、して……」
ハルの問いかけに、ビアンカは息も切れ切れな苦しそうな吐息を吐き出し、掠れた声で返す。
そのビアンカの返答に――、ハルは悔しげな表情を浮かべる。
――せめて、静かな場所で……。
ハルは――そう考えつつ、ビアンカを背負ったまま暫しの間、走る足を止めることはなかった。
◇◇◇
ビアンカを背負い、ハルが暫く走った後――。
ハルは――、草木の生い茂る池の畔まで辿り着いていた。
ハルは焦燥を滲ませる表情で一巡辺りを見渡し、池の畔に一本の樹木があることに気が付く。
その場所までハルはビアンカを背負ったまま連れて行き、ビアンカを樹木に寄り掛からせるようにして、彼女の身体をゆっくりと自らの背から降ろす。
ビアンカの身体を横たわらせなかったのは――、ビアンカの背中の傷に障ると考えた故の、ハルなりの気遣いだった。
ビアンカは苦しげに息をし――、そして今もなお、咳込むことで血を吐いていた。
(――“リベリア解放軍”の追手が来なかったのは……、ビアンカが手負いになって助からないだろうと踏んだためだったんだな……)
ハルはビアンカの容態を目にして、そう勘付く。
だが――、弓矢の一撃を受け、手負いになったビアンカとハルを“リベリア解放軍”――反王政派の者たちが追って来なかったというのは、一つの救いでもあった。
ビアンカの傷の状態から――、彼女が助からないので、追っても無駄であるということを“リベリア解放軍”の者たちもわかっていたのだろう。
そう考え至り――、ハルは悲しげに深く溜息を吐き出した。
「――ビアンカ、ごめんな。俺のせいで……」
ハルは自身の額に手を当て、ビアンカに謝罪の言葉を口にした。
そのハルの謝罪に、ビアンカは健気にも微かな笑みを浮かべる。
「ハルの、せいじゃ……ない、よ……」
「いや、俺のせいだ――っ!!」
ビアンカの言葉を聞いたハルは声を大きく荒げた。
「俺がこの国に来たせいで……っ!! 俺の“呪い”のせいで――っ!!」
ハルは荒げる声の中に、酷く悔しげな声音を含ませる。
そうして――、ハルは自身の革のグローブに覆われている左手の甲を右手で強く握りしめていた。
「俺――、ビアンカの魂まで喰っちまいたくねえよ……っ!!」
ハルの発する言葉は、酷く悲痛に満ちたものだった。
そのハルの言葉を、ビアンカは少し朦朧としてきた意識の中で聞いていた。
(――呪い? 魂を喰う? ハルは何を言っているの……?)
ビアンカにはハルが何を言っているのか、理解できていなかった。
だけれども、朦朧とする意識の片隅でビアンカは、ハルが以前に『俺は――、人の魂を喰らって生き永らえている存在なんだよ』――と、言っていたことを思い出す。
あの時のビアンカは、読書が好きなハルが何かの物語の登場人物の真似事を言っているのだろうと思い、内心で微笑ましげにしていた。
だがしかし――、今の状態でハルがそんな冗談じみたことを言うはずもないかと、ビアンカはぼんやりと考えていた。
ビアンカを見つめるハルの表情は、酷く辛そうで申し訳なさそうで――。
そんな顔をしないでほしい――とビアンカは思い、口を開こうとするが――また激しく咳込むことで、ビアンカの口から真っ赤な血が溢れ出す。
ビアンカの顔色からは血の気が失せ――、もう長くは持たないであろうことをハルに悟らせる。
(ビアンカ……。俺は――、お前を死なせるわけにはいかない……)
ハルは心中で考え――、その赤茶色の瞳に一つの決断の色を見せた。
「――ビアンカ、ごめんな……」
不意にハルの口にした謝罪の言葉に、ビアンカは不思議そうな表情を見せる。
「――俺……、これからお前に取り返しのつかない酷いことをする……」
ハルは言いながら、常に左手に嵌め――、ビアンカに外している様を見せたことのない革のグローブを外した。
ビアンカがぼやけ始めた視界で目にしたのは、ハルの左手の甲に刻まれている禍々しさを感じさせる赤黒い痣だった。
まるで――、死神が鎌を抱きかかえているように見える紋様を象った痣。
(――ハルが……、ずっと隠してきたのは、その痣だったのね……)
ハルが頑なに革のグローブで隠し、触れられることを嫌っていた左手の理由。
以前、ハルに理由を聞いたビアンカに対して、『昔に火傷を負って、酷い傷があるんだ』――と嘘をついてまで隠そうとしていたものの正体を初めて目にし、ビアンカは思う。
(ハルってば……本当に、隠し事ばっかりなんだから……)
そうビアンカは心中で、今までのハルに対して思いを巡らせる。
「――“喰神の烙印”よ、後生だ……」
ハルは呟き――、その痣の刻まれた左手をビアンカの左手の甲に触れさせる。
「……俺の魂をお前にくれてやるっ!!」
ハルは決意に満ちた眼差しで、ビアンカを見つめる。
ビアンカを見つめるハルは――、申し訳なさげにしつつも、微かな笑みを浮かべていた。
――絶対に助けてやるからな……。
ハルの優しげな眼差しが、ビアンカに物語る。
「――だから……、新しい宿主として、ビアンカを選べっ!!」
意を決したような声音でハルは叫ぶように言葉を綴った。
ハルの叫びに呼応するかのように、ハルの左手の甲に刻まれた痣が光を放ち始める。
そうして――、辺り一面の視界を真っ白く染めていった。
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