死ニ至ル呪イ~望郷の想い出~

那周 ノン

文字の大きさ
56 / 92
第十一章【受け継がれしもの】

第五十六節 呪いの手向け

しおりを挟む
「――六百年以上もの間、一人の人間に宿り続けていたのはお前が初めてだ……」

 辺り一面真っ白な世界の中――、ハルの目の前に漂いうごめく、黒いもやのような影が言葉を零す。

 ハルに語り掛けてくる黒い影の綴る声は――、男とも女とも、大人とも子供とも認識できない不思議なものだった。

 そうして、その黒い影を見つめ――、ハルは気が付く。

(――ああ、こいつが“喰神くいがみの烙印”の呪いの実態だ……)

 うごめきを見せ、形を成していないもやのような印象を受けた黒い影は――、ハルが良く見知った姿をしていたのだった。

 ハルの左手の甲に刻まれる赤黒い痣――。
 まるで死神が鎌を抱きかかえているような、禍々しい印象を見る者に与える“喰神くいがみの烙印”と同じ姿――、その姿を黒い影は形作っていた。

 ハルが黒い影を見据えていると――、影は徐々に形を成し、今度はハルを模した姿へと身を変えていった。

 鏡合わせのように向かい合い、対峙する赤茶色の髪の少年――ハル。
 だが、片方の――“喰神の烙印”の呪いがハルを模した存在である者の瞳だけは、赤茶色の瞳を持つ本物のハルと違い――、深い闇をその双眸そうぼうに宿していた。

(――悪趣味な奴だな、こいつは……)

 ハルは、“喰神くいがみの烙印”の呪いが先ほどはビアンカを模し――、次には自分自身を模した姿を取ったことに険悪感を抱く。

 ハルの抱いた険悪感。それをハルの姿を模した呪いは察したのか、ニッといとわしい笑みを見せた。

「“始祖”の大半は大抵が百年を生き続けた辺りで気が狂うか、永きを生き続けることに嫌気がさし、無理矢理継承の儀を行っていた――」

 ハルを模した呪いは、ハルと同じ声で語る。

 ハルは――“喰神くいがみの烙印”の呪いに“始祖”と呼ばれ、肩を震わせ反応を示した。


 “始祖”――、それは“喰神くいがみの烙印”を継承し、その呪いを伝承する隠れ里の里長という立場の存在が呼ばれる名称であった。

 “喰神くいがみの烙印”を継承し、“始祖”となった者は真の呪いの力と共に――、決して老い衰えることなく死ぬことのない、不老不死の身体を持つに至る。
 そして、その“始祖”の持つ呪いの加護を受け、“喰神くいがみの烙印”を伝承する一族は“眷属”と呼ばれる、不老長寿の特異な寿命を持つ存在となるのだった。


「――六百年に渡り、継承の儀を行わず。お前は気が狂うこともなく、永きを生き続けた。大したものだ……」

 ハルを模した呪いは、心底感心した声音で言葉を紡いでいく。

 だが――、ハルはその言葉に対して、かぶりを振った。

「買いかぶりすぎだ。俺は反対に里長である“始祖”の立場を捨てて逃げ出した。窮屈な鳥籠のような生活が嫌になって――」

 そこでハルは、何かを思い出したように言葉を切った。

「……いや、違うな」

 “喰神くいがみの烙印”を伝承する隠れ里の里長である“始祖”としてあがめ奉られ、里の民たちを守る責務や重責――、何をするにも自由のなかった生活。
 その生活を思い返し、それらに嫌気がささなかったかと言えば、ハルにとっては嘘になる。

 しかし――。

「――俺は……、幼い頃の約束を、守りたかったんだ……」

 ハルは――、小さく呟いた。


 “喰神くいがみの烙印”を継承し、“始祖”となるよりも前――。
 まだ何も知らない幼い子供だった頃に交わした――、名も知らない女性との約束。

 隠れ里近くの森で道に迷い、魔物に襲われかけていた幼いハルを助け、命を救ってくれた一人の女性――。
 亜麻色の長い髪をなびかせ、深い愁いを帯びた翡翠色の瞳を持った女性――。

 ――『俺、大きくなって里を出られるようになったら、お姉ちゃんに逢いに行くよ』

 それは――、幼いハルが、命の恩人である女性と交わした約束だった。
 女性は、幼いハルの発した約束の言葉に悲しげにしつつも微笑み、再会の約束をしてくれたことを――、ハルは懐かしそうにして思い出す。

(――あれは、。どういう成り行きだったのかはわからないけれど……、あいつは、俺を救ってくれたんだ……)

 ハルの命の恩人である女性が、ハルの知るビアンカであるという――。
 ただ、ハルには――、徐々に成長していくビアンカを目にしていて、直感的に感じるものがあったのだった。


「その再会の約束を果たし、己の役目は終えた――、とお前は言うのか?」

 ハルの身に宿っていた故に、ハルの想いを知っている“喰神くいがみの烙印”の呪いは、ハルに静かに問う。

「――違うっ! 俺は……、ビアンカを助けたいだけだっ!!」

「それが――、あの娘を、お前と同じように永久とわに生き続ける存在にするとしても……?」

 今や死の淵に立たされているビアンカ――。

 ――ビアンカを助けたい……。

 その思いだけでハルの取った所業に対して、ハルの姿を模した呪いは疑問を口にする。

「酷く残酷なことをするということは……、わかっている。だけれど、俺はビアンカに生き延びていてほしい――っ!!」

 “喰神くいがみの烙印”の呪いが問う疑問に――、ハルは力強い声音で決断の言葉を発したのだった。

 ハルの発した言葉を聞き、ハルの姿を模した呪いは――、深い闇を湛えた瞳を細める。

「永きに渡り、共に過ごしたお前に手向けをやろう……」

「は……?」

 不意に“喰神くいがみの烙印”の呪いが口にした『手向け』――という言葉に、ハルは怪訝な表情を浮かべる。

「お前は……、として私に差し出してきた……」

 “喰神くいがみの烙印”の継承――。
 継承の儀は、本来であれば“喰神くいがみの烙印”を伝承する隠れ里でひっそりと行われ、伝承の一族である“眷属”の誰かの魂を代償として生贄に選び、行われるもの――。

 だがしかし、ハルとビアンカが逃げ延びたあの場に、生贄として捧げられる魂は存在しなかった。
 それ故に――、ハルは、“喰神くいがみの烙印”へ差し出していたのだった。

「――手向けとして、お前の魂……。それを、お前の愛するあの娘に初めに喰わせてやろう……」

 ハルを模した呪いは、悪戯げにニヤッと笑った。

 ――ビアンカの……、初めて喰らう魂になれる……?

 ハルは“喰神くいがみの烙印”の呪いから発せられた提案を聞き、それも悪くないな――と思う。

(――これから永遠に生きる不老不死の呪いを受けるビアンカの……、“初めて喰らう相手”になって……、一緒にいられるようになれるのなら、それも悪くない……)

 ハルはそこまで考え、フッと気付く。
 自分自身が何とも言えない、恐ろしく残酷な思考に至っていたことに。

「やっぱり俺も……、永きを生き続けて――、考え方が狂っているな……」

 ハルは己を卑下ひげし、呟くのだった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

欠席魔の公爵令嬢、冤罪断罪も欠席す 〜メイリーン戦記〜

水戸直樹
ファンタジー
王太子との婚約――それは、彼に恋したからでも、権力のためでもなかった。 魔王乱立の時代。 王も公爵も外征に出ている王都で、公爵令嬢メイリーンは“地味な婚約者”として王城に現れる。 だが、王太子は初顔合わせに現れなかった。 にもかかわらず、記録に残ったのは「公爵令嬢の欠席」。 抗議はしない。 訂正もしない。 ただ一つ、欠席という事実だけを積み上げていく。 ――それが、誰にとっての不合格なのか。 まだ、誰も気づいていない。 欠席から始まる、静かなるファンタジー戦記。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

~春の国~片足の不自由な王妃様

クラゲ散歩
恋愛
春の暖かい陽気の中。色鮮やかな花が咲き乱れ。蝶が二人を祝福してるように。 春の国の王太子ジーク=スノーフレーク=スプリング(22)と侯爵令嬢ローズマリー=ローバー(18)が、丘の上にある小さな教会で愛を誓い。女神の祝福を受け夫婦になった。 街中を馬車で移動中。二人はずっと笑顔だった。 それを見た者は、相思相愛だと思っただろう。 しかし〜ここまでくるまでに、王太子が裏で動いていたのを知っているのはごくわずか。 花嫁は〜その笑顔の下でなにを思っているのだろうか??

処理中です...