ウンメイのツガイ探し 〜相性100%なのに第一印象が最悪でした〜

陽凪 優子

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5話

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 新に連れ来られたのは東京の都心にある大学病院。その5階にオメガ専門病棟がある。オメガが受診する病院だけあり、出入り口にも配慮がなされていて、アルファ専門の出入り口とオメガ専門の出入り口とでわかれている。
 この病棟は完全予約制であり、新が葵の気が変わらないうちにと治療に了承した日に早々と予約していたため、予想よりもはやく受診することができた。
 名前を呼ばれ、誘導された部屋。白い引き戸を開けると病室の中も真っ白だった。
 その部屋には清潔感がある白い白衣を着た医師が一人。医師の髪は肩甲骨までの長さで艶のある栗色。たれ目気味の眼は髪と同じ栗色である。顎の下には黒子が一つあり、その黒子が色っぽい。スラリとした細身の体型で大人の色気がある女性。
 葵はその女の人に見覚えがあった。以前新とランチをしていた女性だ。
 電子カルテが映し出されているパソコンから、女医は葵に目を移す。
「こんにちは。一ノ瀬葵くん」
 女性は葵に向かい微笑む。白衣に付いているネームプレートを見ると山田と書いてある。この人がオメガ疾患の最先端治療の第一人者である天才医師、山田望。雑誌でしか見たことがないが、やはり実物も綺麗な人だ。
「君が無発情病なのは新から聞いてる。治療を受ける気になってくれて嬉しいよ」
 新、と山田は言った。名前呼びするほどの仲なのか。もしかして、元カノとかそんな感じなのかな、と葵の中でもやもやが広がる。
「一ノ瀬は思っていることがすぐに顔に出るな」
「へ?」
「安心しろ。私はその男とは恋愛関係になったことは一度もない。むしろそいつよりガマガエルとキスしたほうがマシなくらいだ」
「ガマガエルと僕を比べるなら僕だろ」
「いやガマガエルのほうがマシだ」
 ちょっと変わった人だなと思った。山田は新の大学時代からの友人らしい。新とは今でも交流のある友人の一人であり、友人以外の感情をお互い持ったことがないと聞かされ、胸のモヤモヤがとれた。
「まず、治療を受ける前に無発情病について説明しよう」
 山田は分厚い本を取り出すとあらかじめ付箋が挟まっているページを開いた。そこには無発情病と記載されていた。
「無発情病は脳の疾患だ。遺伝もあるが、一番の誘因は幼児期から思春期の成長発達段階で強烈なストレスを感じたことが引き金で発症する症例が多い。なにか心当たりはあるか?」
「あります」
「そうか。詳細は後で聞こう。ちなみに無発情病は脳からのホルモン放出命令が滞っている状態で、生殖器には問題はない。その他の命に関わるような合併症を引き起こすリスクは極めて低いことがわかっている」
 山田は事前に検査をした葵の血液検査データを見せた。血液検査データの横には正常値のデータと比較できるようにわかりやすく記載されている。
「これは一ノ瀬と正常なオメガの血液検査データを比較したものだ」
 ここの数値を見てくれ、と言い山田はある数値が書かれている項目を指差した。山田が指差した数値は正常値よりも低く逸脱しており、数字の横にはLの文字が記載されている。
「ここの数値が低い?」
「そう。これはフェロモンを出すホルモンが出せない、いわば脳からホルモンを放出するホルモンを刺激するホルモンが出ていない状態だ」
 葵の頭にはクエスチョンマークがいっぱい浮かぶ。ホルモンを出すホルモンが刺激されないとホルモンが出ないホルモン……?
 ホルモンばかりで頭がこんがらがりそうになる。
「わかりやすく言うと、そのホルモンが出たら無発情病は治るということだ」
「最初っからそう言えよ」
 新も山田の説明が理解できなかったようで苛ついた口調で言った。
「いいか、一ノ瀬。無発情病ってのは、生理不順みたいなものだ。治療をしてホルモンが正常に分泌されればヒートは来る。そうすれば子供も産めるようになるし普通のオメガになれるよ」
 普通のオメガになれる。その言葉を聞き、葵は大きく目を見開く。嬉しさでじわりと涙の膜が張り、溜まった涙の一粒が頬を伝いポロリと落ちた。
「治るの?」
「治るよ。ちゃんと治療すればね」
 山田は安心させるように葵に向かい微笑んだ。嬉しさで泣く葵を新は宥めるように肩を抱き寄せた。
「はやく治してよ。僕ははやく葵と番になりたいんだから」
「風邪じゃないんだから、そんな簡単に治るわけないだろう。検査データをみながら薬物の調合や種類を毎回微妙に変えないといけないから難しいんだよ。一度の薬の飲み忘れで状態が逆戻りしたり、薬の効果が薄れる可能性もゼロじゃないんだ。私だけじゃなくて一ノ瀬自身の協力も必要なんだよ」
 正確な薬物投与管理が無発情病の治療には欠かせず、一度の投与量のミスや時間のズレで順調に治癒できるかが決まるらしい。とても難しくまだ日本では山田しかできる医師はおらず、正式な認可されていない治療法。アメリカでは最近認可されている治療であり、治療成功例は数例ある。アメリカに住む無発情病の日本人オメガでも治療を行った例があり、その日本人も治癒している。そのため効果は期待できると山田は言う。
「根気強い治療が必要だ。正直治癒までにはどのくらいかかるかは人それぞれなんだ。数ヶ月で治る人もいれば何年もかかる人もいる。副作用で突発的にヒートが出くる例もある。それでもするか?」
「うん。やる」
 山田はある書類を手渡した。そこには治療方法や治療に伴い副作用が出る可能性が記載されていた。葵は一通り読むと山田が用意した書類に同意し、迷うことなく名前を書いた。
「確かに受け取ったよ。大変だけど頑張って治そう」
「うん」
 隣にいる新に目を向けると新も嬉しそうに微笑んでいた。しばらくお互いの顔を見ながら微笑みあっているとコホン、と咳払いがした。
「ラブラブなところすまないな」
「悪いと思ってるなら邪魔しないでよ」
「先生、そんな言い方ダメだよ」
「いいんだ。こいつとは腐れ縁みたいなもんだから、なに言ったって傷つきやしないさ」
「酷い言われようだな。愛しのオメガが無発情病だから治してくれって泣きついてきたくせに」
「別に泣きついてないですー」
 新は山田に向かいべーっと舌を出した。
「そういうところ、昔と変わってないな。お前、精神年齢20歳で止まってるんじゃないか?」
 正常に発達しているか検査して脳の状態を見てやろう。余計なお世話だ。お前の脳など言語野だけ発達して、あとは空だろ。なんだと、調子に乗りやがって! と口喧嘩が始まる。その会話を聞きながら葵はクスクスと笑う。
「葵、なに笑ってんの?」
「仲良いなと思って」
「どこがだよ」
 新は態とらしくウゲェと言いながら顔を引きつらせた。
「それにしても驚いたよ。新が番ね。まあ、昔から運命の番がどうのこうのって夢見てたからおめでたい頭の持ち主だとは思っていたが、まさか本当に見つけてくるとは驚いたよ」
「お前そんなこと思ってたのかよ」
「しかも、こんなまともでいい子を連れてくるとは思ってもみなかった」
 どこが良かったんだ? 顔と金か? と態とらしく人差し指と中指で輪っかを作る山田に新は苛ついた声でオイと言う。
「冗談だよ。お互いどこかで惹かれあったんだろう。運命の番なんて、意図して出会うものじゃないし、その出会いのほとんどが偶然なんだから」
 運命の番が出会う確率など0.01%しかない。たまたま出会い、偶然に偶然が重なり合い新の元へ辿り着いた。
 普通のオメガではない自分に運命の番がいるとわかったとき、絶望感しかなかった。一生誰とも番う気もなく、一人で生きて行こうと決めていたのに、新の一途なアプローチに負けて折れてしまった。
 後悔してない? 本当に俺でいいの? と未だに自分なんかで良かったのかと問いたくなる。不安になるのは一瞬だけ。好きだの愛してるだの口からは砂糖よりも甘い言葉をはき、毎回全力で愛情をぶつけてくる新。葵がそばにいるだけで幸せそうに表情筋を緩める新にそんな質問するのは馬鹿らしいなと思った。
 病院から帰ったあと、無償に新に触れたくなり居間で寛いでいる新の横にちょこんと座る。こてんと肩に頭を擦りつける。伸びてきた大きな手が葵の髪に触れてわしゃわしゃと撫でる。
 撫でられている手が気持ちよくて、日向ぼっこをしている猫のように目を細める。葵が本物の猫ならゴロゴロと喉を鳴らしているに違いない。
「そんな可愛いことしてどうしたの?」
「なんとなく」
「なんとなくで可愛いことするんだ」
「いいだろ別に」
 撫でられていた手が後頭部に回された。なんとなくその雰囲気を察し、葵は薄らと目を閉じる。新の顔が近づいてきて葵の唇に触れる。ちゅっ、と可愛らしいキスをした後、今度ははむはむと唇を挟まれる。お互いの唇の柔らかさが堪能できるから気持ちいいのだが、やはり慣れていないせいか恥ずかしい。
 いつもならここでキスは終わるのに今日の新はなんだかねちっこい。そろそろ息も苦しくなってきた。葵が息を吸うために薄らと口を開くと、そこから新の舌がそろりと侵入してきた。縮こまる舌を新の舌が引っ張り出して、強引に絡め取られる。
 無防備な舌を新は唇で挟んだり、吸ったり、絡ませたり、お互いの舌の生温かいまで伝わる。
「ん……ンぅ…っ…んっ…」
 まるで唇を食べられているかのような感覚。頭の中がとろとろに蕩けそうだ。唇が離された時には葵は力が抜けてふにゃふにゃになっていた。
 これが大人のキスというやつか。自分が新にするような唇を軽くくっつけるだけの子供じみただけのものとは大違いである。
 新は葵の首元に唇を寄せる。もしかして、それ以上のことをするのではないだろうか。まだ心の準備ができていない。
「もしかして、エッチなことされると思った?」
「うん」
「しないよ。そういうのはちゃんと段階を踏んでしたいし、初めてエッチするのは葵と番になる日って決めてるから」
 意外と辛抱強い。すぐ手を出されると思っていたのに、キスだって葵から仕掛けなかったらいつまでもしないつもりだったのだろう。そういうところも新の好きなところの一つでもある。
「葵、大好き」
 新はチョーカーの上から項にキスをした。
「はやくここに僕の噛み痕を残したい」
 がじがじとチョーカーの上から項を噛む。チョーカーがあるから噛めず、歯と金属音が重なり合う音がする。
「葵のフェロモンはどんな匂いがするのかな。楽しみ」
 新は葵を抱きしめながら、首元に顔を埋めくんくんと匂いを嗅ぐ。
「あんまり匂い嗅ぐなよ。恥ずかしいだろ」
「もうちょっとだけ」
 190cmの大男に抱きつかれて首筋の匂い嗅がれるとかどんな羞恥プレイだよ、と内心ボヤキながらも新が楽しみにしてくれていることが嬉しかったりもする。
「番になったらなにしたい?」
「うーん。とくにないな。先生は?」
「僕もないかな。葵とまったりしたい」
「いつもと変わらないじゃん」
「変わらないね」
 お互い顔を見合わせて笑う。こののほほんとした雰囲気が好き。爺ちゃんが残してくれた家で好きな人と暮らせたら、もう言うことなんてない。
 この病気が治って治癒するなど今まで考えたこともなかった。一生この病気と向き合って生きて行くんだと思ってた。それが新と出会って変わったのだ。この身など全て新に捧げてもいい。そのくらい新には感謝している。
 唯一我がままを言うなら、新に家族を作ってあげたい。それは治療次第で妊娠できるようになるのはいつになるかわからない。
 人間一つ願いが叶えば次から次へと欲が出るもの。妊娠するなど夢のまた夢だ。まずは目の前の治療に専念しよう、と葵は思った。
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