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エレノアはどうも鈍感なようだ。初めて匂いの上書きをしたあの日から四ヶ月経つが、幾度となく同じ匂いを纏って来る。都度マグラが打ち消しているのだが何が悪いのか気付く様子がない。
そしていよいよ許しがたい事態になった。これまでは衣類の上からの接触で済んでいたようだったのに、今日は肌――それも顔に直接触れたと思われる匂いが残っている。夕刻にまで消えず残るような行為を許すなんて、と思わず舌打ちが漏れてしまった。
エレノアの持つ独特の香りをゆっくり味わうこともなく詰所を後にしたのは夜勤当番だったからだ。夜に強いマグラは夜勤が性に合っているが、日中勤務のエレノアとは出勤時に会えばそれまでで、昼勤のように彼女の気配を探ることも叶わない。
渋々警らを行うマグラだったが、エレノアの頬に接触した誰かを想像して、そいつを如何ようにしてやろうかと考えていれば時間の経過はあっという間だった。すっかり昇った朝日に目を細めて詰所に向かう。そこに待ち受けていたのはマグラに衝撃をもたらす一日の開幕を告げる、事件の一報だった。
「行商団だと裏は取れてるんですか?」
「リンゼイ領の目撃証言は王都から買い付けに出ていた商人によるものだ。行商団がこちらで懇意にしている商会に問い合わせたら六名という人数も人相も合致している。今のところ、商会には顔は出していないらしい。ブツを換金するために動きを見せるだろうからいくつか要所を押さえたい」
詰所に戻ったマグラを出迎えたのはルークと支部長の真剣な話し合いの場だった。出勤したての団員だけでなく、警らを終えたばかりの夜勤組たちも彼らの話に耳を傾けている。
「窃盗事件の犯行団が王都で目撃されている。根無し草の行商団で、交渉中に売り物と見せかけた剣で相手を斬り付けて金品を強奪している。換金所や商会を張り込みつつ、街中の捜索も進めたい。すまないが協力出来る者は頼む」
最後の一言は夜勤組に向けられた言葉だ。もちろん、マグラにも異論はない。
支部長指揮の元、通常警ら組と張り込み組、捜索組とに分かれ、皆が街に散っていく。当然のように捜索に割り当てられたマグラも眩い陽射しの下へ繰り出した。仲間の気配を探りながら死角になりそうな場所へと、音もなくするすると。
警戒態勢を解かずに周囲を探ってどれだけ時間が過ぎただろうか。
人目につかないように葉の茂った大木に登り、頭の三角耳で周辺の音を拾っていたとき、信じられない言葉が耳に飛び込んできた。
「……ので、逆に私も甘えてしまって」
声の持ち主は言わずもがな、そんな彼女と会話しているのはルークのようだ。即座に耳と尾を仕舞うと大木から飛び降りて声を捉えた方角へと向かう。二人のいる場所はそう遠くもなく、ルークの広い背中はすぐに見つかった。
「あっ」
間違いなくエレノアはマグラの姿を見て声を発した。そんなエレノアを見てマグラも驚いた。
いつもは後頭部で一纏めにされている髪が今日は下ろされている。手入れのされた金髪は陽光にキラキラと反射して視界を明るく照らしてくる。キュッと結ばれた髪は尻尾のようでマグラのお気に入りだったが、この髪型もよく似合っている。
いつもより濃く漂う甘い香りに誘われるように足を進めていたが、途中で異物に気付いた。あの癪に障る匂いだ。その匂いの発生源がエレノアの身体に見え隠れしている。
(こいつがそうなのか……)
ようやく出会えた忌まわしい敵がどんな奴なのか、観察は怠らない。エレノアは気安く傍らの影に呼び掛けた。
「アデル、こちらもお仕事仲間のマグラさんよ」
「……こんにちは」
そう言った小さな影は一層エレノアにしがみつく様を見せたが、マグラは怒りを抱くよりも別のことに気を取られた。間近で見ると一層輝きを放つ赤味の金髪。それと同じ色を小さな影も持っていた。
「……似ているな」
「えっ?」
「それと」
「それ?」
きょろきょろと周囲を窺うエレノアの向こう、彼女の腕にしがみついてこちらを覗き見ている曇りのない瞳。
「髪と、目と、顔が似ている」
「あ、弟とですか?」
「弟?」
「はい、弟のアデルです」
こくりと頷き、しがみつく子供の手を撫でるその動きがとても優しい。
「血の繋がらない?」
「いえ、繋がっています。似ていると仰ったじゃないですか」
偽りを述べている様子はない。だとすれば彼女の話は真実で、この小さいのはエレノアの血の繋がった弟。過去に躍起になって打ち消してきた匂いの持ち主は弟。
安堵とも羞恥とも嫉妬ともつかない複雑な思いで「弟か」と独り言ちてしまう。
アデルと呼ばれた少年はこちらを見つめていたかと思えば、我に返ったようにグイグイと姉の腕を引き始めた。それに応えるように身を屈めて互いの顔を近付けるエレノア。姉の肩に手を置いて耳打ちする様子に、弟の匂いがどのようにして付いたのか合点がいった。
内緒話のつもりで話しているようだが獣人の聴覚を持たずとも、その声は筒抜けになっている。姉弟のやり取りを図らずとも聞き取ってしまったマグラは新たな衝撃を受けた。
「どうしたの?」
「姉さま、焼き菓子を買いたいです。今日はマルカスのお誕生日なんです」
(姉さまってなんだ)
舌っ足らずにエレノアを呼んだアデルのその一言。
マグラの身近な獣人たちは名前を呼び捨てたり、よくてせいぜい「姉貴」呼びだった。エンフォ地方で暮らしていて「姉さま」なんて聞いたら随分とお上品な、と笑っていたかもしれないが、エレノアにはその呼称はピッタリだと思った。
弟のお願いに姉弟はそのまま買い物に行く素振りを見せたが、ルークが即座に引き止める。
「待ってくれ、エレノア。伝えておきたいことがある」
「はい、何でしょう?」
「今朝入った情報だがリンゼイ領で窃盗に関わったとされる行商団の連中が王都で目撃されている。ただの物盗りじゃなく、重傷者も出た物騒なやつだ。不審な者には近寄らず、極力人通りの少ない場所は避けてくれ」
そうだ、今は犯罪者集団を追っている。抱え込んでいるものが窃盗品ならば、おそらく潜伏するよりも早々に動き出すことを選ぶに違いない。となれば今の城下はけして安全とは言い切れない。ルークの話に驚愕したエレノアはすぐさま表情を引き締めて早く帰宅すると約束した。
「ルークさんもどうかお気を付けて。マグラさんも夜勤明けですから無理なさらないで下さい」
見つめるエレノアは心配げな面持ちだ。マグラの勤務状況を把握して労いの言葉まで掛けてくるとは。
(無理なわけないだろう!)
フン!と鼻息荒く、意気込みを語った。心の中で。
エレノアが嫋やかに小首を傾げて微笑んでくれたので益々やる気は上を向く。
ルークにお勧めの店を教えられると「ありがとうございます」と言い置いて、弟を腕にへばり付けたまま立ち去ろうとした。その後ろ姿にマグラの眉根が歪む。
また彼女は弟の匂いを振り撒いて歩くつもりらしい。
もしどこかで獣人と出くわしでもしてみろ。すぐ隣の幼い弟の匂いだけでは何の虫除けにもなりはしないのに。
そもそも弟のものだっていらない。マグラだけで十分なのだ。
(一度言い聞かせる必要があるな)
任務中なので今は仕方がない。次の機会にじっくりわからせるつもりで、けれども必要最低限のマーキングは忘れずに行う。いつもの調子だとアデルが転んでしまいそうなので触れる程度に擦り付けた。エレノアの香りを間近で堪能出来る一番好きな瞬間だ。
「鈍い」
「えっ」
一言忠告だけするとポカンと気の抜けた表情を覗かせた。仕事中よりも幼く見えるその顔に後ろ髪が引かれる思いだったが、任務を遂行するために急ぎ足でその場を去る。
後方で「……そちらが避ければいいじゃない」などとぼやいているエレノアはやっぱり鈍感だと思った。
「でもまぁ弟で良かったな」
後ろから追い掛けて来たルークはそんなことを言うが、ちっとも良くないので無視しておいた。
「マグラはどの辺りにいたんだ?」
「向こうの木の上。警らの死角になりそうなところで気配を探ってた」
残念ながら目ぼしい進展はなく、しかし期せずしてエレノアに関する情報は獲得したわけだが。
隣に並んで歩くルークが囁く。
「人混みに紛れ込むかと思って店通りを見て回ったが収穫なしだ」
「単独では動かないと思う。何人かでまとまっている気がする」
「悪目立ちしないか? 一人見つかりゃ側に仲間がいるってことだろ?」
「裏を返せば一人が上手くやれば仲間も成功だ。この時間まで商会や換金所に顔を出していないなら追われていることには気付いてる」
「手っ取り早くどうにかしたくて焦ってるってことか」
マグラが首肯するとルークは思案顔で唸った。
「だとすると益々わかんねぇな。ある程度の人数で固まりつつも目立たずに動く、なぁ」
はたして動いているのだろうか。
容疑者の屋敷には聞き込みも張り込みも入っているので戻れるわけはなく、顔が知られた連中なら日中に大っぴらに歩き回れない。潜伏するにしても王都城下の土地建物はしっかりと管理されているはずだ。
「王都の目撃情報も顔見知りの商人からだったか?」
「ああ、支部長の話ではそうだ」
「警護団に話を通す前に商人たちは事件を知ってたのか」
「商売ってのは信用第一だからな、自分たちに火の粉がかからないように徹底したんだろう。王都で店を構えてる商人からすりゃ、根無し草の犯罪者なんて同業でも庇う意味がない」
ならば、どこかに匿われている可能性も低いと思われる。
小声で話し合っているうちに、気付けば先程まで身を潜めていた大木の下にいた。互いに意見を交換して捜索を再開することにした。
「俺はここで周辺を探る」
そう伝えて跳ねるように幹を登る。マグラが獣人の特徴を露わにするとルークは小声のまま続けた。
「何かあったら呼んでくれ」
耳を済ませつつ、頷いて返事をしたそのときだった。
「アデル!!」
聞き違うことのない声が愛弟の名を叫んだ。
ピンと立った耳がそちらを向いて音を拾う。
複数の足音、車輪の軋み、呻き声、怒声。
「ルーク待て!」
登ったばかりの木から即座に飛び降り、次の瞬間には駆け出していた。
「西の方向、馬車の止まる開けた場所だ! エレノアが襲われた!」
「何だって!?」
灰地に黒の縞を描いた尾が風に靡く。
その背後にルークの声はもう届かなかった。
そしていよいよ許しがたい事態になった。これまでは衣類の上からの接触で済んでいたようだったのに、今日は肌――それも顔に直接触れたと思われる匂いが残っている。夕刻にまで消えず残るような行為を許すなんて、と思わず舌打ちが漏れてしまった。
エレノアの持つ独特の香りをゆっくり味わうこともなく詰所を後にしたのは夜勤当番だったからだ。夜に強いマグラは夜勤が性に合っているが、日中勤務のエレノアとは出勤時に会えばそれまでで、昼勤のように彼女の気配を探ることも叶わない。
渋々警らを行うマグラだったが、エレノアの頬に接触した誰かを想像して、そいつを如何ようにしてやろうかと考えていれば時間の経過はあっという間だった。すっかり昇った朝日に目を細めて詰所に向かう。そこに待ち受けていたのはマグラに衝撃をもたらす一日の開幕を告げる、事件の一報だった。
「行商団だと裏は取れてるんですか?」
「リンゼイ領の目撃証言は王都から買い付けに出ていた商人によるものだ。行商団がこちらで懇意にしている商会に問い合わせたら六名という人数も人相も合致している。今のところ、商会には顔は出していないらしい。ブツを換金するために動きを見せるだろうからいくつか要所を押さえたい」
詰所に戻ったマグラを出迎えたのはルークと支部長の真剣な話し合いの場だった。出勤したての団員だけでなく、警らを終えたばかりの夜勤組たちも彼らの話に耳を傾けている。
「窃盗事件の犯行団が王都で目撃されている。根無し草の行商団で、交渉中に売り物と見せかけた剣で相手を斬り付けて金品を強奪している。換金所や商会を張り込みつつ、街中の捜索も進めたい。すまないが協力出来る者は頼む」
最後の一言は夜勤組に向けられた言葉だ。もちろん、マグラにも異論はない。
支部長指揮の元、通常警ら組と張り込み組、捜索組とに分かれ、皆が街に散っていく。当然のように捜索に割り当てられたマグラも眩い陽射しの下へ繰り出した。仲間の気配を探りながら死角になりそうな場所へと、音もなくするすると。
警戒態勢を解かずに周囲を探ってどれだけ時間が過ぎただろうか。
人目につかないように葉の茂った大木に登り、頭の三角耳で周辺の音を拾っていたとき、信じられない言葉が耳に飛び込んできた。
「……ので、逆に私も甘えてしまって」
声の持ち主は言わずもがな、そんな彼女と会話しているのはルークのようだ。即座に耳と尾を仕舞うと大木から飛び降りて声を捉えた方角へと向かう。二人のいる場所はそう遠くもなく、ルークの広い背中はすぐに見つかった。
「あっ」
間違いなくエレノアはマグラの姿を見て声を発した。そんなエレノアを見てマグラも驚いた。
いつもは後頭部で一纏めにされている髪が今日は下ろされている。手入れのされた金髪は陽光にキラキラと反射して視界を明るく照らしてくる。キュッと結ばれた髪は尻尾のようでマグラのお気に入りだったが、この髪型もよく似合っている。
いつもより濃く漂う甘い香りに誘われるように足を進めていたが、途中で異物に気付いた。あの癪に障る匂いだ。その匂いの発生源がエレノアの身体に見え隠れしている。
(こいつがそうなのか……)
ようやく出会えた忌まわしい敵がどんな奴なのか、観察は怠らない。エレノアは気安く傍らの影に呼び掛けた。
「アデル、こちらもお仕事仲間のマグラさんよ」
「……こんにちは」
そう言った小さな影は一層エレノアにしがみつく様を見せたが、マグラは怒りを抱くよりも別のことに気を取られた。間近で見ると一層輝きを放つ赤味の金髪。それと同じ色を小さな影も持っていた。
「……似ているな」
「えっ?」
「それと」
「それ?」
きょろきょろと周囲を窺うエレノアの向こう、彼女の腕にしがみついてこちらを覗き見ている曇りのない瞳。
「髪と、目と、顔が似ている」
「あ、弟とですか?」
「弟?」
「はい、弟のアデルです」
こくりと頷き、しがみつく子供の手を撫でるその動きがとても優しい。
「血の繋がらない?」
「いえ、繋がっています。似ていると仰ったじゃないですか」
偽りを述べている様子はない。だとすれば彼女の話は真実で、この小さいのはエレノアの血の繋がった弟。過去に躍起になって打ち消してきた匂いの持ち主は弟。
安堵とも羞恥とも嫉妬ともつかない複雑な思いで「弟か」と独り言ちてしまう。
アデルと呼ばれた少年はこちらを見つめていたかと思えば、我に返ったようにグイグイと姉の腕を引き始めた。それに応えるように身を屈めて互いの顔を近付けるエレノア。姉の肩に手を置いて耳打ちする様子に、弟の匂いがどのようにして付いたのか合点がいった。
内緒話のつもりで話しているようだが獣人の聴覚を持たずとも、その声は筒抜けになっている。姉弟のやり取りを図らずとも聞き取ってしまったマグラは新たな衝撃を受けた。
「どうしたの?」
「姉さま、焼き菓子を買いたいです。今日はマルカスのお誕生日なんです」
(姉さまってなんだ)
舌っ足らずにエレノアを呼んだアデルのその一言。
マグラの身近な獣人たちは名前を呼び捨てたり、よくてせいぜい「姉貴」呼びだった。エンフォ地方で暮らしていて「姉さま」なんて聞いたら随分とお上品な、と笑っていたかもしれないが、エレノアにはその呼称はピッタリだと思った。
弟のお願いに姉弟はそのまま買い物に行く素振りを見せたが、ルークが即座に引き止める。
「待ってくれ、エレノア。伝えておきたいことがある」
「はい、何でしょう?」
「今朝入った情報だがリンゼイ領で窃盗に関わったとされる行商団の連中が王都で目撃されている。ただの物盗りじゃなく、重傷者も出た物騒なやつだ。不審な者には近寄らず、極力人通りの少ない場所は避けてくれ」
そうだ、今は犯罪者集団を追っている。抱え込んでいるものが窃盗品ならば、おそらく潜伏するよりも早々に動き出すことを選ぶに違いない。となれば今の城下はけして安全とは言い切れない。ルークの話に驚愕したエレノアはすぐさま表情を引き締めて早く帰宅すると約束した。
「ルークさんもどうかお気を付けて。マグラさんも夜勤明けですから無理なさらないで下さい」
見つめるエレノアは心配げな面持ちだ。マグラの勤務状況を把握して労いの言葉まで掛けてくるとは。
(無理なわけないだろう!)
フン!と鼻息荒く、意気込みを語った。心の中で。
エレノアが嫋やかに小首を傾げて微笑んでくれたので益々やる気は上を向く。
ルークにお勧めの店を教えられると「ありがとうございます」と言い置いて、弟を腕にへばり付けたまま立ち去ろうとした。その後ろ姿にマグラの眉根が歪む。
また彼女は弟の匂いを振り撒いて歩くつもりらしい。
もしどこかで獣人と出くわしでもしてみろ。すぐ隣の幼い弟の匂いだけでは何の虫除けにもなりはしないのに。
そもそも弟のものだっていらない。マグラだけで十分なのだ。
(一度言い聞かせる必要があるな)
任務中なので今は仕方がない。次の機会にじっくりわからせるつもりで、けれども必要最低限のマーキングは忘れずに行う。いつもの調子だとアデルが転んでしまいそうなので触れる程度に擦り付けた。エレノアの香りを間近で堪能出来る一番好きな瞬間だ。
「鈍い」
「えっ」
一言忠告だけするとポカンと気の抜けた表情を覗かせた。仕事中よりも幼く見えるその顔に後ろ髪が引かれる思いだったが、任務を遂行するために急ぎ足でその場を去る。
後方で「……そちらが避ければいいじゃない」などとぼやいているエレノアはやっぱり鈍感だと思った。
「でもまぁ弟で良かったな」
後ろから追い掛けて来たルークはそんなことを言うが、ちっとも良くないので無視しておいた。
「マグラはどの辺りにいたんだ?」
「向こうの木の上。警らの死角になりそうなところで気配を探ってた」
残念ながら目ぼしい進展はなく、しかし期せずしてエレノアに関する情報は獲得したわけだが。
隣に並んで歩くルークが囁く。
「人混みに紛れ込むかと思って店通りを見て回ったが収穫なしだ」
「単独では動かないと思う。何人かでまとまっている気がする」
「悪目立ちしないか? 一人見つかりゃ側に仲間がいるってことだろ?」
「裏を返せば一人が上手くやれば仲間も成功だ。この時間まで商会や換金所に顔を出していないなら追われていることには気付いてる」
「手っ取り早くどうにかしたくて焦ってるってことか」
マグラが首肯するとルークは思案顔で唸った。
「だとすると益々わかんねぇな。ある程度の人数で固まりつつも目立たずに動く、なぁ」
はたして動いているのだろうか。
容疑者の屋敷には聞き込みも張り込みも入っているので戻れるわけはなく、顔が知られた連中なら日中に大っぴらに歩き回れない。潜伏するにしても王都城下の土地建物はしっかりと管理されているはずだ。
「王都の目撃情報も顔見知りの商人からだったか?」
「ああ、支部長の話ではそうだ」
「警護団に話を通す前に商人たちは事件を知ってたのか」
「商売ってのは信用第一だからな、自分たちに火の粉がかからないように徹底したんだろう。王都で店を構えてる商人からすりゃ、根無し草の犯罪者なんて同業でも庇う意味がない」
ならば、どこかに匿われている可能性も低いと思われる。
小声で話し合っているうちに、気付けば先程まで身を潜めていた大木の下にいた。互いに意見を交換して捜索を再開することにした。
「俺はここで周辺を探る」
そう伝えて跳ねるように幹を登る。マグラが獣人の特徴を露わにするとルークは小声のまま続けた。
「何かあったら呼んでくれ」
耳を済ませつつ、頷いて返事をしたそのときだった。
「アデル!!」
聞き違うことのない声が愛弟の名を叫んだ。
ピンと立った耳がそちらを向いて音を拾う。
複数の足音、車輪の軋み、呻き声、怒声。
「ルーク待て!」
登ったばかりの木から即座に飛び降り、次の瞬間には駆け出していた。
「西の方向、馬車の止まる開けた場所だ! エレノアが襲われた!」
「何だって!?」
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