特別な人

鏡由良

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特別な人

特別な人 第3話

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「ねぇ虎君、僕ってかっこいい? それとも可愛い?」
「いきなりなんだよ」
「虎君が聞いたんでしょ? さっき笑ってた理由」
 突然の問いかけに虎君はコーヒーを飲む手を止めて苦笑いを浮かべながら僕を見る。驚いた顔は昔のまま。それにちょっと安心。
(やっぱり5年は大きいなぁ……)
 僕の母さんと虎君のお母さんは親友同士。だから物心つく前から僕は虎君の事を知っていて、虎君の事ならきっと誰よりも知ってると思ってる。
 でも、最近よく思う。他の人より虎君の事を知っているつもりだけど、でも、僕の知らない虎君もたくさんいる気がする。って。
 その理由は簡単で、離れてる年のせい。虎君は僕よりも5歳年上のお兄さん。僕が小学生になれた頃にはもう中学生で、やっと中学生になったと思ったら虎君は高校卒業間近。
 追いつきたくて頑張っても、年齢差は縮まらない。あと数ヶ月で中学を卒業して高校生になれるけど、僕が大学生になる前に虎君は大学を卒業してしまう。
 いつも僕よりも先に世界を広げる虎君。その度に羨ましいという気持ちと焦る気持ちが入り混じって苦しくなる。
 年を重ねるごとに虎君を遠くに感じる僕にとったら、こんな些細なやり取りが嬉しかったりする。
「ねぇ、僕ってどっち?」
「『どっち』って……、言ったら葵怒るから言わない」
「それ、答えてるのと一緒だよ?」
 ノーコメント。って笑う虎君に僕はつられて笑う。かっこいいか可愛いかの二択になると、まぁそうだよね。と。
「さっき気づいたんだけど、僕が『可愛い』って言われるのは絶対茂斗のせいだと思うんだよね」
「茂斗の? なんでまた」
 どうしてそんな結論に至ったのか分からないと笑う虎君に、僕は説明する。双子の片割れが『かっこいい』と騒がれるから、隣にいる僕は『かっこいい』と形容されないに違いない! って。
「葵は『かっこいい』って言われたいんだ?」
「! ち、ちがっ……、僕は普通だって言いたいだけだよ!」
 クスッて笑う虎君の視線は僕の心を見透かしてる気がする。でも僕はそうじゃないよって言い訳する。僕は何処にでもいる『平凡』な中学生だよ。って。
 必死に訴える僕に、虎君は薄く笑ったまま。その笑顔が僕の知らない虎君だから、落ち着かない。
「平凡、か……」
「な、何? 違う?」
「違うっていうか、……葵は本当、自分を分かってないなぁ」
 まぁそういうところが可愛いんだけど。
 そう言葉を続ける虎君。穏やかな笑みを浮かべて僕を見つめるその眼差しがいつも以上に優しくて、本当に落ち着かない。
「か、可愛くないよっ……」
「わかったわかった」
 僕は普通の中学生なんだから。
 落ち着かない心を隠すようにぶっきらぼうに言葉を返すも、虎君は変わらず穏やかな笑い顔で僕を見つめる。
「虎君っ……!」
「んー?」
 僕の言いたいこと分かってるでしょ?
 そう睨むも、きっと顔は真っ赤で迫力なんてないだろう。現に虎君はまだ笑ってる。
「僕は普通なのに……」
「わかったよ。葵は何処にでもいる普通の男子中学生です。……これでいい?」
 不貞腐れたら、僕の言葉を肯定する虎君。
 自分が散々『僕は普通だ!』って言ったのに、いざ肯定されるともやっとする。本当、僕ってつくづく面倒だと思った。
「ぷっ」
「! なんで笑うの?」
「んー。葵が誤解してると思ったからかな?」
 無言でココアとにらめっこしてた僕の耳に届いた吹き出すような笑い声に顔を上げれば、虎君は肩を震わせて笑ってた。
 それに当然僕は怒るんだけど、虎君が身を乗り出してこんなこと言うから僕は赤い顔して怒りを治めるしかなかった。
「周りがどう思ってようが、葵がどう思ってようが、俺にとったら葵は可愛くて仕方ない存在だよ」
「な、に言ってるのっ……!」
「何って事実、かな? 葵は大事な『弟』だから」
 誰が何と言おうと、目に入れても痛くない程可愛い弟。
 そう言ってくれる虎君。その言葉がどうしようもないほど嬉しいと感じるのは、僕も虎君の事を自慢の『兄』だと思っているから。
「葵は『お兄ちゃん』って存在に昔から憧れてたもんな」
「う、うん。……」
「一応、茂斗も『お兄ちゃん』なのにな」
「! そうだけど、でも双子だし『お兄ちゃん』とは違うよやっぱり」
 しょうのない子供を見る目で見つめてくる虎君。僕はもう憧れてないよとその視線から逃げるように顔を背ける。
 でも、何故だろう……?
「僕にはもう、虎君がいるから……」
 すぐに虎君に視線を戻してしまうのは……。
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