特別な人

鏡由良

文字の大きさ
5 / 552
特別な人

特別な人 第4話

しおりを挟む
 そっか。って笑う虎君はそれ以上何も言ってこなかった。でもコーヒーに口を付ける口角は笑みを象っていて、僕じゃなくてもきっと虎君が喜んでいるってわかるぐらい嬉しそうな表情を浮かべていた。
 その顔を盗み見ながら僕もココアに口を付けて甘い甘いそれをコクリと飲み込む。僕のよく知る虎君と全然知らない虎君の両方を感じながら、賑わいを見せるお店の喧騒に身をゆだねる。
 下校時刻から数時間経っているからか、お店の中にはたくさんの学生の姿。確かこの近くには高校が三つ、中学校が二つあったはずだから、きっとそこの生徒が下校途中に寄って友達とおしゃべりでもしてるのかな?。
 すると、たくさん学生がいる中、ある高校の制服に身を包んだ男の人と女の人の姿が目に留まった。
(あ……、あの制服ってゼウス高校の……)
 たぶん恋人同士だろう二人の姿を目で追ってしまうのは、その制服のせい。
 遠目から見ても上質な布地を使っていると分かるそれは超名門私学と名高いゼウス学園高等学校のもので、こういう言い方は好きじゃないけど、他の高校とは一線を画していると言われているのも頷けてしまった。
「……もうすぐだな」
「! 何が?」
 ぼんやりとゼウス高校の制服を目で追っていたら、突然の虎君の声。僕はハッと我に返って虎君に向き直る。
 すると虎君は瞳を伏せて笑い、「受験」と小さく呟いた。
「あ、うん。そうだね」
「受験勉強は順調?」
「順調だよ。って、虎君知ってるでしょ!」
 僕に勉強を教えてくれているのは他でもなく虎君なんだから。
 そう笑えば、虎君は分からないことが出てきたらすぐに聞くようにって先生口調。だから僕も「はーい」って生徒っぽくおどけて見せた。
「あと三か月頑張ったら、葵もゼウス高校の生徒だよ」
「! 気づいてた?」
「そりゃ、羨ましそうに見てたから」
 俺じゃなくても気づくよ。
 笑う虎君にちょっと恥ずかしくなる。
 そう。僕はこの冬、高校受験を控えてるんだけど、その志望校はあの人たちが制服を着ているゼウス高校。
 超名門私立と言われるだけあって偏差値はトップクラスの超難関高校だから、僕は毎日毎日必死に勉強してる。虎君に教えてもらいながら。
 ゼウス高校出身でゼウス学園大学に通う姉さんとゼウス学園中等部に通う茂斗はそんなに必死ならなくても大丈夫だって言ってくれるけど、二人と違って才能のない僕は努力しないとだめだから、本当に毎日必死。
 勿論毎日頑張っている理由はゼウス高校に通いたいからっていうのが一番だけど、でも、僕が必死になってる理由はそれだけじゃない。
「出戻り受験で失敗なんてしたら、お祖父ちゃんに怒られちゃうしね」
 笑い方が苦笑いに近くなってしまうのは仕方ない。
 僕は幼稚舎から小学校まで双子の片割れと一緒にゼウス大学付属のそれに通っていた。ゼウス学園は基本的にエスカレーター式で経済的な理由がない限りほとんどの生徒は学園外に進学することはほとんどないって言われてる。
 でも、僕は中学に進学する時に学園外に出ることを選んだ。経済的な理由ではなかったから、周りからはどうしてだと理由を聞かれ、止めた方がいいと説得もされた。それは友人家族だけじゃなくて、先生達も顔を合わせるたびに僕を止めようとしていたっけ。
 けど僕は周囲の反対を押し切って外部進学を決めた。まぁ外部進学とは言いつつ進学先はゼウス学園の兄弟校である聖クライスト学園中等部だから完全な外部進学とは違うんだけど、でも周囲の心配を無下にしたことには変わりない。
 そうやって僕は3年前に一度ゼウス学園から離れたんだけど、3年経った今、高校進学を機にゼウス学園に戻ろうとしている。それがどういうことなのか分からない程世間知らずじゃない。
 過去自分が無下にした友達との再会とか色々不安はあるけど、それ以上に不安なものが『受験』そのもの。内部進学とは比べ物にならない難易度の入試にもう一度挑まなければならないのだから……。
(でも、選んだのは僕なんだから、頑張らないとっ!)
 ゼウス学園の入試にもう一度挑むなんて外部進学したことを後悔したんじゃないかと茂斗に聞かれたことがある。
 確かに、受験勉強はすごくハードだし、受験までの三か月は体調管理とか気を付けないといけない事がいっぱいあって気疲れするけど、でも、後悔したことは一度もない。全部自分で考えて、選んで、そして結論を出したことだから。
「茂さん達はいいのか?」
「んー、父さんは怒らない気がするから平気。……母さんは微妙だけど」
 怖いのはお祖父ちゃんだけだと言う僕に、虎君は僕の父さんと母さんは怒らないのかと聞いてくる。
 その言葉に思い返すのは父さんと母さんの事。思い返して父さんは僕が精一杯頑張った結果だったら怒らない気がしたし、母さんは怒るか一緒に悲しんでくれるかのどっちかだと思ったかららその通り答えた。
 そしたら虎君は意外そうな顔をする。
「どうしたの?」
「いや、茂さんってめちゃくちゃ厳しいイメージがあったからつい」
「えぇ? そうかな?」
 苦笑する虎君の言葉に今度は僕がびっくりする。確かに父さんは厳しいけど、でもそれは『仕事』に対してだけで家では全然そんなことないから。むしろ穏やかで優しくて頼りになって密かに自慢の父親だったりする。
 まぁ、口に出せばファザコンだって馬鹿にされることが分かってるから他の人に言ったことはないんだけど!
「そうだよ。ほら、茂斗とかよく怒られてただろ?」
「ああ、あれは仕方ないよ。茂斗はMITANIの跡取りだからね」
 確かに虎君の言った通り、僕や姉さんに比べて茂斗は父さんに怒られることが多い。でも、それは茂斗が父さんの仕事の跡取りとして期待されているから。
 父さんは世界で上位五社に入る大企業MITANIの社長で、何百、何千もの従業員を抱える経営者。お祖父ちゃんがそうだったように父さんもゆくゆくは我が子に会社を継いでほしいと思っていて、茂斗の事は後継者としても見ているから僕達他の兄弟よりも厳しく接することもある。ただそれだけ。
「僕は父さんに怒らてたこと殆どないよ。たぶん怒られた回数は15年間で片手で足りるんじゃないかな?」
「……確かに葵が茂さんに怒られてるところは見たことないな」
「でしょ?」
 記憶を辿っているのか、考え込む虎君。
 僕はその姿に笑いながらちょっと冷めたココアに口を付け、「でもその代わり母さんからはいっぱい怒られてるけどね」と恥ずかしそうに笑った。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
 漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。  漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。  陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。  漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。  漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。  養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。  陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。  漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。  仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。  沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。  日本の漁師の多くがこの形態なのだ。  沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。  遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。  内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。  漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。  出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。  休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。  個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。  漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。  専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。  資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。  漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。  食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。  地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。  この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。  もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。  翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。  この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

男子高校に入学したらハーレムでした!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 ゆっくり書いていきます。 毎日19時更新です。 よろしくお願い致します。 2022.04.28 お気に入り、栞ありがとうございます。 とても励みになります。 引き続き宜しくお願いします。 2022.05.01 近々番外編SSをあげます。 よければ覗いてみてください。 2022.05.10 お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。 精一杯書いていきます。 2022.05.15 閲覧、お気に入り、ありがとうございます。 読んでいただけてとても嬉しいです。 近々番外編をあげます。 良ければ覗いてみてください。 2022.05.28 今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。 次作も頑張って書きます。 よろしくおねがいします。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

タトゥーの甘い檻

マリ・シンジュ
BL
執着系わんこ攻(大学生)× 高潔な美形教授受(30代) どのお話も単体でお楽しみいただけます。 ​「先生、ここ……僕の瞳を入れるから。ずっと、僕だけを見てて」 ​真面目な大学教授・新城が、大学生の・羽生にだけ許した、あまりにも淫らな「わがまま」。 ​それは、誰にも見えない内腿の奥深くに、消えないタトゥーを刻むこと。 「下書き」と称して肌を赤く染めるペン先の冷たさ。 アトリエの無機質なライトの下、四つん這いで晒される大人の矜持。 ​ずっと年下の青年の、必死で、残酷で、純粋な独占欲。 愚かだと知りながら、新城はその熱に絆され、ゆっくりと「聖域」を明け渡していく――。 ​「……お前のわがままには、最後まで付き合う」 ​針が通るその時、二人の関係は一生消えない「共犯」へと変わる。 執着攻め×年上受け、密やかに刻まれる秘め事のお話。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

処理中です...