特別な人

鏡由良

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特別な人

特別な人 第126話

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(今の、何……?)
 一瞬何が起こったのか分からなかった。
 目を開いているはずなのに辺りは真っ暗で、薄闇の中視界に入るのは見慣れない天井だけで虎君の姿は何処にもなかった。
 何がどうなってるか理解できない僕は、何度か目を瞬かせながら必死に考える。虎君は何処に行ってしまったのか? と。
 シンと静まり返ってる空間。耳が聞こえなくなったのかと思うほどの静寂の中必死に頭を働かせたおかげか、さっきまで僕に触れていたはずの虎君が一瞬でいなくなってしまった理由に数分で辿り着くことができた。
(夢、か……)
 首を捻って空間を見渡せば、そこに広がるのは新しい僕の部屋。
 部屋には誰かがいた気配は全くないし、誰かが入ってきた形跡も出ていった形跡もなかった。
(びっくりした……。すごく、びっくりした……)
 無理矢理頭を覚醒させようとしたけれど、夢と現実の区別はまだあまりできていない。胸に残る幸福感と僅かに感じる高揚感にソワソワと落ち着かない感じはするから。
 そして、あまりにも身体が幸せな余韻に自分が一体どんな夢を見ていたのか気になった。
 でも、内容を思い出そうと寝返りをうったその時、僕はある異変に気が付いた。
「! 何?!」
 反射的に毛布ごと布団を退けてしまったせいで室内とはいえ真冬の冷気が肌を刺す。
 きっと普通ならそれを寒いと感じて身震いをしたり再び布団に潜り込むところ。
 けど、今は寒さとかそんなもの感じてる余裕は僕にはなかった。それは何故なら、下腹に下着の布とは違う何かが触れたから。
 身体を起こして下肢に視線を落とすも、目視では異変は確認できない。
 夜明け前の薄暗い室内のせいかと思ったけど、視界は闇に慣れていてはっきりではないにしろ目は見えているから明るさは関係ない。
 もしこれで冷たい何かが肌に触れていなければ、気のせいで終わっていたと思う。
 けど、今も僕の下腹部というか下肢に冷たい粘り気のある液体のような『何か』を感じるから、気のせいでは終われなかった。
(これって、もしかして……)
 そんなまさか……って震える手を伸ばして僕はパジャマのズボンと下着を掴むと、そのままそれを引っ張って自分の下半身を視界に晒した。
「! っ―――」
 ほんの一瞬だけ、見えた。僕の下半身に『何か』がべっとり付着してるのが。
 僕は反射的にズボンと下着を掴んでいた手を放して、全部を隠す様に身体を丸めてしまった。
(こ、これ、これって、これって……)
 頭は真っ白になって冷静に考えることができない。
 顔から火が出そうなほどの羞恥に目が回りそうで、僕はただただ目をぎゅっと閉じる。
「ひっ」
 無意識に小さく縮こまったら、肌に触れる冷たい粘着質な液体。
 体温と違い過ぎるその冷たさにびっくりして腰を引くも、べたべたした気持ち悪い感触は無くなってはくれない。
 それは下着に付着しているのだから当然と言えば当然のこと。
 僕はまだ現実を受け入れられないながらも浅く息を繰り返してもう一度下肢へと手を伸ばした。
 震える手で恐る恐るパジャマのズボンの上から触れたらまた肌に触れるそれ。
「! っ」
 僕は下唇を噛みしめて恥ずかしさを耐えて目で再確認するべくズボンと下着を引っ張った。
(夢、じゃ、ない……)
 できるなら見たくないと思いながらも恐る恐る自分の下肢に視線を落としたら、さっきと変わらず下着と下肢に付着してる液体。
 現実だって分かってたけど、やっぱりすぐに理解できなくて、僕はまた下着から手を離すと身体を抱きしめるように身を丸めた。
(大丈夫、大丈夫……。これは、普通の事……。身体がようやく大人になっただけ……)
 男なら誰もが経験することだから、変な事じゃない。
 心を侵食してた不安と恐怖を追い払うためにそう自分自身に言い聞かせる。初めての経験で今はびっくりしてるだけだ。って。
(そうだよ。みんな経験してる事なんだし、僕も早く大人になりたいって思ってたじゃない)
 だからこれは嬉しい事。一歩大人に近づいたんだから。
 そうやって何度も何度もこれは良い事なんだって繰り返したおかげか、さっきまで頭を支配してた不安は小さくなって、漸く現実を素直に受け入れられそう。
「大丈夫。大丈夫……」
 言葉にも出して、自己暗示。
 でも、効果は絶大。
 僕は心臓の鼓動が治まるのを感じながら、深い息を数回繰り返した。
(うん、もう大丈夫)
 取り戻した平静に、僕はやっと時間を気にする余裕を持つことができた。
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