特別な人

鏡由良

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恋しい人

恋しい人 第10話

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「葵、仏頂面してないで笑ってくれ。シャッターが押せない」
 促されるまま茂斗と一緒に真ん中に立たされ、僕達は姉さんと母さんに挟まれる。
 めのうは僕達の前で機嫌よく歌を歌っていて、父さんは僕達全員を支えるように背後から僕達を抱きしめてくれている。
 きっと僕が笑っていれば最高の写真が撮れただろう。けど、僕は虎君が『家族写真』に入ってくれないことへの不満をすぐに消化できなくて、上手く笑えてない。
 おかげで陽琥さんはファインダーから瞳を逸らし僕に笑えと注文を付けてくるし、茂斗からも肘で笑えと無言の圧がかけられてしまう。
「わ、笑ってるんだけどっ!」
「嘘はいいから笑え。遅刻するぞ」
 もう一度ファインダーを覗く陽琥さん。僕は上手く笑わないとと表情筋を何とか動かそうとした。
 けど、無理矢理笑う必要は無くなった。陽琥さんの少し後ろに立つ虎君が僕を笑顔にしてくれるからだ。
 ハッキリとは分からないけど、『笑って』と言われた気がした。真っ直ぐ僕を見つめて笑う虎君に、僕も思わず頬が綻んでしまう。
「お。良い絵が撮れましたよ」
「本当だ。今までで一番の写真じゃないですか?」
 陽琥さんがデジカメを虎君へと向け、それに虎君がバッチリだと僕達に合図する。
 写真を見たいと姉さんが真っ先に陽琥さんに駆け寄って、姉さんと入れ違いに虎君が僕の方へと歩いてくる。
「葵、虎。先に二人で撮ってもらえ。遅刻したくないだろ?」
「そうですね。葵、いい?」
「うん!」
 父さんの言葉に虎君が『おいで』と手を伸ばす。僕はその手を取り、虎君にぴったりと寄り添った。
 茂斗は肩を竦ませ、「ごゆっくり」って言葉を残して家の中に戻ってしまう。
「また怒らせちゃったかな……?」
「大丈夫だろ。……まぁ、羨ましいとは思ってるだろうけど」
「そっか。そうだよね」
 確かに茂斗も凪ちゃんと写真撮りたかっただろうな。
 僕が寮に入ることになっていたら僕も虎君とこうやって写真を撮れなかったんだと思うと、寮に入ることを反対してくれた母さんと姉さんに感謝してしまうというものだ。
「葵! 虎! ほら、笑って笑って!」
 姉さんの楽しげな声に振り返れば、カメラを構える陽琥さんとそんな陽琥さんの隣で僕達を呼ぶ姉さんの姿が。
 これ以上ないほど綺麗な笑顔の姉さんに、何かいいことがあったのかな? と考えながらも虎君にキュッと抱き着く僕。
 虎君も僕を抱きしめ返してくれて、姉さんに怒られそうだとちょっぴり不安になる。
 でも僕の不安を他所に、姉さんは今しがた陽琥さんが撮った写真を見ながら「綺麗に撮れてる!」とはしゃいでいた。
(? 姉さん?)
 らしくない姉さんの様子に、頭にクエッションマークがポンっと浮かんだ気がする。
 そして抱いた疑問を投げかけるように虎君を見上げれば、
「駄々洩れてんな……」
 ちょっぴり呆れたような苦笑を浮かべていた。
「虎君?」
「! ん? どうした?」
「何が『駄々洩れ』なの?」
 疑問をそのまま口に出して尋ねる僕。虎君はそれに困った顔を見せ、「その返答はちょっと待って」と僕の頭をポンポンと叩いてくる。
 『ちょっと待って』の『ちょっと』はどれぐらいだろう?
「どれぐらい?」
「んー……帰って来るまで、かな? それまでには応えを用意しておく」
「用意するってどういうこと?」
「それは、その……」
 質問ばかりしてる自覚はあるけど、疑問ばっかりだから仕方ないよね。
 虎君が困っていることは分かっていたけど、聞かずにはいられなかった。
 じっと虎君を見つめる僕。虎君は根負けしたのか大きく息を吐くと、
「桔梗に確認を取らないとダメなことだから」
 と苦笑い。
 今の会話の流れ的に姉さんの何かが『駄々洩れ』って事なんだろうけど、一体何が『駄々洩れ』なんだろう?
「今の話、桔梗には内緒な?」
「う、うん。分かった」
 入学式が終わった後、全部話すから二人だけの秘密にして欲しい。
 虎君からそんな風にお願いされたら断れるわけがない。
 僕は「絶対教えてね?」と約束を取り付けて、今の話は二人だけの秘密にすることにした。
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