特別な人

鏡由良

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恋しい人

恋しい人 第11話

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「葵! こっちこっち!」
 今日から通う高等部の校舎に到着すると、僕は急いでクラス割を確認するべく人集りができている掲示板の前に駆け寄った。
 自分の名前を探そうと右往左往している僕の名前を呼ぶのは慶史で、「こっちだよ!」と手招きされている。
「おはよう、慶史。悠栖も朋喜も、おはよう」
「おはよう、葵君。遅かったね。道、混んでた?」
「あれってお姉様とボディーガードの人じゃん! 今日もめちゃくちゃ綺麗だな! お姉様!」
 朋喜の純粋な眼差しにどう応えるべきか悩んでいたら、悠栖が正門へと視線を巡らせ見つけた姿にテンションを高くする。
 鼻息を荒く姉さんを『お姉様!』と呼んでデレっと表情を緩める悠栖に、朋喜は物理的な距離を取ると慶史に愚痴を零す。
「やっぱり綺麗な女の人の方がいいよね。男なら」
 朋喜の言葉に空笑いを浮かべながらも振り返れば、虎君と陽琥さんと何を話しているのか楽し気に笑っている姉さんの姿。
 そして、そんな姉さんを盗み見ている多くの生徒達の姿がそこら中にあって、在学中ちやほやされるのはやっぱり女の子の代わりなんだと拗ねる朋喜の言葉に『そんなことないよ』とは嘘でも言えなかった。
「はぁ……、マジ麗しすぎだろ、お姉様。お姉様にならヒールで踏まれても全然イイ!」
「悠栖って本当、ドMだよな」
「なんだよ、『本当』って。男なら誰でも思うことだろ?」
「僕は思わないけど?」
「俺も思わないね」
 悠栖が何を妄想しているか分からないけど、あまり健全な妄想じゃないことは確かだ。
 朋喜も慶史も呆れ顔で悠栖には同意できないときっぱり言い切った。
 すると悠栖は「えぇ……」と不満そうな声を上げ、そのまま僕に視線を向けてきた。
「え? 何? 僕に意見求めてる?」
「求めてる! マモだって男だろ?」
 詰め寄ってくる悠栖に僕は後ずさる。正直、全然悠栖に同意できないから。
 でも、同意できないことを僕が悠栖に伝える前に、後退ったせいで僕はドンっと誰かにぶつかってしまった。
「いてっ」
「! ご、ごめんなさいっ!」
 思い切りぶつかってしまったせいで、相手に怪我をさせてしまったかもしれない。
 僕は慌てて振り返ると謝り、怪我の有無を尋ねて詰め寄った。
「あ、ああ、大丈夫、怪我はないから。……そっちは?」
「僕は全然へい、き、で、す……」
 怪我はないという言葉にホッと一安心。
 でも、僕が顔を上げた時、飛び込んできた相手の顔に思わず見惚れて言葉が上手く出てこなかった。
(凄い……。凄い、綺麗な人だ……)
 自慢じゃないけど美形と名高い家族のおかげで整った顔立ちの人は見慣れていると自負がある。
 その僕が、今目の前にいる人に見惚れている。それぐらい、今目の前にいる人は綺麗なのだ。
 漆黒色の髪に白い肌がとても映えていて、長いまつ毛は綺麗にカールして少し色素の薄い茶色瞳は琥珀のようだった。
 唇も何か塗っているのかと思うほど鮮やかな色彩で、女性的だと思う。
 でも、唇の厚みや切れ長な目は男性的で、言うなれば中性的な魅力を持つ人だった。
「……何? ジロジロ見るとか、失礼だろ」
「! ご、ごめんなさいっ! びっくりするぐらい綺麗だったから、つい……」
「『綺麗』って、それは男に対する言葉じゃ―――」
「姫神! 姫神、ストップ」
 綺麗な顔が顰められ、不機嫌が伝わってくる。
 僕は失言に気づいてなんと弁解しようかと真っ白になった頭を必死に働かせる。まぁ全然弁解の言葉は出てこなかったんだけど。
 オロオロする僕に助け舟を出してくれるのは慶史で、慶史は僕の肩を抱くと目の前の綺麗な人に「どうどう」と笑いながら怒りを鎮めてくれと宥めだす。
「け、慶史、知り合い、なの……?」
「ん? ああ。まぁ知り合い、かな? 知り合ってまだ4日だけど」
「正確には5日ね。おはよう、姫神君」
 状況が飲み込めない僕を他所に、朋喜も朗らかに『姫神君』に挨拶を投げかけ、悠栖もそれに続いた。
 僕が三人に視線を向け、どういうことか教えて欲しいと訴える。すると三人は意地悪せずに僕に『姫神君』を紹介してくれた。
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