特別な人

鏡由良

文字の大きさ
303 / 552
恋しい人

恋しい人 第18話

しおりを挟む
 入学式とはいっても正直あまり感動を覚えないのが一貫校。
 長い祝辞を何度も聞いて、立って座ってを繰り返して、終盤になると欠伸をする生徒がちらほら。僕も欠伸こそしなかったけど早く終わらないかなぁと時間を気にしてしまう始末だ。
 そんな中、新入生代表の挨拶に呼ばれた名前に何処かへ行っていた気持ちが戻って来る。呼ばれた名前は、姫神君だったから。
 講堂にはざわめきが広がる。入試でオール満点だったらしいから代表の挨拶に抜擢されることはまぁ当然だろう。
 でも、ざわめきの原因は那鳥君が外部からの編入生だから。そして、その容姿から。
(みんな姫神君を見てる。まぁ、そうだよね)
 まっすぐに伸びた背筋は凛としていて、とても綺麗。みんなが目で追うその姿は、さながらスターのようだった。
 僕ももれなく姫神君に見惚れていれば始まるスピーチ。
 声は少し高いけど耳障りというわけではなくて、聞いていて心地よい音。
 そんな心地よい音色で紡がれるスピーチの内容はとても同級生とは思えなくて、ちょっぴり気後れする。
(凄いなぁ……みんなの前でスピーチするってだけでも僕にはハードルが高いのにあんな堂々としていて……)
 原稿をただ読み上げるだけじゃなくちゃんと視線を僕達に向けて言葉を紡ぐ姿に、感動すら覚えた。
 みんな他の人の祝辞はちゃんと聞いていなかったのに、姫神君のスピーチには耳を傾けている。カリスマ性ってきっとこういう事を言うんだろうな。
 一言一言聞き入っていたら、あっという間。姫神君は今一度前を向き、スピーチの最後を締めくくる。
「新入生代表、1年A組姫神那鳥」
 姫神君は一礼すると壇上から降りてくる。
 階段を降りる姿も様になっていて、思わず劇団のトップスターみたいだと思ってしまう。
 しかし、自分が思い浮かべた劇団が女性だけの劇団だったことを思い出して、姫神君に心の中で謝る。
(綺麗だったからつい……。自分が同じこと慶史達に思われたら絶対怒るくせに、ダメだな。僕)
 自分は女の子扱いされると凄く嫌がるくせに、友達を女の人扱いしちゃった。
 僕は心の中で反省する。でも、再びとらえた姫神君の姿はやっぱり綺麗で、
(綺麗な女の人が男の子の滑降したらこんな感じだろうな)
 なんて、さっきの反省は何だったのかと自分に突っ込みを入れてしまうような事を考えてしまっていた。
 姫神君が自分の場所に戻って着席して、入学式は終盤に進む。
 進行に身を任せていれば入学式が終わり、講堂を退出するよう促される。
 僕達新入生は促されるまま講堂を退出し、出口にいた先生に教室へと戻るように指示される。
 言われるがまま教室へ戻ろうと歩く僕の肩を叩くのは慶史で、「退屈な式だったね」と隣に並ぶと伸びをする。
「仕方ないよ。入学式なんだし」
 もっと生徒を退屈させない工夫ぐらいするべきだと慶史は言うけど、入学式にそれはちょっと無理なんじゃないかなと僕は苦笑い。
 慶史がどんな内容を望んでいるのかは分からないけど、式典とは厳かなものであって生徒を楽しませるものじゃない。
 僕の否定の言葉に慶史は「真面目なんだから」と笑う。
「あ。でも、姫神のスピーチは面白かった」
「! だよね。僕も思わず聞き入っちゃった」
「あれぇ? 浮気心?」
 随分楽しそうに姫神のこと喋るね。
 そう言った慶史の顔は見なくても分かる。絶対、凄く意地悪な笑い顔でいるに決まってる。
「僕が好きなのは虎君だけだって知ってるくせに」
「そんな目で見ないでよ。冗談だよ。冗談」
「その手の冗談、嫌い」
 怒らないでとご機嫌をとられるも、僕はぷいっとそっぽを向いて不機嫌をアピール。
 すると慶史はちゃんと「ごめんってば」と謝ってくれて、意地で怒り通す前に僕は機嫌を治すことができる。本当、僕のことをよく分かっていると思う。
「どうしたの? また葵君を困らせてるの?」
「ちょっと朋喜、その言い方、まるで俺が何回も葵のこと困らせてるみたいに聞こえるんだけど?」
「そのつもりで言ったんだから当然でしょ? 葵君、大丈夫? ストレスの捌け口にされてない?」
 僕達の姿を見つけて駆け寄ってきたのは朋喜で、駆け寄るなり慶史から僕を遠ざけるように間に割って入ってきた。
 いつもの朋喜ならこんな強引なことをしないのに、一体どうしちゃったんだろう?
「どうしたの? 身の危険でも感じた?」
 僕の疑問を口にした慶史。でも、続いた言葉は僕が想像もしていなかったもので、目を見張ってしまう。
 朋喜は笑顔のまま「そう」と肯定の返事を口にして、近くにいてくれてよかったと安堵の息を吐いてみせた。
「え? 嘘。大丈夫? 何があったの?」
「声かけられただけだから大丈夫だよ」
 心配しないでと言われても、心配せずにはいられない。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

リンドグレーン大佐の提案

高菜あやめ
BL
軍事国家ロイシュベルタの下級士官テオドアは、軍司令部のカリスマ軍師リンドグレーン大佐から持ちかけられた『ある提案』に応じ、一晩その身をゆだねる。 一夜限りの関係かと思いきや、大佐はそれ以降も執拗に彼に構い続け、次第に独占欲をあらわにしていく。 叩き上げの下士官と、支配欲を隠さない上官。上下関係から始まる、甘くて苛烈な攻防戦。 【支配系美形攻×出世欲強めな流され系受】

ずっと好きだった幼馴染の結婚式に出席する話

子犬一 はぁて
BL
幼馴染の君は、7歳のとき 「大人になったら結婚してね」と僕に言って笑った。 そして──今日、君は僕じゃない別の人と結婚する。 背の低い、寝る時は親指しゃぶりが癖だった君は、いつの間にか皆に好かれて、彼女もできた。 結婚式で花束を渡す時に胸が痛いんだ。 「こいつ、幼馴染なんだ。センスいいだろ?」 誇らしげに笑う君と、その隣で微笑む綺麗な奥さん。 叶わない恋だってわかってる。 それでも、氷砂糖みたいに君との甘い思い出を、僕だけの宝箱にしまって生きていく。 君の幸せを願うことだけが、僕にできる最後の恋だから。

処理中です...