特別な人

鏡由良

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恋しい人

恋しい人 第19話

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 振り返らないで聞いてね。
 そう前置きをして朋喜が教えてくれたのは、親友達の身の危険を感じさせるには十分なものだった。
 講堂から教室へと戻る途中、校舎へと向かい歩いていたら、おそらく上級生だと思われる生徒に声を掛けられたらしい。
 名前を呼ばれたわけじゃなかったから立ち止まらなかったけどと言う朋喜に、慶史は立ち止まっていたら危なかったかもねと脅すような相槌をうつ。
 おそらく人気のない場所に容易に連れ込める場所で声を掛けてきたのだろうと推測する慶史。
 僕はまさかそんなと慶史の推測を大袈裟だと思った。だが、朋喜はたぶんそうだろうと頷き、少し前に見つけた僕達の姿に慌てて駆け寄ってきたのだと言った。
「入学式が終わったばかりで油断してるって思ったんだろうね」
「だろうね。相手は4人いたし、強引に来られなくてよかったよ。本当」
「ホームルームがすぐ始まるし、目立ったらすぐ特定されちゃうからだろうね。立ち止まってたら今頃どうなってたか」
「分かってるから怖い事言わないでよ」
 僕の腕にしがみついてくる朋喜は本気で怯えている。僕は慶史にこれ以上怖がらせないであげてと視線を向けた。
「近くに俺達が居て―――ってか、葵が居てよかったね」
「え? 僕?」
 なんで僕? と目を瞬かせてしまう。
 確かに僕は幼い頃に護身術を習っていたけど、どれも一カ月ももたなかったから朋喜を守って4人と格闘なんてことできるわけがない。
「僕、弱いよ……?」
「知ってる。葵は弱いよね。俺の方が強いぐらいだし」
「? なら、なんで僕?」
「葵っていうか、葵の『後ろ』っていうか。ねぇ?」
「だね」
 慶史が何を言いたいか朋喜は分かっているようだ。でも当の本人である僕は全く分かっていない。
(『後ろ』って何?)
 眉を顰め、どういう意味か教えて欲しいと二人の名前を呼ぶ。すると慶史は鈍いと笑いながらも僕が朋喜を守れた理由を教えてくれた。
「もしも葵の身に何かあったら、出てくるのはだーぁれ?」
「! 父さん……?」
「まぁおじさんも怖いけど、おじさんより先に出てくる人が居るでしょ?」
 分かっているからこそ違う答えを言っているのかと疑われたけど、僕が怪我をしたりしたら誰が怒るって、まず思い浮かぶのは過保護な母さんだから仕方ない。
 母さんが騒げば母さん命の父さんが絶対に事態の収束に乗り出すから、僕は父さんと答えただけなんだけど……。
「……もしかして、虎君のこと言ってる?」
「もしかしなくてもその人のことだよ。入学式に今来てるって知ってるだろうし、今日は絶対に葵の傍は安全なの」
 慶史の言うことに朋喜も同意なのか深く頷いていて、僕一人、納得できない。
「納得できないって顔してるね」
「だってできないもん」
「なんでできないの。去年のクリスマスパーティーのこと、忘れたの?」
 普通に納得できないと頷くも、慶史が引き合いに出してきたのは僕のトラウマに深く関係しているパーティーのことだった。
 嫌な思い出――というよりも辛い思い出の始まりになった去年のクリスマスパーティー。僕は当時のことをあまりよく覚えていなかった。
 精神的にいっぱいいっぱいだった時期だったし、記憶が朧気だとしても仕方ない。
 慶史の呆れた声にムッとしてそのことを伝えれば、朋喜は「そっかそっか」とその後僕がかけた迷惑を思い出したのか遠い目をしていた。
「あの日、葵を殴った馬鹿共、先輩に報復されたんだよ」
「! 嘘っ」
「本当。粛清するために声かけた先輩を連中が返り討ちにしようとして、失敗してボコボコにされたんだよ」
 年明け早々『三谷には絶対に手を出すな。殺されるぞ』なんて注意喚起が改めて出回ったんだから。
 慶史の言葉が信じられない。どうせ誇張して言っているんだろうと朋喜を見れば、朋喜は苦笑いを浮かべているだけで……。
(た、確かに、『話をしてきた』って言ってた気はするけど……)
 朧げな記憶を手繰り寄せ、必死に思い出そうとする僕。でも、思い出したのは僅かな会話だけ。
 僕は慶史に視線を向け、それでも信じないと頑なに言い張った。だって、そんな大事になっていたなら多少なりとも騒ぎになっていたはずだ。
 でも僕の記憶には騒ぎの記憶は全くない。
「騒ぎになる前にボコボコにされた連中が尻尾をまいて逃げるようにホテルから出て行ったからね。警察沙汰になって困るのは連中の親だし、先輩の確信犯的な報復の仕方にみんなビビりまくってるんだから」
「う、嘘……」
「だから本当だってば。これは現場に偶然居合わせた奴から聞いたんだけど、『次葵に近づいたら行方不明者の一覧に名前が載ると思っとけ』って脅してたらしいよ」
「葵君が絡んだら手段を選ばない人だもんね。お兄さん」
「少しは選んでもらわないと葵が悲しむことになるからマジ迷惑だよ」
 自分が捕まったらどうする気なんだか……。
 そう呆れた声を漏らす慶史。すると朋喜はその言葉に、「なんだかんだ言って葵君とお兄さんに上手くいって欲しいだね」と慶史の深層心理を見透かして笑った。
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