特別な人

鏡由良

文字の大きさ
326 / 552
恋しい人

恋しい人 第41話

しおりを挟む
「と、虎君、苦しぃ……」
 力いっぱい抱きしめられて、虎君の腕の中で窒息しちゃいそうだ。
 僕は虎君の胸に埋められた顔をもぞもぞと動かし、なんとか空間を作ると死んじゃうと訴えた。
「! ご、ごめんっ! 大丈夫か?」
「だ、いじょ、ぶ」
 気管支に突然流れ込んでくる多くの空気。それに咽てケホケホと咳をすれば、虎君は物凄く慌てて背中を擦ってくれる。本当にごめん。と謝りながら。
「もぅ、ちゃんと力加減してよ」
「悪かった……」
 咳も治まり、呼吸もちゃんとできる。僕は苦しかったと苦笑しながらも、やっぱり虎君は大人の男の人なんだなって実感してちょっぴりドキドキした。
 そんな大人の男の人がしょんぼりと肩を下げて僕に謝ってる。それが堪らなく愛しくて、僕は思わず首を伸ばしてチュッと唇を奪ってしまう。
 虎君の驚いた顔は可愛くて、ますます好きになってしまう。
 僕は虎君に抱き着き、世界で一番安心できる場所でほぅっと息を吐いた。
「……びっくりした?」
「それは、何に対して……?」
「成長、遅すぎて。……みんなもっと前に大人になってるのに、僕だけがずっと子供のままだった……」
 当時は恥ずかしいなんて思ってなかった。本当に。でも、今思えば不安から目を逸らせていただけなのかもしれない。
 初めて口にした当時の不安。虎君は僕の髪を撫で、僕にちゃんと向き合ってくれた。ちゃんと本音で話をしてくれた。
「確かに、ちょっとビックリした、かな。俺は中学に上がる前に、まぁ、あったから……」
「茂斗も初等部の頃だったって言ってた」
「でもこれは早さを競う事じゃないし、成長してないわけでもない。そんな風に後ろめたく思う必要はない事だよ」
 恥ずかしいのに話してくれてありがとう。
 そう抱きしめてくれる虎君の声は穏やかでくすぐったい。僕は無言のまま首を横に振って、虎君に話してよかったと安心することができた。
「……葵」
「何……?」
「さっき、俺に『助けて』って言ったよな……?」
「? うん、言ったよ」
 何かに引っ掛かりを覚えたのか、虎君は僕を見下ろして確認してくる。
 僕は虎君が何を知りたいのか分からないものの、素直に頷き、認めた。虎君に助けて欲しかったよ。と。
 すると、虎君は僕の返答にカッと顔を赤らめ、狼狽えるように視線を逸らして……。
「そ、か……、そうか……」
「虎君?」
「いや、……ごめん、鼻血で出そう……」
「! だ、大丈夫?!」
 顔、真っ赤だし、逆上せちゃったのかな?
 僕は慌てて虎君から離れ、ティッシュを求めて机へと駆け寄った。
 ティッシュケースから2、3枚引っ張り掴むとそれを手に虎君の元へと戻る。すると虎君はティッシュを受け取りながらも鼻血はまだ出てないと苦笑いを見せていて……。
「本当? 氷か何か持って来ようか? 冷やした方がいいよね?」
「大丈夫だよ。……葵の意地悪にちょっと興奮しただけだから」
「僕の『意地悪』って……?」
 意地悪なんて言ってないよ? それに、『興奮』ってどういうこと……?
 意味が分からない僕は何度も瞬きを繰り返してしまう。
 すると虎君は僕の手を握ると身を屈めるように言ってきて、言われるがまましゃがむと虎君は僕の耳元に唇を寄せてきた。
 近くなる距離に、やっぱりドキドキしちゃう……。
「葵は、俺にして欲しいんだろ……?」
 セクシーな声で囁き問いかけられる。俺にやらしく触って欲しかったんだろ? と。
 僕はその問いかけに自分が気づいていなかった願望を突き付けられた気がしてとても恥ずかしかった。
 だって、虎君が言った通りだから。僕は、虎君に触れて欲しいと思ってる。虎君に気持ちよくして欲しいと願ってる……。
 こんなにも当たり前のように、そして無自覚なまでに、僕は虎君とエッチなことをしたいと思っている。
 その虎君に隠れた欲求を自覚させられて、今度は僕が顔を真っ赤にしてしまう。
「ち、ちがっ……」
「違うの?」
「! うぅ……、……ちがわない……」
 咄嗟に否定するも、虎君の真っ直ぐな眼差しに嘘を吐き通せない。
 僕は赤い顔のまま俯き、素直に認めた。虎君に触って欲しい……。と。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

かわいい美形の後輩が、俺にだけメロい

日向汐
BL
過保護なかわいい系美形の後輩。 たまに見せる甘い言動が受けの心を揺する♡ そんなお話。 【攻め】 雨宮千冬(あめみや・ちふゆ) 大学1年。法学部。 淡いピンク髪、甘い顔立ちの砂糖系イケメン。 甘く切ないラブソングが人気の、歌い手「フユ」として匿名活動中。 【受け】 睦月伊織(むつき・いおり) 大学2年。工学部。 黒髪黒目の平凡大学生。ぶっきらぼうな口調と態度で、ちょっとずぼら。恋愛は初心。

リンドグレーン大佐の提案

高菜あやめ
BL
軍事国家ロイシュベルタの下級士官テオドアは、軍司令部のカリスマ軍師リンドグレーン大佐から持ちかけられた『ある提案』に応じ、一晩その身をゆだねる。 一夜限りの関係かと思いきや、大佐はそれ以降も執拗に彼に構い続け、次第に独占欲をあらわにしていく。 叩き上げの下士官と、支配欲を隠さない上官。上下関係から始まる、甘くて苛烈な攻防戦。 【支配系美形攻×出世欲強めな流され系受】

処理中です...