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恋しい人
恋しい人 第64話
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「あの人がちゃんと葵のこと大事にしてたら、葵が何かにつけて『自分なんか』って言うわけないでしょ?」
絶対あの人の愛情の注ぎ方がド下手だったせいだ!
そう決めつける慶史は、思い返しただけではらわたが煮えくり返りそうだと腕を組んで壁に背を預けた。
虎君を悪く言われていることは分かっているし、それに対して非難の声をあげようと思っていた。
でも、慶史の勢いと言葉に気圧され、怒りは宙ぶらりんに。
「くそっ思い出しただけで腹が立つ!」
「慶史の気持ちは嬉しいけど、でも、流石に言いがかりだからね……?」
「どこが?!」
「『どこが』って……、そもそも虎君は今も昔も僕のこと凄く大事にしてくれてるからね? でもいくら大事にしてもらっても、事実は曲げられないんだからね?」
虎君がどれほど僕を大事に想ってくれていても、どれほど僕を愛してくれていても、現実はどうしても変えられない。
いや、きっと慶史は虎君が僕のことを『可愛い』とか『かっこいい』とか褒めていればよかったんだって言いたいんだろう。
僕はそんな慶史の心中を察しながらも、申し訳ないけど呆れてしまう。だって虎君、耳にタコができるほど言ってくれていたから。僕のことを『可愛い』って。
でも、当時の僕は虎君のことを大好きな『お兄ちゃん』としか思っていなくて、虎君みたいにカッコイイ男の人になりたいって思っていて、『可愛い』って言葉を素直に受け取れなかった。
そもそも、たとえ素直に『可愛い』って言葉を受け取っていたとしても、毎日鏡に映る自分を見ているんだ。それがお世辞だってすぐに気付くに決まっている。
だからどれほど虎君が僕のことを大事にしてくれていても、僕は勘違いなんてできない。できるわけがない。
「だから! そういうところ!!」
「? 何怒ってるの?」
「最初から葵のこと好きだって隠してなかったらそんな卑屈な考えにそもそもならないでしょ!?」
「慶史、僕の話ちゃんと聞いてる?」
僕、さっきちゃんと説明したよね?
そう呆れて半目になるも、慶史は僕の方こそちゃんと話を聞いているのかと睨んできた。
(もしかしてこれ、平行線ってやつ?)
全然かみ合ってくれない話を続けるのは労力がいる。
それは慶史も同感なのだろう。「やめやめ。時間の無駄」ってこの話を続けないよう話を打ち切った。
「……先生」
「ん? どうした? 藤原君」
「今のやり取り、先輩に報告しないでくださいね?」
「それは暗に『報告しろ』って言っているのかな?」
「! 俺はお笑い芸人じゃないんですけど!?」
もう。わざわざ釘をさすから遊ばれるんだよ。
僕は怒りを露わにする慶史を宥めるようにその太腿を軽く叩いて首を振って見せた。反応しちゃダメだよ。と。
慶史は何か言いたそうだったけど、先生に言い負けると確信したのだろう。大人しく口を一文字に噤んで目を閉じてしまった。きっと授業が終わるまで寝るつもりなんだろう。
僕はそんな慶史に小さく息を吐いて椅子から立ち上がると仕事中の斗弛弥さんに歩み寄った。
「斗弛弥さん」
「『先生』」
「! 柊先生、虎君を不安にさせるような事しないでくださいね?」
「先生を信じなさい、三谷君」
斗弛弥さんはペンを置くと僕を振り返り、笑う。三谷君の身の安全が脅かされない限り何も話すことはないから。と。
「……ありがとう、斗弛弥さん」
「三谷君」
「分かってますけど、今だけ許してくださいっ」
分かってるくせに! って頬っぺたを膨らませたら、斗弛弥さんは薄く笑いながら「それで?」と続きを促してきた。
「僕のことずっと守ってくれていたんですよね? 知らなかったことだけど、ちゃんとお礼は言っておきたくて」
「! 別に葵に礼を言われる事じゃないって分かってるだろう? 礼は虎から既に貰ってるしな」
「それでも、です! ……虎君が安心できるようにしてくれてたんでしょ? それなら僕もお礼、言いたいです」
虎君が安心できているなら、僕はそれが嬉しい。誰だって好きな人に心配をかけたくないって思うものだろうから。
ペコっと頭を下げる僕。斗弛弥さんは僕の頭をポンポンと撫でると、「大事にしてやれよ」って言ってくれる。
「……斗弛弥さんは、知ってるんですよね? あの、その……、付き合う前の、虎君のこと……」
「廃人だった時のことか?」
「! そう、です……」
『廃人』って言葉は何度聞いても心臓が痛くなる。でも、ここで傷ついた顔をしたら斗弛弥さんは絶対に話してくれないから我慢した。
絶対あの人の愛情の注ぎ方がド下手だったせいだ!
そう決めつける慶史は、思い返しただけではらわたが煮えくり返りそうだと腕を組んで壁に背を預けた。
虎君を悪く言われていることは分かっているし、それに対して非難の声をあげようと思っていた。
でも、慶史の勢いと言葉に気圧され、怒りは宙ぶらりんに。
「くそっ思い出しただけで腹が立つ!」
「慶史の気持ちは嬉しいけど、でも、流石に言いがかりだからね……?」
「どこが?!」
「『どこが』って……、そもそも虎君は今も昔も僕のこと凄く大事にしてくれてるからね? でもいくら大事にしてもらっても、事実は曲げられないんだからね?」
虎君がどれほど僕を大事に想ってくれていても、どれほど僕を愛してくれていても、現実はどうしても変えられない。
いや、きっと慶史は虎君が僕のことを『可愛い』とか『かっこいい』とか褒めていればよかったんだって言いたいんだろう。
僕はそんな慶史の心中を察しながらも、申し訳ないけど呆れてしまう。だって虎君、耳にタコができるほど言ってくれていたから。僕のことを『可愛い』って。
でも、当時の僕は虎君のことを大好きな『お兄ちゃん』としか思っていなくて、虎君みたいにカッコイイ男の人になりたいって思っていて、『可愛い』って言葉を素直に受け取れなかった。
そもそも、たとえ素直に『可愛い』って言葉を受け取っていたとしても、毎日鏡に映る自分を見ているんだ。それがお世辞だってすぐに気付くに決まっている。
だからどれほど虎君が僕のことを大事にしてくれていても、僕は勘違いなんてできない。できるわけがない。
「だから! そういうところ!!」
「? 何怒ってるの?」
「最初から葵のこと好きだって隠してなかったらそんな卑屈な考えにそもそもならないでしょ!?」
「慶史、僕の話ちゃんと聞いてる?」
僕、さっきちゃんと説明したよね?
そう呆れて半目になるも、慶史は僕の方こそちゃんと話を聞いているのかと睨んできた。
(もしかしてこれ、平行線ってやつ?)
全然かみ合ってくれない話を続けるのは労力がいる。
それは慶史も同感なのだろう。「やめやめ。時間の無駄」ってこの話を続けないよう話を打ち切った。
「……先生」
「ん? どうした? 藤原君」
「今のやり取り、先輩に報告しないでくださいね?」
「それは暗に『報告しろ』って言っているのかな?」
「! 俺はお笑い芸人じゃないんですけど!?」
もう。わざわざ釘をさすから遊ばれるんだよ。
僕は怒りを露わにする慶史を宥めるようにその太腿を軽く叩いて首を振って見せた。反応しちゃダメだよ。と。
慶史は何か言いたそうだったけど、先生に言い負けると確信したのだろう。大人しく口を一文字に噤んで目を閉じてしまった。きっと授業が終わるまで寝るつもりなんだろう。
僕はそんな慶史に小さく息を吐いて椅子から立ち上がると仕事中の斗弛弥さんに歩み寄った。
「斗弛弥さん」
「『先生』」
「! 柊先生、虎君を不安にさせるような事しないでくださいね?」
「先生を信じなさい、三谷君」
斗弛弥さんはペンを置くと僕を振り返り、笑う。三谷君の身の安全が脅かされない限り何も話すことはないから。と。
「……ありがとう、斗弛弥さん」
「三谷君」
「分かってますけど、今だけ許してくださいっ」
分かってるくせに! って頬っぺたを膨らませたら、斗弛弥さんは薄く笑いながら「それで?」と続きを促してきた。
「僕のことずっと守ってくれていたんですよね? 知らなかったことだけど、ちゃんとお礼は言っておきたくて」
「! 別に葵に礼を言われる事じゃないって分かってるだろう? 礼は虎から既に貰ってるしな」
「それでも、です! ……虎君が安心できるようにしてくれてたんでしょ? それなら僕もお礼、言いたいです」
虎君が安心できているなら、僕はそれが嬉しい。誰だって好きな人に心配をかけたくないって思うものだろうから。
ペコっと頭を下げる僕。斗弛弥さんは僕の頭をポンポンと撫でると、「大事にしてやれよ」って言ってくれる。
「……斗弛弥さんは、知ってるんですよね? あの、その……、付き合う前の、虎君のこと……」
「廃人だった時のことか?」
「! そう、です……」
『廃人』って言葉は何度聞いても心臓が痛くなる。でも、ここで傷ついた顔をしたら斗弛弥さんは絶対に話してくれないから我慢した。
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