特別な人

鏡由良

文字の大きさ
350 / 552
恋しい人

恋しい人 第65話

しおりを挟む
「それで、何が知りたいんだ?」
「斗弛弥さんから見て、僕って酷い奴だった……?」
 心臓が凄くドキドキしてるって分かる。正直、聞かなければよかったと言ってすぐに後悔した。
 でも、斗弛弥さんは嘘を吐かない人だから、斗弛弥さんにどうしても聞きたかった。ボロボロになった虎君を見て、僕をどう思ったか……。
「そうだな……。葵のことをどうこうっていうのは正直頭の片隅にも出てこなかったかな」
 手を握り締めて俯く僕の頭を撫でてくる斗弛弥さんは、こればっかりはどうしようもないことだから仕方ないと思ったと笑った。
「心底惚れてるからといって、それが必ずしも報われるとは限らないだろう?」
「それは、そうだけど……」
「あいつも諦める覚悟はしてるとは言ってたしな」
「! そんなっ」
 もう起こりえないことだと分かっているけど、でも、心臓が痛くなる。
 虎君がそんな悲しい覚悟をしていたなんて、できることなら過去に戻って虎君が大好きだと伝えたいとさえ思った。
「昔の話だ。落ち着きなさい」
「ご、ごめんなさい……」
「……葵も随分惚れ込んでるんだな」
 今はちゃんと虎君に想いが伝わっているから大丈夫。
 そう自分に言い聞かせていれば、斗弛弥さんは僕を見て苦笑を漏らす。どうしてそんな笑い方をするのかと眉を顰めてしまうのは仕方ない。
 斗弛弥さんは僕の不満を察したのか、「悪い悪い」と苦笑を濃くする。
「報われて本当によかったと思ってな」
「『よかった』ようには見えないです……」
「誤解させて悪かった。予想外に葵からの矢印が出ていて驚いただけだ」
 それってつまり、僕の想いが予想以上に大きかったってこと?
 僕は斗弛弥さんの誤解に思い切り顰め面をしてしまう。僕はこんなに虎君のことが大好きなのに酷い誤解だ!
「そんな可愛くない顔をするな。俺が悪かったから」
「だって斗弛弥さんが酷い勘違いしてるから!」
「正直、あいつの想いと同じ想いを葵が持つのはまだまだ先だと思っていたんだよ。……ごめんな?」
 怒るな怒るなと僕を宥める斗弛弥さん。
 僕は膨れ面のまま、虎君の想いと釣り合う想いを感じてもらえたか気になって確認してしまう。
 斗弛弥さんから返ってくるのは、「充分だ」って言葉。
「……葵」
「なんですか?」
「あいつのこと、よろしく頼むな」
 穏やかな声色で呼ばれた名前。そして、続けられた言葉。
 斗弛弥さんにとって虎君は自分の子供同然の存在。いわば虎君のお父さん的存在だ。
 そんな人からもらった言葉に、僕の胸は熱くなる。だって僕の想いを信じて託してくれたということだから。
「そんなに何度も頷くな。首がもげるぞ」
 込み上げてくる熱いものを耐えて頷きを返せば、斗弛弥さんのそんな笑い声。
 動きを止めればちょっぴりクラクラしちゃった。
「言っておくと、絃凉も弓も葵に同情していたぐらいだから何も心配することはないぞ?」
「! それ、どういうことですかっ!?」
 一番気になっているのはそこだろう?
 そう悪戯に笑う斗弛弥さん。僕は素直に頷き、虎君のお父さんとお母さんは僕のことを認めてくれているのかと詰め寄ってしまう。
「認めるも認めないも、あいつは葵じゃないとダメだろう?」
「僕だって虎君じゃないとダメですっ!」
「おい、今此処で張り合ってくるな。話が進まないだろうが」
 話を進めなくていいのかと苦笑され、僕は話を進めて欲しいから余計なことを言わないように自分の口を両手で塞いだ。
「まとまる前は葵に恋人ができて虎が死ぬんじゃないか心配していたし、まとまった今は葵にフラれて虎が犯罪者にならないか心配してるぞ。二人とも」
「『犯罪者』って……。二人とも酷いです……」
「しかたないだろう? 二人は何度も虎と一緒に暮らそうとしたのにその度に『葵と離れたくない』って突っぱねられてたんだぞ。何があっても付いて行かないって拒否し続けられたら執着を心配するのは親として当然だと思うぞ」
 虎君のお父さんとお母さんの『心配』に悲しくなる僕だけど、斗弛弥さんの言葉にうってかわって少し同情してしまった。
(僕、本当に虎君にずっとずっと大事にされてたんだ……)
 当たり前だと思っていた『大好きなお兄ちゃん』という存在は、虎君の努力のおかげで『当たり前』だっただけなのだと知ることができた。
 僕はそれが嬉しかった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

かわいい美形の後輩が、俺にだけメロい

日向汐
BL
過保護なかわいい系美形の後輩。 たまに見せる甘い言動が受けの心を揺する♡ そんなお話。 【攻め】 雨宮千冬(あめみや・ちふゆ) 大学1年。法学部。 淡いピンク髪、甘い顔立ちの砂糖系イケメン。 甘く切ないラブソングが人気の、歌い手「フユ」として匿名活動中。 【受け】 睦月伊織(むつき・いおり) 大学2年。工学部。 黒髪黒目の平凡大学生。ぶっきらぼうな口調と態度で、ちょっとずぼら。恋愛は初心。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

処理中です...