特別な人

鏡由良

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恋しい人

恋しい人 第68話

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「なんか最強の護身術らしい」
「『らしい』ってどういうこと」
「此処に編入するって言ったら叔父さんが教えてくれた。最低限自分の身は自分で守れるようにって」
 自分が習った護身術じゃないの? と呆れる慶史。姫神君は習ったと言うほどじゃないと肩を竦ませ、半年しか習っていないと弁解する。
 すると悠栖は「半年であんだけできるんだ!?」と姫神君に喰いついた。いったい昨日姫神君は相手の人に何をしたんだろう……。
「近い近い。習ったって言っても超基本的なことだけだからな?」
 お前の距離感どうかと思うぞ……。なんて言いながら悠栖を邪険にしないあたり姫神君はやっぱり優しい。
 椅子に座り直す姫神君。悠栖は注意されたばかりだから気を使って姫神君の向かいに座ってクラヴ・マガは何処で習えるんだと尋ねていた。
「『何処で』って言われても……俺は叔父さんに教わったからなぁ……」
「叔父さんってつえぇの?」
「んー……。いや、武術マニアなだけだと思う」
 悠栖は明らかに姫神君の叔父さんに教えてもらおうと思ってる気がする。
 それに気づかない姫神君は律義に質問に答えていて、僕はどうやって話を逸らせようかと必死に考えた。
 きっとこれが姫神君じゃなければ僕も流れを見守っていただろう。でも、昨日虎君から聞いた話を思い出してしまったから、静観するわけにはいかなかった。
(姫神君、きっとまだ家族の話、楽しくできないよね……?)
 昨日、僕は晩御飯を食べた後、姫神君と友達になったと虎君に話した。すると虎君はあまりいい顔をしなくて、むしろ適度な距離感で付き合った方が良いと言われてしまった。
 その言葉を聞いた時、僕は凄くショックだった。どうしてそんなことを言うの? と。
 でも、虎君は僕のことを一番に考えてくれる人。理由なくそんなことを言う人じゃないことは良く知っていた。
 だからはぐらかそうとした虎君に真相を教えて欲しいとせっついて虎君が知っているすべてを教えてもらった。
 そして教えてもらった僕は、聞いちゃダメなことだったと自分の探求心を疎ましく思った。だってそれは姫神君が誰にも知られたくないだろう過去の傷だったから……。
 虎君は僕が落ち込むと分かっていたんだ。だから、最後の最後までまだ知らなくていいと言っていたんだろう。
 話を聞いた僕は虎君に随分長い時間宥めてもらって漸く眠ることができたぐらい落ち込んだ。
 それは姫神君の秘密を盗み見たからというのも理由の一つだけど、一番はその秘密があまりにも辛かったからだ。
(姫神君が同性の恋愛に否定的なのは、お父さん達のことがあるからだよね……?)
 気づかれないように盗み見れば、予想通りねだる悠栖に困り顔の姫神君が目に入った。
 姫神君は『家が遠いから』、『叔父さんは忙しい人だから』と理由を並べて悠栖のお願いを断っている。
 でも悠栖はそれでも食い下がっていて、よほど昨夜の姫神君のクラヴ・マガに感激したようだ。
 僕は困り切っている姫神君に助け舟を出さなくちゃと慌てて口を開いた。
「そんなにクラヴ・マガを習いたいなら、陽琥さんに頼んであげようか?」
「え? マモ、知ってんの?」
「うん。昔ちょっとだけ習ってたから」
「! マジで!? じゃ、マモも姫神みたいに動けるのか!?」
 身体ごと僕を振り返る悠栖は、姫神君から僕にターゲットを変更したようだ。
 視界の端でホッとしたように息を吐いている姫神君の姿が見えて、とりあえず一安心。
「姫神君みたいっていうのがどの程度かは分からないけど、僕にできるって、悠栖、本当に思う?」
「全然思わない! でも、姫神もこんなひょろひょろの腕で柔道部の奴を叩きのめしたし、できるんだろ?」
 尋ねたのは僕だけど、そんなきっぱり言い切らなくても……。それに、姫神君もとばっちりだからね?
 悪気無い悠栖の無邪気さに僕は苦笑い。するとそれまで我関せずを貫いていた慶史が呆れたと言わんばかりに口を開いた。
「悠栖、葵は護身術を習ってもだいたい一日で辞めてるからね?」
「マジで? それ、習ったって言えるのか?」
「言えるわけないでしょ。葵も見栄張らないの」
 何が『ちょっとだけ習ってた』だよ。
 呆れ顔の慶史の言葉に僕は苦笑いを濃くして、1日でも習っていた事には変わらないと言い訳した。
 本当は姫神君から話題を逸らしたかっただけなんだけど、それは言えないから仕方ない。
「なんだ。マモも実は超強いのかと思ったのになぁ」
「期待を裏切ってごめんね? でも、陽琥さんはブラックベルトだし、本気で教えて欲しいなら頼んでみるよ?」
「『ブラックベルト』って何? 空手の黒帯的なやつ?」
「うん。そんなかんじだと思う」
 興奮を隠せない悠栖。朋喜は「大丈夫なの? 迷惑にならない?」と心配そう。
 正直、朋喜の言った通り仕事の邪魔になることは確かだ。
 でも、これ以外に話題を逸らせる方法が思いつかなかったんだもん……。
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