特別な人

鏡由良

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恋しい人

恋しい人 第134話

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「意地悪、は、ヤダ……」
「! 分かってる。……俺も葵が『気持ちいい』ことしかしたくない」
「本当……?」
 意地悪しないで……。
 そう訴えれば虎君は横を向いて身を丸めた僕の耳元に囁きを落とし、ちゅっとキスしてきた。
 こっちを向いて? そう言いながら優しいキスを繰り返してくれる虎君の声はいつもよりもずっとずっと色っぽい。でも、いつも通りとても優しい……。
 僕を呼ぶ声は愛しさを募らせて、恥ずかしさよりも虎君が恋しい気持ちが上回る。
「やっとこっち向いてくれた」
「とらく―――」
 下がる目尻で見つめられたら、心臓が潰れそうだ。僕の声を堰き止めるキスは射精してクリアになった頭を再び蕩けさせて……。
「愛してるよ、葵。本当に愛してる……」
 キスの合間に何度も何度も切なげに告げられる愛の言葉に、涙が零れそうになる。
 僕も大好きだと答えたかったけど、答えるよりもキスが欲しくて虎君の唇が離れるたび卑しいまでにそれを追いかけてしまう。
「随分積極的だな」
「それ、ダメなの……?」
「全然ダメじゃないよ。……でも、なけなしの理性が無くなりそうだからちょっと困る」
 そう言いながらも全然困ってるように見えないと思うのはどうしてだろう……?
 僕は虎君を引き寄せ、それでもいいと再びキスを求めた。
「ダメだよ。理性が無くなったら絶対に葵を傷つける」
「いいの。それでいいから、ねぇ……」
 もっとキスして。もっと触って。もっと僕を求めて……。
 そう願い恋焦がれる僕に虎君はキスをしてくれる。触ってくれる。そして、僕が『欲しい』と言ってくれる。
 でも、そのどれもがやっぱり理性的だと思った……。
(僕はこんなに虎君のことだけなのに、虎君はどうして違うの……?)
 虎君と愛し合いたくてそのこと以外考えられない僕とは違い、余裕さえ見える虎君の態度に不満よりも不安を覚えた。
 僕相手じゃ夢中になれないと言われているような気さえして、マイナス思考が止まらない。
(『好き』でも、『愛してる』でも、僕が男だから無理なの……?)
 愛と欲は別物。それは僕も分かってる。
 でも、愛してるから欲しいと思う僕には、愛してるのに欲しいと思ってくれない虎君の心が分からない……。
(そういえばいつも僕だけだった気がする……)
 一緒にいたいとは思ってもらえている。でも、エッチしたいと望むのはいつだって僕だけ。
 つまり、触りたいと、触って欲しいと僕がねだるから虎君は僕とこういうことをしてくれるだけなのかもしれない。
 イヤな考えはキスに蕩けていた僕の思考に理性を生んだ。
 そして生まれた理性は僕に不安と恐怖を覚えさせ、愛し合いたいと願う欲に『恥』を感じさせた。
「葵……?」
 キスを止めるよう覆いかぶさる虎君を押しやれば、どうしたの? と心配そうな表情が。
 その眼差しに確かに込められている『愛』が無性に悲しくて、僕の視界は涙に歪んだ。
「! 葵、どうしたんだ? 何処か痛い?」
「ちがっ、ちがうっ……」
「なら、俺が怖い……?」
 泣くつもりなんてなかったのに、意思に反してボロボロと零れる涙。目尻を伝い、耳を濡らすそれが気持ち悪かった。
 虎君は突然泣き出した僕の涙を拭うように唇を目尻に寄せ、「もう怖いことはしないから」と言って謝ってきた。
 どうして虎君が謝るんだと思いながらも、僕はそれを口に出すこともできず、虎君にしがみついてただ『嫌だ』としか言えなかった。
(僕だけなんてヤダよ……。ちゃんと虎君も僕のこと『欲しい』って思ってほしいよ……)
 こんなに愛してくれているのに、どうして欲しいと思ってもらえないんだろう?
 こんなに、こんなに大切にしてくれているのに、どうして……。
「葵、頼むから泣かないで……」
 本当にごめん。そう謝りながら僕を抱きしめる虎君は、こうやって抱き合っているだけで充分幸せだからと言う。一緒にいられるだけでいい。と……。
 それは僕が望んでいるのは『愛』の形とは正反対の『愛』。
 どちらも愛には変わりないけど、僕はどうしても虎君のいう『愛』では虎君を想えなかった。
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