特別な人

鏡由良

文字の大きさ
421 / 552
恋しい人

恋しい人 第135話

しおりを挟む
 好きな人に、愛した人に求めて欲しいと望むことは悪い事じゃない。
 でも、自分がとても汚らわしい人間のように思えて恥ずかしかった。できることなら、今すぐ虎君の傍から消えてしまいたかった。
(どうしてただ好きだけじゃダメなの……? どうして触りたいって、触って欲しいって思っちゃうの……)
 虎君は望んでいないと分かっている。それなのに僕はまだ卑しいまでに虎君と愛し合いたいと望んでしまっている。
 それが辛いし恥ずかしいしで、僕はどうしていいか分からなくなる。
 虎君はそんな僕を抱き締め、その大きな手で僕を落ち着かせるように髪を撫で続けてくれていた。
(こんなに、こんなに好きなのに……)
 いや、『こんなに好きだからこそ』、虎君と愛し合いたい。
 でも、一方的な想いで愛し合いたいとは思わないから、僕はちゃんと欲を我慢するから今だけは許して欲しいと虎君にしがみついた。
「! え……?」
「怖がらないで……。意地でも鎮めるから」
 強く抱きついてしまったから密着した身体。そのせいか、僕の足に当たったのは硬い何か。
 それが何かすぐに分かった僕が驚いて顔を上げたら、虎君は離れないでと僕を強く抱きしめてきた。
(ど、して……? 虎君、したくないんじゃないの……?)
 愛し合いたいと思ってないはずなのに、どうして大きくなってるの……?
 僕の太ももに当たっているのは硬くなった虎君の局部で、それは『僅かな反応』ではなく明らかな反応に思えた。
 戸惑いながらも虎君を見つめれば、視線に気づいた虎君は困ったように笑って「ごめん」と謝ってきた。
 でも僕が欲しいのは謝罪の言葉じゃなくて、何故こうなっているかの説明だ。
「そんな顔で見ないで。……でも、出来るなら言い訳させて欲しい」
「『言い訳』……?」
「好きな子が裸で自分のベッドにいたら大抵の男ならこうなるってちゃんと分かってて」
 だから、頼むから次からは不用意に可愛く誘惑しないで欲しい。
 そう言ってくる虎君に、僕は言葉選びが間違っていると思った。
 だって今の言い方だと虎君は愛し合いたいと思ってるけど僕が嫌がっているみたいだ。実際は真逆なのに。
「……どうした?」
「エッチしたくないのは、虎君でしょ……?」
「え?」
 何か言いたそうな視線に気づいた虎君が促してくるから、僕は率直な言葉で尋ねた。抱き合うだけがいいんだよね? と。
 すると虎君は物凄く驚いた顔で僕を見下ろしてきた。その視線は『何を言ってるか分からない』と言わんばかりだ。
「そんなわけないだろ? したくないのにこんな風になるわけないだろ?」
 葵を抱きたいから勃ってるのになんでそんな風に思うんだ?
 自分が誤解させるようなことをしたのかと尋ねてくる虎君。僕はその言葉に「本当に?」と尋ね返した。本当に僕とエッチしたいと思ってくれているの? と。
「だから、したいからこうなってるんだって」
「で、でも……」
「『でも』、何? 勘違いした理由、ちゃんと教えて?」
 虎君の懇願するような表情に胸がきゅんとなる。
 はっきりと『勘違い』と言ってもらえて安心した僕は虎君に抱き着き、不安を感じた理由を正直に話すことができた。
(僕と愛し合いたいから、こんなに硬くなってるんだよね……?)
 密着すると伝わる虎君の興奮。それが嬉しくて、ドキドキして、自分が恥ずかしいぐらい期待してると分かった。
「どうして虎君はそんなに普通なの……? 僕は、……僕はこんなにいっぱいいっぱいなのに……」
「それは―――、……それは、頑張ってカッコつけてるだけだよ」
 本当は死ぬほど緊張してるし、なんなら自分でも引くほどがっついてる。
 苦笑交じりにそう言った虎君は「今も頭ん中で素数数えてる」と困ったような笑顔を見せてくれた。
「絶対に葵を傷つけたくないんだ。……痛い思いも、させたくない……」
「虎君……。……でも、僕は平気だよ……? ちょっと痛いぐらいなら、我慢できるよ……?」
「またそんなこと言って誘惑してくる。悪い子だな、葵は」
 落ちてくるのは唇に吸い付くようなキス。何度も落ちてくるキスを受け取りながら、僕は唇への愛撫の合間に本心だと伝えた。虎君と愛し合えるのなら平気だよ。と。
「それでも、ダメだ。……もし痛い思いをしてもうしたくないって思われたら俺が困るし」
「! それ僕の心配じゃない」
「違うって。もちろん一番は葵の心配だから拗ねないでくれよ」
 この状況で苛めないでくれよ。
 そう笑いながらキス繰り返す虎君に僕はその首に腕をまわし、「ご機嫌とって」と笑いながらもっと幸せになれるキスをねだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

かわいい美形の後輩が、俺にだけメロい

日向汐
BL
過保護なかわいい系美形の後輩。 たまに見せる甘い言動が受けの心を揺する♡ そんなお話。 【攻め】 雨宮千冬(あめみや・ちふゆ) 大学1年。法学部。 淡いピンク髪、甘い顔立ちの砂糖系イケメン。 甘く切ないラブソングが人気の、歌い手「フユ」として匿名活動中。 【受け】 睦月伊織(むつき・いおり) 大学2年。工学部。 黒髪黒目の平凡大学生。ぶっきらぼうな口調と態度で、ちょっとずぼら。恋愛は初心。

処理中です...