467 / 552
初めての人
初めての人 第25話
しおりを挟む
顔を真っ赤にして俯き固まっていた僕の腕を掴んで立たせるのは慶史で、この話の続きは部屋でするから着いて来るよう三人に言葉を残し、そのまま僕を引っ張って歩き出した。
「頼むからあんまり無防備な顔しないで。先輩の脅威があるって言っても理性がぶっ壊れた野獣は後先考えずに突っ走るんだからね」
「ど、どういうこと……?」
「葵が可愛すぎて理性を無くす奴が出てくる可能性の話。ったく、可愛いのも大概にしてよね。こんなんじゃ防ぎきれない」
怒気を含んだ声。内容はともかく、迷惑をかけていることは伝わったからまずは素直に謝ったんだけど、それは慶史をますます怒らせることになってしまった。
「どうせ『僕は可愛くない』とか思ってるんでしょ! 本当、いい加減にして!」
と。
慶史は僕のことを何度も可愛いといい、今度可愛くないと自分を卑下したらその都度虎君を罵倒すると訳の分からないことを言ってきた。
「意味が分からないよ」
「先輩はクソヘタレ童貞野郎」
「! 慶史っ!」
「分かったって言うまで続けるから」
「もう! 分かった! 分かったから酷いこと言わないで!!」
虎君の悪口なんて聞きたくない僕は慶史が言う通りもう自分を卑下する言葉を口にしないと声を荒げた。お願いだから虎君のことを悪く言わないで。と。このままだと慶史のことを嫌いになっちゃう。と。
訴える僕に慶史が返すのは無言。昇降口に到着すると一時的に腕は解放され、居心地の悪さを感じながらも靴に履き替えれば、すぐにまた手を掴まれそのまま引っ張られてしまった。
強引な手に掴まれているから、腕が痛い。慶史が何をそんなに怒っているのか分からず、僕は戸惑いを隠せない。
すると突然寮への帰り道を歩く慶史が「げっ」と声を上げた。僕が何かと思った次の瞬間、解放される腕。そして―――。
「何で此処にいるんですか」
辛辣な物言いは敵意が剥き出し。そのせいでそれが誰に向けられた言葉か僕は嫌でも分かってしまった。
「葵は今から俺の部屋に遊びに来るんですけど? ちゃんと聞いてますよね?」
「ああ。聞いてるよ。……時間を潰しに行く前に少しでも逢えればと思って待っていただけだ」
慶史の背中越しに顔を覗かせれば、正門の前に虎君の姿があった。
一目逢いたいからとわざわざ待っていてくれた虎君に僕は駆け寄ろうと思ったんだけど、機嫌が悪い慶史に行く手を阻まれてしまった。
「け、慶史……」
「藤原、何の真似だ?」
「葵をさっさと解放して欲しかったら我慢してください。俺の機嫌を損ねたら葵と過ごす時間、減りますよ?」
満面の笑みを浮かべ、「先輩は損得を考えられない低能じゃないですよね?」と挑発の言葉を続ける慶史。
本当、どうして慶史がこんなに怒っているのか全く分からない僕はただただオロオロしてしまう。
「……わかった」
「! 随分聞き分けが良いんですね」
「葵を困らせたくないだけだ。……葵、話が終わったら連絡して?」
「うん……。分かった」
疲労を滲ませた虎君は片手で目元を覆い隠すと盛大に溜息を吐き、手を離した時にはいつもの笑顔に戻っていた。でも、手で顔を隠していた時に眉間に不快感を示す皴が寄ったのを僕は見逃さなかった。
(本当は怒りたいのに我慢してくれたんだ……。僕のために……)
『ライバル』からの明らかな挑発。もし僕が虎君の立場なら、絶対にこんな大人な対応はできない。きっと感情に任せて挑発に乗ってしまうだろう。
でも虎君は僕が板挟みになって辛い思いをするぐらいならと自分を制し、こんな風に笑ってくれたのだ。
(ああ……。やっぱり僕、虎君が大好きだ……)
心臓がギュッと締め付けられ、苦しくなる。
どうしようもないほどこの人が好きだと実感していたら、僕は舌打ちを零して再び歩き出す慶史に手を引かれ、虎君の隣を通り過ぎる。
ついつい振り返ってしまうのは、やっぱり愛しい人が恋しいからだろう。
手を振り見送ってくれる虎君。僕は小さく手を振り返し、もらった愛にとても穏やかな気持ちになれた。
虎君の愛に満たされたおかげで生まれた余裕は周りを気遣う優しさを僕にくれて、親友と向き合う勇気も湧いてきたから本当に人の心って不思議だ。
「慶史、なんでそんなに怒ってるの?」
親友に向き直ると、その機嫌の悪さを心配する。すると、慶史から返ってきたのは小さな謝罪の言葉だった。
「……ごめん」
「『ごめん』より理由が知りたいな。僕、また慶史に嫌な思いさせちゃった?」
「! 葵は何も悪くない! てか、今まで葵に嫌な思いさせられたことなんてないから!」
振り返って弁解する慶史。きっと慶史自身、良心の呵責に苛まれているのだろう。だってとても辛そうな顔をしているから。
僕は足を速めて慶史の隣に並ぶと、もう一度「どうしたの?」と尋ねた。
「頼むからあんまり無防備な顔しないで。先輩の脅威があるって言っても理性がぶっ壊れた野獣は後先考えずに突っ走るんだからね」
「ど、どういうこと……?」
「葵が可愛すぎて理性を無くす奴が出てくる可能性の話。ったく、可愛いのも大概にしてよね。こんなんじゃ防ぎきれない」
怒気を含んだ声。内容はともかく、迷惑をかけていることは伝わったからまずは素直に謝ったんだけど、それは慶史をますます怒らせることになってしまった。
「どうせ『僕は可愛くない』とか思ってるんでしょ! 本当、いい加減にして!」
と。
慶史は僕のことを何度も可愛いといい、今度可愛くないと自分を卑下したらその都度虎君を罵倒すると訳の分からないことを言ってきた。
「意味が分からないよ」
「先輩はクソヘタレ童貞野郎」
「! 慶史っ!」
「分かったって言うまで続けるから」
「もう! 分かった! 分かったから酷いこと言わないで!!」
虎君の悪口なんて聞きたくない僕は慶史が言う通りもう自分を卑下する言葉を口にしないと声を荒げた。お願いだから虎君のことを悪く言わないで。と。このままだと慶史のことを嫌いになっちゃう。と。
訴える僕に慶史が返すのは無言。昇降口に到着すると一時的に腕は解放され、居心地の悪さを感じながらも靴に履き替えれば、すぐにまた手を掴まれそのまま引っ張られてしまった。
強引な手に掴まれているから、腕が痛い。慶史が何をそんなに怒っているのか分からず、僕は戸惑いを隠せない。
すると突然寮への帰り道を歩く慶史が「げっ」と声を上げた。僕が何かと思った次の瞬間、解放される腕。そして―――。
「何で此処にいるんですか」
辛辣な物言いは敵意が剥き出し。そのせいでそれが誰に向けられた言葉か僕は嫌でも分かってしまった。
「葵は今から俺の部屋に遊びに来るんですけど? ちゃんと聞いてますよね?」
「ああ。聞いてるよ。……時間を潰しに行く前に少しでも逢えればと思って待っていただけだ」
慶史の背中越しに顔を覗かせれば、正門の前に虎君の姿があった。
一目逢いたいからとわざわざ待っていてくれた虎君に僕は駆け寄ろうと思ったんだけど、機嫌が悪い慶史に行く手を阻まれてしまった。
「け、慶史……」
「藤原、何の真似だ?」
「葵をさっさと解放して欲しかったら我慢してください。俺の機嫌を損ねたら葵と過ごす時間、減りますよ?」
満面の笑みを浮かべ、「先輩は損得を考えられない低能じゃないですよね?」と挑発の言葉を続ける慶史。
本当、どうして慶史がこんなに怒っているのか全く分からない僕はただただオロオロしてしまう。
「……わかった」
「! 随分聞き分けが良いんですね」
「葵を困らせたくないだけだ。……葵、話が終わったら連絡して?」
「うん……。分かった」
疲労を滲ませた虎君は片手で目元を覆い隠すと盛大に溜息を吐き、手を離した時にはいつもの笑顔に戻っていた。でも、手で顔を隠していた時に眉間に不快感を示す皴が寄ったのを僕は見逃さなかった。
(本当は怒りたいのに我慢してくれたんだ……。僕のために……)
『ライバル』からの明らかな挑発。もし僕が虎君の立場なら、絶対にこんな大人な対応はできない。きっと感情に任せて挑発に乗ってしまうだろう。
でも虎君は僕が板挟みになって辛い思いをするぐらいならと自分を制し、こんな風に笑ってくれたのだ。
(ああ……。やっぱり僕、虎君が大好きだ……)
心臓がギュッと締め付けられ、苦しくなる。
どうしようもないほどこの人が好きだと実感していたら、僕は舌打ちを零して再び歩き出す慶史に手を引かれ、虎君の隣を通り過ぎる。
ついつい振り返ってしまうのは、やっぱり愛しい人が恋しいからだろう。
手を振り見送ってくれる虎君。僕は小さく手を振り返し、もらった愛にとても穏やかな気持ちになれた。
虎君の愛に満たされたおかげで生まれた余裕は周りを気遣う優しさを僕にくれて、親友と向き合う勇気も湧いてきたから本当に人の心って不思議だ。
「慶史、なんでそんなに怒ってるの?」
親友に向き直ると、その機嫌の悪さを心配する。すると、慶史から返ってきたのは小さな謝罪の言葉だった。
「……ごめん」
「『ごめん』より理由が知りたいな。僕、また慶史に嫌な思いさせちゃった?」
「! 葵は何も悪くない! てか、今まで葵に嫌な思いさせられたことなんてないから!」
振り返って弁解する慶史。きっと慶史自身、良心の呵責に苛まれているのだろう。だってとても辛そうな顔をしているから。
僕は足を速めて慶史の隣に並ぶと、もう一度「どうしたの?」と尋ねた。
0
あなたにおすすめの小説
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
かわいい美形の後輩が、俺にだけメロい
日向汐
BL
過保護なかわいい系美形の後輩。
たまに見せる甘い言動が受けの心を揺する♡
そんなお話。
【攻め】
雨宮千冬(あめみや・ちふゆ)
大学1年。法学部。
淡いピンク髪、甘い顔立ちの砂糖系イケメン。
甘く切ないラブソングが人気の、歌い手「フユ」として匿名活動中。
【受け】
睦月伊織(むつき・いおり)
大学2年。工学部。
黒髪黒目の平凡大学生。ぶっきらぼうな口調と態度で、ちょっとずぼら。恋愛は初心。
リンドグレーン大佐の提案
高菜あやめ
BL
軍事国家ロイシュベルタの下級士官テオドアは、軍司令部のカリスマ軍師リンドグレーン大佐から持ちかけられた『ある提案』に応じ、一晩その身をゆだねる。
一夜限りの関係かと思いきや、大佐はそれ以降も執拗に彼に構い続け、次第に独占欲をあらわにしていく。
叩き上げの下士官と、支配欲を隠さない上官。上下関係から始まる、甘くて苛烈な攻防戦。
【支配系美形攻×出世欲強めな流され系受】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる