特別な人

鏡由良

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初めての人

初めての人 第26話

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「……分からない……」
「何にイライラしてるか『分からない』ってこと?」
「……違う。先輩のこと、どうやったら好きになれるか分からないってこと……」
 どんなに頑張っても好感を持てない。
 そう言った慶史は小さな声でまたごめんと謝ってきた。その声のトーンに、これはいつもの軽口とは違い本当に心からの本音なんだと理解した。
 僕のために過去を水に流して虎君と向き合おうとしてくれている慶史。でも、過去の記憶はそう簡単には消えてくれない。慶史がどれほど『今』を見ようとしても、『過去』が追いかけてきてそれを邪魔してしまう。
 そのまま口を噤んだ親友に、僕は「そっか」と笑った。なら仕方ないね。と。
「……怒らないの?」
「どうして? 慶史の気持ちは慶史だけのものでしょ? 慶史が『嫌だ』って思ったものを僕が『ダメ』なんて言えないよ」
「でも、いつもは怒るじゃん……」
「それは慶史が僕に悪口を聞かせるからでしょ? まぁそれは辛い思いしてるって気付かずいっぱい相談しちゃってた僕が悪いんだけど」
「葵……」
「でも、だから僕もごめんね? 慶史がどれほど虎君を嫌いだって言っても僕は虎君が大好きだからずっと慶史に嫌な思いさせちゃう。なるべく話題に出さないようには気を付けるけど、それでも思い出しちゃうよね?」
 慶史のことは大切な友達だと思っているし、一生付き合える親友だとも思ってる。でもそんな慶史のためでも、僕は虎君と離れることはできない。絶対に。
「だって僕の気持ちは僕だけのものだから、ね」
 そう告げた僕の耳に届くのは慶史が息をのんだ音。そして、深く吐き出された息の音。
「分かってるよ……。俺も葵に『大好きな人』と別れて欲しいなんて言わないし思ってない。……あの人のこともすごいとは思ってる。ちょっとだけ。でも、あの人のことを認めちゃったら俺は俺でなくなる気がするんだ……」
「慶史……?」
 思いつめたようなその表情に、言葉では言い表せない不安を覚えた。それが声に出てしまったのだろう。
 慶史は口元を一度ぎゅっと引き締め、そして口を開いた。
「だって、あの人を認めるってことはこれまでされたムカつくことも全部許すことになるでしょ? そんなの腹立つじゃん」
「う、うん……。分かってる。……でも、大丈夫だよ。慶史が虎君をどう思っているかは僕達には無関係だよ」
「『無関係』なわけないでしょ。あの人は葵の恋人なんだから」
「そうだね。でもみんなが言うんだもん。『慶史の拒絶反応は当然だ』って。虎君自身も自分は慶史に嫌われて当然だって言ってるし、虎君が納得してることを僕が嫌だっていうのも変な話でしょ?」
「それはそうだけど」
「もし、もし僕のために変わろうと思ってくれているなら、いつか虎君のことを好きになってくれたら嬉しい。でも、焦らないでね? ゆっくりでいいから、ね?」
 かっこいいことたくさん言ったけど、やっぱり『絶対にありえない』は悲しい。
 そう伝えたら、慶史は悪態を返してくる。いつも通りのその雰囲気に少しだけ安心できた。
「あの人が死ぬまで葵一筋だったら全部水に流してあげるよ。仕方ないから」
「なぁ、あれって水に流すって言うのか?」
「分かってないな、悠栖は。意地っ張りな慶史君の照れ隠しに決まってるでしょ」
「だな。口では『認めない』とか言って、めちゃくちゃ信じてるもんな。葵の彼氏のこと」
 慶史が一瞬見せた思いつめたような表情が気になる。でも、追い付いた悠栖達がじゃれるように話に入ってくるから、あの表情の原因を聞くことはできなかった。
「はぁ? 信じてるわけないだろ?」
「信じてなかったらそもそも付き合うことすら許さないだろうが」
「それはっ―――、それは葵が『大好き』だって泣くから仕方なくだしっ!」
 同い年に言い負かされそうな慶史を見るのは初めてかもしれない。
 そんなことを考えながら二人を眺めていたら那鳥君からまさかの言葉が飛び出して、焦る。
「もし葵の彼氏が慶史の言う通りの奴だったら、いくら葵が『好きだ』って騒いでも俺は全力で邪魔するしなんなら別れさせる」
「うわぁ。出た、過保護」
「那鳥の気持ちはわかるけど、邪魔も別れさせるも止めとけよ。部外者が首突っ込んでも話がややこしくなるだけだぞ」
「……悠栖に正論説かれるとか、屈辱だな」
「だな」
 肩を落とし項垂れる那鳥君に慶史が「心中察するぜ」と肩を叩く。悠栖はそんな二人に不満を訴えるんだけど、話を聞いていた朋喜に「なら僕ももう首を突っ込まないね」と満面の笑みをもらうと「それは困る!」と慌てていた。どうやら朋喜は悠栖に汐君のことを度々助言していたようだ。
「でも話がややこしくなるんでしょ? そんな風に言われて口出しなんてできないよ」
「だ、だから! それは邪魔するとか別れさせるとかそういう目的でってことで朋喜は俺がチカと喧嘩しないようにとかすれ違ったりしない様にって気を使ってくれてるから全然違うんだって!」
「え、朋喜ってばそんなボランティアしてるの? 優しすぎない?」
 悠栖の言葉に驚くのは慶史で「慈愛精神が旺盛すぎるでしょ」と少し呆れているようだった。
「放っておいてもいいんだけど、放っておいていざ揉めたりしたらそれこそ面倒だと思わない?」
「! 確かに。それなら揉める前に手を打った方が楽は楽だな」
「そういうこと」
 同室だと逃げられないから被害を最小限に留める為には仕方ないことだと肩を竦ませる朋喜。それに慶史は納得し、悠栖は「ひでぇ!」と声を荒げ、那鳥君は何とも言えない顔をしていた。
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