特別な人

鏡由良

文字の大きさ
474 / 552
初めての人

初めての人 第32話

しおりを挟む
「そりゃそうだろ。揉めたのは申請が来た時だし、生徒が知るわけないだろ」
「それってセンセー達しか知らないってこと? なんで生徒が知らない情報をお前が知ってるんだよ?」
「俺は顔が広いから」
「面の皮が厚い、じゃなくて?」
 自慢気な慶史にまた余計なちゃちゃを入れる悠栖。当たり前のように慶史は悠栖の足を踏みつけてその軽口を窘め、悠栖は座っていたから反応が遅れたと足の甲を抑えて悶絶していた。
 痛がる悠栖に余計なことを言うからだと苦笑する朋喜と姫神君に僕も交じって笑うんだけど、うまく笑えてるか不安だ。
 だって、慶史が話さなかった『誰から』聞いたかなんとなく分かってしまったから。
(生徒が知らないなら、先生の誰か、だよね……)
 楽し気な雰囲気とは裏腹に過ったのは生々しい想像で、怖くなる。
 虎君が教えてくれる『恋人』としての時間は甘くて幸せで僕を堪らない気持ちにしてくれる。でも、慶史が『誰か』と行う行為は僕達のそれと同じでも目的が全く違うから恐怖を覚えるのだ。
(虎君意外に触られるなんて絶対ヤダ……)
 そう強く思いながらも、もし自分の身に慶史と同じことが起こったら同じ気持ちでいられるだろうか? と『もしも』を想像してしまう。
 逃げ場がない状態で『行為』を強要され、身体を弄ばれ、人としての尊厳を踏みにじられたら、僕はどうなってしまうのだろう……。
(怖い……。怖いよ……、虎君……)
 想像するだけでこんなに怖いんだから、慶史が与えられた恐怖はどれほどのものだったか想像もできない。
 僕は笑いながら悠栖達とじゃれる慶史がとても強く、とても気高く感じた。僕は慶史のようにふるまうことはできないと思うから……。
「そういうことだから、葵が『入寮する!』なんて本気で言い出したら今度こそ寮夫さん達の胃に穴が開いちゃうよ」
「え……?」
 だからこのまま家から通っていいんだよ。って慶史が僕を振り返り笑うんだけど、途中から話を聞いていなかった僕は突然振られた話に戸惑いを隠すことができなかった。
 朋喜と那鳥君は僕の名前を呼んで首を傾げ、悠栖はニヤニヤ笑いながら「先輩のこと考えてたんだろ?」なんて言ってくる。
 僕は話の前後が分からないから下手なことを言えず、「ごめん」と空笑いを返すことしかできなかった。
(うぅ……、慶史の目、気づかれたかな……)
 僕がまた慶史の過去を思い落ち込んでいたと感じ取ったのか、顔は笑顔でも目が笑ってないその表情に心臓が痛くなる。
「ったく。マモも大概先輩のこと好き過ぎだよな」
「葵君『も』ってことは、自分もそうだって言ってるの? 汐君のことが大好きだってアピール?」
「ばっ! ちがっ! 先輩のことだって分かるだろうが! 空気読めよ!!」
「葵が彼氏にべた惚れだってことは同意だけど、葵の彼氏程じゃないだろ。あの人の『重さ』に張り合える奴なんて世界中探しても早々見つからないと思うぞ?」
「そりゃ『葵に振られた』って勘違いで生きることを放棄した人だからね」
「それ、ちー先輩も言ってたけど、話盛ってるんだよな?」
「いや、事実」
「実際危なかったって聞いたよ」
「ま、マジかぁ……。俺、今まで源のこと『重い』って思ってたけど、全然普通だったんだな……」
 呆然と僕を見てくる那鳥君の視線に、「だから『重い』って言わないでよ」とようやく気持ちを立て直して反応を返す僕。
 那鳥君はほっぺたを膨らます僕に形だけの謝罪をくれる。
「慶史も悠栖も朋喜も、迷惑かけたとは思うけどその話、あんまりして欲しくないよ」
「ごめんね、葵君。悪ふざけが過ぎたよね?」
「お、俺もごめん!」
 虎君を苦しめた過去の自分を思い出すのは辛いと苦笑交じりに伝えれば、朋喜も悠栖も分かってくれたのか謝ってくれる。
 でも、慶史は二人とは違い、「二度と一人でぐるぐるしないなら、もう言わない」と笑顔で話題に出さない条件を突き付けてくる。
「慶史の意地悪」
「意地悪でいいよ。俺は葵が辛い思いしないためなら喜んで悪者になれるから」
「! 慶史……」
 親友からの突然の告白に、僕は不覚にも感動してしまう。でも、慶史の優しさに喜んでいる僕の耳に届く声に、せっかくの感動が台無しになってしまった。
「なぁ、あれって先輩に対する嫌味だよな?」
「そうなんじゃないか? 葵の彼氏って胸焼けするほど甘やかしてそうだし」
「確かにお兄さんって葵君のこと猫可愛がりして怒ったりしなさそうだよね」
 こそこそ内緒話しているつもりの三人。僕はその声に『違うよね?』と慶史を信じようと思うんだけど―――。
「甘やかすだけの愛情とか、馬鹿でもできるよね」
 満面の笑みで虎君の愛を否定してきた。その言葉を聞いた僕は当然腹を立ててしまう。虎君の想いを知らないくせに! と。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

かわいい美形の後輩が、俺にだけメロい

日向汐
BL
過保護なかわいい系美形の後輩。 たまに見せる甘い言動が受けの心を揺する♡ そんなお話。 【攻め】 雨宮千冬(あめみや・ちふゆ) 大学1年。法学部。 淡いピンク髪、甘い顔立ちの砂糖系イケメン。 甘く切ないラブソングが人気の、歌い手「フユ」として匿名活動中。 【受け】 睦月伊織(むつき・いおり) 大学2年。工学部。 黒髪黒目の平凡大学生。ぶっきらぼうな口調と態度で、ちょっとずぼら。恋愛は初心。

処理中です...