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初めての人
初めての人 第54話
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虎君に抱かれてリビングに戻ってきた僕はそのままソファに降ろされる。降ろされると言っても僕はソファの上じゃなくて虎君の太ももの上に座ってるんだけど。
「あの、虎君……?」
「ごめん。少しの間だけ我慢して」
ぎゅっと抱きしめてくる腕に戸惑いながらも声を掛ければ、虎君は謝るだけで理由は教えてくれなかった。
でも、いつもよりも強い力で抱きしめてくる腕が震えていることに気付いて、自分がドジだったばかりに虎君に怖い思いをさせてしまったのだと漸く理解した。
「……大丈夫だよ。僕、どこも怪我してないよ」
「ん。分かってる。でも、頭が真っ白になった……」
僕が階段から落ちたと知って頭が真っ白になったと言う虎君は、無事だと分かって安心したものの、もしも怪我をしていたら? と起こらなかったはずの出来事を想像して息が止まりそうになったと言葉を続けた。
一層強く抱きしめてくる虎君は僕が思うよりもずっと怖い思いをしたのだろう。
ぎゅっと抱きしめられて苦しいし、リビングには姉さんもめのうもいて恥ずかしい。でもジッと虎君の腕の中に居るのは、虎君の気持ちが分かるから。
(僕も虎君が居なくなるかもしれないって考えるだけで怖くて堪らないもん……)
本当に大切な人だから、虎君に何かあったら……と想像するだけで息ができなくなる。
虎君が安心できるまで、気持ちが落ち着くまで虎君に寄りかかりその心臓の音に耳を傾けている僕。
するとその時、僕の携帯にメッセージが届いたと知らせる受信音がリビングに鳴り響いた。
誰からだろう? そんなことを考えながらも僕は身じろぎすらせず虎君の腕の中でトクトクと心地よい鼓動に夢見心地。
でも、そのあと立て続けに受信音が鳴り響けば、僕の気持ちはともかく無視し続けることは難しい。
虎君の気持ちが落ち着いたら確認しようと思っていた僕を他所に、連続で鳴った携帯に姉さんが「ちょっと」と声を上げた。
「虎、いい加減葵のこと解放しなさいよ」
耳が聞こえなくなったわけじゃないでしょ? と言わんばかりの呆れ声。
でも、気持ちは分かるけど……。と言葉が続けば姉さんも虎君ほどじゃないけど恐怖を感じたと知ることができた。
姉さんの声に、僕を抱きしめる腕から少し力が抜ける。けど、腕を解かれたわけじゃない。
姉さんの言っていることは分かるけど、消えない恐怖に僕を解放することはできない。
そんな虎君の心が伝わってきて、僕の方が離れたくないと思った。
だから虎君の服をぎゅっと握り、頬を摺り寄せ甘えて見せる。虎君が再び僕をぎゅっと抱きしめてくれるのはそれからすぐのことだ。
「ちょっと、私の話聞いて―――」
「姉さん」
「! でも……」
「虎君、僕、もう少しこのままが良い……」
虎君を責めるような声を窘めるのは僕の声。口籠る姉さんには申し訳ないけど、僕は虎君の腕の中に居たいと目を閉じた。
「おねーちゃん、ちゃいにぃととら、かなしいの?」
「違うわよ。悲しい、じゃなくて、怖い、よ」
「こわいの? どうして?」
「めのうはお兄ちゃんが怪我して怖くなかった?」
「すごくこわかった……。ちゃいにぃ、いたいのやだった……」
「でしょ? お姉ちゃんもすごく怖かったわ。……虎はね、私達よりもずっとずっと怖かったの。めのうは虎がお兄ちゃんのこと大好きってよーく知ってるでしょ?」
「しってる。とら、ちゃいにぃがいちばんっていつもいってるもん」
心配そうな妹の声が少しだけ元気になって、「ちゃいにぃがいたいいたいだから、とら、ぎゅっとしてるの?」と姉さんに質問を投げかける。
めのうの質問に「そうよ」と肯定の言葉を返す姉さん。大好きな人にぎゅっとしてもらったら痛くないでしょ? なんて言いながら。
「めのうもころんだとき、ママにぎゅってしてもらったらいたくなくなる! とら、ちゃいにぃぎゅーってして!」
「ちゃんとぎゅーってしてるから大丈夫よ。……お兄ちゃんの痛いのが無くなるまで絵本読んで待ってようね」
「うん! めのう、まってる!」
元気いっぱいの声が可愛い。そして、僕のためにお昼ご飯を食べずに待ってると言ってくれた妹にちょっぴり申し訳なさを覚えた。
可愛い可愛い妹を想う兄としては、もう大丈夫だと言ってあげたい。でも、めのうのお兄ちゃんである前に虎君の恋人である自分を優先してしまう僕は、きっと悪いお兄ちゃんだ。
(悪いお兄ちゃんになってもいいって思うほど、僕の一番はやっぱり虎君なんだなぁ……)
虎君が安心するなら、幸せだと言ってくれるなら、僕は大切な家族を後回しにすることを厭わない。
そんな薄情な自分に少し驚きながらも、人を好きになるって綺麗なことだけじゃないんだなと思った。嫉妬や疑心だけじゃなくて、周囲を多少なりともないがしろにしてしまうんだから。
好きになればなるほど、愛すれば愛するほど、想いに比例して醜さも生まれるのかもしれない。
(自分が変わってしまうのは怖いけど、それでも虎君のこと、もっと好きになりたい)
醜く変わってしまうかもしれない自分を想像すると、怖い。でも、それでも虎君を今以上に好きになりたいと思う。だって、僕は虎君の深い深い愛情に包まれているから。
虎君を好きになればなるほど僕は醜くなってしまうかもしれない。
けど、虎君の愛と優しさはそんな僕に『人に優しくありたい』、『大切な人達を大事にしたい』、そう思わせてくれるって信じてる。
だって、人に優しくできる人は、人を愛することができる人は、自分が誰かに優しくされた人だから。愛された人だと思うから。
「あの、虎君……?」
「ごめん。少しの間だけ我慢して」
ぎゅっと抱きしめてくる腕に戸惑いながらも声を掛ければ、虎君は謝るだけで理由は教えてくれなかった。
でも、いつもよりも強い力で抱きしめてくる腕が震えていることに気付いて、自分がドジだったばかりに虎君に怖い思いをさせてしまったのだと漸く理解した。
「……大丈夫だよ。僕、どこも怪我してないよ」
「ん。分かってる。でも、頭が真っ白になった……」
僕が階段から落ちたと知って頭が真っ白になったと言う虎君は、無事だと分かって安心したものの、もしも怪我をしていたら? と起こらなかったはずの出来事を想像して息が止まりそうになったと言葉を続けた。
一層強く抱きしめてくる虎君は僕が思うよりもずっと怖い思いをしたのだろう。
ぎゅっと抱きしめられて苦しいし、リビングには姉さんもめのうもいて恥ずかしい。でもジッと虎君の腕の中に居るのは、虎君の気持ちが分かるから。
(僕も虎君が居なくなるかもしれないって考えるだけで怖くて堪らないもん……)
本当に大切な人だから、虎君に何かあったら……と想像するだけで息ができなくなる。
虎君が安心できるまで、気持ちが落ち着くまで虎君に寄りかかりその心臓の音に耳を傾けている僕。
するとその時、僕の携帯にメッセージが届いたと知らせる受信音がリビングに鳴り響いた。
誰からだろう? そんなことを考えながらも僕は身じろぎすらせず虎君の腕の中でトクトクと心地よい鼓動に夢見心地。
でも、そのあと立て続けに受信音が鳴り響けば、僕の気持ちはともかく無視し続けることは難しい。
虎君の気持ちが落ち着いたら確認しようと思っていた僕を他所に、連続で鳴った携帯に姉さんが「ちょっと」と声を上げた。
「虎、いい加減葵のこと解放しなさいよ」
耳が聞こえなくなったわけじゃないでしょ? と言わんばかりの呆れ声。
でも、気持ちは分かるけど……。と言葉が続けば姉さんも虎君ほどじゃないけど恐怖を感じたと知ることができた。
姉さんの声に、僕を抱きしめる腕から少し力が抜ける。けど、腕を解かれたわけじゃない。
姉さんの言っていることは分かるけど、消えない恐怖に僕を解放することはできない。
そんな虎君の心が伝わってきて、僕の方が離れたくないと思った。
だから虎君の服をぎゅっと握り、頬を摺り寄せ甘えて見せる。虎君が再び僕をぎゅっと抱きしめてくれるのはそれからすぐのことだ。
「ちょっと、私の話聞いて―――」
「姉さん」
「! でも……」
「虎君、僕、もう少しこのままが良い……」
虎君を責めるような声を窘めるのは僕の声。口籠る姉さんには申し訳ないけど、僕は虎君の腕の中に居たいと目を閉じた。
「おねーちゃん、ちゃいにぃととら、かなしいの?」
「違うわよ。悲しい、じゃなくて、怖い、よ」
「こわいの? どうして?」
「めのうはお兄ちゃんが怪我して怖くなかった?」
「すごくこわかった……。ちゃいにぃ、いたいのやだった……」
「でしょ? お姉ちゃんもすごく怖かったわ。……虎はね、私達よりもずっとずっと怖かったの。めのうは虎がお兄ちゃんのこと大好きってよーく知ってるでしょ?」
「しってる。とら、ちゃいにぃがいちばんっていつもいってるもん」
心配そうな妹の声が少しだけ元気になって、「ちゃいにぃがいたいいたいだから、とら、ぎゅっとしてるの?」と姉さんに質問を投げかける。
めのうの質問に「そうよ」と肯定の言葉を返す姉さん。大好きな人にぎゅっとしてもらったら痛くないでしょ? なんて言いながら。
「めのうもころんだとき、ママにぎゅってしてもらったらいたくなくなる! とら、ちゃいにぃぎゅーってして!」
「ちゃんとぎゅーってしてるから大丈夫よ。……お兄ちゃんの痛いのが無くなるまで絵本読んで待ってようね」
「うん! めのう、まってる!」
元気いっぱいの声が可愛い。そして、僕のためにお昼ご飯を食べずに待ってると言ってくれた妹にちょっぴり申し訳なさを覚えた。
可愛い可愛い妹を想う兄としては、もう大丈夫だと言ってあげたい。でも、めのうのお兄ちゃんである前に虎君の恋人である自分を優先してしまう僕は、きっと悪いお兄ちゃんだ。
(悪いお兄ちゃんになってもいいって思うほど、僕の一番はやっぱり虎君なんだなぁ……)
虎君が安心するなら、幸せだと言ってくれるなら、僕は大切な家族を後回しにすることを厭わない。
そんな薄情な自分に少し驚きながらも、人を好きになるって綺麗なことだけじゃないんだなと思った。嫉妬や疑心だけじゃなくて、周囲を多少なりともないがしろにしてしまうんだから。
好きになればなるほど、愛すれば愛するほど、想いに比例して醜さも生まれるのかもしれない。
(自分が変わってしまうのは怖いけど、それでも虎君のこと、もっと好きになりたい)
醜く変わってしまうかもしれない自分を想像すると、怖い。でも、それでも虎君を今以上に好きになりたいと思う。だって、僕は虎君の深い深い愛情に包まれているから。
虎君を好きになればなるほど僕は醜くなってしまうかもしれない。
けど、虎君の愛と優しさはそんな僕に『人に優しくありたい』、『大切な人達を大事にしたい』、そう思わせてくれるって信じてる。
だって、人に優しくできる人は、人を愛することができる人は、自分が誰かに優しくされた人だから。愛された人だと思うから。
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