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初めての人
初めての人 第55話
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「ただいま。……って、え、なんだ? なんかあった?」
虎君の腕の中、トクトクと鼓動を刻む自分の心臓と虎君の心臓の音に少し眠くなっていた僕の耳に届くのは茂斗の声。
抱きしめられているからその姿は見ることができないけれど、驚いたようなその声にきっと僕達の―――いや、虎君の様子が変だとすぐに気づいたのだろう。
「おにいちゃん、おかえり!」
「おー、ただいま。姉貴、何があったんだ? 母さんは?」
僕を抱きしめる虎君は茂斗の声に反応を返さない。その様子によほどのことがあったのかと察したのか、茂斗は姉さんに状況説明を求める。
姉さんは苦笑交じりに僕が階段から落ちたことを伝えると、僕が帰ってきてから一度も姿を見せていない母さんについても説明していた。
「ママはめのうと一緒にお昼寝よ」
「めのう其処にいるじゃん」
「先に起きちゃったのよ。ね?」
「まま、たくさんねむいっていってた! だからめのう、おねーちゃんのところいっていいの」
「ん? どういうことだ? めのうが起きた時、母さんも起きてたのか?」
母さんがめのうを放って昼寝するとからしくないだろ。
めのうのよく分からない説明を自分なりに解釈した茂斗。茂斗の解釈が正しければ、母さんは自分の眠気を優先して幼いめのうに一人で姉さんの元に行くよう言ったことになる。
それは確かに母さんらしくないと僕も思った。だってめのうはいつも三階の自分部屋でお昼寝しているんだから。6歳とえいど一人で階段を上り下りさせるにはまだまだ心配だった。
「めのうがおきたら、まま、ねんねしてたよ?」
「んん? じゃ、誰が姉貴のところ行けって言ったんだ?」
今の家のセキュリティ的に強盗の侵入はありえない。なら、一体誰がめのうに指示を出したのか。
リアリストの茂斗はらしくもなく「幽霊か?」と驚きの声を上げていた。
「そんなわけないでしょ。パパよ」
「え? 親父? なんで親父がいるんだよ? 仕事は? まさかまた母さんに会いに帰って来たのか?」
「そのまさかよ。仕事を前倒して今朝帰国したの」
「ぱぱ、ままだーいすきだもんね! めのうもだーいすき!」
幸せそうなめのうの声はともかく、姉さんと茂斗の声は明らかに呆れたものだった。でもそれは無理もない。
だって父さんの今回の出張はあと二週間近く帰国できないスケジュールだったはずだから。
おじいちゃんの手伝いに行ったのは8月の半ば。お盆前だった。
今年の冬に展開する新規事業の最終調整だから帰国は早くとも9月半ばになりそうだと言っていた父さんは、まだ渡航していないにも関わらず本当に死にそうだった。
だからきっとなんだかんだ言いながら仕事を早く終わらせて帰国を前倒すだろうとは思っていたけど、流石に二週間も前倒しにするのはやり過ぎだと思う。
(でも、それだけ母さんのことが好きなんだろうなぁ)
何年経っても付き合いたての恋人みたいに仲がいい両親に、自分も虎君とそんな関係であり続けたいと先の想像をしてしまう。
幸せに決まっているだろう未来を思い描いていれば、髪にチュッと口づけが落ちてきた。
驚いて顔を上げれば、ちょっと頼りない笑顔で僕を見つめる視線とぶつかった。
(完全に無意識だった)
どうやら僕は未来を想像しながら虎君に甘えるように身体を摺り寄せてしまっていたみたいだ。
恥ずかしい。と照れる僕に、虎君はチュッとおでこにキスをしてまた僕を抱きしめてきた。
「めのう、かいだんひとりでおりれるもん!」
「降りれても危ないだろうが」
「へーきだもん! おにいちゃん、ぱぱおこっちゃだめ!」
突然耳に届くめのうの怒声にびっくりした。うっかり虎君と二人きりの世界に意識が飛んで行ってしまっていた。
何があったかは分からないけれど、きっと茂斗が父さんのことを悪く言ったのだろう。
涙声で反論するめのうに大人げなく反論し返す茂斗。
外では大人びていてカッコいいと評判の双子の片割れだけど、家ではまるで子供だと思ってしまう。
(僕のこと子ども扱いするけど、小さい子相手だと絶対茂斗の方が子どもだよね)
「ちょっと。同じレベルで言い合いしないの。お兄ちゃんでしょ?」
「でも姉貴だって思うだろ!?」
「茂斗、煩い。私の言うことが聞けないの?」
「うっ……。分かったよ……」
苦笑交じりだった姉さんの表情が満面の笑みに変わる。その綺麗すぎる笑顔に見惚れる人は多いだろう。
でも、僕は知ってる。姉さんの綺麗な笑顔は本当に怖いってことを。もちろん茂斗も。
姉さんの威圧感を秘めた笑顔に怯んだ茂斗は口籠りながらも促されるままめのうに謝っていて、素直な双子の片割れにちょっと笑ってしまったのは内緒だ。
虎君の腕の中、トクトクと鼓動を刻む自分の心臓と虎君の心臓の音に少し眠くなっていた僕の耳に届くのは茂斗の声。
抱きしめられているからその姿は見ることができないけれど、驚いたようなその声にきっと僕達の―――いや、虎君の様子が変だとすぐに気づいたのだろう。
「おにいちゃん、おかえり!」
「おー、ただいま。姉貴、何があったんだ? 母さんは?」
僕を抱きしめる虎君は茂斗の声に反応を返さない。その様子によほどのことがあったのかと察したのか、茂斗は姉さんに状況説明を求める。
姉さんは苦笑交じりに僕が階段から落ちたことを伝えると、僕が帰ってきてから一度も姿を見せていない母さんについても説明していた。
「ママはめのうと一緒にお昼寝よ」
「めのう其処にいるじゃん」
「先に起きちゃったのよ。ね?」
「まま、たくさんねむいっていってた! だからめのう、おねーちゃんのところいっていいの」
「ん? どういうことだ? めのうが起きた時、母さんも起きてたのか?」
母さんがめのうを放って昼寝するとからしくないだろ。
めのうのよく分からない説明を自分なりに解釈した茂斗。茂斗の解釈が正しければ、母さんは自分の眠気を優先して幼いめのうに一人で姉さんの元に行くよう言ったことになる。
それは確かに母さんらしくないと僕も思った。だってめのうはいつも三階の自分部屋でお昼寝しているんだから。6歳とえいど一人で階段を上り下りさせるにはまだまだ心配だった。
「めのうがおきたら、まま、ねんねしてたよ?」
「んん? じゃ、誰が姉貴のところ行けって言ったんだ?」
今の家のセキュリティ的に強盗の侵入はありえない。なら、一体誰がめのうに指示を出したのか。
リアリストの茂斗はらしくもなく「幽霊か?」と驚きの声を上げていた。
「そんなわけないでしょ。パパよ」
「え? 親父? なんで親父がいるんだよ? 仕事は? まさかまた母さんに会いに帰って来たのか?」
「そのまさかよ。仕事を前倒して今朝帰国したの」
「ぱぱ、ままだーいすきだもんね! めのうもだーいすき!」
幸せそうなめのうの声はともかく、姉さんと茂斗の声は明らかに呆れたものだった。でもそれは無理もない。
だって父さんの今回の出張はあと二週間近く帰国できないスケジュールだったはずだから。
おじいちゃんの手伝いに行ったのは8月の半ば。お盆前だった。
今年の冬に展開する新規事業の最終調整だから帰国は早くとも9月半ばになりそうだと言っていた父さんは、まだ渡航していないにも関わらず本当に死にそうだった。
だからきっとなんだかんだ言いながら仕事を早く終わらせて帰国を前倒すだろうとは思っていたけど、流石に二週間も前倒しにするのはやり過ぎだと思う。
(でも、それだけ母さんのことが好きなんだろうなぁ)
何年経っても付き合いたての恋人みたいに仲がいい両親に、自分も虎君とそんな関係であり続けたいと先の想像をしてしまう。
幸せに決まっているだろう未来を思い描いていれば、髪にチュッと口づけが落ちてきた。
驚いて顔を上げれば、ちょっと頼りない笑顔で僕を見つめる視線とぶつかった。
(完全に無意識だった)
どうやら僕は未来を想像しながら虎君に甘えるように身体を摺り寄せてしまっていたみたいだ。
恥ずかしい。と照れる僕に、虎君はチュッとおでこにキスをしてまた僕を抱きしめてきた。
「めのう、かいだんひとりでおりれるもん!」
「降りれても危ないだろうが」
「へーきだもん! おにいちゃん、ぱぱおこっちゃだめ!」
突然耳に届くめのうの怒声にびっくりした。うっかり虎君と二人きりの世界に意識が飛んで行ってしまっていた。
何があったかは分からないけれど、きっと茂斗が父さんのことを悪く言ったのだろう。
涙声で反論するめのうに大人げなく反論し返す茂斗。
外では大人びていてカッコいいと評判の双子の片割れだけど、家ではまるで子供だと思ってしまう。
(僕のこと子ども扱いするけど、小さい子相手だと絶対茂斗の方が子どもだよね)
「ちょっと。同じレベルで言い合いしないの。お兄ちゃんでしょ?」
「でも姉貴だって思うだろ!?」
「茂斗、煩い。私の言うことが聞けないの?」
「うっ……。分かったよ……」
苦笑交じりだった姉さんの表情が満面の笑みに変わる。その綺麗すぎる笑顔に見惚れる人は多いだろう。
でも、僕は知ってる。姉さんの綺麗な笑顔は本当に怖いってことを。もちろん茂斗も。
姉さんの威圧感を秘めた笑顔に怯んだ茂斗は口籠りながらも促されるままめのうに謝っていて、素直な双子の片割れにちょっと笑ってしまったのは内緒だ。
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