特別な人

鏡由良

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初めての人

初めての人 第56話

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「さてと、……ねぇ、いい加減お腹が空いてイライラしてきたからお昼ご飯食べたいんだけど」
「めのうもおなかすいたぁ!」
 お昼ご飯の時間はとっくに過ぎているから姉さんたちの主張は当然だ。
 さっきまでとは打って変わって不機嫌さを滲ませるその声に、姉さんは今が空腹のピークなんだろうと思った。
 おなかが空くとイライラしやすくなるのは僕も経験がある。
 だから姉さんが喧嘩腰になる前にお昼ご飯を食べないとと虎君を見上げようと思ったその時、僕を抱きしめる腕から力が抜けた。
「虎君、大丈夫?」
「ああ、ありがとう。葵。……おなか空いただろ?」
「ううん。僕は平気だよ」
 漸く気持ちが落ち着いた。
 そう苦笑を漏らす虎君に、僕は離れるどころか寄り添ってしまう。これじゃ虎君が僕を抱きしめちゃうから堂々巡りになっちゃうのに。
 案の定虎君は僕を再び抱きしめてくれて、姉さんから滅多に聞かない低く唸るような声で怒られちゃった。
「なんだ、全員まだ昼飯食ってなかったのか」
「おにいちゃんはおなかいっぱい?」
「いや、俺も食べてないからめちゃ腹減ってる。昼飯なんだ?」
「ケーキだよ!」
「それはデザートって言ったでしょ? 今日は中華な気分だったから炒飯よ」
「炒飯にケーキ? それって食い合わせどうなんだよ?」
 茂斗の突っ込みに僕も心の中で同意する。甘いものに目がない茂斗でも炒飯とケーキのセットは抵抗があるようだ。
 まぁ、この組み合わせにはちゃんと理由があったんだけど。
「仕方ないでしょ。パパがお土産に買って帰ってきちゃったんだから」
「あー。いつもの賄賂か」
「そういうこと。だから大人しくいいお兄ちゃんしてなさいよ」
「俺はいつだっていい兄貴だけど? だよな? めのう」
 ケーキ一つで高校生の息子が懐柔されると思ってるとか親父も何考えてるんだか。
 そんな悪態をつきながらもお昼ご飯の準備をする姉さんの為にめのうを呼ぶ茂斗の声はいつもより優しい気がするから、ケーキ一つで十分懐柔されていると思う。
(父さんは僕たちの父さんなんだし、当然だよね)
 本当、茂斗のことをよく分かっていると思う。
 そんなことを考えながらも茂斗に笑っていることがばれないように気を付けていると、その茂斗から「おい葵」と声がかかる。
 笑っていることがばれた? と焦る僕。でも、続いたのは携帯が光っているという内容だったから一安心だ。
「ん? マジで?」
「どうしたの?」
「いや、また虎が藤原に報復されてるっぽい」
「やだ。あんたまだ慶ちゃんに嫌がらせしてるの?」
 虎君の腕の中にいる僕には声しか聞こえなくて、何が起こっているのか分からない。
 茂斗の楽し気な声に姉さんの呆れた声も気になるが、何より僕の意識を持って行ったのは『虎君が慶史に報復されている』という言葉だ。
 僕は不穏な言葉に虎君を見上げる。
 僕の視線に気づいた虎君は困ったような表情で笑いながらも腕を解いてくれた。
 ざわつく心に不安を感じながらも振り返れば、茂斗は僕の携帯を手にしていた。
「勝手に人の携帯見ないでよっ」
「いや、不可抗力だって。そもそも持ったらディスプレイが付いて通知が見えただけだし」
 僕は虎君の膝から降りて茂斗に駆け寄るとその手にあった携帯を奪い取る。
 ジトっと双子の片割れを睨みつければ、見られてやましいことがあるのか? と問題をすり替えられそうになった。
「僕はマナーの話をしてるんだけど!?」
「はいはい。悪かった悪かった」
 誤魔化されないから! と詰め寄れば、相手をするのが煩わしいとばかりにあしらわれてしまう。
「しかし、身から出た錆とはいえ虎も厄介なヤツ相手にしてるな」
「一応今日休戦協定を結んできたんだけどな」
「え? 『休戦』? なら、マジでマジ? なんだけど?」
「おにいちゃん、なにいってるの??」
 驚きを隠せない茂斗の言っていることが分からないのはめのうだけじゃない。双子なのに僕も何を言ってるのか全然理解できないんだもん。
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